食事の後で。
煮込みの方は、アッと言う間になくなった。
途中で鳥の焼き役を交代しながら、皆そこそこの量をかっこんでいた。
「そろそろ良さげだな。」
鶏ガラスープに塩を入れただけのシンプルなスープをすすりながら、指先で鳥をつつくと、しっかりとした弾力が返ってきた。
今現在の焼き役であるアルファドから、鳥を取り上げて焚き火にくいと近づけ、焦げ目を付ける。
まだ寒い季節だが、腹に食物を入れたせいか、じっとりと湿るような汗がでてくる。
香ばしい感じに焼き上がった鳥を火から離し、後はイェーガーに任せた。
俺達の中では、切り分けたりするのは彼が一番上手い。
多分、普段から肉の解体とかしてたんだろう。
あまり、詳しい事は知らないが。
切り分けて、椀に盛られた肉と野菜は、上品な味がした。
美味い事は美味いが、外でこんな風にして食べると、どこか違和感がある。
もっと粗野で大雑把な味が、この場には合う。
ぬるいミードなんかがあれば、尚良い。
「どうしたの?」
シエーナが食べる手を止めて、不思議そうに首を傾げた。
他の者達は無言で食っている。
かに鍋の風景を思い出す。
「ん、ちょっと思ってたのと違うな、と。」
「充分美味しいと思うけど。」
「こんなもんじゃない、と思う。そのうち、やり直してみるさ。」
「凝るのは良いけど、ちゃんと時間考えてよ。」
シエーナの言には、苦笑するしかない。
その気持ちもわからん事はないのだが。
「あぁ、次はそうする。」
こんな食事は、これからも続く。
うちの領地には、まだ食堂なんかがある町は少なく、外食するような機会がない。
自分で作る機会は、これからもまだたくさんあるだろう。
その時に、色々試してみれば良い。
「おい、バックス、アレをやれ。」
皆が食い終わって一息ついていると、パウロが言った。
後片付けをしていたバックスは、ニヤリと笑って小屋から担いできた荷物の中からリュートのような楽器を取り出した。
「ほう、楽器ができるのか。」
と言うか、荷物の中に楽器がある事すら、俺は気づいてなかった。
「イェーガーは笛が良いですよ。パウロ殿は、楽器より歌ですね。」
「イェーガーも、か。」
「貴族出身の人は、だいたい一つぐらいは楽器をいじれるんですよ。アルマンド様は、覚える機会がなかったでしょうけど。」
横から言葉を挟んだオーズが、パウロに頭をはたかれた。
俺は気にしないんだが、そうもいかないらしい。
「そういうもんか。シエーナも何かできるのか?」
「あんまり上手くないけど、フィドルならできるわよ。」
フィドル。
ヴァイオリンやチェロなどといった弦楽器の古いタイプである。
一応、ヴァイオリンやチェロ、オーボエやクラリネットといったオーケストラチックな楽器は、こちらの世界でも既に登場している。
もちろん、金管楽器も勢揃いしているが、どういう訳か、あまり見かける事はない。
正式な式典なんかでは、出張ってくるのだが。
「一緒に、やってくれ。是非聞いてみたい。」
「上手くないって言ったでしょ。」
「上手い下手じゃないと思うんだが。」
「そのうち、聴かせてあげるから、今は勘弁して。」
相当下手なんだろうか。
シエーナが演奏している姿は絵になるだろうが、余り上手くやりそうなイメージがない。
○香ちゃんのヴァイオリンが、ジャイア○の歌声並みの狂気、もとい凶器であるのと、同じようなイメージだ。
流石に、ゴキブリすら殺してしまう破壊力はないと思いたい。
本当にいつか聴かせてくれるなら、だが。
バックスのリュートが始まって、しばらくしてからパウロが歌う。
途中から、イェーガーの笛も加わった。
オーズは嬉しそうに手を叩き、シエーナも小声で口遊んでいる。
俺はそれを、ただ見つめていた。
こういった時間を、俺は随分長い間、忘れていた気がする。
他の貴族に比べれば、かなり少ないとは言え、当家でもちょくちょく酒宴は開いていたが、これほどのんびりとはしていられなかった。
いや、しなかった、しようとしなかった。
新参家臣の様子を伺っていたり、料理はちゃんと出揃っているか気にしたり、他の誰かがやるような事を主君の俺がやっていた。
きっと、それはそれで間違いではないだろう。
ただ、正解ではない。
「良いな。」
呟くと、シエーナがこちらを向いて、にこりと笑った。
「でしょう?アルも、歌ったら?」
「歌詞がわからん。」
こちらの歌を、俺はほとんど知らない。
前世では、割と広く浅く色々聴いていたが、こちらにはCDすらない。
それに、のんびりと音楽を楽しめるような人生ではないのだ。
「何言ってんの。これ、パウロの即興よ。」
マジっすか。
「凄いな。それは。」
「え、普通じゃないの?」
ん、普通なの?
「歌には歌詞があるもんじゃないのか?」
「そういうのは、だいたい村とか町とか、土地の人が歌うの。あとは式典の時に歌うのとかも、そうね。」
あ、あ、あらそうなの。
って事は、宴の度にオーガスタも即興で歌ってたのか。
なんか、シエーナに常識を教えられると、ちょっとヘコむな。
「知らなかったよ。どの道、俺に即興は無理だ。歌も、上手くないし。」
「上手い下手じゃないでしょ。こういう時は。」
んならお前も演奏しろや。
出かけた言葉を、ぐっと飲み込む。
シエーナの癖に生意気だ。
思ったが、曖昧に笑って誤魔化した。