表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
114/164

吐露。

小さな光が見えた。

近づくにつれて、光は大きくなり、その近くに二つの人影があるのがわかった。


パウロとシエーナが、焚き火を挟んで座っている。

二人とも、こちらをジッと見つめていた。


「お帰りなさい。」


シエーナの隣に腰を下ろすと、ポツリと呟くようにシエーナが言った。

バックスは、パウロの隣だ。

炎に手をかざす。

冷え切った手に、痺れるような感覚が戻ってくる。

焚き火の近くは、こんなに暖かいものだと、俺はこちらに生まれてから始めて知った。

エアコンや、灯油やガスのストーブなど、当然こちらにはない。

暖房器具としての魔道具もあるにはあるが、庶民の手に届くような値段ではなく、火鉢で炭や乾燥させた家畜の糞を燃やして暖をとるのが一般的だ。


「ねぇ、アル。」


シエーナが、視界の端でこちらを見つめている。

俺は、焚き火から目を離さない。

夜道で、考えていた事は、なんだったのか。

今更、振り返る事に、どんな意味がある。

どうして、俺は何度も確認するかのように、過去を思い起こすのだろう。


自分が、何をしたいのか、よくわからない。


「アル?」


「聞こえてるよ。」


「じゃぁ、返事してよ。」


シエーナの声は、震えていた。

目だけ、そちらに向けると、シエーナはぽろぽろと涙をこぼしている。


「すまない。」


言うと、ほとんど同時に、シエーナの掌が飛んで来た。

騎士達と剣の稽古をしている俺からすれば、これぐらい避けるのは容易い。

だが、あえて頬で、それを受けた。

中々、いい音がした。


「人が、どれだけ心配してると思ってるの。」


叫ぶような、シエーナの声。


あぁ、割と本気で怒ってる。


仕方ない。


それぐらいに、俺はクズなのだろう。


「すまない。」


それしか、俺が言える言葉はない。


「どうして、何も言ってくれないの。」


揺れる炎の向こうで、パウロとバックスが、ジッとこちらを見ている。

二人とも、思わず背けたくなるような眼をしていた。


「いなくなるかと、あなたが死ぬんじゃないかと、本当に思ったんだから。」


震えている声で、消え入りそうなぐらい小さく、シエーナは言った。


そうできたら、どれほど楽か。


だが、そんな事は許されない事ぐらい、今の俺にもわかる。


「すまない。」


それしか、言葉が出て来ない。


「謝られたって、あなたの事はわからない。どうして、独りでいるの?こんな近くに、私はいるのに。」


言葉も、出て来なくなった。


沈黙が続く。

苦痛でしかない時間だ。

心の何処かが、抉られたような気分だった。

ただ、耐える。

時間さえ経てば、何事も過ぎ去っていく。

奴隷時代に、学んだ事だ。


「パウロ、バックス、外して頂戴。」


「しかし」


「早く。」


シエーナの低い声。

珍しく、有無言わせぬ迫力がある。

二人は同時に立ち上がり、一礼して闇に消えた。

それからまた、酷く重い沈黙が続く。

炎を見つめたまま、俺は動かなかった。


「私だけでも、話せないの?」


どれほど時が経ったのか。

沈黙を破ったのは、またシエーナだった。


「過去を、思い出していた。俺が、奴隷だった頃、王都に戻って来た頃、エリーゼの事や何もなかった領地、君と出会った時の事。そして、これからの事を。」


「それで?」


「それだけさ。毎日、毎日、何度も何度も、それを繰り返してる。ただ、それだけだ。」


「どうして、そんな事してるの?」


「わからない。気がついたら、考えている。」


「どんな事を考えてるの?」


「言っただろう。今までの事と、これからの事だ。」


何故か、責めらているような気分だ。

今すぐにでも、逃げ出したい。

早く、終わらせたい。


「そうじゃなくて。何て言うのかな。今までの事とか、これからの事を、どう考えてるのかなって。」


「どうと言う事もない。どうしようもない男だと、自分を見つめているだけだ。」


「そんな事ない。あんなに頑張ってたじゃない。」


「それが、どうした。今じゃ、この様だ。あまりにも情けないじゃないか。」


「それをわかってるなら」


「やめてくれ。シエーナ。」


「だって」


「わかってるんだ。君の言う通り、頑張っていた。成果も、ついて来たと思う。あの何もない野原だったこの土地に、こんな村が幾つもある。それだけでも、フィリップやキートス、マンシュタイン達がやって来た事は、賞賛を浴びるに相応しいだろうさ。だが、俺がやった事なんざ、それに比べれば欠片にも満たない、小さなもんだ。」


「そんな事は」


「ない、と本当に言えるのか。俺はただ、あの屋敷で紙切れを眺めていただけだろうが。それで、何もかもわかった気に、自分が何かやったようなつもりでいた。いや、そんなつもりに、ならなければいけなかった。それすら無ければ、耐えられるものか。」


あの、孤独に。


家臣や民の期待に。


エルロンドの眼差しに。


得たモノを、また失う事を繰り返す恐怖に。


恐かった。

失望される事が、恐ろしくて仕方なかった。


億劫だった。

クソ面白くもない書類に毎日毎日、眼を通さねばならない日々が、たまらない程に億劫だった。


愛される事も、愛する事も、もうたくさんだった。

エリーゼが逝った、あの瞬間は、あの顔は、今でもハッキリと思い出せる。

どこかでそれを、エルロンドに重ねてはいなかったか。

あの息子を失いたくないと思うと同時に、生まれてこなければ、もっとエリーゼと共にいられたと、どこかで思っていなかったか。


浅ましい。

こんなどうしようもない人間が、何を語り、何を成し、誰を想う権利があると言うのだ。


「大丈夫だから。誰もそんな事、思ってない。」


エリーゼの手が、俺の背に触れる。


「だから、お願いだから、遠くにいかないで。」


また、シエーナは泣いていた。

いや、俺が泣かせているのだ。


「戻れるだろうか。」


呟いてから、自分の言葉の意味を考えた。

何処に、戻ると言うのだ。

そもそも、戻れる資格が、俺にあるのか。


「きっと、大丈夫。だから、泣かないで。」


言われて、目元に触れた。

確かに、濡れている。

気づかなかった。


顔を、シエーナに向ける。

彼女も、頬を濡らしていた。


微笑みながら、シエーナは泣いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ