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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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幕間 とある魔法医。

16日、二回目の投稿

エンリッヒ家の領地に、足を踏み入れた。

しばらくの間、渓谷の出口で、私は立ち尽くしていた。


石畳の道、遠くに見える街は、噂に聞くローヌだろう。

かつて、山脈の頂きから望んだ景色は、何もない平原が広がり、森や河しか私の眼には映らなかった。

マンシュタインが築いた村は、麦の粒よりも小さい、今にも消えそうな点でしかなかったのだ。


「おい、どうした?」


冒険者風の男に声をかけられた。

髭面で、垢に塗れてはいるが、人懐こそうな目をした男だ。

皮鎧に身を包み、背には斧、肩には大きな袋を担いでいる。

腰には革袋と小さな袋、それと剣をぶら下げていた。

長旅をする冒険者の、標準的な装備である。

王国のどこかから、遥々旅をして来たのだろう。

渓谷の入口にできた町にも、冒険者は多くたむろしていた。


「以前、来た事がありましたので。変わりように驚いていたんですよ。」


笑顔で言うと、男も笑みを浮かべた。

意外に、若いのかも知れない。髭に覆われた顔は、実際の年齢より老けている印象を与える事が多い。


「そりゃぁ、今のカイスト王国じゃ一番発展してる土地だ。国中のやつらが夢を求めて、あそこを目指す。」


「貴方も、来た事があるのですか?」


「いんや。俺は初めてさ。一山当てる、と言うとアレだが、あそこなら不可能じゃねえ。」


なるほど。

確かに、不可能ではない。

新たな地下迷宮が、幾つも見つかっていると聞く。

地下迷宮の探索は上手くやれば、かなりの儲けが出るが、それ以上に地下迷宮の発見にはギルドから多大な報酬が出る。

冒険者ギルドにとって、地下迷宮というのは重要な資源が湧き出る泉のようなモノだ。

確か、白金貨一枚は出た筈だ。

冒険者なら、最低でも一年は遊んで暮らせる。


「では、ローヌの西に行かれるのですか。」


「いや、決めてない。まずは情報収集だな。」


「随分、のんびりですね。」


「バカ言え。山脈の向こう側で、そんな話が聞けるかよ。しばらくの間は蓄えを切り崩すぐらいの覚悟がなけりゃ、こっちを拠点にしようなんて思わねぇよ。」


「そういうモノですか。」


「そんなもんだ。ってか、にいちゃん、冒険者じゃねえのか。」


男の言葉に、思わず苦笑した。

私も、革鎧に身を包み、腰に剣をぶら下げ、地面に下ろしてはいるが、大きな袋を持っている。

確かに、冒険者に見えなくもないだろう。


「ええ。私は魔法医です。と言っても、旅ばかりしていたのですが。」


私の言葉に男は目を見開いた。

まぁ、驚かれるのは仕方ない。

魔法医と名乗れるのは、上位治療魔術を扱え、尚且つ三種の新しい魔法薬を開発、他に二千種に及ぶ魔法薬の知識を修め、製作できる者に限られる。

魔法医と言うだけで、貴族どころか、王家にでも仕える事ができるのだ。

それだけ、魔法医というのは数が少ない。

私はまだ駆け出しだが、私よりずっと歳上で、寝食を削って努力し続け、それでもまだ魔法医を名乗るには程遠い者など掃いて捨てるほどほどいる。

ちなみに、魔法医の偽称は重罪である。

死刑にこそならないが、財産没収の上で王国の各地で十日晒され、十年の労役の後、五年の兵役、と言う刑が待っている。

正気であれば、偽称などする者はいない。

仮に偽称したとしても、治療の際にすぐにバレる。


「たまげたな。あんたなら、わざわざこんなトコに来なくても良いだろうに。」


「知り人に呼ばれまして。訪ねて来たんですよ。」


「知り人?」


「侯爵閣下がこの地に来られる時から、こちらにいる男でして。苦労しているようですよ。」


「なるほど。移民か。どこまで行くんだい?」


「ローヌから更に一月ほど西に行った所にある、マルガンダと言う町です。」


「マルガンダか。聞いた事ねぇな。」


「これから発展する町だそうですからね。ローヌにいれば、じきに噂ぐらいは聞けるかも知れないですよ。」


言うと、男は真剣な目つきで何か考え始めた。

私は、嘘はついていないが、本当の事を言っている訳ではない。

それに気づいているとしたら、この男はそこそこにキレる。

最も、噂を繋げて情報を得ていく冒険者なら、その程度は頭が回らないと一年も経たずに何処かで屍になるのだろうが。


「にいちゃん、そのマルガンダってとこに、俺も連れてってくれねぇか?」


おや。


「かまいませんが、何故ですか?」


男は、ニヤリ、と笑った。

下卑た印象はない。


「なんとなく金の匂いがするからよ。」


なるほど。

頭よりも、直感が鋭いタイプか。

いや、直感ではない。

積み重ねた経験と知識から、彼らは結論を導き出す。

そこに理論はなくとも、それは勘と言う言葉で片付けて良いモノではない。

治療にも、同じ事が言える。


「そうですか。では、御一緒しましょう。お名前は?」


「バルザック・セグラ、だ。よろしく。」


言って男は手を差し出した。


私も名乗り、男の手を握る。

毎日、剣を握っているのだろう。

硬い掌だった。

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