枯れ草色の草原。
2月11日三回目の更新
翌日の日の出と共に起床し、あれやこれやと準備して俺達はシェバリを発った。
シェバリの夕暮れ時は賑わいを超え、どこも混雑と言った感じで、疲れ果てて宿に戻った俺とシエーナは飯を食ってすぐ寝てしまった。
探索から戻ってきた冒険者や、畑から戻ってきた農民、仕事を終えた職人や商人など、シェバリが最も活気に溢れる時間帯に突撃した俺達に、屋台で買い物する余裕などなかったのだ。
「何かつまめるモノでも買えば良かった。」
下唇を突き出して、シエーナは呟いた。
麦畑は途切れ、辺りは見渡す限りの平原である。
まだ寒い季節で、辺りは枯れ草の色をしていた。
これが、後二月もすれば、伸びた草が緑色の波を作り、海を思わせる景色に変わる。
俺は、枯れ草色の平原も好きだった。
何故か、この景色は心が落ち着くのだ。
「しばらく、あんな大きな所はありませんよ。残念ながら。」
パウロが、シエーナと馬を並べた。
旅の一行は、使用人以外全員騎乗である。
使用人二人は馬車の御者だ。
徒歩の者はいないのだが、のんびりと歩くような感じで進んでいた。
急ぐ理由は、何一つない。
シェバリを発って二日。
最初は商人の一団や、数名の冒険者をチラホラ見かけはしたが、今日は誰にも出会ってない。
商人達は先に行ってしまい、冒険者達の活動範囲からは外れたのだろう。
「魔物がいますね。多分、ホーンラビットです。」
護衛騎士の一人が呟くように言った。
彼の名前は、イェーガー・ジスクール。
得物は弓で、遠見の魔法が使える。
副武器には曲刀を遣う、護衛騎士の中でも手練れと言われるぐらいには強い。
俺も何度か稽古をつけてもらったが、技術に差があり過ぎて全く何もさせてもらえなかった。
「数は、わかるか?」
パウロが、鞍に括り付けた弓を手にしながら尋ねる。
普段と違う眼光は、彼の男前さを更に引き立てていた。
「見えるだけで、三匹ですね。ちょっと起伏があるんで、どこかにまだいるかも知れません。」
イェーガーの視線の先には、よく見れば確かに魔力らしき何かがある。
距離は200m以上先だろう。
「出来るだけ、弓で片付けよう。バックス、馬車に付け。」
もう一人の護衛騎士が頷いて、ゆっくりと馬車の傍で弓を手にする。
彼は、バックス・ビショー。
魔法剣士だ。
水と風の魔法が得意で、剣の腕前も相当なモノだ。
弓の方は知らない。
二人とも、俺より年下の若い騎士である。
確か、まだ二十二か三ぐらいだったか。
「まだ、こっちには気づいてないですね。」
「オーズ、馬車を停めてくれ。イェーガー、ついて来い。」
言うと同時に、パウロは馬腹を蹴った。
イェーガーが、それに続く。
あちらも馬蹄の音で気づいたのか、こっちに向かって来ているようだ。
小さい上に、毛の色が周りの色と大差ないので、普通に見ててもよくわからない。
馬を疾駆させながら、パウロとイェーガーは弓に矢をつがえ、瞬く間に三射放った。
ホーンラビットの細く高い悲鳴が聞こえてくる。
ホーンラビットは、名前の通り角がある兎である。
大きさは中型犬ぐらいで、額に30cmほどの先が尖った細い角がある。
まともに突進を喰らえば、人間の身体など簡単に貫通するぐらいの威力はある。
しかし、動きが直線的で捉えきれないほどのスピードもないので、こいつに殺されるヤツは滅多にいない。
ゴブリンほどではないが、よく増えるし草さえあればどこにでも生息できる。
ごく稀に麦畑にも発生するが、鍬で頭を潰せば駆除できる上に、巣穴を潰されると別の土地に移り住むので、農民でも対処可能な魔物だ。
角に薬効があり、風邪薬の材料になる他、肉も食べる事ができる。
ちなみに、うちの領内のホーンラビットは冬眠しない。
もっと北の地域の亜種は、冬眠するそうだが。
パウロとイェーガーは、二匹ずつホーンラビットをぶら下げて戻って来た。
血抜きの為か、首のあたりを斬られている。
「一匹、見えてなかったか。」
「感知系の魔法は使えないんです。すいません。」
「別に責めてる訳じゃない。大丈夫だったか?」
「ホーンラビットにやられるようじゃ、アルマンド様の護衛なんて出来ませんよ。」
イェーガーは苦笑しながら、ホーンラビットを馬から降りたバックスに手渡した。
パウロも、馬を降りる。
「アルマンド様、小休止にしましょう。イェーガー、辺りを見回って来い。」
どうやら、ホーンラビットを解体してから進むようだ。
休憩のタイミングなんかも、パウロに任せてある。
空を見上げると、太陽はまだ中天に昇りきっていない。
昼飯は、もう少し進んでからになるだろう。
シエーナも馬を降りて、パウロが手早く解体していくのを興味深々といった感じで見つめている。
食べる事に関しては、彼女はまことに熱心である。
「なぁ、パウロ。」
俺も赤虎馬から降りて、適当な地面に腰を降ろす。
「なんです?」
「次は、俺にもやらせてくれ。」
「解体は、結構コツがいるんですよ?」
「そっちじゃない。」
「駄目です。例え、ゴブリン相手でも駄目です。」
俺だって、これぐらいの魔物なら難なくやれる筈だ。
矢を当てるのは難しいだろうが、一振りで斬り捨てるぐらいの技倆は、自惚れではなく、ある。
「万が一の事がありますから。気持ちはわかりますが。」
貴族の休暇と言えば、狩りもよく行われるじゃないか。
内心思ったが、口には出せなかった。
「鹿なんかなら、構いませんがね。」
俺は、魔物を狩りたいのだ。
ただの動物を狩るのとは、意味が違う。
「頼むよ。」
「駄目です。」
素っ気ない。
フィリップあたり、に言い含められてるのかも知れない。
余計な事を、と一瞬思った。
「アル、子供みたいに駄々こねないの。」
シエーナに軽く頭を叩かれる。
言われて、ちょっと腹が立った。
シエーナに、ではない。
子供のような拗ね方をしそうになった自分に、だ。
結局、その日は、ホーンラビットに出会っただけで、後はひたすらのんびり進んで終わった。
ホーンラビットの肉は、食える所は少なかったが、美味かった。