旅立ち。
「アルマンド。」
宴の席で、オーガスタが絡んで来た。
既に相当飲んだのか、顔が真っ赤である。
今日は、うちの家臣達もよく飲んでいる。
ちょっと心配になるような飲み方をしている奴が多い。
「しっかり、休んで来い。こっちを気にするなとは言わんが、のんびりすれば良い。お前は、働き過ぎた。」
俺の横に座り、肩を抱かれる。
酒臭い。
俺は曖昧に頷き、曖昧に笑った。
休むと言うのが、どういう事なのか、正直よくわからなくなっている。
だが、皆の前で旅に出ると言った時、肩が少し軽くなったような気はした。
「めんどうな事を、お願いして申し訳ありません。伯父上。」
言うと、思いっきり頭を叩かれた。
久々に、叩かれた。
不愉快ではない。
「そういうのは、一度だけ言えば良い。」
オーガスタは、ニヤリと笑って言った。
もう老境に入ったと言って良い歳の筈だが、未だ若々しい。
ある意味、俺の方が老けている。
「すいません。」
「飲め。アルマンド。」
ドバドバとワインを注がれる。
オーガスタは、所謂高級ワインよりも、スッキリとした飲みやすいテーブルワインを好む。
堅苦しい場にいる時以外は、本当に貴族らしくない貴族だ。
「それなりに、飲んでますよ。」
皆に目を移すと、例によってパウロがキートスを潰しにかかっていた。
マンシュタインは、静かに飲んでいる。
彼の隣に座っているグレンは緊張しているのか、飲むペースがちょっと尋常じゃない。
フィリップとダルトンは、真剣な顔で何か話し合っていた。
アルフレッドは、潰れてテーブルに突っ伏している。
ソドムも眠そうに眼をしきりに擦っていた。
それぞれ、宴を楽しんでいるが、何か違う。
「家臣に、気を使うな。アルマンド。それは、お前の美徳でもあるが。」
ぽつりと、オーガスタは呟いた。
「彼らには、甘えてばかりですから。」
「互いにそう思ってる限り、救いようがない。もっと大きく構えろ。お前は、こいつらにとって唯一無二の主君なのだからな。」
「しかし」
「何も言うな。そうやって、お前は自分の言葉で自分を追い詰めた。領主と言うのは、家臣が働いてるのを黙って見てりゃ良い。やる事を決めてしまえば、出来る事などほとんどないと言って良いんだ。」
俺は、諭されてるんだろうか。
ぼんやりと、そんな事を考えた。
オーガスタの声には、慰めるような響きがある。
「旅で、よく見て来い。」
そう言って、オーガスタは俺の肩を叩き、パウロとキートスの方へ、歩いていった。
翌朝、旅装を整えて屋敷の門に向かうと、シエーナ達が既に待っていた。
二頭立ての馬車と、馬が三頭。
旅に必要なモノは、既に馬車に積み込んである筈だ。
フィリップとキートスが、見送りに出て来ていた。
「待たせたか?」
馬の鞍に革袋をくくりつけていたシエーナに声をかけると、彼女は振り返って首を横に振った。
「全然。時間通り。」
「そうか。」
「エルは?」
「散々、駄々をこねられた。」
昨夜、宴が終わった後、俺は初めてエルロンドと同じ部屋で寝た。
一年ほどは、ここに帰って来ない。
そう言うと、エルロンドは自分も行くと、珍しく我儘を言った。
どれだけ無理だと言っても、エルロンドは食い下がったが、最後には折れた。
ただ、一緒に寝たいと、俺の部屋について来たが。
今はまだ寝ている。
起こした方が良いかと思ったが、また我儘を言われると困るので、そのまま部屋を出てきた。
「まだまだ甘えたい年頃だから。帰ってきたら、ちゃんと構ってあげなさい。」
頷く。
いつの間にか、こんな事をシエーナに言われても腹が立たなくなった。
いや、最近は感情の起伏そのものが希薄になった気がする。
「アルマンド様。」
フィリップが声をかけて来た。
やはり、生気が今一つ欠けている。
「フィリップ。後を頼む。」
「一年、ですな。」
「あぁ。必ず、帰って来る。」
あの後、俺とフィリップでオーガスタが滞在する館に二人で行き、オーガスタに俺が旅に出たい事、後の事を頼みたい事を伝えた。
本当は、フィリップも伴うつもりだったのだ。
オーガスタは、俺がマルガンダを離れる事は賛成したが、フィリップは置いていけと言った。
他に、領地の事を理解した上で家臣の指揮を執れる者がいない。
オーガスタは、俺の親戚とは言え、未だラフィット家の当主でもある。
最近は、ほとんどの権限を息子に移譲して半分以上隠居生活らしいが、他家の領地に関する権限を握るのはよろしくない。
結果として、フィリップは残る事になった。
「どうか、お健やかに。」
「お前もな。」
言うと、俯くようにしてフィリップは頭を下げた。
「そろそろ行きましょう。アルマンド様。」
パウロの威勢の良い声。
俺達はまず、十日ほどかけてマルガンダ周辺の村を周り、南下してサンジュリアンに入る。
その後、東に向ってローヌを目指し、マルガンダに戻ってくる予定だ。
急ぐ理由はないので、ゆっくりと進めば良い。
これは、視察ではないと、俺は何度も自分に言い聞かせた。
赤虎馬に跨る。
「行ってくる。」
言うと、キートスも頭を下げた。
門を出る。
百名ほどの騎士が整列していた。
エンリッヒ家の旗、黒に、交差する三本の麦が掲げられている。
「マンシュタイン殿が。珍しい。」
パウロは、少し驚いていた。
まぁ、マンシュタインは余り派手な事を好まない男だ。確かに、珍しいと言えば珍しい。
俺達は、ただ静かに進んだ。
オーガスタは、どこにもいなかった。
遠慮したのかもしれない。
また、この季節か。
俺は、なんとなくそんな事を思い浮かべていた。
気がつけば、冬の終わりは近い。
ここで、二章は終わりです。
今回は、無駄に長くなった上にまとまりのない話しになってしまいました。
アルマンドの心理描写に、やたらと力を入れ過ぎた結果でしょうか。
二章は全体的に、非常に暗い話が続き、読者の不評を買ったようですねぇ。
正直、こんな話にするつもりはなかったのですが、何処で間違えたのか…。
次章からは、もうちょっと明るめの話しをいれて行こうかと。
四章は、全体的に暗くなる事はないですが、鬱要素は出てくる予定ですし。
いやしかし、途中から書くのがめちゃくちゃ辛かった。
こんなの続いたら、最後まで書ける自信が正直ありません。
難しいですねぇ。長編書くのって…。
次章は、二章で書ききれなかった領地の事や、王国の事を…書きたい(´・_・`)
だいたいそんな感じです。
ではでは、今後ともよろしくお願いします。
2014年2月5日 昼