既読
原案:友人K氏
文章:木下秋
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7/22(火)
13:24 既読[今ヒマー?}
□マミコ{んーひまっちゃひまー]
□マミコ{まっすーは?いまなにしてんの?]
13:26 既読[渋谷でテツ待ってる}
13:27 既読[アイツオセー!}
□マミコ{wwww]
□マミコ{いっつもまたされてんねー]
13:27 既読[ヒマだから相手してよー}
13:28 既読[ヒマだよー}
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渋谷、ハチ公前。俺は一人の友人を待っていた。
そいつの名前は鮫島哲雄。通称テツ。大学のサークル仲間でノリはいいんだが、時間にルーズな男だった。ソイツは、一度だって時間通りに来たことがない。
今日だって午後一時にハチ公前待ち合わせだってのに、いつまでたっても来ない。……まぁそれがわかっていながら、ちゃんと時間通りに来る俺も俺なんだが……。
何もすることがなく、俺が手持ち無沙汰にいじっていたのは、ケータイ――スマートフォンだった。
――有名SNSの一つ。その名も、LINE。今までのメールや電話と違い、完全無料で知り合いと連絡を取り合えるアプリだ。
さっきから俺がケータイで操作しているのは、そのアプリだった。
――連絡相手は“ヤマセマミコ”。半年くらい前にやった合コンで出会った女。一目見て、ビビッときた。顔、身体、声。何から何まで俺のタイプだった。俺はその日の内に連絡先を交換しあい、ヒマさえあれば連絡を取っていた。
……昔っから、“一押し二金三男”と言うだろう? なにより、“押し”が大事なんだ。金より、顔よりな。俺はこの諺を知った時、『あぁ……昔の人、わかってんなァ……!』と感心した。俺は“金”も“整った顔”も持っていないが、“押し”は大の得意だ。マミコをきっといつか、俺のモノにしてやるっ! ……そう意気込んでいた。
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□マミコ{いまあいてしてあげられないのー]
□マミコ{ごめんねー]
13:28 既読[えー。今ヒマって言ってたじゃんかー}
13:29 既読[(;_;)}
□マミコ{ww]
□マミコ{なかないでー]
13:29 既読[ヒマだよー}
13:30 既読[ヒマヒマー}
13:30 既読[ヒマヒマヒマー}
13:30 既読[既読無視すんなよー}
13:31 既読[おーい}
13:31 既読[既読無視ーー!!}
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……ちょっと、しつこすぎたかな……?
そう思いながらも、俺はすぐに“既読”が付くことを疑問に思っていた。
普通、無視するのであればケータイを放ったらかしにしておけばいい。――このアプリでは、送信相手がメッセージを読めば、“既読”というマークが付くのだ。
メッセージを読んだのに“無視”することを、“既読無視”という。……マミコのヤツ、“既読無視”しやがって……さぁ、どうしてくれようか。イタズラ心に火を付けた俺は、もっとしつこくメッセージを送ってやることにした。
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13:32 既読[既読無視すんなよー}
13:32 既読[既読無視すんなよー}
13:32 既読[既読無視すんなよー}
13:32 既読[既読無視すんなよー}
13:33 既読[既読無視すんなよー}
13:33 既読[既読無視すんなよー}
13:33 既読[既読無視すんなよー}
13:33 既読[既読無視すんなよー}
13:33 既読[既読無視すんなよー}
13:33 既読[既読無視すんなよー}
13:33 既読[既読無視すんなよー}
13:34 既読[既読無視すんなよー}
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真っ昼間のハチ公前。一人ニヤつく男がいた。……もちろん、俺だ。
今頃、マミコのケータイはピコピコピコピコ、メッセージが届いたことを告げる音がなっているんだろう。
「……増田……おめぇ何ニヤついてやがんだ……」
突然の声に、ドキリとした。……テツだった。待ち合わせ時間に大幅に遅れたことを微塵も悪びれない男が、目の前に立っていた。
「……なんでもいーだろーが。つーか、オセーんだよ」
――テツはマミコと出会った例の合コンにも参加していたが、俺がマミコを狙っていることは、テツには言っていなかった。よって、俺が先ほどの一件をコイツに報告することはない。ケータイをしまうと、俺たちは渋谷に繰り出した。
ポケットにケータイをしまう時、一度だけその画面を見た。返信は来ていなかったが、やっぱり俺のメッセージには全て、“既読”が付いていた。
*
『――昨日午後二時頃、東京都大田区のアパートの一室で山瀬真美子さん十九歳が、全身を鋭いナイフのようなもので刺され、死亡しているのが発見されました。山瀬さんを殺害した思われるのはこの部屋の住人で被害者の交際相手、無職の櫻井信次容疑者、二十三歳。「隣の部屋から、言い争う声が聞こえてくる。“殺す”と言っている」という近所の住人からの通報で警察が現場に駆けつけ、山瀬さんの遺体を発見しました。容疑者は警察が現場に到着する前にすでに逃走しており――』
翌日の朝。ベッドに寝転び、ニュースを横目にケータイをチェックしていた俺は、ある言葉に引っかかりを覚えてテレビ画面に目をやった。――“ヤマセマミコ”――確かに、ニュースキャスターはそう言った。
画面に映っていたのは、マミコの顔写真だった。しかも、見覚えがある。――このテレビ局の人間はどこからその写真を入手してきたんだろうか――あの半年前の合コンの日、俺含むみんなで撮った、プリクラだ。そのプリクラの、マミコの顔の部分だけをアップにしたもの。それが画面いっぱいに映り、やがてどこかのアパートが映った。
俺は手にしていたケータイをボロリと落とし、テレビ画面を食い入るように見つめた。――確かに、あの“ヤマセマミコ”だ。マミコが殺された……? 昨日の二時頃……? 俺と連絡を取り合っていた、あのすぐ後じゃねぇか……。……交際相手……? ……そんなの、俺は聞いてねぇぞ……。
頭の中で、昨日何が起こったのか。そのことが、パズルのピースを組み合わせていくかのように――。――予想がついた。
――ヤマセマミコには、交際相手がいた。――いつからかはわからない。……ただ、昨日はその交際相手と会っていた。――俺は昨日、一時半頃、LINEで彼女と連絡を取り合っていた。――しつこくメッセージを送り、彼女のケータイを鳴らした。――交際相手がそれに気付き、ケータイを見せろとマミコに詰め寄る。――ケータイには、見知らぬ男からのしつこいメッセージ。――交際相手は……浮気を疑う。――マミコと、口論になる。――そして――。
ニュースが次の話題に移っても、俺は画面を見つめ、一つ前のニュースについて頭を巡らせていた。顔にじんわり脂汗が浮かび、首筋に冷たい汗が流れる。――俺は悪くない。俺のせいじゃない……。必死で責任転嫁をし、冷静さを保って、落ちたケータイを拾った。
――その時。ケータイが細かく震えた。
メッセージの着信を、知らせた。
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7/23(水)
□マミコ{今何処にいる]
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――ピーンポーン
突然の音に、俺はビクリと肩を震わせた。
玄関チャイムが、来客を告げた。
――――ピーンポーン
もう一度、鳴った。