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第1話 「人生の絶頂からどん底へ」

 数か月前まではただの高校生であったはずの俺は今、こうして山を登っていた。

 ただの山ではない。雪山だ。

 死ぬほど寒い。意識がもうろうとしてきた。


 だが、この地にて新たなるカードが手に入るはずなのだ。

 俺の新たなる力が。


 スノウウルフに襲われ、アイスエレメンタルに追い回され。

 それでも俺は、諦めない。

 たった一枚の、至宝のカードを手に入れるために。


 手足の感覚もなくなる頃。

 ああ、ようやくついた。

 雪山の頂上。


 俺はここで手を掲げる。


「さあ来い、俺の新たなる力よ――!」


 そのとき、頭の中に声がした。


『異界の覇王よ――。其方の苦難に、新たなる力が覚醒めるであろう』 


 来た。

 さあ来たぞ、俺の新たなる力。


 バインダに収まったカードは、ただのカードではない。

『拡張カード』であった。


 特定のカードと組み合わせることによって、さらに新たな能力を付与することができるものだ。

 早速、そのカード【フィンガー】が使える組み合わせを試してみる。


 ふむ……。

 おお、使えるのはこれか。


 よし、俺はかじかんだ手を突き出す。

 今こそ、新たなる力の発言だ。


「さあ、来い……、俺のオンリーカード・オープン! 【フィンガー・タンポポ】!」


 俺の指先が輝いた。

 とてつもない魔力が渦巻いているのを感じる。

 これならいける――!


 そう思った直後。


 俺の人差し指の先から、ぽんとタンポポの花が咲いた。

 小さな、そして可憐なタンポポの花だった。


 おお……。

 こんな、土もない雪山の頂上に……。

 なんて尊いんだ。


 ――とでも。

 言うと思ったのかあああああああああああああ!


「あああああああああああああああああ!」


 俺は泣いた。

 雪山の頂上で子供のように泣きじゃくった。

 ここまで来て、指先に花を咲かせてなにになる。

 これでどう魔王を倒せと。


「クズがあああああああああああああああああああああああ!」


 吹雪にあらがうように叫ぶ。

 タンポポもすぐに凍り、砕けた。

 頼むから、早くまともなカードがほしいです――。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ライト・ファンタジー

 『俺たちのクエスト ~クズカード無双で異世界成り上がり~』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 カードゲームには様々な『クズカード』というものがある。

 要因は様々だ。完全上位互換が出たり、新バージョンが出たことによってお役御免になったり、ルールの変更によって無用の長物となったり。


 無論、全世界で最も加熱している二人用対戦カードゲームのひとつである、この『オンリー・キングダム』にも、屑カードは山ほどある。


 ありとあらゆるカードが意味を持つと呼ばれるほど戦略性の高いオンキンだが、しかし汎用性などを加味して、必然的に使われるカードというのは限られてくる。

 ロマンで遊ぶのならともかく、大会になればなおさらだ。


 そんな中――。


「なぜだ! なぜ!」


 対戦相手は、狼狽していた。


「なぜお前はそんな屑カードばかり、そんなレア度の低い屑カードを使って、――しかも、この俺を圧倒しているんだ!?」


 ここは近所のカードショップが趣味でやっているような大会ではない。

 全国大会、しかもその決勝戦――。

 ネット中継で全世界に公開され、数百万人が見守っているような、そんな大舞台なのだ。


 そこで俺――藤井ふじい正宗まさむねは、ライトに照らされながら口元を緩めた。


「オンリー・キングダムのカードは多種多様だ。研究はまだまだ進んでいる。いったいどんな組み合わせがこれから生まれるのか、それは発展途上なんだ。ワクワクするだろう、まるで宝島だ」


 俺は四枚の手札を持っていた。

 さらに、場には三枚のカードが並んでいる。


 巨大な弓を構えたエルフのアーチャー。両手にナイフを握るヒューマンのシーフ。そして、紫色のオーブが先端に輝く杖を持つ、偉大なるウィッチ。


 いずれも、大したカードではない。

 ――だが、俺にとって大事なカードだ。


「そんな、スーパーレアよりも価値の低い、レアよりも価値が低い、アンコモンよりも価値が低い、コモンなんかの屑カードばかりで!」


 対戦者は叫んだ。

 こいつはなにも、わかっていない。


「カードの強さを決めるのは、価値じゃない。俺自身だ」

「ふざけるな! ルールというものがある! 」

「そうだ。もちろん俺は、ルールの上でも――勝つ」


 ありとあらゆるカードの大会において、俺は『ゴミである』と烙印を押されたカードたちを使い、勝ちをさらってきた。


 トレーディングカードの世界は非情だ。

 強いカードは高値で取引される。はやりのデッキを組むためには多額の金額が必要とされ、貧乏人はたやすく駆逐されてしまう。。

 ――そんなことはない。


 どんなカードでも、利用価値はある。そのことを、俺が証明してみせるのだ。

 俺のターンだ。


「【レイズアップ】」


 この一枚で、次に繰り出すカードを強化。


「【ダブル】」


 さらに、次に繰り出す二枚のカードを融合。


「そして、【カスタム】――」


 次に繰り出すカードの性能を変化。

 俺が次々と場にカードをさらすと、対戦者の表情は凍りついた。


 癖のあるカードたちがそれぞれの欠点を補って、息を吹き返す。手札たちは最高のパートナーを見つけ出したように輝いた。この瞬間の快感が、たまらない。


 三つの強化カードを配置し、そして繰り出すのはトドメの一撃。これでおしまいだ。


「これが俺の決定打フィニッシャー。オンリーカード、オープン。【――】」




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「正宗は、慎重派だなあ」と言われながら、育ってきた。

 実際そうなのだろう。


 判断材料は無限にある。

 図工と美術の選択教室でも、俺は散々迷っていた。

 友達たちに『早くしろよ』だとか、『お前は選択授業を選ぶのに何日かけてるんだよ!?』だとか、『石橋を叩いて渡るにもほどがあるだろ!』と突っ込まれても、構わない。

 俺は後悔をしないように生きたいんだ。


 衝動的に選んだときは、俺はいつも後悔をしてきた。


 8才のクリスマス。店頭で見かけたロボットのおもちゃを衝動的にほしがって、ねだって買ってもらったときには二日で壊れてしまった。


 計画を立てて、しっかりとレビューも見て、吟味した結果に買ってもらった9才のクリスマスのときのレゴブロックは、ずっと俺の宝物だ。


 友達が持っていてほしくなった携帯ゲームは、買ってもらったけれどすぐに飽きた。


 その戦略性に惚れこんで大事なお小遣いを崩して購入したカードゲームでは、お金がなかったから、コモンのカードしか買えなかったけれど。

 しかし今日、そのコモンのカードを駆使し、全国一位の座をこの手に収めた。


 優勝したのだ。


 俺は浮かれていた。

 自分の人生が肯定してもらえたような気がした。


 やはり何事もしっかりと判断し、計画を立てて、そして万全に準備するべきなのだ。

 全種類のカードの能力を頭に叩き込み、そしてその対策を練り、常識に囚われず、あらゆることを想定すれば、できないことなどはなかった。


 そして、優勝の余韻の残る大会からの帰り道。


 車に轢かれた。



 道路に飛び出した猫を『衝動的に』助けてしまい、代わりに車に轢かれてしまったのだ。

 享年17歳である。



「やっちまった……」


 薄れゆく意識の中、

 俺の胸には後悔があった。


 なぜもう少し、考えることができなかったのか。

 車が迫ってきたあのタイミングで、飛び込むことの是非を問うべきだった。

 助ける理由と助けない理由を無限に考え、さらに助けるのならばその方法を吟味し、精査するべきだったのだ。


 ――ただ、まあ。


 猫を助けることはできたのだから、まったくの無駄ではなかったのだろう、な。

 それにしても、悔しい。

 死んでしまったことが、ではない。衝動的に行動してしまったことが、だ。



『――……なたは……』



 失われてゆく命の中――声がした。

 俺の頭の中に、鳴り響く、声が――




『――あなたはカードにおいて、誰にも負ける気はありませんか?』



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