II 双子の襲撃
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静まった部屋の中で、女がひとりシャンパンの入ったグラスを片手に窓から外の様子を見つめている。
すると、部屋の出入り口である金色の扉が突然静寂を破るようにギィッと軋みながら開いた。
「失礼します、女王陛下」
「――エースか」
女の部屋に入ってきた人物は彼女の前まで来て素早くその場にひざまずく。
すると少女は窓からその人物へと目線をゆっくり移動させた。
「……何かあったのか?」
「はい。実は、まだ倉澤ありすはあちらの世界にいるとふんで、私のトランプ兵の大半をあちらに送り込んだのですが……」
「それで? ありすの捕獲は成功したのか?」
「それが……さきほど城の入り口にあるモニターを見たら、白兎と帽子屋と倉澤ありすが仲良く映っておりまして」
「……なに? では彼女はすでに薔薇の国にいたとでもいうのか!?」
「はい。白兎が彼女をあちらから私達の部隊より早くさらってきたようです」
それを聞くと少女は怒りで顔を歪め、突然低くうなったかと思ったら壁に勢いよくシャンパンのグラスを投げつけた。
シャンパンは壁に染みこみグラスは粉々となり、無残に音を立てながら床へと落下していく。
「おのれ……側近の暗殺者ごときがッ……!」
「落ち着きになってください、陛下」
「……おいエース、双子に連絡を入れろ!」
「え、双子にですか?」
「ああ。今あいつらは薔薇畑に潜んでいるはずだからな……」
「承知しました」
するとエースと呼ばれたスキンヘッドの男が、ゆっくりと部屋をあとにしていった。
やがて女はひとりになると、暗い部屋の隅に立てかけていた彼女の数倍の大きさはありそうな金の鎌を手に取り、いとおしげにそっと刃を撫でる。
「ありすを手に入れて……必ず首を……」
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「――りす」
「……んー」
「ありすっ!」
「あと5分ッ……」
「起きないと死ぬぞッ!」
「えぇっ!?」
その言葉を聞いて、慌てて薔薇の上から飛び起きた。
隣ではハルが自分の目を眠たげにこすりながらちょっとだけ口元に笑みを浮かべ、私の顔を覗きこんでいる。
――だ、騙された。
寝起きで乱れた髪を手ぐしで整え、寝ているうちにエプロンドレスの上にちらばったと思われる薔薇の花びらを手のひらでぱっぱと払う。
……あれ、そういえば目覚めてから白兎の姿が見当たらない。
「やっと起きたか」
「……ねえ、リオは?」
「白兎ならちょっと周りの偵察するって言って、一番に起きてどっか行ったぞ」
そう言うとハルはまだ眠気のぬけない顔で腕を大きく伸ばし、腰のホルダーからマシンガンとハンカチを取り出してせっせと磨き始めた。手つきが慣れているので、それはきっと彼にとって日課なんだろう。
相変わらず周りは紅い薔薇だらけだが、空にはもうすがすがしい朝日も昇り昨日の暗くて重たい様子とは完璧に真逆となっている。
薔薇の国に来てからこんな光景は初めて見たので、ちょっと違和感が芽生えた。
「そういえばさ……これからどうするんだろ」
「どうって?」
「住人から逃げなきゃいけないんでしょ? だったらここでじっとしてたら危険じゃん。でもだからって行くところもないし」
「そうだなぁ……じゃ、俺んちでも来るか?」
「え!? うそ、ハルって家なんか持ってたの!?」
「さすがの俺だって家なしの乏しい生活は送ってねーよ!」
「アハ、ごめんごめん」
彼は私の隣に座ったままぶうっとふてくされた顔をしてマシンガンを力強く磨き続ける。
……同じ歳なのに、なんか私より精神年齢低いよね、ハルって。
そのとき
突如私の耳の横を、シュンッという素早い音が走り抜けていった。
「……え」
「どうしたありす」
「今、シュンッて」
「シュン?」
私は恐る恐る後ろを振り向き、何が横を突風のごとく通りすぎたのか確認する。
見れば、私の斜め後ろに生えていた少し大きめの薔薇がボーガンの矢らしきものに当たって無残にもばらばらに散っていた。
……ん、待って、ボーガン?
どすんっ。
今度はものすごく鈍い音が、薔薇畑一面に重く轟いた。
驚いて体勢を前へ戻すと、私と帽子屋がはさんだわずかな隙間に、錆ついた鉄の大きな斧が地面に深くめりこんでいる。
……何、これ……。
さすがのハルも予期せぬ事態に目を見開いて驚き、マシンガンを拭く手をぴたりととめていた。
――やがて、
「みぃーつけたっ」
「お前がアリスの生まれ変わりなんだろ?」
私の目の前に短い青い髪の男の子、そして後ろにはボーガンを持ったショートカットの青い髪の女の子が立ちはだかった。
しかもふたりとも、全くと言っていいほど同じ容姿、同じ身長。
顔からして、推定12歳くらい。そして格好もまさかの2人お揃いの黒いロングコート。
「……ハ、ハル」
「こいつらは双子。しかも野蛮な住人だ」
……住人、怖い。
だがハルの側にもう少し寄りたくても、敵の斧が間に入って大きく邪魔をしているので不可能なのだ。
そして私とハルは、ただ呆然としていることしかな出来なかった。
「そう。俺の名はトウィードゥル=ロゼル」
「アタシはトウィードゥル=ロゼッタ!」
「「僕らのコードネームは『狂気の分裂』。正真正銘、双子【トウィードゥル=ディー&ダム】の血を継いだものさ」」
そう言うとロゼルと名乗る男の子は自分の身長とは不釣合いなほど大きい鉄の斧を地面から勢いよく引き抜いた。
ハルもそれと同時に立ち上がり、ハンカチを捨てマシンガンをぎりっと握り締めロゼルに向かって構える。
するとロゼッタが、帽子屋の後頭部を無駄に大きなボーガンの本体でツンツンつついた。
「ねぇ帽子屋さん。アタシたち、今さっき届いた女王様の命令でありすを奪いに来たのー」
「おとなしく引き渡す気があるなら、帽子屋の命は助けてやるよ」
この子たち見た目は全然子供なのに、態度だけは社長クラスの大人並に偉そうだ。
「ちっ……もう女王に見つかっちまったのか」
だけどハルは2人の要求の答えに首を思いっきり横へ振り、彼らの目を真っ直ぐ見つめる。
「……悪いがそれは断るな」
「ハァ?」
「お前らに殺されなくても、ありすをやすやす引き渡したのがバレたら某腹黒白兎が俺の脳天に何発も銃弾ぶちこみそうだからな! さぁ馬鹿ガキ共め、ざまーみろッ!」
「……そう……」
「要求を拒否するんじゃ、消えてもらうしかないよねぇ?」
「そうだな、ロゼッタ」
二人は青い瞳を合わせると同時にこくんと頷いて、斧とボーガンを構え一斉にハルだけに向かって攻撃にかかった。
ハルの身体が一瞬のうちに彼らによって数箇所切り裂かれ、いろんな所からブシュッと細かく血が吹き出す。
嫌な汗が私の毛穴からどんどん吹き出し、その場で腰をぬかしたまま情けなくも小さく震えていた。
「――ハ、ハルッ!」
「ありすっ、俺は大丈夫だからお前は逃げろぉ!」
「や、やだ! 私ひとりでなんて逃げられないよ! それにハルがやられちゃう」
「……ゃくっ、早く俺の事は構わずに行けえぇぇ――っ!」
斧をぶんぶん振り回しボーガンを容赦なく乱れ撃つ2人の攻撃を必死の形相で避けながら、ハルが私に向かって悲痛な叫びにも似た声をあげる。
「必ずッ、必ず迎えにいってやるから早く行けッ!」
「……ゎ、わかった、必ずだよ!」
――このままではハルによけい迷惑かけちゃう。
そう感じた私は立ち上がり、よろけながらもエプロンドレスをひるがえし髪を振り乱しながら無我夢中で2人から逃げるために、行き先もわからないままどこまでも続く薔薇畑を駆ける。
薔薇の花が私の進行を妨害するように足首へまとわりつきとても走りづらいが、止まったら絶対彼らに捕まってしまう。それだけは絶対避けないと!
「あ、ロゼル! ありすが逃げたよっ!」
「クソッ。ロゼッタ、捕まえてこい!」
「待てッ……お前らの相手は俺だろ!」
ロゼッタが走り出すのをとめようと、ハルが彼女の足元に向かってずっと手に握っていたマシンガンを容赦なく連射する。
が、彼女はそんなの気にも止めずにありすが走っていった方向にむかってボーガンを構えたまま駆けていった。
そしてロゼルは狂気に満ちた目でハルの身体に斧を振りかざす。
「……白兎は何処に行っちまったんだよちくしょうッ!」
◇
「はぁっ……はぁっ……」
私の肺がついに限界に達し、その場に膝から崩れた。
……ここは何処なんだろう。
実は私はまだ薔薇畑の中なのだが、さっきいた場所からはずいぶん離れたはずだ。
リオも見付からないし、どこにいけばどこに着くのかもわからない。
息がまだ荒れ呼吸がうまく出来ないまま、虚ろな目で空を仰ぐ。
「……リオ……」
「うひゃ、こんな早くみつけちゃったっ!」
ふと近くから高い声がし、ふらつきながらも私は地面に手をついて立ち上がる。
すると立ち上がった私の瞳には、薔薇を踏みつけながらすさまじく大きなボーガンを構え、青い髪を揺らしながら子供っぽく笑うロゼッタが映った。
「さ、おとなしく女王の城へ来てもらいましょうか、ありすサマ?」
「……嫌ッ」
「あなたに拒否は出来ない。そうでしょ?」
「だけど……絶対嫌ッ!」
「はぁ、話のわからない人ねぇ」
年下に呆れられたような生意気な口をきかれ、ものすごく腹が立つ。
私はほぼ衝動的に、エプロンドレスのポケットの中に隠しているリオの黒い銃にひっそりと手を触れた。
「じゃ仕方ない。強攻手段でもしましょッ」
「……強攻手段って何よ」
「ボーガンの矢を急所以外の所に当てて気絶させ無理矢理連れてくって意味よ。まぁ……それなりの痛みは覚悟しといてね」
そういって12歳とは思えないほど黒く笑うと、ロゼッタは片目をつぶって私の太股の部分に狙いを定める。
ボーガンの引き金が、ゆっくりと彼女の人指し指によって後退していく。
……駄目だ。逃げられない。
私は潔く諦め、強くまぶたを閉じた。
「危ないッ――!」
だが次の瞬間、私の体は何者かのすごい力によって勢い良く押され、薔薇畑に顔面から激しく倒れこむ。
するとちょうどロゼッタの放った矢が私の頭すれすれを走り、近くに生えていた薔薇に、一直線。ボーガンが当たった不幸な薔薇は、無常にも粉砕した。
……本当に、間一髪としか言いようがない。
やがて私の身体の上の方から薔薇を踏む音がして、ロゼッタとは違う声が小さく響く。
「ロゼッタ! ありす様にひどいことしちゃ駄目」
「……くっ、邪魔しないでっ! 邪魔するなら、あなたも撃つわ」
だが私は顔面を薔薇にすっぽり沈めたままなので、私のことを助けてくれたであろうその人物の姿が確認できないのだ。無念、私。
そんなこんなで私が無様に薔薇に埋もれているうちに、2人の会話はどんどん佳境に入っていく。
「ありす様を傷つけたら、それこそ女王様に怒られますわ」
「……そ、そういってアタシを脅してありすを奪おうなんて、無理なんだからねっ!」
「わからない子ですわね」
「ええい、うるさい! 邪魔する人は容赦なく消すんだからあッ!」
ジャキッという冷たく機械的な音がして、私はロゼッタが謎の人物に向けてボーガンを構えたのが顔を上げなくても直感的に気配で伝わった。
今度は私が助ける番だ。
私は精一杯身体に力を送りこみ、薔薇の中から顔を引き上げ目の前に立つロゼッタの足をがっちりと掴んだ。
「ちょっ――何してんのよッ」
だが私はロゼッタが抵抗する前に、容赦なく思いっきり手前に力強く引っ張る。
すると私の作戦が予想以上にうまくいき、ロゼッタがバランスを崩してお尻から勢い良く転んで頭を打った。
そして今謎の人物に向かって放たれたはずの肝心のボウガンの矢は薔薇の国の空高くに向けて思いきり吹っ飛んでいく。
「いっ……たぁいッ!」
ロゼッタは恥ずかしさからなのか、今まで何が何でも離さなかったボウガンをあっさり投げ捨てその場で苛立たしげに足をバタバタさせだだっこのように暴れ始める。
それを謎の人物はしっかりと見逃さなかった。
「あ……ありす様、今のうちにこちらへ!」
「え、あっ、はいッ」
するとその人物は私の身体を薔薇の上から起こしたあと、そのまま腕を掴んで再び紅い薔薇畑を思いきり走り出した。
◇
「くっ」
「帽子屋、なかなか粘るねぇ」
「そりゃ俺がお前みたいなガキに負けてたまるかっつのッ」
ロゼルは相変わらず斧をぶんぶん振り回し、傷だらけのハルを追い掛ける。
一方のハルは、彼の唯一の頼みの綱であるマシンガンも予備の小型の銃もついに弾切れになっていた。
予備弾は一応ある。が、弾を補充してるうちに絶対ロゼルの斧によって真っ二つにされてしまう。
というわけで、今の彼にはただロゼルの斧の接近から逃げることしか出来ない。
「はぁ、ロゼッタ遅いな……何やってんだ全く」
「喋るのか斧振り回すのかどっちかにしろよッ!」
ロゼルが斧を振り下ろす度に周囲の薔薇が勢いよく散り、今では彼らの周辺に生えている薔薇のほとんどが無惨な姿になっていた。
「クソッ……白兎さえ戻ってくれば……!」
そう呟きながら白兎を探しよそ見をしていると、斧が最初振り下ろされたときに出来た深いでこぼこにつまずき、ハルはまだかろうじて薔薇がもっさりと生えた地面へ思いきりダイブした。
「やっべ――!」
「おぉ帽子屋、やっと決着だなぁッ!」
ロゼルはハルが倒れたのを見逃さず、地面に這いつくばる彼の脳天に向かって嬉しそうに斧を力強く振り上げる。
徐々に鉄の斧の無表情な影がハルの顔面の中心に黒く浮かび上がってきた。
彼はそっと死ぬ覚悟を決め、深く目を閉じていく。
ありす、迎えに行くって言ったのにごめんな。
……あと、クラウスッ……。
どすんっ。
鈍い音が響き、薔薇畑に赤い紅い血が舞った。
「――大丈夫ですか? ハル」
「し、白兎!」
ハルの目の前にいるロゼルの腕からは血が噴き出し、地面へとだらだら流れる。
リオの遠くから放った2発の銃弾がロゼルの腕に綺麗に命中し、痛みで斧を手から放したおかげで本当にギリギリのところで攻撃を免れた。
白兎はロゼルの顔を不思議そうに覗き込むと、『ああ、住人が隠れてたのか』と小さく呟いてハルのところへ歩いてくる。
「双子のロゼルのほう……君だったらまぁまぁ余裕で倒せる敵じゃないですか」
「倒せるよ! だけどマシンガンが運悪く弾切れしちゃったんだよ!」
「……ええと。それは運のせいではなく、君がどうせまた闇雲に撃ちまくって大量消費したせいなんでしょう?」
「――うっ」
すると今まで自分の腕を見つめて呆然としていたロゼルは突然痛そうに身体をよじりながら、その場にドサッと大きな音を立てて倒れ気を失った。
それを確認して、ハルは服や自慢の帽子にからまった薔薇の花びらを払う。
薔薇を払いきったあとハルは帽子をかぶり直して倒れた体勢から立ち上がり、紅い瞳をまんまるにさせたリオと向かい合った。
「ふぅ……やっと落ち着いたな」
「あれハル、さっきからどこにもありすの姿が見当たりませんが」
――やっべ。
ハルの額に、嫌な汗が溢れ出す。
「……戦闘に巻き込むのは危険だと思って、俺が逃がしたんだ」
「はぁ?」
「いや、だから、俺が逃がし――」
「……え?」
その場に沈黙が流れる。
やがてリオが白い耳と肩をわなわなと震えさせ――
ついに鬼も恐れて逃げ出すのではないかと思うくらいすごい顔でハルに掴みかかり怒声を張りあげた。
「……君は今世紀最大の馬鹿ですかあ!?」
「なっ!」
「ありすはこの薔薇の国の事は知らないし、地図すら持ってない! それに武器は慣れない拳銃一丁! そして国中には彼女を狙う者がたくさんいる! それを知っておきながら、なんであの子を一人にしたんですか!?」
「……わ、悪気はなかったんだよ」
「全く、君を信用して偵察なんかに行ってしまった僕が馬鹿だった!」
「……わりぃ」
「その言葉は彼女にもう一度会ったときに言ってやってください! この馬鹿帽子!」
「ちょ、ば、馬鹿帽子はないだろ白兎っ!」
「ほら、つべこべ言ってないでさっさと行きますよ!」
「え……何処へ?」
「ありすを探しにいくに決まってるでしょうがあぁ――! この馬鹿男!」
紅き薔薇。
踏みにじられてもなお咲き乱れる誇り高き華。
その路を通って彼女が向かう先は、運命の場所。
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