III ローシェス・ロザヴォーグ
――ロザヴォーグ家の秘密、知りたくないですか?
「リオん家のヒミツ?」
「そう、秘密」
そう言うと、リオは俺の目を見て悪戯っぽく笑ってみせた。
*.+。*.+。*
これから少し、俺の過去の話をしようと思う。
ありす嬢、最後まで聞いてね。寝ちゃ駄目。ほら、俺のほう見てよ。
寝てないって? ああ、ごめん。
じゃあ早速、本題に入ろうか。
俺とリオが初めて出会ったのは――たしか6歳だったかな?
本当に、生まれた時からずっと一緒ってわけじゃないんだ。俺が勝手にそう言ってるだけ。
そういえば……6歳の俺は自由だったな。
死刑執行人。医者のはしくれ。
まだそんなガチガチの肩書きには縛られてなくって、毎日好きなことを好きなだけ楽しんでた。
俺の両親は、薔薇の国で数少ないお医者さま。
でも放任主義だったんだよね。
だから俺がいつどこで何してても、あんまり気に留めてなかった。というより、俺なんてどうでも良かったんだと思う。
寂しかったって? ううん、全然。
お気に入りの真っ白なマフラー。
もっと小さい頃に両親からもらった唯一の宝物。
冬はずっとそれを首に巻いて、ひとり薔薇の森に遊びに行ってた。
友達? そんなのいるわけないよ。
だって薔薇の国の大人たちは俺を嫌い、なるべく自分の子とは関わらせないようにしてたからね。
何でだろうね? うん、その頃からひねくれてた俺を周りは良く思ってなかったんじゃない?
……あれ、話が脱線してるな。戻そっか。
6歳の冬、ある日。
俺はマフラーを首にぐるぐる巻いて、元気に我が家を飛び出した。
行き先はもちろん薔薇の森。
冬の薔薇の森は綺麗なんだよ。真っ白な雪が凛と咲き誇る薔薇に積もって、どんなに長い時間見てても飽きやしない。
あれ、ありす嬢は知らないんだっけ?
薔薇の国の薔薇はちょっと特殊だから、一年中咲いていられるんだよ。
白い白い、熱を帯びた暖かい吐息。それとは対称的な肌寒い空気はなぜか心地よくて。
一歩踏み込むたびに軽やかな音をたてる雪が、子供ながらに好きだった。
この白銀で彩られた森に溶けこみたい。いっそ、雪の結晶になりたい。
こんな美しい場所で永遠を手に入れることが出来たら、きっと幸せだろうな。
そんなことをぼやぼや考えながら森の中を探索していたら――雪に覆われて隠れてたいばらに引っ掛かって、思いっきり転んじゃったんだ。しかも顔面からね。
ああ、思い出すのも恥ずかしい……ってありす嬢、なに笑ってんの!
まあいいや、続けるからね。
6歳の俺は、今より感情の起伏が激しかったんだよ。
だから……打ち付けた鼻や膝が痛くって痛くって、思わず大声で泣いちゃったんだ。
わんわんわんわん。静かな森の中に、俺の情けない泣き声だけが響いてる。
――そしたら、うつ伏せで泣きじゃくる俺の前に誰かが現れた。
さて、それは誰だ?
グレーのコートに黒いハーフパンツ。小さなローファー。そして、耳元でちろちろ揺れる赤いハートのピアス。
ぽってりとした紅色の唇から零れるのは、純白の穢れ無き吐息。
突然目の前に姿を現した【アイツ】は白い兎耳を揺らしながら、俺に向けてそっと片手を差し出した。
そして、次のセリフはこう。
『どうしてひとりでこんな森に。大丈夫ですか?』
もうわかった? そう、俺の前に現れたのはリオ・ロザヴォーグ。
絹糸みたいに繊細で美しい金髪。雪で反射してキラキラ、すんごく綺麗。
それでもって生きるものすべてを引き込むような真紅の瞳。
その姿はさながら神の使いか、もしくはかなり高価なビスクドール。
リオをはじめて見たときの気持ち、今でもまだはっきり覚えてる。
まるでそれは、一目惚れにも似た甘い感情。
『――そっちこそ、こんな寂しい森にお嬢さんひとりでどうしたのさ』
思わず俺はリオに向かってこう言っちゃった。
……仕方ないじゃん、だって本当に女の子かと思ったんだもん。
リオってさ、どっちかっていうと格好良い顔じゃなくてキレイ顔だし、まつげもぐんと長いからね。体型だって、6歳だから今よりうんと華奢だし。
そしたらさ、さすがにリオもむっと顔をしかめたんだよ。そして、こう言った。
『僕はロザヴォーグ家の長男リオ! 今度女顔って言ったら撃ちますから!』
唇尖らせて怒るリオ、可愛かったな。
あんまり可愛いからクスクス笑ったら、額に冷たいものが当てられた。
……よく見たら、それ銃口。さすがに背筋がひやりとしたね。
しかも銃口からすこしだけ硝煙の臭いが立ち込めてたんだ。俺は、すぐに感づいた。
『……もしかして射撃練習でもしてたの? 森の中で、こんな小さい君が?』
『そんなのお互い様でしょう、チェシャ猫くん』
『俺の名前はチェシャ猫じゃないよ――シェイド。シェイド・ローゼンラグフォンだ』
まだ声変わりしてない高い声色で、俺はリオの手をとりながらそう言った。
変なの。なんだか無性に惹かれてしまう。
偶然の出会い。だけど初めてリオを見た瞬間から、まるで生まれる前から知っていたような感覚にとらわれた。
リオなら、なんだか仲良くなれそうな気がした。
こんな俺でも心の奥底から必要としてくれそうな気がした。
決めた。俺はこの白兎の子と親友になる。
これが俺と、リオの出会い。
*.+。*.+。*
「……なんか、意外とあっさりした出会い方なんだね」
「ああ、俺もそう思うよ。でもほら、ここから十年来の友情が芽生えてくるからね」
そう言うと、シェイドはそっと私の長い髪を撫でた。
触れられたところがなんだか熱を帯びていく気がして、私は思わず身をよじる。と、シェイドは私の反応を見てクスクス笑う。
「っていうかさ、リオって6歳の頃から射撃訓練やってたの? ……おかしくない?」
「なんで?」
「何でって……6歳の子供がまとも銃を扱えるわけないじゃん。ほら、銃って撃ったあとの振動とかすごいんでしょ? そんなの普通の子供には耐えらんない」
「『普通の子供には』でしょ? 困るなありす嬢、薔薇の国の子供は君たちの世界の子供と違って生まれつき優秀なんだ。そこをわかってくれなきゃ」
「んな無茶な!」
「でも俺、嘘ついてない」
――言い返す言葉が出てこない。
まああのリオのことだし、ありえなくはないかも……って何言ってるんだ自分、明らかおかしいって。納得すんなよ。
でもこれ以上何を言っても、シェイドはまともに聞く耳持たないだろうな。
どうやら私はこのありえない話を理解せざるを得ないようだ、もう。
「……で、リオの秘密についての話はまだなの?」
「まーだ。まだ話さなきゃいけないことがある」
「じゃあ早く。続けて」
「はいはい」
*.+。*.+。*
あの日から俺はリオに会いたくて会いたくて、毎日朝昼夜関係なく薔薇の森へ足を運んでた。
一目なんか気にしない。止められたって聞かないよ。
ほの暗い薔薇の森。絡み合う薔薇といばらで覆われたそこは、まるで情愛の檻。
みしりみしりといばらを踏んで森の中を歩けば、必ずどこかでリオに会える。
ああ、耳に心地よい銃声。
普通なら忌むべきもの。だけど俺にとってそれは、リオへのたしかな道しるべ。
『――また、来たんですか』
薔薇の木の陰からそっと射撃訓練を見つめる俺に気づくと、リオはいつもそう言って笑うんだ。
だから俺も笑いながらこう返すんだ。『ひとりぼっちじゃ寂しいかなと思ったから』ってね。
リオは俺を拒絶しなかった。この国の大人たちみたいに冷たく突き放したりはしなかった。
……いや、心のどこかで鬱陶しくは思ってたかもしれないけど、そんなの関係ないよね。
リオが薔薇の木に向かって銃口を向ける姿を、危険の及ばない位置から黙って見つめる俺。
それが俺たちにとっての遊び。これ暗黙の了解。
小さなリオが銃に振動負けして後ろに吹っ飛ぶ姿、そりゃあもう可愛くておかしかったよ。今となっては面影すらないけどさ。
――そして時は流れ、季節は巡って、背もちょっと伸びて。
気がつけばリオと出会って一年。
長らく通いつめているうちに、だんだんリオも俺に心を開いてきた。
相変わらずツンとデレの差はひどいけど、俺に向ける眼差しが次第に優しくなってきたのに気づかないはずはない。
紅い紅い薔薇の下、じゃれあう猫と兎。
俺が薔薇の森のいつもの場所に顔を出すと真紅の瞳を細めて微笑むリオが、どうしようもなく好きで好きで、なんだか泣けた。
あ、もちろんこれ変な意味じゃないよ?
――勘違いしないでねありす嬢、俺はずっと誰かさんひとすじだよ。
さて。場面は変わって。
時が過ぎお互い12歳になった頃、女王陛下の側近になったリオが、こっそりと俺を城の中に招き入れてくれるようになったんだ。
そしてその頃にはもう、リオは訓練なんて必要ないほど銃の扱いがうまくなってた――だから俺たちの遊び場は変わった。
どこだかわかる? あれだよ、城20階第3バルコニー。
まだ死刑執行人を任されてなかった俺にとって、そこまで行くのはスリリング。
リオもまた陛下の目を盗んで仕事を抜け出して、待ち合わせをした時間にバルコニーにいた。
エースか陛下に見つかったら即八つ裂きか首切りの刑。お互いバレたらアウト。
でもそれがなんだか楽しかったってのもある。
『ねえリオ、これ貸してあげるよ』
『何ですか……これ』
『楽譜だよ。ピアノの楽譜! 俺の大事なヤツ貸してあげる。毎日書類とにらめっこじゃかなり疲れるでしょ? だから息抜きだと思って、ほら!』
『……ピアノなら城の自室にありますけど、でも僕、楽譜読めないんです』
『大丈夫、俺が教えたげる』
――ある日俺は、リオにピアノを勧めた。
ピアノの技術なら小さい頃両親にスパルタで叩き込まれたから結構得意。そしてなによりも、リオと俺の間に共有できるものが欲しかったから。
それから俺たちはバルコニーで会うたびに譜読みして、空中でぎこちなく指を動かしながらピアノの練習をした。
ピアノのある部屋には行けない。だからこそ、俺たちは鼻歌を歌いながらあたかも目の前に鍵盤があるようにピアノを弾く真似をする。
毎日訪れるそのわずかな時間が、俺にとっての生きがいだった。
リオが俺のすべて。
リオといるときは、これでもかってくらい世界が輝いて見えるんだ。
楽しい。毎日がどうしようもなく楽しい。
――だけど。
俺はあるとき、ある事に気づいたんだ。
それは大切なようで大切じゃない、だけど俺にとっては深刻なコト。
俺はリオに自分の素性すべてを明かした。
そう、家のことも自分自身のことも。
だけど俺は――リオについて何も知らない。
『リオ・ロザヴォーグ』という名前と、城で雇ってもらえるほど有能な人物ってことしか知らない。
なんだかこれ、いつかのありす嬢みたい。俺も何気に人のこと言えないんだよね。
どうしようもなく嫌だった。
出会ってもう六年も経つのに未だ心の距離がある。そんなの、考えるだけでも虚しい。
やだよ。そんなの苦しいじゃん。
その日から、俺はリオの顔を見て笑うことが出来なくなっていた。
だけどどんなに俺が作り笑いを浮かべても、勘のいいリオが俺の異変に気づくのにそう時間はかからなかった。
俺が笑わなくなってから三日ほど経つと、ついにリオが『どうしたの?』って聞いてきた。
わかってるくせに。
俺を心配そうに見つめる無垢な真紅の瞳が憎らしい。
どうして何も教えてくれないのさ。俺は、こんなにもリオを必要としてるのに。
長い間信頼できる人がいなかった俺にとって、唯一の友であるリオにまで距離を置かれるのは辛いんだ。
――だから俺は言ってやった。
すべてすべて、言ってやった。溜め込んでた想いすべてを吐き出した。
『俺、リオのこと何も知らないんだよ? 俺ばっか話してて、リオは何も言わない。そんなの卑怯でしょ!』
我ながら見苦しい。だけど、こうするしかなかったんだよ。
するとリオは一瞬目を見開いて、そのあとすぐ、視線を落とした。
『すみません、悪気はなかったんです。でも……僕って色々ワケありで、ちょっと』
リオの唇から紡がれる言葉が胸に痛い。
不機嫌そうに眉をひそめる俺を見て、リオは黙り込む。
静まったバルコニーで、鼻を強く刺激する薔薇の香りだけ、ゆらゆら。
そろそろ沈黙に耐えられなくなった俺が口を開いた――そのとき、リオが俺の言葉をさえぎって、寂しそうな表情で俺に問いかける。
『……信じてくれます?』
『へ?』
『これから僕が何を言っても、シェイドは信じてくれますか? 信じてくれるなら話します。だけど、それが出来ないなら――』
『そっ、そんなの決まってるじゃないか! リオが言うなら、信じる。信じるよ』
小さな俺は、ものすごい勢いで首を縦に振った。
それくらい、リオの話が聞きたかった。すべてを知りたかった。
そしたらリオは少し口をつぐんで、覚悟を決めたようにこくりと頷いて。
『――ロザヴォーグ家の秘密、知りたくないですか?』
こんな風に、俺に尋ねてきた。
『リオん家の秘密?』
『そう、秘密』
そう言うと、リオは俺の目を見て悪戯っぽく笑ってみせた。
――僕には、姉がひとり。
そして、この世に生まれ落ちることの叶わなかった双子の弟、ローシェスがいるんですよ。
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