第2話 無差別乱射兵、帽子屋。
私とリオは着々と、この薔薇といばらで覆われた暗く深い森の中を進む。
もうかれこれ30分は歩いているので、私はそれほど相当森の奥に落ちちゃったんだな、とうすうす実感した。
――相変わらず足場は無数のいばらのつるが絡み合っているせいでとても不安定。
そのせいでものすごーくストレスが溜まってきた。
でも、リオが手を力強く引っ張ってくれているから比較的安定した状態で早く歩くことが可能なのだ。
「ほら、もうすぐで出口です。よく頑張りましたね」
「……やっとか……」
「ありす……疲れてます? ならちょっと休憩しますが」
「ううん、平気」
ようやく大きな光が差す場所が見え、私は小走りでそこへと向かった。
ところが。
――パンッ!
突如、森の中に乾いた大きな音がこだました。
「な、何!?」
「しっ」
「あ、ごめんなさい……」
「……銃声、みたいですね。早速住人の出現の可能性があります。ありす、出来るだけ小さくなって僕の後ろに隠れて」
そう言うとリオは自分の背中の後ろに私の身体を回したあと、腰のホルスターから2丁の黒い銃を取り出し、音のするほうへ静かに構えた。
――って、え、早速お出ましなの? まだ心の準備ですらまともに出来てないってのに!?
パンッ!
またもや乾いた銃声が響き、驚いて飛び跳ねる。
よく見ると、今度はリオの頬に何かがかすってそこから真っ赤な血が一筋流れていた。
「ちょ、リオッ!」
「……弾が擦れました。でもこれくらいなら平気です。それよりも、ありすは僕の後ろを離れちゃだめですよ」
弾丸が顔面をかすったというのに彼は冷静な顔をしたまま、頬の血も拭わず両手に銃を構え続けている。
どうしてそんな冷静でいられるの!? 私なら絶対白目剥いて気絶するんだけど!
やがて白兎は2丁の銃を構えたまま、なぜか背の高い一本の薔薇の木の上のほうに向かって突然大声で叫んだ。
「そこにいるのは貴方ですね、ハル!」
「……ハル?」
「住人です。奴は奇襲をかけてくるかもしれないから、気をつけて」
「ええ!? いきなり!?」
早速薔薇の国の住人が登場してしまったんだと思い私は怖じ気づいて、情けなくもリオの背中の陰に隠れ、強くしがみつく。
誰? 何者? ハル?
するとリオの目線の先にある木から、不意に低くも高くもない声がした。
「……おい白兎、なんでわかったんだ?」
「君は昔から威嚇射撃を無駄に好みますから。しかもその手口は君しかいない」
「……そう。じゃ隠れる意味はもう無いかッ!」
するとその瞬間、突如高い薔薇の木の上から勢いよく人が降ってきた。
その人物は軽々といばらだらけの地面に着地すると、素早く体勢を立て直す。
暗い森に浮かび上がる人影。怪しい雰囲気が場を包む。
すると段々その謎の人物の顔が、森の出口から差し込む光によってはっきりと浮かび上がってきた。
その人は――またもや青年。
だがリオよりは顔が少し幼くて、ちょうど私と同じくらいって感じ。
紅い薔薇が一本刺さった黒い大きな帽子を被り、白いワイシャツに黒いネクタイを締めていて、黒いズボンを腰ではいてるようだ。
瞳は切長の美しい紫色をしていて、黒い髪を若者風に仕立てている。
耳には、ハートがぶら下がったピアス。
そして腰には……小さな拳銃一丁と、もうひとつ大きな銃がホルダーらしきものにしっかりと収納されていた。
「うん、やっぱ白兎の洞察力はずばぬけてる。さすが暗殺者って言われることだけはあるな」
「……そりゃどうも」
「一応、誉め言葉なんだけど?」
「別に疑ってるとは言ってないじゃないですか」
青年は私達にどんどん接近してきて、白兎の前にぴたりと止まった。
私はびくびくしながらも、リオの腕の隙間から青年の様子をじっとうかがう。
「ねぇリオ……彼は、誰?」
「彼はコードネーム『無差別乱射兵』のハルヴェルゼ・ローゼット。薔薇の国の帽子屋です」
「……帽子屋」
「おーっ、初めまして噂の倉澤ありす! 俺は帽子屋のハル。ちなみに歳は17! 今後ヨロシク」
――うん、確かに帽子を被っているし、それっぽいかも。
でも無差別乱射兵って、どういう意味なんだろう?
すると帽子屋―ハル―はにこやかな笑みをやめ、静かに腰から大きいほうの銃を抜き取り……あろうことか、リオの額にぴたりと銃口を当てる。
それはあまりにも自然な動作のようで。
「……ハル、何の真似です?」
「決まってんだろ。ゲームはもう開始されてんだ。お前を消して、ありすを奪わせてもらう」
「ほぉ。それは無理な要求ですねぇ」
銃口を額に当てられ、しかも相手は引き金に手をかけているというのに白兎は驚いたとか恐怖とか、そんな表情一瞬も浮かべていない。
それどころか、眉毛すらぴくりとも動かさないのが逆に不自然な感じ。
なんで!? なんでこの人こんな冷静なの!?
「おい白兎、黙ってないで何か言ってみろよ」
「……じゃあ言っておきますが、君が僕を殺すなんて10世紀早いと思いますよ? 僕はありすを守らなければいけない分、そう簡単には死ねませんし」
「なっ!」
「今すぐに君のそのお気に入りのマシンガンを僕の額から離すなら、何もしないで立ち去ってあげますが」
「……ふざけやがってクソッ!」
え、白兎、なに帽子屋のこと挑発しちゃってるんですか?
しかもマシンガンって、一回引き金引いたら手を離すまで撃ち続けるってやつでしょ?
――かなり危険じゃん! リオのほうが圧倒的に不利なんですけど!
もし引き金を引かれたら一発で頭が蜂の巣になるというのに、リオは顔を歪めるどころか、むしろ怪しげな微笑みさえ浮かべはじめた。
「本当に、降参しなくていいんですか? それなら、後悔という言葉の本当の意味を僕の手によって自らの身体に刻まれることになりますけど」
「……そ、その前に俺が引き金引いたら、お前が終わりだろ!」
リオが突然恐ろしいことを言い出したので、帽子屋だけでなく何故か関係ない私も一緒に白兎の後ろで震え上がってしまう。
紅い薔薇がリオの邪悪なオーラを上手く引き立てていて、威圧感たっぷり。超怖い。
「じゃあ、早くその引き金を引けばいい」
「……くっ。あとで後悔しても遅いからなッ!」
挑発され素晴らしいくらい腹を立てた帽子屋は、勢いよくマシンガンの引き金を引いた。
――ガガガガガガガガガガガッガガガガガガガッガガガガッガガガガッガガガガガガガガガガガガッガガガッ!!!
「くらえぇ白兎ィィィッ!!!」
「ぃ、ぃいやああああ!」
ものすごく莫大な騒音と銃弾が降り注ぎ、物体を思いきりぶち抜く音が森中に響き渡る。
それはもう、聞くのも嫌になるほど激しい銃撃音。
私はマシンガンが放たれた瞬間思わず強く目をつぶり、泣きながら悲鳴をあげた。
すると、ふと身体が宙に浮く感覚がしたけれど、そんなこといちいち気にしていられない。
白兎が。リオが。
いきなり唯一の味方が――殺されてしまった。
「いやぁッ……オ、……リ……リオッ……」
「呼びました?」
「……っく……え?」
涙で歪む瞳をそっと開く。
すると、私の目の前にきょとんとしたリオの顔があった。
彼は私を軽々とお姫様だっこした状態で、薔薇の木の枝の上に立っている。
――え、もしかして、リオの亡霊?
「――ぃや、いやあ! 成仏してください!」
「え、成仏って」
「私のせいで……いや、半分以上自業自得なんだけどマシンガンに撃たれたから、死んですぐ呪いに来たんでしょ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「ありす、僕ならちゃんと生きてますってば。ちゃんと見てくれないと困りますって」
「……へ?」
い、生きてる?
パニックした頭を落ち着かせもう一度彼をよく見ると、彼の頭も白い耳も蜂の巣にはなってない。
それどころか、さっきの銃弾で傷ついた頬の傷はまだあるけど、それ以外は無傷だ。
でも確かにあの時、ちゃんと物体に銃弾が貫通する音がしたはずなのに?
「……なんで?」
「兎のジャンプ力をなめちゃいけませんよ、ありす」
白兎が目線を下に送ったので私もそれを追うと、遥か下には周りの薔薇の木に向かってマシンガンを無差別に乱撃する帽子屋が見えた。
リオがその場からいなくなったのにも関わらず容赦なく撃ちまくっているから、明らか銃弾の無駄使いだと思われる。
――なるほど、これが帽子屋のコードネームの由来か。
「ハルが引き金を引く寸前に、ありすを抱えて薔薇の木に移りました。結構危なかったですけど」
「……あなた凄すぎです」
「いやいやぁ、それほどじゃないですよ?」
そう言うと彼は自分の隣にお姫様だっこ状態だった私を下ろした。
ああ、せっかくの豪華なエプロンドレスもちょっとずつ破壊の兆しが見えてきたぞ。
「さて、ありす」
「ん?」
「あいつ殺しますか?」
「……そんなさらっと怖いこと言わないでください!」
「いや、結構真剣なんですけど」
「でもあなた今さっき必要のない殺人は嫌いだって言ってたじゃない!」
「ですが、アイツはありすを不安にさせたんですよ?」
「そんな小さいことを理由にして人を殺すのは社会的にだめ――ッ!!!」
「……わかりました。半殺しでいきます」
――え、半殺し?
するとリオは再び2丁銃を構えると、私を枝の上に置き去りにしたまま下へ一気に飛んだ。
金色の髪がふわりとなびき、徐々に下降していく。
そして、彼は飛びながらもハルの帽子に刺さった紅い薔薇に向かって1発2発と発砲する。
帽子への激しい衝撃に気づき、マシンガンを乱射して我を忘れていたハルもようやくリオの存在に気づいた。
「……え、白兎!? なんで上から」
「さぁハル――君に後悔の意味、教えてあげますよ」
ハルは信じられない、と小さく呟き顔を真っ青にしている。
フッと、白兎は哂った。
リオがいばらの上に身軽に着地すると同時に彼の2丁の銃が次々とうなり、ハルはマシンガンを撃つどころかリオの弾丸を避けるので精一杯となってしまった。
――完璧に形勢逆転。
「……あれ、僕を消してありすを奪うんじゃなかったんですか?」
「ちょ、ちょっと、タイムッ!」
「戦闘にタイムなんて存在しませんよ。甘い考えは捨てなさい」
「お前怖いこと言うなっつのッ!」
「そっちが先に仕掛けたくせに」
リオは容赦など全くせず、発砲しながらどんどんハルに近づいていく。
やがてリオが本気で彼に狙いを定めると、ハルの顔や腕を銃弾がどんどんかすった。
「うぉっ、あっぶねぇッ!」
「ほら、だから君みたいなひよっ子が僕に挑むなんて10世紀早いっていったでしょう?」
「……ちっきしょ!」
彼等が地上で激しい戦闘(と言っても今はリオの一方的な攻撃だけど)を繰り広げている間、私は枝の上でひたすら震えていた。
……こんなのが半年間住人同士が出会うたびに起こるってこと?
そんなんじゃ、命がいくつあっても足りない。
すると
――パンッ!
大きな発砲音が一度響いたあと、突然彼らの銃撃戦が止んだ。
慌てて下を見ると、帽子を後ろのほうに吹っ飛ばされてしまったハルが地面に腰をついていて、額にはリオの銃2丁のうち片方の銃口が当てられている。
「さぁハル、覚悟は出来てますか?」
「……もういい。殺すなり好きにしやがれ」
「じゃ遠慮なく」
「あ、いや、今のは嘘っ! うん、さすがに殺すのはなしッ!」
――帽子屋ヘタレ疑惑浮上ですよ、これは。
すると白兎は私のいるほうを、ハルに銃口をつきつけたまま見上げた。
「ありすー」
「ぇ、えー?」
「悪いんですが今手が離せないので、ありすがそこから飛び下りてここまで来てくれませんかー?」
うん、無理かな!
だって地面まで軽く10メートルはあるし、しかも下はいばら。
もし飛び下りても、骨折か串刺だ。
「大丈夫ですー! 着地の際ハルを下敷にしてしまえば、骨折も串刺もしませんからー」
「え、俺!?」
「……わかったー」
仕方ない、このまま木の上にいるのも嫌だし。
私は一息つくと覚悟を決め、今立っていた枝から彼らがいるいばらの所へ飛び下りる。
体勢はOK! よし、これなら上手く着地できる……と思った。確かに思った。
だが予想外なことにドレスが翻った状態で、どすんっと格好悪く腹から着地してしまった。
「あいたたたッ……」
「……あ、ありす、早く退け……」
「う、うわ、私本当に帽子屋の上に着地しちゃった! ごめん」
「大丈夫ですよありす、彼は誰かの下敷になるためにこの世に生まれて来たんですから」
「そんなわけあるかああッ!」
私はハルの背中の上に落ちてしまい、恥ずかしくてすぐに彼の背中から降りた。
するとリオは銃を腰のホルダーにしまいながら私に問掛ける。
「そうだ。ありす」
「何、リオ?」
「ありすはこのゲーム中……頼れる仲間とか、欲しくないですか?」
「……まあ仲間は多いほうが心強いんじゃないかな」
「やっぱりそうですよね! じゃあこの際、帽子屋を仲間にするのはどうでしょう?」
「はあ!? 何だよそれッ!」
「……ま、まぁ、悪くはないんじゃない? 私は何とも言えないけど」
「決まり。じゃあこれからハルも護衛としてつけましょう」
リオがどんどん話を進めていくと、ハルがしびれを切らして怒鳴りだした。
そりゃそうだ。彼が怒るのも無理はないぞ?
「待てよ! 俺そんなのやりたくねぇッ!」
「……護衛やらないなら、僕は君をこの場で射殺しますよ」
「なっ!」
「だって敵を生かしておくのは危険じゃないですか。さぁハル、自分が生きたければ護衛に、死にたきゃ拒否すればいい」
「……う」
「ちなみに僕と君の力の差ははっきりしていますから、今更戦いを挑んでも無駄だと思いますけど」
そう言って、リオはにっこりと笑う。絶対これは勝利を確信した笑みだ。
黒い。白いのに黒いよ白兎さん!
一方ハルは眉間にものすごくシワを寄せしばらく複雑そうな顔をしている。
が、ついに諦めがついたのか、乱暴に口を開いた。
「……わかったよ! やりゃいいんだろっ! 俺だってそう簡単には命散らす気はない!」
「おぉ、君ならそう言ってくれると思ってましたよ」
「うっそ……わぁ、ありがとう! 帽子屋ッ」
「帽子屋じゃなくていい、ハルだハルッ!」
「わかった、ハル」
いばらの群れ。暗き薔薇の森。
足首に絡みつく紅薔薇は妖艶に咲き乱れていた。
私達は足を早め、ただ一点の光の元へ向かう。
果たしてこの先何が起こるのか、私達は知らない。
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