I 平凡アリスの宿命
「……し、白兎?」
「はい。ほら、実際に白い耳が生えているでしょう?」
そう言ってリオは自分の頭上を指差す。
確かに彼の頭からは、ハートのピアスが1つぶら下がった白い耳がしっかり伸びていた。
念のため一度目をこすって見直してみたが、それはまぎれもなく本物。
もちろんパニックになった私の脳が引き起こした憐れな幻覚や妄想なんかじゃない。
「僕はここ、【薔薇の国】の白兎。そして君は、アリスの7回目の生まれ変わり」
「……え?」
なんか今さらっと、謎ワードが出たような。
「……いやぁちょっと、アリスの生まれ変わりって何でございましょうか?」
「だから、それは貴方の事ですよ」
私はしゃがみこんだ状態から、彼の手を借りて何とか立ち上がる。
その際またエプロンドレスに傷をつけてしまったが、私はそれどころではなかった。
「……意味わからないのですが」
「意味がわからなくても、貴方は実際にアリスの生まれ変わりなんですよ。僕らにはちゃんと、彼女の生まれ変わりを見分ける力があるんで」
「……ちょ、さっきから何発も生まれ変わり生まれ変わりって言ってるけど、貴方はそんな事がこの状況に何か関係あるとでも言うんですか? ないでしょ?」
「どうやら信じられない様子ですが、大いにありますよ。あなたがアリスの生まれ変わりだから、これから僕達の命を懸けた戦いに巻き込まれることになるんです」
「……あの、さっき『丁寧に説明する』って言ってた割には、何故かおおざっぱすぎる気がするんですが……」
うん、絶対おおざっぱすぎる。これは間違いない。
これじゃ要点だけしか説明せず勝手に授業を進めていく私の高校の教師と大差ないぞ?
まるで不審者を見るような、そんなひどい目つきで彼の顔を凝視する。
すると、リオはふぅっと一息ついたあと私の手を軽く引いて無限に生い茂るいばらの上を歩き出した。
「薔薇の国に代々伝わる童話を話します。長くなりますよ」
*.+。*.+。*
700年前、あるところに、アリスという名の少女がいました。
彼女は目の前に現れた二足歩行が出来る白い珍しい兎を追い掛け、突然出現した得体の知れない黒い扉を開きます。
そして扉を開いたアリスが行き着いた先。
それは不思議の国ではなく、なんと城も庭もお茶会場も全てバラで埋め尽された、薔薇の国。
薔薇の国の住人たちは、可愛らしいアリスの事を異常なほど歓迎しました。
住人はアリスが狂ってしまうほど大好きになりました。
けれど住人の自分勝手・非常識にとてもウンザリした彼女は己の知恵を振り絞ってどうにか薔薇の国からの脱出を試み、見事元の世界へ帰ったのです。
ですが、薔薇の国の住人はアリスの突然の帰還に納得がいきませんでした。
『許サナイ』
『勝手ニ帰ルナンテ、卑怯ダ』
そして紅の女王の命令で、もういちど白兎がアリスを薔薇の国に、無理やり連れ戻します。
すると、せっかく薔薇の国から逃げたのにまた連れ戻されたということで、アリスは火山の噴火口にたまるマグマより激しく怒りました。
初めて彼女が怒ったということに驚き気が動転した住人達は、アリスに『なんでも望みを叶えてやるから怒らないでくれ』と言います。
それを聞いたアリスはやはり『元の世界へ帰して』と頼みました。
ですが住人達は『それでは連れ戻した意味がない』とさすがにその願いを拒否します。
互いに一歩も退かないまま時間だけが無情にも過ぎ、ついに悩み悩んだ末にアリスがひとつ案を出しました。
それは『現在の私を解放してくれたら、代わりに7回生まれ変わった私を好きなようにしていい』という大胆な約束。
そしてアリスはその提案に対しもうひとつだけ条件を出します。
それは【ただし私の7回目の生まれ変わりがもしアリスという名でなければ、住人達は決して手を出してはならない】という、住人が圧倒的に不利になるものです。
ですが超単純思考の住人達はアリスのその条件を含めた提案を『いいじゃないかアリス、君は天才か!?』とあっさり受諾してしまいました。
そして仕舞いにはアリスを解放してしまいます。
こうしてアリスは『ざまーみろ馬鹿共め』と舌を出しながらまんまと元の世界へ帰って行きました。
そして薔薇の国の住人達は、彼女に約束を守ってもらうために何回も世代交代をしながらアリスが7回生まれ変わるのをひたすら待ち続けます。
……ある計画を立てながら。
*.+。*.+。*
「これが、僕らの国に伝わる童話です」
「なんか……もはや一発では確実に覚えきれないほど複雑な内容ですね。というかアリスがかなり悪女ですね」
「まぁ確かにそうかもしれませんね……で、この話を聞いて何かピンときませんでしたか?」
「……あっはぁー、まさかのまさかでその世紀の悪女アリスの7回目の生まれ変わりが倉澤ありすなんだよとかいう冗談とか言いませんよねっ?」
「はいご名答、残念ながらそのまさかですよ。この話、実話なんです」
――え?
思わず自分の聴力を疑ってしまった。
軽い冗談で言ったつもりがかなり面倒なことになった?
「あなたはアリスの生まれ変わりです」
「え、あの、今の冗談で」
「……あなたがもし『ありす』という名前でなければ、この話は永遠に童話という形のまま終わっていました。ですが、今実際あなたは『倉澤ありす』としてこの世に存在しています。だからこの話はただの童話では済まされなくなってしまいました」
「えっ……ちょ、じゃあ――!」
「薔薇の国の住人はあなたに700年前の約束を果たしてもらうつもりです」
「うそ!」
「本当ですよ。……そして貴方はもうすぐ、【ある戦い】に強制的に巻き込まれます」
じわりじわりと、身体の奥から何とも言えない不安がこみあげてくる。
17年間目立った事故も災害もなく平和に生きてきた私。それが、180度変わる?
何で? というより、何なのそれは?
無意識のうちに小さく震えていると、リオは私を安心させようとしたのか、さっきより少し強く手を握ってきた。
「……ある、戦いって?」
「7回目の生まれ変わりにありすが生まれた時、やっと約束を果たしてもらえると薔薇の国の住人はとてもそのことを喜び、誰もがありすを自分だけのものにしたいと願いました。でも、ありすの身はひとつ。住人一人ひとりに分け与えるなんてとてもじゃないけど出来ませんよね」
「……まぁ」
「そこで、我が国の紅の女王は皆が納得できるようにするために、ある"ゲーム"を考えました。その名も『アリス争奪戦』」
「アリス争奪戦?」
「ルールは単純。半年間薔薇の国の住人達が戦って、ありすを奪い合います」
「……え?」
奪うって、何?
再び普通の女子高生なら聞かない謎ワードが出てきて、脳内での激しい混乱が始まった。
絡みあう思考回路、頬を伝う嫌な汗。
だけど目の前を歩く白い兎耳の青年はそんな私の様子にも気づかず足を止めず、暗い森を迷うことなく進んでいく。
「激しい戦いの末、半年後にありすを手元に置いていた者が勝ち。その者だけに【ありすを自分の好きなように出来る権利】が与えられます」
「……ちょ、待ってくださいっ! それって、私の意志とかは完璧無視なんですか!?」
「はい、抗議したところで誰も耳は貸さないでしょう」
「そんな! ひどすぎる! アンフェアよ! 異議ありぃぃッ!!!」
「でも……『7回生まれ変わった時に条件を満たしていたら自分の身を好きにしてよい』と言ったのは、紛れもない過去の貴方なんですよ? だから、このゲームに関するあなたの意志や拒否は一切受理されないでしょう」
そんなのひどすぎる。別にその条件は、今の私が出したわけじゃないのに!
それに初代(?)アリスもなんて勝手な奴なんだ。
「……それでですね、住人達はありすを手に入れるためなら何でもするつもりなようです。なので突然ありすの目の前で住人同士の殺し合いが展開されても、おかしくありません」
「ちょっ、恐ろしいこと言わないで下さいよ! はっきり言って怖いですから」
「この国の人々は、欲しい物を手に入れるためなら手段を問わないですからね。それに皆、殺人のスペシャリストとして色んな国で有名ですし。まあ……基本は皆、平和主義者ですが」
そう言ってリオは順調に進めていた足を止め、少し後ろを歩いていた私のほうに振り返った。
彼の大きな目が私の目とばっちり合い、ちょっとドキッとする。
顔がみるみる熱くなるのがわかったけれど、でも私は踏ん張り、あえて彼から目をそらさなかった。
「……ということは、あなたも私を巡って、物騒な殺し合いとかするんですか?」
「いいえ。僕も一応『暗殺者』と呼ばれていますが、必要のあるとき以外の殺生は好みません」
「そう……ですか」
「それに、僕はあなたを守るためにここにいるんです。前触れもなくこの世界へ貴方を連れてきたのも、そのため」
「私を守るため?」
「――薔薇の国の住人は、あなた達とは正反対の考えの持ち主です。あなたを一人にしておいたら、いずれ別の住人と出会うでしょう。そしてもしその住人を何らかの形でありすが挑発したら、最悪ゲーム中でもあなたはそいつに殺されてしまうかもしれません。それに、たまたま戦闘の最中に出くわして流れ弾を食らう確率だってないわけじゃありませんし」
「そ、そんな物騒なコト言わないで下さいよ……生きる気力失せますよ」
「でも、僕があなたのそばにいれば、貴方を守ることが出来る。……僕に、あなたを守らせる権利をくれませんか?」
リオは美しい真紅の瞳を少し細め、私の肩をぐっと掴んだ。
それはあまりにも突然の出来事。しかも彼の顔はまさに真剣そのもので、私も思わず顔を強張らせた。
「僕はあなたの味方です。信じてください」
彼の深い紅の瞳の奥に困惑顔の私がゆらめいて映っている。
こんなに一生懸命な声で言い聞かせられたら、拒否なんて絶対出来ない。
どうしよう。どうすればいいの?
戸惑いや不安などの様々な感情が心の中でぐるぐると渦巻く。
不安定な心境。異世界。逃げられない争奪戦。
目の前の青年は本当に信用すべきなのか?
――激しい葛藤の末、ようやく私の中で結論が出た。
「……私、信じます。貴方を」
「ありがとう、ありす」
すると白兎はほっとため息をつき、ゆったりと微笑む。
といっても残念ながら周りが腹立つほど暗いのでぼんやりとしか認識は出来ないけれど。
こうして、彼は再び私の手を引っ張り、薔薇の森を出ましょうと言って歩きだした。
契約成立に喜んでいるのだろうか? 彼、さっきよりも手を握る力が強くなってる気がする。
「あと、実は……言っておかなければならないことがあるのですが」
「えぇッ、あ、はい?」
「貴方の無事を確保するために、僕は誰よりも早くありすの元へ駆けつけました。そして下校中のありすを発見し少々手を加えて眠らせて、ありすがあっちの世界にいると思い込んでいる他の住人の目をあざむくために、眠る貴方を抱え一旦薔薇の国へ戻ることにしたんです」
「はあ」
「それで薔薇の国の出入り口である黒い扉をくぐり薔薇の国へ向かう途中、トラブルが起きてありすを抱える手を離してしまい、ありすの身体はどこかの空間へ飛ばされてしまいました」
「……そんな事があったんですか? 私初耳ですけど」
「はい。だから本気で焦って、死に物狂いで国中を探しましたよ。そうしてふと薔薇の森に向かったら、なんとか奥でありすを発見しました」
「はあ」
「ですが、僕がありすをこちらに連れてくる時は、貴方は白いジャージのままでした。なのに発見時からありすはこのように黒いエプロンドレスを着ています。もちろん僕が着替えさせたわけじゃありません」
「え、待って、じゃあ……!?」
「まだ薔薇の国に残っていた住人の誰かに、ありすを発見されたかもしれません」
リオのマシンガントークを、必死で耳に止めて整理していく。
……ということは、いつその薔薇の国の住人さん方が私を奪うために私たちに襲い掛かってきても、おかしくないってこと?
「それって結構危険なんじゃあっ!」
「えぇ、そうですね。それに実はもうゲームも開始されているので、かなり厄介ですよ」
「え、しかも争奪戦ってもう始まってたんですか!?」
「……実は、紅の女王はありすにゲームの事を伝えるのを忘れたまま、勝手に開始してしまいました。ちゃんと確認しなかったのが悪かったですね。それは女王の側近である僕の責任です」
女王の側近?
危うく普通に右から左へ聞き流しそうになったが、よく考えてみると――
――側近って、たしか結構偉い人ではなかっただろうか?
「ちょっ、あなた……側近だったなら、開始するとかしないとかそれ以前にそんなふざけたゲームの案を取り消してくれればよかったじゃないですかぁ!」
「あのですねありす、側近とはいえ、さすがに僕にはそこまで権力はないんですよ。それに……もし取りやめたりしたら、国中で史上最大の暴動が起きてしまう」
そんな事だけで暴動を起こすなんて、なんて単純な国民なんだよ。
もし日本でそんな事が起きたら、あっという間に国が崩壊しちゃうよ?
今までこの薔薇の国が情勢を保っていられたのは奇跡なんじゃないかとひっそり思う。
すると彼は懐から割と小さいがゴツゴツした黒い塊を取り出し、不意に私の手にしっかりと握らせた。
「これは?」
「僕の予備の銃です。弾は6発。護身用だと思って、一応持っていてください」
じゅ……銃!?
暗闇の中で目を凝らしてよく見ると、大きく薔薇の装飾が施されたその銃には『リオ・ロザヴォーグ』と英語の筆記体で刻み込まれている。
「ゲームを中止にすることは出来ませんが、貴方を守ることなら出来ます。必要があれば……僕は自分の手を血で染める覚悟も出来ていますから」
「……どうして初対面なのにそこまで私の身を案じてくれるんですか?」
「それは僕にもよくわかりません。なんとなく、とでも言っておきましょうかね」
「……はあ」
「あと、敬語はやめてくださいね。あなたは薔薇の国の運命を握る少女。ちっぽけなただの白兎である僕ごときに、敬語を使う必要なんてないのですから」
そう言い、リオは薔薇の森の中を敵に警戒しながらひたすら真っ直ぐ進む。
そして私も彼に手を引かれながら、よろよろと足場に気をつけて歩く。
「大丈夫ですか、ありす。足元、慣れてないと危険なのでしっかり手を握っててくださいね」
「はい……あ、うん」
「もうすぐで薔薇の森の出口ですから、もう少しの辛抱です」
一瞬、本当にこの人を信じていいのか、この人についていって大丈夫なのかという思いが脳をよぎった。
だって怪しくないですか? 本音を漏らすなら、こんな状況じゃなかったらあんまり関わりたくないタイプでしょ。
が、私は首を横に振りその不安を打ち消す。
疑ってはいけない。もう、後には引き下がれないんだと思うから。
この後たくさんの恐怖と希望が待ちうけているなんて、そのときの私には全く想像がつかなかった。
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