ロボ子さん、野良ロボ子さんと会う。
キーを叩くごとに、きらきらと謎粒子が舞う。
雪月最新モデル神無さんは、もう仕事をはじめている。
『マスター』
神無さんが顔を上げた。
「なんでしょう、神無さん」
ハンコをポンポン押しながら虎徹さんが言った。
『先輩がいません。雪月改二号機さんがいません』
「うん?」
虎徹さんも顔を上げた。
パーク園長室。神無さんの向かいの机には確かに誰も座っていない。
「トイレかな?」
『アンドロイドはトイレしません』
「長いからうんちかな?」
『うんちしません』
「まあ、そのうち帰ってくるでしょう」
『マスター。先輩のPCに侵入します。デスクトップをこちらに表示させます』
いや、ノートパソコンは開いたままなんだから単純にのぞけばいいんじゃないの?という素朴な疑問をよそに、神無さんが猛烈にキーを叩きはじめた。
『侵入しました』
「早いな! うちのセキュリティどうなっているのかな!」
『「短い間でしたが世話になりました」だそうです、マスター』
片肘ついて眺めていた虎徹さん、「はあ?」と声をあげた。
『「神無さんとお幸せに」だそうです』
「ええええ!?」
――神無さんとお幸せに。
その台詞は廃校を利用した同田貫組本部に無理矢理作った和室の壁にも達筆で飾られている。
古女房で悪うございましたね。
神無さんとお幸せに。
「わあああああ!! 弥生さん!!!!?」
同田貫の親分さんが頭を抱えて悲鳴を上げた。
そして、昔は村の大通りだった角の洋館の洗面台の大きな鏡にも。
ルージュの伝言で。
死ね、中二病やろう。
神無さんとお幸せに。
水を止めるのも忘れ、清麿さんが呆然とそれを見つめている。
神無さんが村にやって来た日。
雪月改三姉妹が家出した。
「ロボ子ちゃんが家出!?」
電話に出た宗近さんの周囲は賑やかだ。
補陀落渡海の機関部なのだろう
「あんたなあ、新型機が登場して自分たちのモデルが製造終了になった微妙なときに、なんでそんなからかうようなことするんだよ。そりゃロボ子ちゃんたちだって怒るさ」
「面目ないです」
虎徹さん、しゅんとしている。
「なあ、あんたたちが雪月改の次期モデルに賛成したのは、雪月改があの子たちだけで終わるのが嬉しかったんだろ?」
「なんだ?」
「雪月改が、あんたたちだけの雪月改で終わるってのが嬉しかったんだろ?」
「ロボ子さんじゃないが、気持ち悪いことを言うな」
「それでどうするの」
「もう清麿や同田貫が村を探している。おれもそうするが、おまえは仕事が引けたら家に直行して待機していてくれ。ロボ子さんが帰ってきた時に誰もいなければかわいそうだ」
「アイ・アイ・サー」
電話を切って虎徹さんは口を尖らせた。
「くそっ。あいつ、わかったようなことを」
この村は狭い。
空間としてはけっこう広大ではあるのだが、三姉妹が隠れることができそうなところは少ない。まさかパークに隠れるとは思えない。
「いないか」
鎮守さまの祠の戸を開き、虎徹さんがつぶやいた。
「うちの納屋か、ここしかないと思ったんだがな」
頭をかいて溜息をつき、祠の戸を閉めて虎徹さんは鎮守さまの階段を降りていった。もうあたりは薄暗い。
ヴン。
ヴン。
ヴン。
ウィン…。
ウィン…。
ウィィン……ン。
祠の中、三姉妹がスリープ状態から復帰した。
『行きましたね』
『行きました』
『私たちがその気になれば、気配くらいいくらでも消すことができるのです』
『あ、雨』
ロボ子さんが言った。
「あ、くそ」
虎徹さんは空を見上げ、フライトジャケットを脱いで頭にかけた。
『雨です。暗いです。寒いです。怖いです』
『泣き言をいっちゃだめ、三号機さん』
そう言いながらも、一号機さんの声にもいつもの余裕がない。
『いつになったら見つけてくれるんでしょう、マスターは』
『だったら、さっき、気配を消さなければ良かったじゃないですか』
『さみしいです。さみしいです。いつもならディナーを作っている時間です』
『ドナドナ……』
突然ロボ子さんが歌い出した。
『なんです、二号機さん』
『やめて。そのもの悲しい曲やめて』
『ドナドナ……私たち、このままここで錆び付いて中古として売られていくんです。神無さんを買うための頭金になるんです……ドナドナ』
『やめてーー!』
『やめてーー!』
「しゃーねえ。もう一周するか」
虎徹さんは、あれっと顔をあげた。
しとしとと降る雨の中、この村には似合わない大きな高級セダンと、その脇に立つこちらも大きな影が二つ。
「清麿に同田貫のおっさんか」
「雨の中を走っている君を見たのでね」
清麿さんが言った。
「もしかしたらと思うのだが、君は気づいていなかったのか?」
「なにを?」
「彼女たちにはGPS発信装置がついている。しかも彼女たちはそれをつけたままだ」
えっと、虎徹さんは目を丸めた。
「マジで」
「なあ、副長さん。おれたちは三六光年をこの男の下で旅してきたんだよな」
同田貫さんが清麿さんに言った。
「艦長としては有能だった。それ以外がポンコツなだけなのだ」
清麿さんが言った。
「おいおい、そんな便利なモノがあるなら最初から言ってくれよ。こんな時間まで雨に降られて探す必要なかったじゃねえか」
「ほんとうにポンコツだな、宙軍やろうは」
「この男がポンコツなだけで、宙軍はポンコツではない」
「あのな、艦長よ」
と、同田貫さんが言った。
「自分たちが信号を出していることを、雪月改の彼女たちが知らんわけがない」
ロボ子さんだけは天然で気づいていないかもしれません。
「むこうだって見つけて欲しいと思ってるんだよ。だけどな、少しは心配して、少しは苦労して探してやらなきゃダメだろう。彼女たちの家出の決意に報いてやらねばならんのだ。GPSを使うのは最後の最後なんだよ!」
「で、GPSによると、一号機さんはどこにいるんだ?」
「鎮守さまの祠」
「使ってんじゃーん! 宙兵隊隊長さん、GPS使ってんじゃーん!」
「だって、少しでも弥生さんいないとさみしいんだよ、おれはよおおお!」
「まあ、同田貫氏を責めてやるな」
清麿さんが言った。
「私も彼も、GPSに頼らずに探していたんだ、さっきまでな。しかし暗くなって雨まで降ってきたんじゃ、このへんでもういいだろう」
「しかし、祠だって? ついさっき探したぜ、おれ」
「彼女たちが息を潜めたら、人間に気配などわからんよ。おい、そのまま迎えに行くつもりか。傘くらい用意していけ。君のじゃない、二号機さん用のをだ。傘もささずに雨の中を歩かせるつもりか」
「清麿さんは細かい事に気づくねえ。ま、それでずいぶん助けられたよ。じゃ、おれは傘を取りに一度家に戻るわ。おまえら先にいっててくれ。ロボ子さんには、あとから迎えに行くと伝えておいてくれよ」
虎徹さんはフライトジャケットを羽織り直すと駈けていった。
「あれで、おまえらの中では出世頭なんだろ?」
同田貫さんが言った。
「彼とは同期じゃない。彼が一つ上だ。まあ、あの年で艦長なのだから出世頭なのは違いないな。それでも士官学校時代を知っている私からすると、今の彼がむしろ信じられない」
「ふうん?」
「三羽ガラスと呼ばれたひとりでね。特に彼は融通の利かない堅物の上級生で、鉄の虎徹と恐れられたものだ」
「ほう」
「それでどうする。三機だと荷が重いが、二機なら大丈夫だろう。君も私の車で迎えに行くかね?」
同田貫さん、にやっと笑った。
「いや、どうぞお先に。おれは歩いて行く。GPSに頼りました、清麿さんの車に乗せてもらって迎えに来ましたじゃ格好がつかねえ」
ざっ!と番傘を振って広げると、同田貫さんは歩いて行った。
清麿さん、苦笑いをひとつこぼしてセダンに乗り込んだ。
『さみしいです。心細いです』
祠でロボ子さんが膝を抱えている。
『一号機さんのマスターも三号機さんのマスターも来てくれたのに、うちボンクラどもはなにをしているのでしょう……』
祠の中はもう真っ暗だ。
一人では怖い。
一人。
さっきまでそうだった。確かにそうだった。
センサーが、今、もうひとりの存在を感知している。どうやら二人目が近くにいる。
『誰です?』
ゾッとしながらも、ロボ子さんは声をかけた。
『あんた雪月改でしょ』
声が返ってきた。
『高性能アンドロイドのくせに泣き言いってんじゃないわよ』
ロボ子さんは眼を暗視カメラに切り替えた。
緑色の視野に映るのは、自分によく似た人影だ。
『雪月』
『そうよ』
しかし雪月改ほどではないにしても、雪月は高級アンドロイドだ。
それなのに、この子は――汚い。
『私は野良アンドロイド』
人影が言った。
『今夜はここで野宿するつもりなの。あんたもそうなら別に構わないけど、邪魔はしないで』
鎮守さま。また変なのが出てきました……。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。