「──そこ、右!」
熱斗の声がスバルの耳に届いた瞬間、スバルは一気に後方へと跳んだ。次の瞬間はもうスバルが立っていた場所にファントムクローが通り過ぎる。
ここはクロックマンの『城』である電脳。あのあとすぐにエグゼを救出しようとしたスバルの視界に入ったのは、電脳を多い尽くすほどの電波体の群れであった。それはウイルスだけではない。スバルが戦ってきたFM星人、ムーの電波体、ディーラー、その全てが集結をしていた。
数としてはウイルス100、約電波体20。対してスバルはウォーロックを合わせても二体、圧倒的数の前では彼らは無力でしかない──はずだった。
「バトルチップ メガキャノン!」
しかし結果はどうだろうか。囲まれているスバルは周りからの攻撃を軽々と避け続け、転送されるバトルチップを駆使し敵を薙ぎ倒しまくっている。
スバルとウォーロックではけして成し遂げられなかった芸当。だが今回は違う。もう一人の英雄・熱斗がいることによって二人だけでは見ることが出来なかった新たな視点から攻略をしていく。
「バトルチップ ビッグボム!」
前方へと投げられた小型の爆弾が電波体達を燃やしていく。電脳は今、粒子が荒れ狂う地獄絵図と化していた。その地獄絵図の真ん中に聳え立つスバルは他人が見れば悪魔と評するかもしれない。それほどにスバルの戦いぶりは鬼気迫るものだった。
『……あと何体いるんだこりゃ』
ウォーロックが呆れ気味な声を漏らす。彼らがここで戦い始めもう10分を越えようとしている所なのだ。無理もないだろう。何故なら敵の数が一向に減らないから。
彼らが今対峙している敵と、最初に見えた敵の数は変わっていない。つまり敵はどこからか湧いてきていることとなる。その場所が分からないから今彼らは止まっているわけだ。
『おいくそオペレーター! そろそどこから湧いているか分かったか!?』
「うるせえ、まだ分かってないからバトルチップを送っているんだよ!!」
ウォーロックに怒鳴り声をぶつける熱斗だが、実際は心の中で謝罪をしていた。ネットナビを助けるのがオペレーターの仕事、熱斗はそうずっと思っていた。だからスバルにオペレートを頼まれたとき、自分にも仕事があると喜び、スバル達を助けようと思った。
しかしそれが出来ていない。いくらスバルが強いといっても体力が無限にあるわけではないということは熱斗も知っている。これまでほとんど無傷で済んでいるが、いつ傷を負わされるか分かった物ではない。だからすぐに電波体の発生源をすぐに突き止める必要があるのだ。
(考えろ、考えるんだ! どこからあいつらは現れる? そもそもどうやって現れる?)
しかし見れば見るほど熱斗は混乱していく。敵の発生源はランダムに現れるし、何かの装置が見えるわけでもない。見えるのはスバルを押しつぶさんばかりに存在する敵と、スバル、捉われたエグゼだけ。
「……バトルチップ フレイムソード!」
スバルの左腕が真っ赤な剣に変形する。それと同時にスバルは敵へと猛然と突っ込んでいく。その彼の小さな体に向かって100を越える電波体からの攻撃が向かう。爆風によってスバルの体もよく見えない。それが熱斗を焦らせる。
「どうすれば、どうすればいいんだよ……!」
まだ見ぬ本当の敵、それを倒さなければロールを助けることは出来ない。しかし本当の敵を倒す前には目の前の敵を一掃しなければいけない。
(スバルは今も死ぬかもしれない状況で戦っている。それに変わって俺は安全な場所で何も出来ずに見守っているだけ。……ふざけるな!)
焦りながら、目を赤く染めながら、熱斗は思考を深めようとしていく。だがそれが本当はただ単に思考を鈍らせていることなどということを彼は気付いていない。
「……まだか」
スバルとウォーロックは熱斗の指示が止まったことに気付き、自分達で応戦しようとしたが圧倒的数の前では無傷では済まされなかった。見えない角度からのゴルゴンアイ、ペインヘルフレイムの直撃を避けながらなんとか敵の数を減らそうとするが、敵は減る気配など一行に見せない。
『おいスバル! このままだと俺たちやられちまうぞ!』
「分かってるよ。でも、僕たちにはどうすることも出来ない……!」
スバルとてこのままでいいとは思っていない。この状況を打破するため思考しようとしている。しかしそれを敵の膨大な数の攻撃が邪魔をする。実質彼には考える余裕がなかった。
ウォーロックもそのところは分かっているつもりではいるが、何せいつ逃げられるかも分からないクロックマンに焦りを感じてしまっている。そんな状況で彼も考えられるわけがない。
今の二人には、熱斗に託すしか手段が無かった。
「とにかく僕たちは今倒れないことだよ。僕たちが倒れたら、それこそ終わりだ……」
『チッ、結局今は俺たちが気張るしかねえってことかよ……やってやらぁ!』
ぎらりと鈍く爪を光らせウォーロックは敵へと構える。スバルも左手のハンターを操作し、バトルカードを使用する。
「バトルカード ソードファイター!」
右手を約一メートルサイズの剣に変形させ、スバルは思う。
(僕たちはまだ戦える。だから熱斗君、何とかこの状況を一秒でも変えられるようにがんばって……!)
しかし、まだ熱斗は敵のカラクリに気づいてはいなかった。先ほどよりも焦燥に色を濃くさせるだけで、事態をどうこうするような一手を見出せないままただ立っている。
思わずPETを持つ熱斗の腕に力が篭る。汗ばむ手の内で、きしきしとPETが音を立てた。どうせなら折ってしまって楽になりたい、本気でそう思うようになって来たそのとき、熱斗の手を誰かが包み込んだ。熱斗が見てみると、その手の主はメイルだった。
「熱斗、大丈夫……?」
心配そうに見つめるメイルの手もじっとりと汗で湿っていた。メイルもこのままではロールが帰ってこないことは分かっている。そして今熱斗たちがどうするかも分からない状況で戦っているのかも。
メイルの問いに熱斗は答えられずにいた。自分は大丈夫であるが、スバルはもう少しで力尽きてしまうかもしれない。そんな想像がまだ熱斗の思考を鈍くさせていた。
「ねえ、とにかく落ち着こう?」
「落ち着けられないよ。だって、もうすぐスバルはやられちまうかもしれないんだ!」
思わず声が荒れ、そのせいでメイルの身体がびくっと震えてしまう。熱斗も一瞬やりすぎた、と思ったが今は謝る時間も惜しいといわんばかりだ。
「俺が、頭悪いから……」
「……自分を責めても仕方ないよ」
「でもどうするればいいか分からないんだよ!」
「だから落ち着いてって!」
メイルのその一言でようやく熱斗は言葉を失った。悲しそうに目を濡らすメイルの気迫に圧され、黙るしかなかった。
「敵がどうやって増えているかわからないのなら、敵の気持ちを考えればいいんじゃない?」
「敵の、気持ち……」
頭をゆっくりと冷やしながら熱斗はPETの画面を見る。傷つきながら戦っているスバルが映り焦ってしまいそうだがそれを抑えながら考える。
「何か、敵が守っているものはない?」
メイルのその問いに、一瞬熱斗は首を横に振りそうになる。近場に存在するものといえば、スバルとウォーロック、敵の電波体、そして囚われたエグゼ──。
(もしかして、あの時計……!?)
仮にもしあの時計の罠が2つの能力を持っていたとしたら? 一定時間が経ってからまたスバルがこちらに来ることを敵が予測していたら? エグゼを救出しなければ先に進めないのなら、最高の時間稼ぎでは?
「そうか……! ありがとう、メイルちゃん。──スバル、おい聞こえるかスバル!」
《すぐにロックマンを助けてくれ! そうすればたぶん、こいつらは増えることはない!》
鼓膜を揺さぶる熱斗の声、それによってスバルはいったん敵から距離を取る。ここに再度来てから15分が経過していた。無傷であったスバルの身体にはいくつもの裂傷が出来ており、このままでは撤退を余儀なくされるかもしれなかった。
「……本当に?」
『おいおい、それでこいつらが増えることはねえんだろうな!?』
《絶対って保証はねえけど、それしか考えられない! とにかくやってみてくれ!》
『これで間違ってたら承知しねえからな!』
しかしウォーロックは熱斗を信じきっていた。他にすがるものがないというのもあるかもしれないが、しかし熱斗が今後英雄になることに変わりない。だから信頼できる。
「熱斗君を信じてやってみよう、ウォーロック」
『それしか方法がねえんだから仕方がねえ……。とけいのデータは?』
「ちゃんとあるよ。それで罠に触れさせれば……」
『少なくともエグゼは帰ってくるってことか……どっちにしろいくしかねえ』
「じゃあ、すぐに終わらせよう! 熱斗君、バトルチップをお願い!」
そうスバルが叫ぶと、すぐに熱斗からの返事が来た。
《オーケイ。バトルチップ ショットガン クロスガン スプレットガン メガキャノン スロットイン──》
《プログラムアドバンス パワードキャノン!》
スバルの右腕が大口径の銃火器に変わる。それをスバルはすぐに前方へと構える。先方の敵はエグゼを守るように壁をつくっている。これなら敵にあたりはしてもエグゼにあたることは無いだろう。
『スバル、撃て!』
ウォーロックの号令の直後、スバルの右腕が火を噴いた。数秒もたたないうちに前方の敵に直撃、弾丸はそれでも足りずに辺りに爆風を撒き散らし、敵を燃やし、吹き飛ばし、消していった。もし敵が本物であれば悲鳴が響き渡っていたであろう。
しかしこれは敵は偽物で、すぐに復活してしまう。道は開いたのに、また塞がれてしまう。その前に
「ウォーロック!」
『ああ、一気に突っ込んでやるぜ!』
ウォーロックの真骨頂、「ウォーロックアタック」。エグゼへと狙いを定め、スバルは地面を蹴った。
視界の端で敵が復活を始める。だがそれではスバルには追いつかない。コンマ数秒の世界で、スバルは咄嗟に右手を出した。そしてエグゼの目の前で移動し、触れた。
とけいのデータが敵の罠を中和──エグゼの時間が、再び動き出した。
『……あれ?』
硬直したエグゼが困惑の声を上げる。
『僕、何をしていたんだっけ? たしか、ロールちゃんを……って!』
エグゼはスバルを見つけるとすぐに距離を置いた。そうか、まだエグゼは僕たちのことを敵だと思い込んでいるんだ、とスバルは思い出す。
『おまえがロールちゃんを攫った犯人だな……! どこにいる! ……後ろに敵を引き連れているようだけど、僕は負けないぞ!』
《落ち着けロックマン》
不意に熱斗の声が響く。
《その蒼いナビ……スバルは仲間だ》
『……えっ?』
今さっきとけいの呪縛から開放されたことも相まって、エグゼは言葉を失っていた。それに追い討ちをかけるように熱斗は解説を続ける。
《本当の適は別にいる。スバルの後ろにうじゃうじゃいるのが敵の手下だ》
スバルが振り返ってみると、敵たちは全て消えうせてなどいなかった。目測でおよそ100体ほど、しかしさっきよりも減っている。復活する様子は見せない。
「……ねえ、ロックマン」
スバルはエグゼへと振り返り、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「僕たちには君の力が必要だ。……僕も君と同じように救いたい女の子がいる。だから、力を貸してほしい」
「たくさんいるけど、僕たち二人がいれば、絶対に倒せるから」
現代
「……フゥーハハハ!」
どこかの国のどこかの地方のどこかの孤児院で、そんな高笑いが響いた。
「今日は楽しいね、サイコーにっ!」
「……うるさいカイ」
さっき高笑いをしていた少年──カイに対し、病院の院長の娘──黄璃光はあきれ気味に言った。今彼女らがいるのはリビングだ。さきほど夕食を済ませ、後片付けをしている最中なのだ──黄璃だけが。
「別にいいんじゃんか。こうでも言ってないとテンションが上がらないし」
「だからって楽しいって無理矢理言うのはどうかと思うけど」
「だってつまんないじゃん、このごろ。地球が救われたからって言って各地のデパートとかで半額セールが行われているだけじゃん」
「……あのね、私にとってはそれ重要なことだから」
「俺にとってはどうでもいいことだから」
はぁ、とため息をつきながら黄璃は片付けられた皿を洗っていく。今の時代専用の食器を洗うものもあるのだが、数が多すぎて不足分を補わなければいけないのだ。面倒くさいなと思いながらもしっかり洗っているかぎり、仕事はカイよりもきちんとやるタイプらしい。
点けっぱなしのテレビからは響ミソラが失踪した事件を報道し、謎のウィザードの顔写真入りで映っている。それと同時にサテラポリス・ニホン支部から1体のウィザードが消失したこととの関連性を問われており、いろんな意見が取り立たされている。
「大丈夫なのかな、ミソラ」
「何故呼び捨て? 仲いいの?」
「ファンはミソラって言うんだよ」
よく分からない理屈だな、とカイは呟きせんべえをばりぼりと頬張る。二人とも特に心配している様子は無い。今頃全国のミソラファンとロリコン共はこの事件を受けて発狂していることだろう。さっきまでリビングにいた子供たちなんて大勢で泣いていて近所があるならばうるさいと怒鳴られていることだろう。
「どこに消えちゃったんだろう。早く戻ってきて欲しいな」
「あれだ、γ世界線だよきっと」
「どこそこ?」
分かりにくいネタを振りまくカイに対し黄璃は首を傾げながら訊いた。しかしカイだって適当にいっているので分かるはずもない。
「大丈夫大丈夫。一応は生きているだろうから。そのうち帰ってくるよ」
「そうじゃないけど困るけどさ……いまいち信じられないっていうか」
「心配すんなって。……ちゃんと収束するからさ」
「だから何のことだって」
いいじゃん別になんでも~、と笑顔で答えるカイ。カイと黄璃が会ってから二年と少し経っているが、いつもこんな感じだ。助けてあげた恩を忘れているんじゃないか? と思いながら1人で食器を洗っている黄璃。お疲れ様です。
「まあまあ、大丈夫だろ。なんてったってあるんだろ? おまえの病院に」
「光熱斗が記した、日記形式のデータがさ」
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