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大人と子供の奮闘記 作者:蒼井七海

第二章・改訂版 野と海の賊

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05.白昼の戦い

 大声の警告から大して経たないうちに、刃物を持った数人の男が馬車の扉を蹴り開けた。唐突な襲来に、乗客は悲鳴を上げる。
「いいか、絶対に動くな! 動いたらその瞬間に刺すからなぁ」
 男たちはそんな乗客に、いやらしい笑みとともに脅し文句を吐いた。だが、目が真剣で殺気に満ちているので正直笑えない。
 阿鼻叫喚のなか、ルークは目測でその男たち――盗賊と自分との距離を測り、それから隣の少年に耳打ちした。
「……俺が出たらそれはそれで大騒ぎになる。アレン、頼めるか?」
 一瞬訝しげにしたが、すぐに彼の立場を理解したらしいアレンは大きくうなずいた。
「了解! 任せて頂戴」
 言うが早いか、彼はそっと木組みの窓枠に足を乗せて、ルークに目で『行ってきます』と合図を送る。それから素早く身をひるがえし、外へ出た。これだけの人の波だ。盗賊も気付かない。少年の姿をそっと見送ったルークは、彼らに見つからないように戦闘の構えをとる。
 野盗、というものを侮ってはいけない。いくら素人とはいえ、その身軽さや腕力などは本物である。いざとなればこちらも本気で相手をしなくてはいけなくなる、と思っていた。
 悲鳴と怒号が飛び交う中、ルークは静かに耐えていた。ある、一人の子供の姿を目撃するまでは。

「ちょろいもんだな。民間の馬車を襲うくらいは」
 馬車の外で負傷した御者をみはっていた男は、そう言いながら短剣を手元で遊び回した。その口元には、余裕の笑みが浮かんでいる。彼は上機嫌で、青空を仰いだ。しかし、このときある違和感に気付く。
「ん? ……なんだ?」
 自分たちが今襲っている馬車の屋根に、何かがいるのが見えた。彼から見れば黒い影でしかなかったが、輪郭からそれがなんなのかは容易に想像がつく。男は思わず、目を見開いて叫んだ。
「――人、だと!?」
 すると、周囲の盗賊仲間にも動揺が広がる。それぞれがその人影を警戒し、武器を構えた。
 だがそれと同時に、彼らの目の前で光が弾ける。男の視界が、白く染まった。この時彼は、陽気な声を聞く。
「こんにちは~、盗賊のみなさん。さっそくで悪いけど、ちょっと攻撃魔術の実験台になってくれないかな?」

 時は少しだけさかのぼる。
 息をひそめて盗賊の動向をうかがっていたルークはしかし、先刻から恐怖で静まり返っている馬車の中、一人の子供の姿を捉えた。人混みの中に取り残されてしまった五歳ほどの少女。きっと、先程の騒ぎで親の手から離れてしまったのだろう。きょろきょろと不安げに辺りを見回す様は、なぜか二年前のアレンの姿を彷彿(ほうふつ)とさせた。
 ものすごく助けだしたい衝動にかられていたが、この中で下手な動きを見せれば間違いなく盗賊たちに目をつけられてしまう。アレンが事を起こす瞬間まで、それは避けたかった。しかし、どうしても親心のようなものをくすぐられてならない。
 くそ、全部あのクソガキのせいだ! と責任を相棒の方へ転嫁(てんか)しつつこらえるルーク。少しだけ、こめかみがひくひくと動いていた。
 そんな彼にも、いつしか限界はやってくる。
 確実に馬車を制圧していた盗賊が、その進路上で彷徨っている小さな少女を見つける。
「おい、邪魔だぞガキ!」
 男は大声で言うが、恐らく両親を捜すのに必死になっているのであろう少女は、それどころではない顔をして辺りを見回していた。つまり、男の声を無視した。
 気分が高揚していた男は、この些細なことに怒りを見せる。
「こンの……っ!」
 うめきとともに歯をかみしめると、彼は少女を思いきり蹴り飛ばした。大の男に力の限り蹴られた小さな少女は、その勢いで馬車の中を転がる。そして、幸か不幸かルークの方へ飛ばされていた。ついに見過ごせなくなったルークは反射的に手を伸ばし、少女を受けとめる。きょとんとしてこちらを見上げる少女に、彼は「大丈夫」という意味の視線を送った。だが、その瞬間に背中に鈍痛を感じた。刹那(せつな)、勢いよく床に叩きつけられる。
 声にならない悲鳴を上げたルークは、視線だけで状況を確認する。自分の背中を踏みつける盗賊の姿を確認できた。このときになってようやく、やってしまったということに気付いたルークであったが、そのときにはもう、手遅れになっていた。
「おぉい、青二才。いつ、だれが動いていいって言ったよ。えぇ!?」
 怒りで顔をしかめた盗賊が、そう言う。しかし、ルークは答えなかった。ただ静かに、男の方を見上げる。すると、男の手が腰のナイフに伸びた。
「何無視してんだよっ!!」
 少女と青年。立て続けに二人に無視された――片方は悪意などこれっぽっちもないが、盗賊には関係ない――男は、その怒りにまかせてルークの背中を刃でえぐった。赤い血が周囲にまき散らされ、乗客が小さな悲鳴を上げる。続いて二度目には、別の個所に刃を突き立てる。今度は腹まで貫通しそうになったところで、力いっぱいナイフが引き抜かれた。
「ぐっ……ぅ……!」
 そして、さすがのルークも踏みつけられたまま声を上げる。痛みに顔をしかめた彼は、上機嫌に笑う男の顔を、確かに捉えていた。ついでに、外で弾ける小さな閃光も。
 だが、それに気付いていない男は、上機嫌に言葉を続ける。
「さあ、次はどこがいい? おまえの望みを聞いてやるぜ。わかぞ――」
 だが、言葉は途中で終わった。正確には、彼の台詞を轟音がさえぎった。馬車の外で閃光が弾け、待機していた盗賊の悲鳴が聞こえる。
「なんだ!?」
 中にいた男たちや乗客は、一斉にざわめき始める。
 そしてこの隙を狙って、ルークも動き出した。自分を踏みつけていた男に向かって静かに右手を伸ばし、指を鳴らす。すると、男の顔面で小規模の爆発が起こった。男は「ぐぇっ!」というカエルのような声を上げてから、絶叫して地面をのたうちまわる。おそらく、顔面をやけどしたのだろう。周りの盗賊仲間が動揺し、乗客が驚きを見せる中、青年は血を(したた)らせながら立ち上がった。
「悪いね、おっさん方。俺、いつまでも(なぶ)られてやるほど優しくないんだ」
 盗賊を睨みつける、ルーク・ガルシアの――魔術師ギルド『インドラ』・四代目リーダーの眼差しは、本気だった。
「怯むなよ、かかれ!」
 盗賊の中の、比較的若い男が声を上げる。だが異論を唱えた者もいた。
「で、でもよ! お頭があんな状態になったんだぜ?」
 どうやら、顔をやけどして現在のたうちまわっている男は、この団の頭領らしい。ずいぶん弱い頭だな、とルークは心の中でぼやいた。
 しばらくあーでもないこーでもないと揉めていた盗賊たちであったが、ようやく腹を決めたのか、一般人も多い馬車の中で武器を構えてルークへと向かう。
「こいつぁ手負いだ! 大した反撃はできねぇ!!」
 そんなことを叫びながら。彼らを憐憫のこもった眼差しで見つめ、ため息をついた青年はそっと体勢を低くして、先頭を駆ける若い男をにらんだ。そして、男が武器を振りかざす瞬間をねらって素早く足払いをかける。彼が悲鳴を上げながら、武器を持ったまま体勢を崩したところで素早く魔術を編み、発動させた。電撃が弾けて男を攻撃する。
 感電したのかなんなのか、その後まもなく男は気絶した。彼が着ていたシャツの襟を掴んでその身体を床に転がしたルークは、怯んだ者たちへ言葉を投げかけた。
「仮にもギルドのリーダーを、舐めてもらっちゃ困るんだよ」
 何? という声が聞こえる。さりげなく暴露してしまったことにわずかな後悔を覚えるルークだが、どうせこの後警備隊が来れば嫌でも正体は露見するので、今更気にしていられなかった。
 ふっきれた笑みを浮かべた彼は、手招きをして盗賊たちを挑発する。
「さあ、次はどいつだ?」

 一方、馬車の外では突如襲来してきた火球に、男たちが悲鳴を上げていた。そんな様子を見ながら、アレンは身軽に地面へと着地する。普通なら間違いなく足を痛めているところであるが、風の魔術を補助としてさりげなく使っている彼には、そんな心配は無用である。
「よーしよし、上手くいった。今度から実戦投入しても問題ないな」
 悲鳴を上げる男たちを見ながら実験をするというぞっとしない行為を行うアレンは、しかし一人として死者を出してはいなかった。本気を出せばそれこそ死体の山が築かれてもおかしくない。これは彼なりの気遣いであり、こだわりでもあった。
 と、そこで少年の姿を見つけた盗賊の一人が、声を上げる。
「こ、子供!?」
「いや、侮るな! こいつ、魔術師だぞ!!」
 遠方でショットガンを構えている男がそう叫び返す。同時に、弓を引き絞って矢を放った。矢はまっすぐアレンに向かって飛んでいく。しかし彼は、にっこりと無邪気な笑みを浮かべると、矢に向かって手をかざした。するとなんと、その場で弓矢は弾かれて地面に落ちてしまう。
「なっ」
 男たちの間で、確かな動揺が広がった。
 ちなみに、彼らは気付いていないがこのときのアレンはすばやく風の魔術を編んでいた。風を自分の正面に集め、それを防壁として矢を防いでいたのである。
 顔面蒼白になる男たちへ向けて、少年魔術師は言った。
「どうしたのさ、おじさんたち。もっと楽しませてくれると思ってるんだけど」
 その直後、静かだった街道に悲鳴と怒号と轟音が響き渡るのだった。

 この小規模なのか大規模なのかよく分からない戦闘の終わりを告げたのは、一発の閃光弾であった。外の盗賊の掃討を終えた後、手負いの御者に代わってアレンが打ち上げたものである。この閃光弾はすぐさま警備隊の目に留まったことだろう。
 馬車の中から、ルークもこの赤い光を見ていた。同時に戦闘の終わりを悟った彼は、己の周りを見回す。目に留まるのは、幾人もの目を回す男たち。むろん、すべてルークがやったものである。その手並みに、先程彼が助けた少女を含め乗客たちは呆然としていた。
 だが。
「いっ……てぇ」
 と、うめきのように青年が漏らして倒れ込んだ瞬間、彼らは慌てて動き出した。
「おい! 大丈夫か、兄ちゃん」
 近くにいた中年の男性がその身体を受けとめる。ルークは彼に向かって弱々しく笑いかけ、「いやぁ、無様ですみません」とおどけて口にした。
「医者はいねぇか、医者」という叫び声が馬車中を駆け巡っていたとき、青年にとって馴染みのある声が割って入ってくる。
「そっちは随分と無茶したみたいだね~」
 乗客の一部が、驚いて馬車の入り口を見た。そこには、あどけない笑顔の少年が立っていて。確かに血まみれの青年を見ていた。
 ルークは相棒に向けて悪戯っぽい笑みを向け、言葉を返す。
「そっちは随分と好調だったようじゃないか、アレン」
 彼の皮肉を受け取ったアレンはへらりと笑い、馬車の中に入ってくる。こちらはこちらで乗客の喝さいを浴び、少し戸惑っていた。
 警備隊が駆け付けるまでの数分間、馬車の中は盗賊被害にあったとは思えないほど明るい雰囲気に満ちていたという。
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