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大人と子供の奮闘記 作者:蒼井七海

第二章・改訂版 野と海の賊

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08.海原への憧憬

「よう、おかえり!」
 中に入った途端、陽気な声が聞こえてきた。
 家の内装はやはり異国の雰囲気があふれていながらも、それでいて『普通の家庭』を思わせた。とりあえず、この集落には電気が通っていないということをルークは廊下の壁にかけられた松明の数々を見て認識する。まあ、電気や水道が通っていないのはある意味当然のことなのかもしれないが。
 そんなわけで薄暗さを感じる玄関。そこで、キリヤやルークたちを出迎えたのは一人の男だった。陽気な体育会系男というのが一目で分かる姿である。筋骨隆々としたその男――おそらくはキリヤの父――は、ルークたちを見て首をひねる。
「おや? 見ねえ顔だな。客か、キリヤ?」
「ああ。外の(モン)だよ。馬車が盗賊に襲われちまって、歩いて目的地を目指してる途中だそうだ」
 ルークが述べたことを簡潔に説明するキリヤ。彼の言葉を聞いて、男は「そうか、そうか! まあ、何日でも泊まってけ!」と明るく言って二人を招き入れる。松明の明かりは、男の笑い声に呼応するかのようにゆらゆらと揺れていた。
 そして、この集落の長である男――セグと名乗った――の案内で二人は居間らしき部屋へと足を踏み入れる。丁寧に編みこまれた絨毯がしかれた部屋には、木製の古いテーブルがひとつあった。
「まあ、そこで息子と話でもしててくれ。俺ぁ晩飯作ってくるから」
 セグはそう告げると、さっさと居間をあとにした。残された三人の中で、アレンが唐突に口を開く。
「キリヤのお母さんは、仕事に出てるの?」
 それは、自然な疑問だっただろう。父の姿はあっても母の姿は無い。夕飯も父が作るといっていた。不思議に思うのも無理はない。
 少年の問いに、キリヤはごまかすような照れ笑いを浮かべながら言った。
「あー……。お袋なら、もう他界してるよ。数年前に、病気でな」
「………ごめん」
 悪いことを聞いたと思ったのかしゅんとしたアレンに、青年は「いいって」と言って苦笑する。そのとき、やかましい足音が聞こえてきた。
「なんだ?」
 ルークが顔を上げて居間の入口に目をやっていると、キリヤの、またか、という呆れたような声が聞こえてくる。それと同時に姿を現したのは、一人の少女だった。ルークやアレンと目が合うと、ぱあっと表情を輝かせる。
「おかえり、キリヤ! お客さんってこの人たち!?」
 大声で問いかける少女に、キリヤが諌めの言葉をかける。
「そうだ。エミ、もうちょっと静かにしろよ」
 エミと呼ばれた少女は、はあい、と言って居間の中に飛び込んでくる。アレンが無言で青年に説明を求めると、彼は呆れ混じりのため息と共に言葉を吐き出した。
「こいつはエミ。俺の幼馴染だ。両親が早くに亡くなっちまったんで、(うち)で暮らしてる」
「うぅむ、どの家庭にも事情はあるものだなぁ」
 アレンがわざとらしく言うと、キリヤは声を立てて笑う。エミという名らしい少女も、不思議そうな目で彼を見ていた。
「この子、見た目のわりに大人びてるね」
 俺もそう思う、という言葉をルークはのみこむ。あまり余計なことを言うと、正直あとが怖かった。同意しているキリヤを横目で見ていると、突然そんな彼と目があったので驚いた。
「な、なんだ?」
 戸惑いがちにルークが問うと、青年はこう言う。
「いや、そろそろ聞かせてほしいかなって。おまえがなんでこんな場所に来たのかとか、その怪我の話とか。さすがにあんまり得体が知れないと、泊めるの怖いし」
 臆せず本音を述べたキリヤをエミが制止しようとしたが、納得したルークはそれすらもさえぎった。アレンに目で問いかけると、返ってきたのは静かな首肯。
 互いの同意が済んだことを確認したルークは、口を開いた。
「ま、そいつの言うことにも一理あるし、話すか。今日は王都で重要な会議が開かれた日でな、インドラの代表として当然俺が駆り出されたわけだが――」
 ルークがインドラの四代目リーダー、という事実を知らなかったエミはその時点で驚いていたが、さして気にも留めずルークはこれまでの出来事をかいつまんで話した。会議のこと、その帰りで馬車が盗賊に襲われたこと、そして彼が子供を助けようとして盗賊に刺されたことなど。
 キリヤとエミは黙って聞いていたが、その瞳にはやはり驚きと動揺があった。やがて青年の話が終わると、大きく息を吐き出すほどである。
「なんつーか、いろいろ大変だったんだな。ま、ゆっくりしていけ」
 申し訳なさそうに言ったのはキリヤである。先程「あんまり得体が知れないと泊めるのが怖い」と言ったことを少なからず悔んでいるようである。
 その後、いくつか言葉を交わした。この里の外について、魔術について、など。ルークもアレンも普段は絶対口にしない辛口な意見をキリヤたちに述べていた。それは客観的に厳しい意見であるようで、現にキリヤとエミにすら苦笑された。
 そうこうしているうちに、セグが居間へと戻ってくる。手には、ほかほかと湯気を立てる料理があった。
「さあ、できたぞ! メシにしよう!」
 彼の言葉に四人は顔を見合わせると、大きくうなずいた。
 それからしばらく――小さな家の居間の中では、穏やかで賑やかな晩餐(ばんさん)会が開催されていた。
 静かに、()は深まっていく。

 結局その日は、この一家の家に泊まることとなったルークとアレンである。晩餐会で見事に騒いだ後、しばらくしてから五人は床についた。
 そして、東の空が薄明るくなる頃。寝室としてあてがわれた部屋で、ルークはぱっちりと目を開けた。窓もなく、壁と言える壁が非常に薄いこの部屋は、ぴりりと張りつめた冷たい空気に満たされていて、すぐに意識が覚醒する。薄い布団代わりの布を払いのけて起き上ると、彼は気付いた。自分が早く目覚めた理由に。
「……アレン?」
 そう。隣で寝ていたはずの少年の姿が無い。ルークは寝床から這い出して、彼の寝床にそっと触れた。この部屋の床と同じ冷たさが、ルークの手に少しずつ伝わってくる。どうやら、アレンがここを出てから随分と時間が経過しているようだ。
「どこに行きやがった、あのバカ」
 呟きをこぼしながらも、彼は立ち上がって部屋を出た。同じ部屋でいびきをかいて寝ているキリヤやセグに気付かれないよう、そっと。
 ちなみにこれは蛇足だが、エミは女性ということもあり別の部屋である。
 部屋を出てから少し辺りを見回し、ルークはすぐにあの魔術師がこの家にいないことを悟り、さっさと玄関口を目指した。彼はまだ気配を消すのがあまり得意ではないから、少し神経をとがらせれば存在の有無はすぐに分かる。
 相変わらず暗い玄関から外へ出ると、冷たい風が青年の肌をなでた。軽く身震いしながら、ルークはアレンの気配を探る。そして、集落のかなり奥の方にいることが分かった。自分の直感の導きに従って足を進めていた彼だったが、しばらくしてふと足を止める。
 あまりなじみのない匂いが、ルークの鼻孔をくすぐった。
 一瞬訝しく思うが、すぐに一つの可能性に行き着く。
「潮風? ……海沿いの集落だったのか、ここ」
 森の中にありながら海にも面していると言うのは、別に不思議な話でもない。それにエトワールは海洋国であるから、逆にその可能性に行きつかなかったのが不思議なくらいである。いろいろあって止むを得ずにこの集落を選んだため地図では確認していなかったが、なるほどそう言う場所か、と彼は勝手に納得して、また進んだ。
 しばらくすると、鬱蒼とした森が姿を消して、海岸に出た。ひときわ強い潮の香りが辺りに満ちる。その場所に、ルークの相棒はいた。
「アレン」
 彼が呼びかけると、アレンは驚いたように振り向くが、すぐに「よっ」と言って愛想の良い笑みを浮かべる。そんな少年の隣に腰かけて薄紫色の空と青い海の境界線を見つめながら、ルークは訊いた。
「何やってたんだ。こんなところで」
「別に。なんとなく眠れなかったから――海を見てた」
 エトワールに来たとき以来、全く見てなかったし。彼はそう続ける。少年の口から放たれた言葉に驚きを隠せず、青年は思わず大声を上げた。
「おまえ、この国の生まれじゃなかったのか」
「あぁ……まだ誰にも言ってなかったっけ?」
 不思議そうに首をかしげるアレン。彼はそのあと、どこか遠くを見るような目を朝焼けの空に向けながら、ぽつぽつと語った。
「生まれは大陸の方の国だよ。わりと大きな帝国だった。覚えてることは少ないけど――なにせ、すごい小さいときにこっちに連れてこられたから――だけど、それなりにいい場所だったってことはなんとなく分かるんだ。
でも、あの国は内陸国で海が見られなかったから、オレ、ずっと海に憧れてた。それでエトワールに渡るとき、ようやく見ることができたんだけどな……なぜか、嬉しくなかった」
 そこでアレンの話は途切れる。しかし、ルークは何も言わずに少年の年齢に似合わない思いつめたような横顔を見ていた。彼のことを知っているからこその沈黙は、青年の心に重くのしかかる。
 だが、アレンの表情が唐突に動いたことにより、ルークのそんな気持ちはどこかへ飛んでいった。
「どうした?」
 驚いたように目をみはっている少年に、ルークは言葉を投げかけた。
「いや、さっきからなんか遠くの方に黒い点が見えるんだけど。あれ、何かな?」
「……おまえ、目良いな」
「リーダーほどじゃないよ」
 軽口を叩きあった後、ルークは改めて水平線の方に視線を向ける。すると、確かに黒い点のような物が見えた。そしてよく見ると、その形が船であることが分かる。それも、かなり大きな――
 ここで、若き先導者の頭に『仕事場』で目にした一枚の写真が過る。この瞬間、彼の顔はこわばった。
「ルーク?」
 名前で呼んでくるアレンの声で我に返ったルークは、表情を引き締めて彼に告げた。
「セグさんを起こしてきてくれ」
「え? 何? なんなのさ」
 さすがに動揺を始める相棒と、ゆっくり近づいてくる船を交互に見たルーク。彼はすっと目を細めると、アレンに船の正体を告げる。
「あれは」
 その船は、大量の人とたくさんの武器を積んでいた。この時点で思い当たる可能性は限られてくる。武器を輸送する商船か、軍艦か、あるいは――
「海賊船だ」

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