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大人と子供の奮闘記 作者:蒼井七海

第二章・改訂版 野と海の賊

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06.獣道の向こう側

 警備隊の数人は、駆け付けるやいなや包帯だらけのルークとにこにこのアレンを見て腰を抜かした。ルークはリーダーとなる前からその強さと正義感で名が知れていたし、アレンは先に述べた通りに短期間で一気に有名人となった魔術師である。そんな二人を見て、インドラの管轄内でもある西部の警備隊員が驚かないわけがなかった。ついに敬礼までしてしまった隊員を抑えてから、正体が民間人にも露見したことに気付いた二人は、さっさと人の中から離れた。
「あ~あ……またガラムのじじぃにからかわれる」
 ルークはそう呟き、がしがしと頭をかいた。
 ギルド一の年長者といっても過言ではない男は、日ごろからルークをからかって楽しんでいる節がある。特に、こういう事件のあとは。
 たばこをふかしながらにやりと笑う男の顔を思い浮かべつつため息をつく彼を見て、アレンが声を立てて笑う。
「オレはカリオスに拳骨(げんこつ)お見舞いされるかもなー。『護衛が何をやってんだ!』って」
 彼は彼で、別の先輩の名前を出し、苦笑する。しかし、表情はそこまで暗くなかった。それはルークにもいえることだったが。
「いでで……」
 そのルークは、刺された箇所に残る痛みに顔をしかめていた。アレンが「大丈夫か?」と訊くと、一応は首を縦に振ったが、辛そうではある。
「あーあ。こんなことになるんだったら、助けるんじゃなかったかなぁ」
 すっかり意気消沈した様子でそんなことを言う。しかし、まるで図ったかのようなタイミングで声が聞こえた。
「あの、すみません」
 二人は、高い声に訝しさを覚えて顔を上げる。そこには、一人の女性が立っていた。腕に五歳くらいの少女を抱えて。
「あ」
 ルークが間抜けな声を漏らすと、腕の中の少女がにっこり笑った。そう、この青年があのとき反射的に助けたあの少女だった。とすると、この女性は母親だろう。察したルークは、少女に声をかける。
「お母さんと会えたんだな。よかったじゃないか」
「うんっ!」
 少女は満面の笑みで言う。それを見ながら、彼女の母親は言った。
「この度は、娘を助けていただいて……本当にありがとうございました」
 ぺこり、と頭を下げる女性を見ながら。アレンがそっと、ルークに囁きかけた。
「――まあ、今回は結果オーライということでいいんじゃないの?」
 ルークは、そう言う悪童のような顔のアレンと、幸せそうな親子を見比べて、恥ずかしそうに目を細めてから、二人にしか聞こえないような声で呟いた。
「そう、だな」
 彼は、まんざらでもなさそうな表情をしていた。

 盗賊騒ぎは乗り越えたものの、馬車に関してはそこそこの被害があったせいで使えなくなってしまった。仕方がないので、ルークとアレンは乗客たちと別れて草木生い茂る獣道を行く。なぜこんなコースを選んだかというと、「これ以上目立ちたくない」という二人の意見が見事に一致したからであった。
「しかしまあ、よくそんな傷でこの道を歩こうと思えたね」
 草木をかき分けながら道をゆくアレンが、前のルークを見てそう漏らす。ルークは「まぁな」とだけ言って、また歩を進めた。
 こんなふうにときどき会話をしながらも、二人は黙々と歩き続けていた。あれからどれくらい経ったかは分からないが、日が傾きはじめたのは確かである。木々の隙間から見える、青空と太陽をちらりと見て、ルークが呟きをこぼした。
「……まずいな」
「はえ? 何が?」
 がさがさという音と共にルークを追いかけていたアレンが、素っ頓狂な声を漏らす。ルークは一度この少年を振りかえると、太陽を指さして言った。
「この調子じゃ、そのうち日が暮れる。日が暮れたらここはまっくらになって進めなくなる上に、多少いる獣が凶暴化する恐れだってある。未だ冬の候だから、気温もぐっと下がるだろうな」
「なるほど。要はとても危なくなる、と」
 つらつらと問題をあげつらう彼を見ながら察したらしいアレンは、そりゃたしかにまずい、と言ってから足を止める。ちょうどルークのすぐ前まで来たからであった。が、そのとき。不思議そうに顔を上げた。
「……ん?」
「どうかしたのか?」
 振り返った体勢のまま、ルークはアレンに問うた。一方、そのアレンは左手をひさしのようにして額にあてて遠くを眺めて何事かを確認すると、ルークの背後を指さした。
「あれ、見てよ。なんか道が(ひら)けてるよ」
 え? と言ったルークは、視線を元に戻してアレンの指を辿る。すると、確かにこの先少しいったところの道が人の手によって整備されたかのようにきれいになっていた。
「もしかして、誰か住んでるのかなぁ。こんな辺境に」
 少年がぽつりと言った。ルークはしばらくあごに手を当てて考えていたが、やがて決断すると太い木の根をまたいで再び足を進める。
「行ってみよう。本当に日が暮れるといけないから、ちょっと急ぐぞ」
「りょーかーい」
 返事をしたアレンも、彼に合わせて歩きだした。
 それから、またしばらく黙々と歩いた。日は順調に傾き始め、少しずつ森を黄色に染めていく。そんななかで、不意にルークが言った。
「あんまり遅くなるとソフィアに怒られるかなぁ。問題も順調に溜まってたとこだし」
 それを聞いて、アレンが興味を示さないわけがない。「問題?」と言ってルークに問いかけた。彼は前を見据えたまま、簡潔に答える。
「各地の盗賊被害の拡大、だよ。もともとはもう少し北の方で騒がれてた話なんだけど、最近西部にもその波がやってきてるみたいでな」
 そう。『人の流れが活発なこの時期ならではの問題』とは、このことだ。人が移動し、隊商も活発に商売を始めるこの時期だ。当然、そんな彼らから荷を盗もうという賊は自然発生する。その波が『インドラ』のある西部にまでやってきたため、ギルドには『彼らをなんとかしてくれ』という依頼の手紙が山ほどくる。
「あ、もしかしてさっきの盗賊も?」
 思い出して言うアレンに、ルークは首肯を返す。
「多分な。……いや、実際はどうか分からんが。でも、今おもに騒がれているのは野盗の方じゃあない」
「――え? じゃあ、何」
 興味津津に訊き返す魔術師に、依頼書の類を思い出しながら答えた。
「海賊だよ」
 それは、海洋国――あるいは、海に面しているところがある国ならではの問題でもあった。船を使って海を渡り、貿易船や商船から荷を奪う海の盗賊。しかし、彼らの標的は船だけにとどまらない。沿岸国や海洋国の町や村も含まれる。
「西の、沿岸の村々で海賊による襲撃が相次いでいるようでな。だが、被害は彼らいわく『きわめて小規模』なため、地方に駐留している軍はなかなか動かないんだ。それで、ギルドの方によく、退治の依頼書がくる」
 本来、海賊への対応は国の仕事である。海洋国であるエトワールとしては避けて通れない、しかしながらきわめて重要で深刻な問題なのだから。だが――
「あぁー。今の国のありようを見れば、仕方のないことか」
 八歳の子供にこれを言わせてしまうほど、王国は荒れていた。各地で反乱が相次ぎ、貧富の差は拡大し、さらには寄る辺となるべき国が、人体実験、兵器実験に手を染めている。その目的ははっきりしないが、ロクでもないことであることは疑いようもないだろう。
「でも、どうするの? 帰ったら海賊退治に人を出す?」
 アレンは訊いた。『出される側』になる可能性もある彼が『出す側』にこれを訊くというのも変な話だが、彼の問いかけは、この場ではごく自然に見えた。
 淡々と歩き続けているルークは、少しだけ沈黙して「どうすっかな~」と言っていた。その声色には、現実逃避してしまいたいという彼の意思がありありと滲み出ていた。
 そんなリーダーに少し呆れつつ、彼の背後にくっつくアレンはしかし、ここで再びぱっと顔を上げた。ルークの歩みも少し緩慢としたものになる。
「あっ、リーダー! もしかして、あれは……」
「ああ」
 ルークが短く返事をし、太い木の幹に手をかける。右手の甲で落ちる汗をぬぐうと、視界に入ったいくつもの明りを見て、言った。
「集落だ」
 見えるのは、数々の家と明りと、それを囲むように作られた木の柵。きっと定住者たちの集落だろう。遊牧民が、こんな森の奥に拠点を構えるというのも変な話だ。
「良かったー。これで今日の宿は確保! かな」
 嬉しそうに言うアレンとは対照的に、ルークはどこか冷めていた。
「どうかな。相手が話を聞いてくれるかにもよる。俺たちゃ堂々とギルドのバッジをつけているし、ギルドを嫌う民族の集まりだったらおしまいだぞ」
 とはいえ、こんなところで議論をしていても何も始まらないので、二人は集落に向かって歩き出した。
 その頃にはすでに夕刻になっており、空は茜色に染まっていた。
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