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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第3章 奴はカムラ

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閑話 聖少女遅参の事


 吉田修太からあたしの元に伝報が届いたのは、ある晴れた昼下がりの時刻だった。
 あたしはその時、ッヨイのわがままでテラスに設置した真新しいテーブルに書物を広げて、この世界の歴史について勉強をしていた。
 少しでもこの世界に馴染む様に歴史や魔法の技術、それから物事の道理を覚えようと頑張っていた。
 そこをいくと。
 何だかお気楽な調子の吉田修太、もといシューターはこの優しくない世界に突然送り飛ばされて来たとしても、元々いた世界とあまり変わらない調子ですんなりと順応していたように思う。

 彼はいろんな職種を転々としていたフリーターで、とてもバイタリティーのあるひとだった。
 街にやって来たところを奴隷身分に叩き落されたというのに、さして大きな不満も言わずッヨイによく仕えてくれたぐらいだから、能天気なところがあるのかもしれない。
 この世界で奴隷身分に落とされてしまうなんて、あたしはとても耐えられないと思う。
 能天気なように見えて、それだけ彼はこの世界では優秀な人間なのかもね。
 剣術も、人間同士が日常的に剣を交えて争っている様な世界に飛ばされたのに、普通にあたしよりも巧かった。

 よく考えてみれば、あたしたちが元いた世界でいくら剣術や武術が達人でも、試合に出るか道場でも開かない限り役に立たないもんね。
 気が付けばあたしたちの元を去っていった元奴隷の事を、あたしはいつも考えていた。
 それが妙に癪に障ったので、ぶるぶるとかぶりを振って手元の魔導書に意識を集中しようとしたところ。
 いつもの様に元気なッヨイが、あたしの元に駆け走って来たのだ。

「ガンギマリー、どれぇからお手紙が来ました!」
「こらッヨイ。もうシューターはあなたの奴隷じゃないんだから、奴隷なんて呼んだらダメでしょ」
「でもどれぇはッヨイのどれぇをやめたけど、ニシカさんのどれぇなのです」
「そうだけどさ、そうじゃないのよ」

 あたしは何でシューターのために気を使ってこんな事を言っているのかしら。
 妙にその事が腹立たしく感じて来て、あたしは言葉の先を催促した。

「それで、シューターは何て言って来たの?」
「ええとですねー、言って来たのはどれぇではなく、ドロシアねえさまなのです」
「ドロシア姉さま? あら、シューターのいた村の領主の事ね。見せなさいよ」

 あたしはッヨイが差し出した紙片を受け取って、びっしりと小さく書き込まれた文章の内容に眼を通す。
 この世界に来てふたつ目に苦労をしたのが、この土地の言葉を覚える事だったのを思い出す。
 活字出版の技術なんて無い世界だから書物の文章はどれもお手製。
 文字を覚えるところから最初に努力した。
 けれど、書いた人間の癖がよく出ていて、どれも読むのに時間がかかる。せっかく覚えた文字も書いた人によってまるで別物に見えるのよね。
 この手紙もまたそうだった。
 手紙の数はみっつ。
 ひとつは騎士修道会の人間が使う様な、丸みを帯びた文字。これは聖典を複写する作業を重視するので、平均的な文字なのよね。
 もうふたつは高貴な人間が使う様な、わりと癖の強い文字。文字の角度が鋭角に折り返されていて、相手の事をあまり考えずに掛かれた文字。

「どれぇが書いてました。オーガが街の周辺にあちこちいるのは、辺境の奥地でワイバーン災害があったからなのです。オーガを使役していたミノタウロスが、お引越しをしたのです」
「そうね。でもそれを書いたのはドロシアさんでしょう?」
「ドロシアねえさまは怖いので嫌いだょ」

 何を思い出したのか、ッヨイのおばさまの言葉を口にしたッヨイは委縮した顔をしていた。
 まあいいわ、続きは何と書いているのかしら。
 湖畔に都市を建設中。なるほど、ッヨイのおばさまは新しい開拓に着手をしたのね。
 そこで殺人事件に放火……
 騎士修道会の人間が書いたと思われる手紙には、その湖畔の都市に聖堂を建設してはどうかとある。

「どうやらサルワタの森の開拓村は、あまり領地経営がうまくいってないみたいね」
「そうなのです。人死にと付け火が出たので、どれぇが困っています」

 自分の元奴隷の事を思い出してまた会いたいとでも思った様で、ッヨイは語気を強めてわたしにそう言った。

「そうね。オーガの事が気になるし、こちらも調査は進捗なしだもの。騎士修道会に掛け合って予定を早めましょうか?
「ッヨイもそれがいいと思います!」

 元気一杯の相棒に苦笑したあたしは、ひとまず聖堂会に話を持っていくことを苦笑しながら承諾した。
 辺境一帯のパワーゲームに不干渉という立場を取っているあたしたち騎士修道会だけれども、それは何も公正中立のたちばからそうしているのではない。
 ただ、どの領主とも一定の距離と関係を維持して自分たちの組織を守ろうとしているだけ。
 近頃はブルカ辺境伯が周囲の寄騎を押しのけて中央で力を着けようとしているから、バランスを考えてサルワタのアレクサンドロシア卿に肩入れをしておこうというだけだ。

 すぐにも調査のための修道騎士派遣を手配しながら、あたしたちも冒険者としての拠点移動をしようと手続きをしていると、事態はさらに悪化したらしい。

「大変です! どれぇの奥さんがごうかんされました!」

 屋敷を引き払う準備をして馬借(ばしゃく)の業者と打ち合わせているところで、ッヨイが駆け込んできた。

「どういう事なの、落ち着いてッヨイ」
「どれぇの奥さんが、ごうかんされたのです!」

 要領を得ないので手紙を受け取ると、先日の貴人が書いたと思われる手紙に、いよいよ人手が足りず事態が切迫しているという事が書き連ねてあった。
 湖畔の建設現場の件で夜回りをしているうちに、シューターの妻のひとりが、親族に襲われたらしい。
 妻のひとりという言葉にあたしは眉を吊り上げてしまった。
 シューターは新婚さんだと言っていたのに、妻が複数いたのね……
 今はそんな事を言及している場合ではないので、ずれ落ちたメガネを引き上げながら文字を読み直した。

「急いで返信をしたためましょう。これが届いたのはついさっきなのよね?」
「そうですガンギマリー、どれぇがききいっぱつなのです」
「わかっているわ。すぐに発ちましょう、荷物の事とか、後の事は騎士修道会に頼んでおけば、後日送り届けてくれるでしょうし」

 そういうことだからお前たちには申し訳ないわね、と馬借にいったん引き取ってもらう。
 あたしたちは時間が惜しいとばかり旅荷を急いで取り纏めると、今回のオーガ調査のために待機していた騎士仲間たちと合流して、サルワタの開拓村を目指した。

     ◆

「聖少女さま、どうして武装飛脚を使わなかったのですか。あれならば確実にサルワタ領主に連絡がとれたでしょう。われわれが派遣に向かうのは、先方の返事があってからでもよかったはず」
「そうしていられない事情がこちらにも向こうにもあったのよ」
「どれぇがききいっぱつなのです! ピンチです!」

 馬上のひととなったあたしたちは、合計五騎でサルワタの森を目指した。
 あたしの前にッヨイを乗せて、他の四騎はそれぞれの馬を駆る。
 元いた世界では自動車免許をとるぐらいの感覚で乗馬の訓練をするのだけれど、それが自動車免許を取得出来るのがお金持ちだという感覚でいればいいかしら。
 車の免許を取る前にまさか自分が馬を乗りこなすようになるなんて、あたしの人生も何があるかわからない。
 何があるかわからないから、急がなくちゃいけない。

 シューターの奥さんが強姦を受けた事がとてもあたしの中で気がかりだった。
 あたしには、わかる。
 どれほどの苦痛なのか、あたしには……
 何があってどういう経緯でそうなったのかわからないのが何よりもどかしいけれど、その理不尽がこの世界で当たり前の様にあちこちである事が辛かった。
 だからあたしは、今も修道騎士として身を置いているのだ。
 きっとシューターもその奥さんも、苦しんでいるはずなのだ。
 シューターがッヨイやあたしたちをあのダンジョンで助けてくれたのだから、今度はあたしが力になるんだ。

 そろそろ陽が陰りはじめていた。
 何かを予感する様に太陽と入れ違いにどす黒い雲が空を囲い始めている。
 とにかく急がないといけない様にあたしは感じた。

 サルワタの村に派遣された事があると言う司祭に聞けば、一昼夜で走破出来るとか。
 するともう半分以上の距離は走破した事になる。
 その一本街道を駆けていると、向こうからあたしたちと同じ騎士修道会とその傘下にあるブルカ聖堂会の所属を示す外套を着た人間を目撃した。
 ブルカの街から辺境へ向かう田舎道には、ほとんど往来が存在しない。
 せいぜい行商人ぐらいが時折見かけたぐらいなのに。
 それに、あたしは自分が望んでそうなったわけではないけれど、騎士修道会の聖少女という地位に祭り上げられている人間で、学校で言えば生徒会長みたいな立場だ。
 生徒会長、違うかな。PTA会長かしら。
 とにかく周辺に派遣される人事については眼に触れる立場だから、この時期に教会堂から人事異動があったなんて聞いてない。

「止まりなさい! 騎士修道会のガンギマリーよ」

 馬の手綱を一斉に引いて旅装束の教会堂関係者をぐるりと囲んだあたしたちは、それぞれが手元に発光の魔法を現出させた。
 あたしも最近ようやく手に入れたその魔法を手に灯す。
 外套のフードを被った人物が声を上げた。

「ブルカの聖少女さま……」

 人物の顔を確かめるべく、あたしは下馬する。
 もたついていたッヨイが降りるのを手伝うと、すぐに剣の鞘を握りながら踵を返した。
 軍事訓練を受けている修道騎士の仲間たちは、ふたりが下馬して残りはそのまま待機してる。
 咄嗟の時にすぐに駆けだせる様にそうしているのだ。
 ところが、軍事訓練を受けたあたしたちと同じ様に、目の前の教会堂関係者が半身になって身構えるのが分かった。
 この女はつい最近まで修道騎士だったのかしら?

「お前、名前は」
「旅の修道士マテルドです。こうして女神様への信仰を確かめるために、村々をまわって――」

 フードを取った修道士とやらは、果たして女だった。
 直近の修道騎士引退者ならあたしはほとんど顔見知りだ。
 けれどその顔は見慣れないものだった。この女は軍事訓練は受けていたかもしれないけれど、女神様の聖騎士たる叙勲は受けていない。
 色白の、いかにも旅に慣れた顔をしていない小奇麗な顔をしている。
 日焼けしながら布教をして回る修道士なら、もっと陽にあたってシミやそばかすがあってもいいはずなのに、やっぱりおかしいわね。

「ッヨイ、確かこの先にあるのはサルワタの開拓村だけのはずよね?」
「地図によればサルワタ領の村の周辺集落がいくつもあるみたいですねえガンギマリー」
「ふん。という事はこの女はサルワタから来たという事になるわね」
「……」
「お前、いかにも怪しいわ。もう一度聞きましょうか、お前は何者なの?」
「…………」

 しばらく無言でいたので、これはおかしいとあたしが取り押さえようとしたところ、女は外套をばんとあたしに投げつけながら走り出した。

「ッく」
「お前?!」

 よく訓練された動きで、あたしたちの意識を一瞬逸らしたかと思うと、その隙にあたしの愛馬を奪って逃げだそうとしたみたいね。
 けれども無駄。
 抜剣して外套を斬り上げると、ちょうどそのタイミングでマテルドとかいう女が馬に飛び乗ったけれど、ッヨイがファイアボールを一撃放った。
 勢いづいて馬に飛び乗ったところで背中に一撃が命中したので、女はそのまま転げ落ちたのだ。

「すぐに取り押さえなさい!」

 言われるまでも無く女を取り押さえにかかった修道騎士の仲間たちが頼もしかった。

「神妙にしろこの似非修道女が」
「わっわたしはれっきとした聖堂会の人間です」
「なら何故逃げようとしたんだ!」
「そっそれは……」

 女は何事かまだもごもごと言いたそうにしていたけれど、あたしはそれを遮らせる。
 言い訳ばかり言うやつは大嫌いだ。

「舌をかまれると面倒だから、さるぐつわをかましてやりなさいよ」
「わかりました。おい口を空けろ」
「いや、やめてください。ふご……」

 ふたたび馬上のひととなったあたしたちは、とうとう夏の到来を告げる嵐に捕まった。
 濡れ鼠になって水分を吸った服に肌を冷やし始めてからしばらく。
 ようやくあたしたちは林の中から突き出した物見の塔の常夜灯を目撃した。

「あれがサルワタの村の開拓村ね……」
「どれぇが待っています。いそぐのです!」
「ええ、みんな行きましょう!」
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