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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第3章 奴はカムラ

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65 女村長と晩餐です

 その夜、作業現場から村に戻った俺たちは、いったん猟師小屋に戻って身綺麗にするとタンヌダルクを連れて女村長の家に向かう事になっていた。
 いつもなら作業監督に参加しているニシカさんや大工の親方たちと作業進捗を伝えに行く。
 けれど、この日は珍しく家族で訪ねてこいと、そんな事をアレクサンドロシアちゃんが言ったのである。

「は、はあそれは構いませんが。家族というのは妻ふたりという事ですか?」
「エルパコもいるであろう。それから何と言ったか、エリマキトカゲもいたであろう」
「バジルまで? 何でまた……」

 突然そんな事を言い出した女村長に、俺は不審な眼を向けてしまったらしい。
 昼間、築城現場で俺を面白そうに見ていた彼女が、少し咳払いをした後でこう言ったのだ。

「お兄ちゃんも意地悪な事を言う様になったな。ギムルが野牛の婿になったせいで、毎日の食卓が寂しいのだ。たまには遊びに来いと言ってるのだぞ? 察しろ」
「はあ、そのままの意味とも思えませんがねぇ」

 曖昧に返事をしておいた俺だが、どうやら女村長には何か含むものがあったらしい。
 その辺りを察した俺はひとまずうなづくだけうなづいておいた。
 夕方になって本日の作業が終了すると、俺たちは三々五々と踏み固められたけもの道を通って村へと戻っていく。
 帰り際に、俺は後ろを歩いているエルパコを振り返って、気になっていた事を質問する。

「エルパコ」
「んっ」
「例の監視する視線は、今も感じるかな」

 湖畔での作業を開始した当初、この獣道を作業場に向かう途中に感じたあの視線についてだ。
 今になって振り返ってみれば殺気めいた視線は何だったのだろうと思う。
 だが俺は空手経験者だから、あれが間違いなく何かの意志力を帯びた視線だった事はわかるぜ。
 不思議なもので、このファンタジー世界にやって来て日常を過ごしていると、少しずつだがそうした感覚が鋭敏になっていくのが俺にもわかった。
 人間は環境適応力がある生き物だ。
 ものの本によると特殊部隊の訓練を受けた軍人というのは、極度に精神力が研ぎ澄まされて戦闘モード睡眠みたいなものが身につくのだそうだ。
 言ってしまえばただの神経過敏で浅い眠りについているだけなのだろうが、その状態でも少しでも体力を回復しようと体が努力するので、どこでもこの戦闘モード睡眠で寝られるようになるんだと。

 俺はさすがにそこまでは出来ない。
 猟師小屋に帰ってくれば普通にベッドに横になって、家族と共に快眠である。
 毎日体を動かしているので、泥の様に寝ていると言った方が正解だろう。
 もっと言うと、俺とタンヌダルクちゃんは新婚さんであるけど、いまはワンルーム猟師小屋なのでキャッキャムフフな事も特に発生していなかった。
 そこをいくと猟師であるエルパコは、戦闘モード睡眠ならぬ狩猟モード睡眠が身についている事は、何となく理解できた。
 警戒心はさすが狐獣人というところか、寝ている時も起きている時もこのあたりは安心だった。

「今のところないよ。あの時の一回だけ」
「それは、俺たちが気付いていないだけで他にもあったという可能性も無い、という事か」
「わからないな。たぶんだけど、少なくとも風下にいられた場合はぼくにもわからないから」
「なるほどそうか」
「ニシカさんなら、もっとわかる、かも」

 エルパコのそんな言葉に、隣を歩いていたカサンドラはとても不安そうな顔を浮かべていた。

「大丈夫でしょうか、ダルクちゃんは家にひとりでお留守番ですけど」
「家にいれば村人のみんなもいるからな」
「けれど、ご近所の方は猟師のご家族を除くとあまり交流もありませんし……」
「村八分って怖いよね」

 今日はタンヌダルクちゃんがお留守番をしているけれど、日によっては交代でカサンドラが留守番をする。
 そうして考えてみると心細く思ったのかもしれない。
 実際に俺やエルパコ、タンヌダルクが猟師小屋で生活を始めてから、まともにご近所交流をした事は無かった。
 せいぜいが俺の留守中、ッワクワクゴロさんやその弟さんたち、ギムルが世話を焼いてくれたぐらいだろう。
 どうしても猟師というのは村のつまはじきものである様だからこれはしょうがない。
 安定して村に収穫物を持ち帰れない猟師という職業の家は、村人たちからするとタダ飯喰らいぐらいに思われているのだろう。
 村八分とはいうけれど、ワイバーンとの戦いで最初に犠牲者が手た時の葬儀には、村人のほとんどが参加しなかったことを思い出した。
 元いた日本における村八分とは、確か火事と葬式の時だけは残り二分として近所付き合いをやってもらえたというのにね。

「シューターさんはご立派な方ですから、何れ村のみなさんからも認められる様になります」
「うん、そうだよシューターさん」

 ふたりそろってイエスマンよろしく、俺を持ち上げるのでとても複雑な気分になった。
 褒められて嫌な気分になるほど俺は捻くれ者じゃないが、期待されるとそれに応えなくちゃいかん。
 そこは大変である。

「そ、そうだね。とにかくアレクサンドロちゃんにはしっかりと報告して、対策を考えよう」
「はい、あの……」
「築城作業中に何かあってはいけないし、建設中の集落に火をつけられたんじゃたまったもんじゃないからな」
「あの村長さまにちゃん付けは……」
「あ、」

 つい脳内のひとり言を聞かれてしまった俺は、ムっとしたカサンドラの視線に耐えられなくなって足を速めるのだった。

     ◆

 そうしてやってきた女村長の屋敷である。
 村でも唯一のしっかりとした、ブルカの街と遜色がない造りの屋敷だ。
 今建設中という俺の新居も立派ではあるが、所詮は大きくなった拝み小屋の延長線上に過ぎない。
 そこをいくと村の外からやってくる有力者を迎えるために、この屋敷には応接間や食堂といった豪華な部屋が備わっていた。
 まあさすが領主の館といった趣ではあるけれど、将来は王国に取って代わる大領地の経営をと模索する野心家の住居としては、いかにも小ぢんまりとしたものだった。
 元いた世界の言葉で適切に言えば、そうだな。リアルスネ夫ハウスというところだとろうか。

「旦那さま。早くドアをノックしてくれませんかぁ? 何だか虫に噛まれて痒くてしょうがないんですわたし」
「お疲れでしょうが、村長さまもお待ちですし……」
「キュイ!」
「お、おう。そうだね」

 俺がリアルスネ夫ハウスを眺めながら心の中で感想を抱いていると、ふたりの新妻に促されてしまった。
 性格はそれぞれ違うのでわかりやすい。
 タンヌダルクはいかにも族長の娘という感じでちょっと自分を大事にしろと言ってくる感じだ。
 一方のバジルを抱いていたカサンドラは最近やたらと俺を立ててくれるところを見ていると、きっと家族が出来た事がうれしいみたいである。義父が亡くなってからはずっとひとりぼっちだったんだもんな。

「ダルクちゃん、あんまり外で旦那さまを悪くいっちゃいけませんよ」
「で、でも義姉さん。お肌が痒くてどうにもなりません……」

 俺がドアをゴンゴンと叩いている間に、姉ぶったカサンドラが牛チチを叱りつけていた。
 なるほど、俺もあまり気にしていなかったけれど、先に俺と結婚したカサンドラが義姉で、タンヌダルクちゃんが義妹なのか。

「でももへちまもありませんよ。シューターさんは全裸を貴ぶ部族の偉大なる戦士のご出身なのですから、夫をないがしろにしていると、滅びてしまったシューターさんの部族のご先祖様に申し訳がたちません」
「はあぃ」

 しゅんとしたタンヌダルクちゃんだったけど、チラリと俺の方を見た時にあっかんべーをしていた。
 カサンドラって意外と正妻するタイプなんだな。
 完全に負けてしまった不服面のタンヌダルクちゃんはともかく、エルパコまでちょっと怯えた表情をして俺に助けを求めようとしていた。

「エルパコちゃんも、直ぐ何かあるとシューターさんの袖をひっぱって困らせるのはいけませんよ。そんな事では立派なシューターさんのお嫁さんにはなれませんッ」
「ぼ、ぼく男の子だから……」

 困惑した表情のエルパコかわゆす!

 やがて若い下働きの女に屋敷へ招き入れられた俺たちである。
 最初に屋敷の中に飛び込んでいったのは、カサンドラの胸元から飛び出したバジルである。
 慌てて「こら待ちなさい」と俺が追いかけていくと、バジルは腹を空かせていたのか食堂の方まで案内してくれた。

「遅かったなシューターよ、家族も勢揃いの様だな」
「すいません村長さま。うちのバジルが粗相をしてしまって……」
「よい。わらわもギムルがおらんようになったので、犬でも飼おうかと思っていたところだ。たまにはこういうのもよい」
「そんな子供の手の離れた母親の様な事を言うのは早すぎですよ。バジルこっちに来なさい」
「キュッキュッベー」

 俺がペコペコしながら食堂に入っていくと、女村長の足元にバジルが体をこすりつけていた。
 猟師小屋でよく俺にやっている仕草である。
 この肥えたエリマキトカゲめ、この村で一番誰が恐ろしい存在なのかをよく理解しているとみえる。あかちゃんのくせにな。

「ようシューター、待ちくたびれたんで一杯やってたぜ」
「え、何でニシカさんがここに呼ばれてるんですか?」
「何でってお前ぇ、オレぁ近頃妹が嫁に嫁いでいったんで、夜はヒマなのさ」
「そんな話は聞いていませんがねぇ」
「そりゃそうだろうよ! 姉より先に妹が嫁いでいったんだぞ。恥ずかしくて世間様の前で大きな声で言えるか!」
「そりゃ失礼しました。でもこの場ではいいんですか……」
「いいんだよ。村長さまに訴えておけば、そのうちオレのこの気持ちを汲み取って、誰かいい男を紹介してくれるだろうよ!」

 赤い鼻をしたニシカさんが、ぶどう酒の入った瓶を振って大きな声を上げていた。
 すでに大分出来上がっているらしいのは、見てわかる。
 ぞろぞろと遅れて入って来た俺の家族たちが下働きの女に案内されて、長いテーブルに着席した。
 当然の様に上座に女村長。
 それから左側の長いテーブルに俺、カサンドラ、タンヌダルクと並び、反対側にニシカさん、エルパコという並びである。
 本来ならばきっと、赤鼻のニシカさんが座っていた場所が、ギムルの指定席だったのだろう。少しだけ大きな椅子が置かれていた事から、その辺りうかがい知れた。

「さて、食事にしようか。今日はッワクワクゴロが猪を仕留めて来たと言ってな、あいつが新鮮な猪肉を献上して来たのだ」
「おお、俺たちもたまには狩猟に出なければとは思ってたんですけどね。すっかりッワクワクゴロさんに任せきりになってしまって」
「それはよい。作業もある程度まで進んだら、現場監督を交代させる事も考えておるからの」
「ところでその現場監督の事なんですが……」

 本日のお食事メニューを自慢げに説明し始めたアレクサンドロシアちゃんに俺が切り出そうとすると、

「鱗裂きから聞いておる。犯罪奴隷どもが不穏だという事と、領民がお前に抵抗しようとしたというのだろう」
「はい、それもあるんですがもうひとつ」
「何者かがこの村、あるいはその周辺に監視の目を向けているという件だろう」

 俺が切り出すよりも早く、女村長が着席した俺たちを見回してそう口にした。

「お前たちを集めた理由を話そう。野牛の一族にもこの件は知らせなければならぬ故な」

 俺の耳には、家族のつばを飲み込む音が聞こえた。
 エルパコだけがぼけーとした顔で湯気のたつ猪肉を見つめているのだった。
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