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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第3章 奴はカムラ

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64 静かな湖畔の森のお城 後編

 俺に鋭い視線を飛ばしてきた男は、薄汚れた貫頭衣を来た三〇絡みの農夫だった。
 いかにもハツラツとした働き盛りの印象で、毎日の農作業で鍛え上げられた体をしていた。
 筋骨隆々のギムルほどではないが、過酷な農作業に従事している者特有の精悍(せいかん)な面構えと体躯を持った男だ。
 一方の俺は、奴隷身分を現すへそピアスを付けた上半身裸の男である。
 別段、作業現場において半裸の男は珍しいわけではない。
 重たい足場用の材木や加工した石材を運ぶとなれば汗まみれになるし土まみれ、埃まみれになる。
 だから多くの人足たちや大工たちは、平気で上半身を晒していたのである。
 けれども、現場監督の俺がへそピアス丸出しの上半身裸だったのは大問題だった。

「何で奴隷の分際で、普請作業を取り仕切る様な態度を取っているんだ。貴様はいったい何なんだ、ええ?」

 失念していた事だ。
 普通に考えれば現場監督が半裸になってみんなと汗をかき、作業をしているのはある意味でおかしい。
 そして彼らは村人ではなく、村の周辺に散らばっている集落の人間だ。
 つまり、彼らは俺の事を知らない。

「大変失礼しました、お詫び申し上げます」

 何はさておき低姿勢で謝っておくほうがいい。
 俺は咄嗟の判断でそうしておくことが得策だと感じた。
 余計な揉め事はたくさんだ。すぐに平伏した俺は首を垂れた。

「ふん。質問に答えてもらおうか、お前は何なんだ」
「猟師のシューターです」
「奴隷のくせに、猟師だと?」
「はい。奴隷になる以前は猟師でした」

 自己紹介をどこまでしたものか俺は頭を下げながら思案した。
 下手な事を口走って普請のために集めた人足を不愉快にさせたり、(いさか)いになってはいけない。
 そもそも俺を現場監督に命じたのは女村長で、ここで揉め事になってしまっては女村長の任命責任にまで追及する声が上がるかも知れないしね。
 そうなるとアレクサンドロシアちゃんの領地経営に影が差してしまうし、どうやら現場指揮をしている俺に不満を持っているらしい犯罪奴隷にまで問題が波及してしまうかもしれない。
 これはいけない。
 むかし俺が色んなバイト経験をしてきた中で、こういう場合にどうすればいいか必死に考える。
 そうしていると、少し離れていた場所で俺たちを見守っていたカサンドラとエルパコが、血相を変えてこちらに走ってくるのが見えた。
 顔の位置は出来るだけそのままに、視線だけを妻とけもみみに送る。

「お、お待ちくださいみなさん」
「これはいったいどういう事なんだ」

 チェック柄の生地のシャツにエプロンスカートを身に着け、腰に俺の短剣を差したカサンドラが俺と村人たちの間に入って手を広げた。
 すぐ隣にはエルパコが控えて、いつでもナイフを抜ける様にて構えている。

「争い事はいけません! シューターさんは村長さまに命じられた現場の責任者なのですよ?!」
「そういうあんたは何者ンだ。俺たちは村長さまの命令で、築城を取り仕切る騎士さまの配下で作業するためにここへ来たんだ。ギムルさまはいったいどこにいる。騎士さまと言うのは新たにギムルさまが就いた役職ではないのか?」
「わたしがその騎士の妻、カサンドラです。ギムルさまは野牛の一族の居留地に、お嫁さんを探しに行っています」
「ギムルの旦那が、野牛の一族のもとへ? そんな話は聞いていないぞ」

 精悍な農夫の代表者が困惑して背後の仲間たちを振り返った。
 お前たち何か聞いているかと互いに言い合ってる。
 いつまでも妻に状況を任せているのではいけないと、俺は立ち上がってカサンドラとエルパコを制止した。

「みなさんは、先日村長さまと野牛の一族との間で会談が行われた事はご存知ですか?」
「いや、そんな話は知らないから俺たちは驚いているんだ。そもそもミノタウロスがどうしたと言うんだ」
「ここから見える場所に、湖畔の大きな洞窟の入り口があるでしょう。あの洞窟は奥まで行くと最深部の空洞を地上までぶち抜いて作られた街があるんですよ、ミノタウロスたちの」
「本当か?!」

 驚く集落の農夫たちに、カサンドラとエルパコが頷いて見せた。

「まさか、そんな場所に。だからここに城を築くのか、奴らと戦うために」
「いえ違います」
「ならばどういう事か説明しろ!」
「わかりました、わかりました」

 むかし俺は居酒屋のホールでバイトをしていた事がある。
 接客対応でこちらが不手際をしてしまった時に、どういう風に言い訳をして逃げ切っていたのか必死で考えていた。
 何をしても相手が怒る時はとにかく低姿勢で切り抜ける。
 とにかく相手が怒ったり文句を言ったりしている間は黙って頭を下げる。
 してみると相手は説明を求めてくるのである。
 言い訳をするとしたら、その時のタイミングだ。
 この瞬間を見逃さず、俺は女村長が領地内にミノタウロスが居住する事を許可するために、税の支払いを要求した事を説明した。
 会談によって互いの親睦を深めるために宴会が行われた事、相互に人質を差し出す事について。

「その際に俺と、野牛の族長との間で、彼らの伝統である闘牛という決闘方式(パンツレスリング)で勝負をしたんですよ。ほんの宴会の余興でそれをしたのですが、俺が勝利したわけです」
「奴隷の貴様がか。にわかには信じられん」
「村長さまより与えられたそのご褒美が騎士叙勲なんだなぁ」
「…………」

 農民たちが一斉にカサンドラの方を向くと、コクリと彼女が頷いて見せた。
 納得がいかないという顔はそのままだが、証言者がいるのでそれ以上は強く出られないらしい。 

「奴隷が騎士だと、こういう場合どうなるんだ」
「こんなへそピアス奴隷に命令されて賦役をするなど、おらは納得がいかねえぞ!」
「そうだそうだ」

 ただし不満はやはり残る。
 奴隷のくせに生意気だ、頭が高い。そういう事なのだろう。
 俺も立場があるので彼らに奴隷扱いされるわけにもいかないが、せめて同じ目線にしておけば頭が高いも低いも無い。
 よし、ここで俺はひとつ提案をしておこう。

「みなさんそこはほら、こういう事ですよ。奴隷は最下層の身分であり、騎士というのは領主に仕える支配階層です。足して二で割った身分の俺は奴隷騎士というわけで、あなたたちと同じ立場と言えるのではないでしょうかね」

 そう切り出すと、農民たちもカサンドラも眼を丸くして俺を見ていた。

「みなさんは俺の事をあまりご存じない様ですが、その通り。俺は数か月前にこの村にやって来たよそ者、新参者です。つまりみなさんは俺の先輩であるからして、後輩の俺はみなさんにこうしてお願いをする立場です」
「…………」
「村長さまの言葉を伝える立場だと思って、聞いてやってください。俺もみなさんと一緒に築城のために精一杯働きますので、どうぞご理解ください」

 俺がそう言ってペコペコと頭を下げると、先ほどまで不満の色を浮かべていた集落の農夫たちは顔を見合わせて、押し黙ってくださった。
 やれやれ。ずいぶん無駄な時間を使ってしまったが、女村長がここに来るまでには抑え込むことが出来た。
 農夫たちと一緒に石運びをしていると、少し離れた場所で奴隷たちをこき使っていたニシカがこちらをふと見ていた。
 どうやら自慢の長耳で、先ほどこちらであった出来事を聞いていたらしい。
 俺が農夫と一緒に担いでいた天秤棒から石を下ろして丘から降りてきたところで、ニシカさんがズカズカとこちらに歩いてくる姿が眼に飛び込んできた。
 何かひと事言いたいんだろうな……

「すいません、ちょっと席を外します」
「おいおい、サボるつもりじゃないだろうな?」
「ははは、そんなまさか」

 あまり好かれてるとは言い難いけれど、一応は口をきいてもらえる様になった農民の相方にひと言断りを入れて俺はニシカさんの方に駆け出す。

「何であいつらをビシっと殴り飛ばしてやらなかったんだ。ん?」
「いやあ。殴り飛ばしていう事を聞かせるなんてやり方じゃ、後々俺の家族が村八分にされたらたまりませんからねえ」
「村八分? 何だそりゃ」
「共同絶交というやつですよ。みんなが結託して、のけ者にされるんですよ」
「いじめかよ」

 妙に腹立たしそうな顔をしたニシカさんが、鼻息荒く言った。

「俺のいた場所じゃ葬式と火事の時以外は無視を決め込むというルールだったかな、そういう感じです。俺は奥さんもらったばっかりの身分だし、あんまり揉め事になるのはまずいんで」
「そうだけどよ。あいつらのあの態度は、お前を馬鹿にしくさっていた感じだ!」
「まあまあ、それはいいんです。しかしこいつは何とかならんのですかねえ……」

 へそピアスを引っ張って俺はため息をついた。
 このへそピアスのせいで、村人たちの視線だけじゃなく犯罪奴隷たちの態度も気になるところである。

「何だぁ。へそピアスが気に入らないなら、オレ様が引きちぎってやろうか?」
「や、やめてください痛い事しないでッ」
「あっはっは冗談だ。だが冗談で済まない事もあるぜ」

 笑った後にニシカさんが真面目な顔を作った。
 わかっている。こうして俺たちが話し込んでいる間も、従順だとはまるで言えない視線を時折こちらに見せながら、犯罪奴隷たちが作業をしているのだった。

「農民どもについちゃお前ぇの好きにすればいいが、奴隷についちゃそうはいかないぜ。逆らう者にはケジメをつけなければ暴れる。村の中で暴れられれば、おおごとだ」
「そうですね、村長さまにはしっかりご相談するべきでしょう」
「農民どもが騒ぎを起こしたことも併せてな」
「そうですね。気になる事と言えば少し前、ここに来る途中で誰かに監視されていたんですよね道中を」
「お前たちをか? 野牛どもかな……」
「いやあ、どうでしょうかねえ」

 アゴに手を当ててニシカさんが考えている。
 俺としても心当たりが無いので、この話題はここで終わらせておこう。

「ここで言うのもアレなので、村に戻った時に村長さまの屋敷で話し合いましょう」
「ああ、そうだな」

 俺たちは短くそんなやり取りをした後、それぞれの作業に戻った。
 あちこちに不穏な空気はあるが、今はまだ問題が起きてるわけではない。
 しかし、朝の監視していた連中は何者だろうね。

     ◆

 その日も午後過ぎにやって来た女村長を小高い丘の上で迎えると、彼女は感嘆の声を漏らした。

「作業の進捗はなかなか捗っている様だの。もうしばらく足場を組むのに時間がかかると思っておったが」
「村長さまが手配してくださった、領民のみなさんの協力のおかげですね」
「秋までに人手を使って可能なところまでは、終わらせておかねばなるまい。収穫期になれば農夫は使えなくなるし、猟師どもも狩りに精を出さねばならないからな」

 基礎工事をどうにか終わらせて、足場作りと石組みが開始されたお城の周囲をぐるりと歩きながら、アレクサンドロシアちゃんが言った。
 俺はその後についてペコペコしながら歩く図である。
 カサンドラとエルパコはそのさらに後ろを付いて回るという、ややマヌケな具合だ。

「時にシューターよ、お前にいい知らせがある」
「新しい家の事ですか?」

 振り返った女村長がおや? という顔をした。

「誰から聞いたのだ。わらわは内緒にしていたというのに」
「大工さんたちが言っていましたよ。だから今日は大工の数が足らないのだと」
「まあ、基礎固めと足場を組む作業なら本職の大工はさほどいらんだろうと思ったのでな。口の軽いドワーフどもめ」
「彼らを責めないでくださいね。大工の数が足らないので体調でも崩したのかと俺が聞いたんです」
「お前は妙なところで目ざといというか、学があるから困るな。家の方は棟上げも済ませ、土壁の生成までが住んでおる」

 今、移住してきた開拓民たちや労働ゴブリンたちの家があちこちで建てられているところだ。
 してみると、その中のどれかひとつが俺たちの新居という事になるのだろう。
 そう言えば俺の家のすぐそばの空き地でも、いくつか建物の基礎工事をやっていたのをふと思い出した。
 まさかそのうちの俺たちの新居だったとはね!

「たった一日で棟上げまでやってしまわれたのですか?」
「お前の新妻たちが急かしていただろう。ちょっと驚かそうと思ってな、基礎さえ出来ていれば平屋を組むのは一両日あれば出来るものだ」
「ははあ、土魔法さまさまだな……」
「まあ土壁が馴染むまで数日はかかるだろうから、藁の屋根をかぶせるのはまた後日だ」
「ありがとうございます、ありがとうございます」

 俺が平伏すると、カサンドラとエルパコもそれにならった。

「新婚のシューターには寝室は別にあったほうがいいだろう」
「ハハ、ありがとうございます」
「猟師小屋よりは立派だが、木組み土壁の家だ。いずれはこの城の側に石造りのを立てる予定だから、しばらくの間はその家で我慢せよ」

 上機嫌にそう言った女村長はずいと身を寄せると、俺だけに聞こえる声で「せいぜい励むんだよ、お兄ちゃん」と言ってころころ笑い出した。

「さて、さっさとこの土壁を魔法で仕上げてしまうかの」

 こ、この女村長、楽しんでやがる!
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