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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第3章 奴はカムラ

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62 静かな湖畔の森のお城 前編


 この数日、村を出て湖畔に至るけもの道は、何度も大人数の往来があったせいか徐々に踏み固められてきたんじゃないか、なんてふと思った。
 今日も俺と嫁のカサンドラ、エルパコを連れて湖畔側の作業現場に朝から向かっている。
 家族が増えたせいで毎朝の日課にしていた農作業も手早く済ませられるのはいいね。
 それから洗濯や昼食のお弁当の支度も、妻がふたりいるおかげでとても捗る。
 家の事を済ませると俺は嫁のどちらかとエルパコを連れて、作業現場に出勤するわけだ。

「村長とはいずれこのけもの道も、しっかりと道路工事した方がいいだろうと話していたが、こうしてみるとずいぶん歩きやすくなったな」
「たくさんの方が歩いたので、だいぶ土が固まったのでしょうね」
「今はまだひとがふたり並んで歩くのが精一杯という有様だからな、集落の建築がひと段落したら、こっちにもひとを回す様にアレクサンドロシアちゃんに上申するか」

 俺が思案げにそんな事を口走りながら、先頭になって歩く。
 湖畔集落の建設作業が始まって、ちょうど十日余りが過ぎていた。
 一応は騎士爵アレクサンドロシア領サルワタの森の防衛拠点となる予定の湖畔の城が最優先事項という事になっている。
 けれども作業現場の人足が圧倒的に足りないので、お城の方は基礎作りの段階でドワーフの大工集団が何やら苦労をしているらしい。

「シューターさん……」
「どうした、カサンドラ」
「村長さまの事、めったな呼び方をされてはギムルさまに睨まれてしまいますよ」
「……あっ、そうね。気を付けます」

 お弁当袋を両手に持ったカサンドラが、おずおずと俺の方の様子を伺いながらご注進してくれた。
 どうやら気が付かないうちにいつものノリで口走ってしまったらしい。
 その日の作業が終えて村に戻ってくると、家族を先に家に帰す一方で、俺は毎日村長の屋敷に向かっていた。
 そこではあの日の湖畔で約束した「お兄ちゃん」「アレクサンドロシアちゃん」という、三十路も過ぎたいい大人がちょっと人目には見せられない様な会話を繰り返している。
 ついその時のクセが出てしまったらしい。

「シューターさん」
「ん?」

 俺が気恥ずかしさでいっぱいになりながらこの場の空気を誤魔化そうとしていたところ、エルパコがけもみみを動かしながら、ぐっと俺の毛皮のチョッキを引っ張った。
 エルパコの表情を見た瞬間に、俺はけもみみの意図を理解した。
 すぐにも腰に刺している短剣の柄に手をかけて、もう片方の手でカサンドラにじっとしている様に制止する。

「動物か」
「人間だよ、どうも少し離れたところからこっちを監視しているみたい」
「殺気みたいなのは感じられるか」
「わからないけど、何か出来る距離ではないみたい」
「弓で攻撃の可能性は?」

 俺は湖畔へと続く森のけもの道を見回した。
 エルパコが視線を送っている方向に視線を飛ばしてみるが、木々が生い茂っていて、おおよそ俺の感覚では弓の奇襲は大丈夫そうだが、念のためだ。

「この距離じゃ、無理だよ。徒歩で一〇〇歩以上は離れているみたい。この茂みの中を射抜くのは、よほどの強弓じゃないと無理だ」
「でもそれが可能な人間がひとりは知り合いにいるからなあ。油断するな」
「ニシカさんですか?」

 俺たちの会話に、カサンドラが怯えたような表情で質問をしてきた。

「まあニシカさんなら可能だという話だ。あのひとが俺たちを付けて来て監視しているんじゃなくて、そういう事が出来る人間がいてもおかしくないという話だな」
「向こうから仕掛けてくる気配はないよ」
「じゃあ、こちらも堂々と移動するまでだ。エルパコ、最後尾にまわれ。カサンドラは俺たちの間にいなさい。何かあったらエルパコ、頼りにしてるぞ」
「うん……」

 俺たちは何者かの気配を感じながら、作業現場へとゆっくり向かう事になった。
 ふむ、何でこんな回りくどい事をやってくる人間がいるのだろうか。
 盗賊か、村の人間か、あるいは近頃領民の一員となったミノタウロスか。
 考えてみればどれが正解なのか俺にはぱっと判断出来なかった。

「果たして盗賊か、村人か、野牛の一族か」
「わたしにはわかりません、シューターさん」
「牛じゃないと思うよ。あのひとたちはもう少し足音がうるさいから」

 俺のつぶやきに、俺の背後から声がした。

「うう、猟師の娘なのにそんな事もわからなくてすいません」
「俺だって一応猟師だけどわかんないし、気にする事無いんじゃないのかな」
「はっはい。シューターさん」
「しかしエルパコのけもみみは優秀だな。ッワクワクゴロさんやニシカさんも、こういう時にすぐに遠くの音に気付いたりする。猟師をしばらく続けているとそういう耳になるのかな」
「わからないけど、そうなのかも」

 俺が歩きながら背後を振り返ってエルパコを見ると、ちょっと気恥ずかしそうな顔をしたけもみみが、眼を伏せがちにそう言った。

「もう、距離が少し離れたから大丈夫だと思うょ」
「頼りになるなぁエルパコは」
「そんな事、ない」
「もうすぐ作業現場だから行きは安心だ。けど、帰りもまた妙な気配が感じた時はすぐに教えてくれ。もしもの時は必ず妻を守って家に帰るんだぞ。村長さまに情報を伝えるんだ」

 俺が素直に称賛すると嬉しそうな顔をしたけれど、話が後半になると途端にとても嫌そうな顔を浮かべた。
 こいつ何も言われなかったらホント年頃の女の子だよな。
 かわいい顔してるのに男の娘だ。

「おい何が不満なんだ」
「だって、シューターさん置いて行ったらシューターさんが危ないじゃない。ぼく、出来ないよ」
「そうですよ旦那さま。シューターさんは一家の大黒柱なんだから、めったな事をいっちゃいけません。ね、エルパコちゃん」
「う。うん」

 ちょっと君たち、俺のことを心配してくれていたのかい。
 たまらなく嬉しくなった俺は、ちょっと涙ぐんでしまったじゃないか。
 と、油断をしていたら、俺は大きな石に爪先(つまさき)をぶつけて、蹴つまづきそうになってしまった。

「ほげっ!」

 ブーツが無かったら大変な事故になっていたぜ!
 妻優先は夫として大切な事だが、妻からすれば夫優先なんだね。
 以後、言葉には気を付けよう。

     ◆

 さて、作業現場に入った俺はいつもの様に朝礼を行うのだが、その前にやる事がある。

 むかしからバイト現場に入る時は出来るだけ早めに家を出る様にしていたのだが、このファンタジー世界でもその俺ルールは継続中だ。
 おかげで今日も一番とはいかなかったが、わりと早めに到着していた。
 そういう事をしていると、少しでも仕事以外の時間でゆとりが出来るので、バイト仲間や職場の正社員たちとコミュニケーションが取りやすいのである。
 城の建設予定地である丘の上の作業小屋にお弁当や土木作業具を放り込んだ俺たちは、さっそく三々五々集まって来た人足の集団を観察した。
 機会を見て少しでも積極的に話しかけていかないと、人間関係は作れないからな。

「どうですか、石を運び込む作業は難航しているという話だったけど」
「そうなんですよ奴隷騎士さま。村側の川から船で運び込んでいるでしょう。かなり大回りをして川伝いに持って来ているんですがね、どうも効率が悪くっていけねぇや」
「石切り場もこことは反対の場所ですからね」

 築城中の作業員たちは、村にいる本職の大工職人や普請(ふしん)職人のドワーフたちだ。
 大工は文字通り建物をくみ上げる専門家で、普請は土木作業員だと思ってくれればいい。
 普請の人間は本来なら集落の拝み小屋にも人間を回さないといけないのだが、どうしてもリソースが築城に集中してしまっていて人手が足りていなかった。
 まあ、報告に会った様にくみ上げるべき石材がなかなか運び込まれないので、今は人数の半数が集落の建設にまわっているけれども。

「予定では数日中に家を三軒は立ててしまおうという話でしたが、どうなってますかね。見たところどこも足場ばかりが出来ていて、まだ家の木組みも終わっていない様ですが」
「それはアレだ。普請職人の数が今いるうちに、さっさと足場だけ全軒ぶん作っちまおうという話になったので、優先してやらせている」
「ははあ、考えましたね」
「あたぼうだ。何年俺っちが村や集落の家を手掛けて来たと思ってるんだよ。最初に完成する石造りの家は奴隷騎士さまのって決まってるんだから、楽しみにしていなよ」
「おっと、それは大きな声で言わない約束ですよ親方」

 ドワーフの大工職人のひとりと話し込みながら、家の方はどうなっているんだと確認をしておく。
 こちらは一部の職人が作業監督者として家屋建築を指揮しているんだが、この中の一つに将来の俺の家になるものが含まれているから、ちょっと気が気ではない。
 職権乱用と言われてしまうが、これぐらいは役得だろう!
 ただしこの家は将来の住居というだけであって、ここでひとが生活を始めるのは次の春を迎えてからになるんじゃないかな。
 石造りの家をいくつも作り上げるのは、とても大変だからな。
 だから村の方にとりあえずの新居を早く作ってもらわなくちゃいけない。
 二度手間のように思えるが、別に俺たちが猟師小屋から村の新居に引っ越した後、湖畔の集落が完成して引っ越したところで、村の家の方は新たな移民に与えればいいだけだ。

「広場の草刈りはどうなってますかね。どこまで草を抜いて地慣らししても、この調子じゃ終わらなさそうなんですけどね」
「まあオレ様が厳しくキビキビ働かせるんで、問題ないぜ。シューターは大船に乗ったつもりでいてくれや」
「あんまりこん詰めて作業させると、奴隷が暴動起こしますよ」
「そん時ゃ、オレとお前で皆殺しにすればいい。なあ奴隷騎士さまよ」
「めったな事を言わないでください。労働力は足りていないんですから!」

 敷地の拡張をするために、ひたすら草を抜き岩を転がして更地にしているのは、犯罪奴隷のみなさんである。
 鱗裂きのニシカさんが彼ら犯罪奴隷の集団をとりまとめて指図しているわけだが、相変わらずこのひとはひと使いが荒い。
 奴隷だと思ってこき使うのである。
 ついでに俺の事も奴隷騎士さまなどと立ててはくれるがその実、敬意の欠片も見当たらない態度は相変わらずだった。
 これぐらいの気楽な関係の方が、今まで通りのノリでやっていけるので俺は有り難いがね。

 ひとしきりのコミュニケーションが取れたところで、ニシカさんが指図する犯罪奴隷の集団がこちらを睨み付けているのに俺は気が付いた。
 愛妻カサンドラもその視線に怯えて俺の陰に逃げ込んでしまう。
 恨めしそうな視線そのものだった。
 何となくわかる。
 彼ら犯罪奴隷からすれば、俺とお前はへそピアス仲間だ。
 どうして俺と同じ村の最下層カースト身分である奴隷が、自分たちをアゴで指図しているのか、納得できないというか不満でしょうがないのだろう。

 俺は肩からぶら下げていた編み籠から一本の羊皮紙の巻きを取り出しながら、ため息をついた。
 まあ納得はできないだろうが頑張ってちょうだい。

「さてみなさん、本日も元気いっぱいお仕事に励みましょう。お仕事の基本は安全第一、材木を運び込むときは必ず周辺をよく見まわしてから移動しましょう」

 さて、今日も一日作業を頑張りますかね。
 俺は毛皮のチョッキを脱ぐと、作業員にまじって石を運ぶ事にした。

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