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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第3章 奴はカムラ

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58 ミノック・アウト 中編

 このファンタジー世界で闘牛といえばミノ式パンツレスリングである。
 もともとこの格闘技が発祥したのは、元いた世界のアジアにおける相撲と同じく、神に捧げるためや部族の間で競うためのものだったらしい。
 俺はミノタウロスについて詳しいわけではないが、どうやら人間の生活圏の中で孤立している野牛の一族は文化程度があまり高くないらしい。
 逆に辺境の向こう側には、少なくともタンクロードバンダム率いる部族と同程度に発達した文化の部族たちがいるのだとか。
 ではなぜ文化人の癖にミノ式パンツレスリングなんだよ。
 文化人なら服着ろよ、という論はごもっともである。
 その事を俺が質問すると、

「わたしたちの武器は優れているので、訓練と言えど相手に怪我をさせてしまうんですよ」
「だったら練習用の武器とかでいいんじゃないんですかね……」
「でもそれだと、わたしたちの優れた防具が攻撃力を完全に防いでしまうんですよ」
「なんという矛盾。なんという理不尽……」

 ヒモパン一丁になった俺に、なぜか得々とタンヌダルクちゃんがいろいろと教えてくれた。
 最強の武器と最強の盾という話をして、いかに自分たちの文化が優れているのか俺に伝えたいのだろうけれど、俺にはむかしの故事に出てくる「矛盾」そのものを感じて苦笑した。
 俺が苦笑を浮かべると、俺たち人間が負けを認めたのかと、タンヌダルクちゃんはますます勝ち誇った顔をした。

「兄さんは武器を使った戦いも強いですが、素手でも負け知らずですよ。何しろ近隣部族で随一の腕前でしたから」
「し、シューターさんは荒ぶるワイバーンを倒した村一番の戦士です。ギムルさんだって棒切れで制圧した事あるんですから……」

 それまで黙って俺の拳にテーピングをしていたカサンドラが、突然立ち上がってタンヌダルクちゃんに食って掛かった。
 言ってから、俺たちの側で黙って腕組みして見届けていたギムルさんは、とても嫌そうな顔をしたのが視界に飛び込んだのだろう。
 慌ててカサンドラのトーンが尻すぼみになって行った。
 ギムルはごほんと咳払いをすると、ちょっと恥ずかしそうな顔をして口を開く。

「黙れ」
「……黙ります」
「俺もあの時の事は反省している」
「……はい」

 ギムルって意外といいやつなんだよな。
 考えていることがわかって来ると、案外と可愛げがあるのである。
 第一に義母上、第二に義母上に構われない時の嫉妬。うんわかりやすいね。

 よし、テーピングというほど立派なものではないが、自分の拳を保護する程度に包帯でしっかりと手を固定した。
 相手がどんな格闘スタイルでやって来るかはわからないが、空手はそれなりに万能な格闘技・武道だと思っている。
 脚を止めて打ち合いをしない様にさえすれば、勝負になるはずである。

「シューターさん頑張ってください」
「おう、ありがとうな」
「兄さんに無様に負けたら結婚相手として認められませんからね。でも、兄さんは近隣最強だからあなたに倒せるかわからないです、残念でしたね」

 健気なカサンドラに比べると、応援したいのか兄を自慢したいのかわけのわからないタンヌダルクちゃんである。
 まあ、俺は格闘技大好き人間なので、勝負する事は嫌じゃない。
 たぶん自分の得意のパターンに持ち込めば勝算もある。
 無様な負け方というのさえしなければ、俺としては楽しんだもの勝ちだな。

 ただ嫌な予感がするのも確かだ。
 ミノ式パンツレスリングはあやういのだ。
 パンツ掴み投げで股間大破は間違いなしだからな。

「ちなみに勝利条件というのはどうなってるのかな?」
「戦意喪失したら負けですよ」

 これっていち度形成が不利になったら、自分から絶対に負けなんて認められないじゃないか。
 痛いのが嫌だから負けってのはさすがに無様だから、言い出せないパターンだわ。


     ◆

 拳を固めた俺は、やんやと騒がしい外野をいち度睥睨した後に集中する様に自分に言い聞かせた。
 道場でスパーリングというか練習組手をする事はこのファンタジー世界にやってくるちょっと前まで、よくやっていた事だ。
 けれども、試合ともなると数年ほどブランクがある。

 ギャラリーがあるというのは、それだけで精神状態が平常とは違うものだから、ドキドキもひとしおだった。
 野牛の一族たちは「族長ぶっ殺してしまえ!」などと激しく危険な野次を飛ばしていたけれど、それは村の人間たちも同じだった。
 ニシカさんなどは「シューター、内臓だ! 内臓を潰せ!」とか言ってくるし、ッワクワクゴロさんは「首だ、首に一撃を入れればどんな相手も一瞬で片が付くぞ!」などととんでもない事を言う。
 俺がお世話になっていた沖縄空手の古老は、特に肝臓への一撃、首の頸動脈への一撃、胸骨への一撃が人間を簡単に戦意喪失へ導けるとよく口にしていたけれど、実際にそんな技を日常的に練習していたわけではない。
 唯一俺が得意にしているのが胸骨の付け根に一撃を入れて、相手の呼吸のリズムを崩す技だった。
 相手が人間である以上、危険極まりない首の頸動脈への攻撃など練習のしようもないからな。

 だが今は余裕をかましている場合ではなかった。
 このファンタジー世界には、傷口すらも縫合してしまう癒しの魔法があるぐらいだ。
 さすがに殺意丸出しで挑むわけにはいかないが、あらゆる手段でタンクロードバンダムに挑まなくてはいけない。

「シューターさん、絶対に無理だけはしないでください」
「そういうわけにもいかないよ。無理してでも勝つさ」

 負ければ野牛の一族に奴隷として引き渡されると言われている。
 まさかやっとこの優しくない世界で手に入れたささやかな幸せ、カサンドラとの新婚生活を手放すわけにはいかないのだ。
 俺がそういう覚悟の顔で、つとめてイケメン顔を演出して見せたところ、

「そんなにダルクさんと一緒になるのがいいのですか?」
「え? いやそうではなくて、」

 とても嫌そうな顔をした新妻が、俺の方をギロリとひと睨みしたのである。
 これはいけない、何かカサンドラは俺の事を勘違いしている。

「シューターさんなんて負けちゃえばいいんです」
「ちょっと待った。こら、話を聞きなさい。俺はカサンドラのためにだな、」
「嘘です。じゃあおもいっきり野牛の族長さまに勝ってくださいね」

 プイとした顔を急に俺に近づけて来たかと思うと、突然カサンドラは破顔してちゅっと俺の頬に唇を触れさせてきた。
 いいね!
 なんだかんだ言って、俺の事を信頼してくれている新妻はとてもかわいい。
 カサンドラのためにも俺は勝たなくてはならないのだ。
 いや違う、俺は勝てると確信した。

 一方、野牛の一族の方はいかにも屈強な兵士軍団が族長の周辺を固めて何やら盛り上がっていた。
 もちろんそこには先ほどまで俺の側にいたタンヌダルクちゃんもいる。
 タンヌダルクちゃんは今のところどちらの味方なんだろうか。
 兄さんに勝てる、いや負けない事を証明してくれと言った手前、自分の旦那さまになるひとに期待する気持ちはあるのだろう。
 けれども一方で、兄が負けるという姿は想像が出来ないと言うか、負けて欲しくないという複雑な気持ちもあるんだろうな。
 現にタンクロードバンダムに向かって「兄さん、負けないでくださいね!」などと言っており、結局この子はどういう結果になって欲しいのかと俺も苦笑してしまった。

「俺が今まで闘牛で誰かに負けた姿を見た事があるか?」
「兄さんは最強のミノタウロスです。そうだよねみんな」
「おう、ダルクお嬢の言うとおりだ」
「例え蛮族の戦士だろうと負けるはずがない」

 などと盛り上がっている。
 確かにこうして観察してみると、タンクロードバンダム氏はあまりにも無駄のない筋肉を纏っていた。
 恐らくあれは、闘牛なり何なりの格闘技を通して、体を動かす事で身について来た筋肉である。
 どれだけミノタウロスが人間たちが予想していたよりも文化的生活を送っていたとしても、ここは封建制度まっさかりの政治構造をしているのだ。
 強いリーダーは何より求められている。
 そして、多分あいつは強い。
 俺の知っている強そうだと感じたのは鱗裂きのニシカさん、美中年カムラ、そしてこいつだ。
 ただし、国際交流の広がりでお互いの武道や格闘技が激しく刺激を与え合って化学反応した、俺の元いた世界の格闘技とはモノが違う。
 きっとタンクロードバンダムは戦うセンスはあるのだろうが、格闘スキルだけならそれほどでもないはず。
 そこに、勝機を見出す他はない。

「おい若造、準備は出来たか?」
「若造ですか。俺、これでも三二歳なんですがね」
「何だと? フンス、俺をおちょくる戦法だな。そんな話が信じられるか」
「まあお好きに受け止めてください。タンクロードバンダムさん」

 俺がニヤリとしてみせると、鼻息荒くタンクロードさんが身震いをした。
 お互いに距離を置くと、そこに俺も知っている野牛の兵士タンスロットさんがやって来た。

「闘牛のルールは簡単です。どちらか一方が戦意喪失するまで勝負は続けます」
「はい」
「おうわかってる」
「目潰し、金的など後遺症の残る攻撃は違反です」
「わかりました」
「フンス。どうやっても、人間死ぬ時は簡単に死ぬんだ。細かい事は気にしていられるか」
「どうですかねえ、俺は簡単には壊れませんよ」

 お互いに接近して睨み合った。
 どちらも上半身裸の下着姿。俺はヒモパンで、向こうは捻じりふんどしみたいなやつだ。
 こういうの、空手の試合ではまずありえないけれど、プロレスや格闘技イベントではよくあるお互いのあおりだった。
 近くまで上半身丸出しの男同士が接近すると、とても居たたまれない気分になった。
 パンツレスリングはまあいい。
 しかし野牛族長のフンスという鼻息がお肌にかかるたびに、ぞわぞわと鳥肌が立つような気分になるのだ。
 俺の頭半分ぐらい身長が高いので、たぶん一九〇センチあまりの長身だ。
 デカい。とてもデカい。
 そして鼻息荒い。そこから吹き降ろされる山おろしは強烈だ。

 両者下がった。

 改めて、互いの距離は二メートルあまり。
 相互に飛びだしたとしても、わずかに自分の打撃圏内に届かないあたりが小憎い、そんな距離だ。
 俺は構える。
 空手や立ち技格闘技でいうところの、サウスポースタイル。
 闘牛は殺し合いではないので、やはり一対一の格闘技スタイルは絶対に有効なはずだ。
 右利きの俺がサウスポーに構えるのにはわけがある。
 むかし俺が日本拳法の指導者とちょっと親しくなった時に、胸の張りと腰の落とし込み、そして上半身の伸び込という三つを使って、通常の追い突きでは不可能なロングリーチによる突きのやり方を教えてもらったからである。
 これは相手のガードのパンチが潜ったところで、一気に上半身を伸ばして顔を一撃するのだ。
 ガードが邪魔をして、相手には一瞬だけ何が起きたのかわからない。
 そこを付いて上半身の伸びで顔にパンチが飛び込んで来れば、相手は度肝を抜かれると言うわけである。

 強い相手には奥の手などと手段を秘匿していれば、必ず負ける。
 県大会で散々辛酸を舐めて来た俺は、そういう事をおとなになって少しずつ体得して行った。
 俺はこの試合に、時間をかけるつもりはない。

 そして、タンスロットさんが合図を送った。

「互いに構えて、はじめ!」
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