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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第1章 気が付けばそこは辺境の開拓村だった

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6 今日から猟師になったので狩り道具をもらう

 やあみんな。今日から猟師になった吉田修太だ。
 みんなは気軽に俺の事をシューターと呼んでくれ。

 とりあえず新妻のカサンドラが、亡き義父が使っていた服をくれた。
 これまで一張羅だった腰巻きを青年ギムルに斬られて裸一貫になってしまった俺にはありがたい話だった。
 新妻カサンドラは、俺に服をくれた。
 服は、毛皮のチョッキだった。

「あの、カサンドラ。下はないのかな?」
「生活が苦しかったので、手放しました。お父さんの服はチョッキがあるだけです」

 何という事だ。
 新妻が俺にくれたのは三枚の毛皮のチョッキだけだった。そのうちの一枚は俺が今着用している。残りは小さな藤編みのタンスにしまってある。ズボンはまだない。
 仕方がないので俺はフルチンのまま毛皮のチョッキを着ていた。さすがに下着が無いのは悲しいので、今はボロボロになった手ぬぐいを腰巻きがわりにしている。
 以前使っていた腰巻きよりさらに状態が悪く、しかも腰に巻いてみると短かった。
 これではあまり意味があるとは言えない。
 とても悲しいので、ファッションモデルよろしくグルリと回転して新妻に確認してみる。

「どうかな?」
「と、とてもよくお似合いです」

 眼をそらしながらカサンドラが言った。

「そうかそうか?」
「……死んだお父さんも喜んでいると思います」
「ありがとう。そう言ってくれると俺も嬉しいよ」

 眼をそらしたままカサンドラがまた言った。
 本人はお世辞を言っているつもりなのかもしれないが、絶対に嘘だ。似合っているはずがない。
 感謝だけして俺がペコペコやってると、腰巻きにするには縦にも横にも短すぎたボロ布が取れてボロリしてしまった。

「じゃ、じゃあ行ってくるよ。村長さんに呼ばれてるから」
「あのう、お気をつけて……」

 新妻カサンドラに特に見送られるでもなく、俺は村はずれにある猟師小屋を出発した。
 ちなみに昨夜は新婚初夜というやつだったが、まだ新妻の手も握ってはいなかった。
 何しろ猟師小屋は親子で住んでいたので、寝床がそれぞれ別の寝台なのだ。しかも部屋の両端に離れていた。
 明らかに俺の気配に怯えながらカサンドラは背中を向けてまるまっていたので、悲しくなった俺はふて寝をするしかなかった。
 だってしょうがないじゃないか。
 俺は妻を娶ったんだぞ! 奥さんができたら次は子供ができるかな? とか期待するじゃないか!
 期待ばかり膨らんで、息子も膨らんだ。だから新妻は俺に恐れをなしたのだろう。
 しょうがない。

 外にはゴブリンの男が待っていた。
 名前はッワクワクゴロというらしい。
 木こりのッンナニワさんとの見分けが俺にはつかないが、別に兄弟というわけではないらしい。

「村長がお前の狩り道具一式を用意している」
「ありがたい事です」
「お前、ここに来る前は戦士だったそうだな。戦士は狩りも訓練の一環だと言うから、狩りはお手の物だろう? 期待している」
「狩りに出た事はありますが、さすがに得意とまでは言えませんよ。ハハッ」
「だがお前、名前はシューターと言うんだろう。弓使いという意味だ。無学な俺でも知っているぞ」

 ッワクワクゴロさんは、これまで話してきたここの村人の中では、誰よりも気さくな人だった。
 何しろ、女村長の屋敷に向かう道すがら、絶えず俺に話しかけてきてくれるのだ。

「カサンドラはいい女だ。この冬に親父を亡くしてしまって生活は苦労していたが、お前が娶ってやった事でこれからは暮らしぶりもきっと楽になるだろう」
「そうだといいんですがねぇ」
「一人前の男というもんは、女子供をしっかり養うものだ。しっかりせい!」

 そう言って背の低いッワクワクゴロさんが俺の丸出しケツをバシリと叩いた。
 すると風も無いのに息子が揺れる。
 しかし嫁さんか。
 俺はもともと三十路を過ぎてもフリーターをしていた男なので、結婚なんて考えた事も無かった。
 そもそも、だ。恋愛をするつもりがなかった。
 大学を中退して家を追い出されてからしばらくは、沖縄出身の古老の家にお世話になっていた。古老の家には空手道場があったから、そこで寝泊まりしながら道場の手伝いをしていたのだ。いわゆる内弟子というやつである。

 内弟子だけでは食べていけないので、当時は配管工のアルバイトや花火職人の手伝いをしていたけれども、師範の家に寝泊まりしているのに恋愛なんてする余裕は無かった。
 そういう時、男ならたまにはこっそり風俗に行くものだろう。
 だが俺は宗教上の理由でそこには行かなかった。
 宗教上と言っても別に宗教じゃない。俺は武道の神様に貞操をささげたわけではなく、金が無いので仕方なく紙媒体の女の子に片思いして誤魔化す事にしたのだ。
 エロマンガはいい。見ているだけでエロい気分になれるからな。
 ただし虎の巻だったエロマンガは、沖縄古老の師範のお孫さんにあたる女子高生の女の子に見つかって、先生のご家族にさらされた挙句、捨てられた。
 わけがわからないぜ。当時すでに成人男性だった俺がエッチな本を持っていても何も問題ないはずだ。
 しかもちゃんとベッドの下に隠していたので、わいせつ物を陳列したわけではない。
 わいせつ物陳列罪にもし問われるなら、今がそうだろう。

「それにしてもお前、服はなんとかならんのか」
「残念ながら、あの猟師小屋には毛皮のチョッキしかなかったんですよ……」

 悲しくなった俺は自分のお股を隠した。

「そうかい、じゃあ後で俺の腰巻きをやろう。寝間着代わりに使ってるものだが、無いよりましだろうよ」
「ありがとうございます。謹んでいただきますよ」
「ところでお前は、今年でいくつになる?」
「年齢ですか? それなら三二歳ですね」
「三二歳?! とてもそうは見えないぞ」

 ッワクワクゴロさんは驚きの顔をしていた。
 それはどういう意味だろうか。

「もっと若造かと思っていたが。お前、結構若作りだな」
「ありがとうございます。よく言われます」

 人生このかた若作りなんて言われた事も無かったが、異世界に来てから伸び放題の無精ヒゲを撫でて、俺は返事をした。

「それならお前、カサンドラとは親と子ほども年齢が離れているのか」
「カサンドラは今年でいくつになるんですか?」
「確か一六だったか一七だったか」

 ワーオ、軽く犯罪だ。
 もしかするとカサンドラの亡くなった親父さんは俺とさほどかわらない年齢なのかもしれない。

「まあお前はヒト族だから、俺たちゴブリンよりは長生きするし気にしなくていいだろう。歳の差夫婦なんてのは別に珍しくも無いからな、ヒト族ならな」
「そうなんですか?」
「そうともよ。村長は今年で三一だが、死んだ前の村長と結婚したのは一九だった。前の村長はその時、五〇の爺さんだったよ」
「後添えだったらしいですね。村長」
「ああ、隣の村から輿入れして来たんだ。残念ながら村長は石女でな、村長も再婚だったんだよ」
「へぇ」

 石女というのは、ウマズメの事だろう。つまり身体的な理由で子供ができない女というわけだ。
 息子の世話をするためにと、前の村長が今の村長を後妻に迎えたわけである。
 なかなかの美人な気がするが、もったいない話だ。
 息子のギムルからすると、母親といよりも姉と言った方が近い様な年齢だ。
 フフン。もしかするとあの男、義母に懸想しているのか?
 だからいつも女村長の前では大人しくしているのだろうかね。
 フヒヒ。

「ここで俺がしゃべった事はナイショだからな?」
「も、もちろんです、ッワクワクゴロさん!」

 しかしこのゴブリンたちの間で使われている名前、何とかならんのか。
 俺みたいな日本からやって来た人間には、ちょっと発音が難しい。
 俺たちは屋敷の前で待っていた女村長のところまでやって来た。

     ◆

「お前は今日から猟師になる。したがって狩猟道具の一式を与えるが、これは村の一員として、わらわが認めたから与えるものだ。決して人間にこれらの狩猟道具を向けてはいけない」

 女村長は睥睨する様にチョッキ一枚で平伏する俺に向けて厳かに言った。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 最近はこの土下座スタイルが身についてきたものだ。
 この異世界はどうやら中世かそれ以前といった文明状態だ。まだルネッサンスを向かえた様な気配が無いぐらいにのんびりとした田園風景が広がっている。
 俺が元いた世界と違うのは、中世暗黒時代まっさかりの癖にフォークが各家庭にある事ぐらいだろう。
 ただしフォークの形状が違う。フォークと言うよりも二叉に分かれた串と言った方がわかりやすいかも知れないフォークの親戚だ。
 したがって俺に与えられた狩猟の道具一式というのは弓と矢、それに手槍だった。
 これは由緒正しき、マタギと同じ狩猟スタイルではないか!
 モノの本によれば村田銃が普及する以前のマタギたちは、弓で射かけて獲物を損傷させ、手槍でトドメをさしたらしい。
 この弓と手槍の他に、ポシェット状になっている皮のフィールドバッグが支給された。それとブーツである。
 今の俺ははだしスタイルだ。
 さすがにはだしで森をうろついていたら、足を痛めてしまうのは間違いなしだ。これはとてもありがたかった。

「では今日からッワクワクゴロや他の猟師たちの下について、狩りをする様に。ある程度村の地形を理解する様になったら、自由に狩りをしてもいい。その時はわらわが猟師株を授けようぞ」
「わかりました。家で待っている奥さんのためにも、そして村長さまのためにも、頑張って狩りをしてきます!」
「そうするがいい。では行って来いシューターよ」
「ハハァ!」

 俺は改めて平伏した。

     ◆

 さっそく俺は村長の屋敷の裏手で、狩猟道具一式を装備する。
 まずは足の裏を掃除してブーツを装着する。
 ブーツと一緒に支給されたソックスは、ソックスと言うより足袋だった。伸縮しない布の靴下みたいなもんだ。
 むかしウォーキングインストラクターのアルバイトをしていた時に学んだのだが、靴下というのは足の皮膚の延長線上にあるらしい。
 何が言いたいかというと、靴下を頻繁にかえると、それだけ足の裏の負担が軽減されるのである。
 そういう事を女村長が理解していたのかどうかは知らないが、靴下の予備は全部で十セットもあった。とてもありがたい事だ。
 その靴下の上に編上げのブーツを履く。
 聞けばブーツは高級品で、何年も靴底を交換しながら大事に使うものらしい。
 そして腰にフィールドバッグを装着した。腰鞄のベルトが直接皮膚にあたると、また衣擦れで皮がめくれてしまうといけないので、すぐ取れてしまうボロ布の腰巻きを当て布がわりにする。
 フィールドバッグの中には水筒と硬い黒パンが入っている。これは下働きの若い女が用意してくれたものだ。あとは乾燥してカピカピになったチーズもふた切れ。
 それから弓と矢を背負った。矢筒には無理やり十五本あまりの矢がつまっている。形状は用途によって違うものだったが、そのあたりは割愛する。
 そして杖代わりにもなる手槍と、草深い山野を切り分けるために使うナタだ。
 ナタは裸の状態で持っていると危ないので、革の鞘に収まっている。

「おう。いっぱしの猟師みたいな格好になったじゃないか」
「そうでしょう。俺も今日から猟師ですから」

 ッワクワクゴロさんの言葉に俺は嬉しくなって返事をしたが、苦笑したゴブリンの猟師はこう言葉を続けた。

「腰巻きが短すぎる事を除いてな」

 つまり下半身ボロリは相変わらずである。
 明らかに元の世界では変態おじさんの格好だが、どうもこの世界の住人はさほど全裸を気にしないのか、俺の大事な一人息子を見ても大騒ぎする事は無い。
 確かに新妻のカサンドラや村長の下女である若い女は目を背けていたものの、あれは年齢的な気恥ずかしさに違いない。
 俺は自分の中でそう思う事にした。

「狩りで余分な獲物を手に入れたら、服と交換してもらえばいい」
「そうさせてもらいます。俺はこれでも文明人を気取っている人間ですからね。パンツじゃなければ恥ずかしくないモンとかは言わないわけです」
「お前は時々、意味不明な事を言うな」

 呆れた顔をしたッワクワクゴロさんに連れられて、俺たちは森の中に入った。
 途中、村人たちが俺とッワクワクゴロさんを茫然と見ている姿があった。
 誰も俺たちに声をかけようとはしない。ッワクワクゴロさんも同じだ。彼らは誰も、猟師には声をかけようとしなかった。

「みんな俺たちの事、遠巻きにしていますけど。誰も挨拶とかしてこないんですね?」
「猟師はな、もともとこの村じゃはなつまみものなのさ」
 寂しそうにッワクワクゴロさんはそう言って村人たちから視線を外すのだった。
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