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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第3章 奴はカムラ

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48 カサンドラはだれにも渡さん!

 俺の名は吉田修太、十七歳の奥さんがいる三二歳の勝ち組だ。
 ちょっと色々あって新婚初夜は寂しい独り寝を経験したけれど、おかげさまで身も心も俺たちは夫婦になれた。
 ひとつ問題があったとすれば、俺の息子がちょっと気をはやらせて暴発気味だった事かな。
 そういう事も長い夫婦生活の中ではあるだろうから、ここはご愛嬌だ。
 さてふたりの気持ちを確かめて、抱き合いながら小さなベッドで俺たちが過ごしていたところ、俺にはとんだお邪魔虫がいる事を思い出させられたのである。

「キュイイイ!」
「し、シューターさん。ベッドの中に肥えたエリマキトカゲが……」
「おっといけない。説明の途中で盛り上がっちゃったから、バジルの事を忘れていたぜ」

 そうなのである。
 村に戻って来てからは、バジリスクのあかちゃんを寝床代わりの籠に入れたまま旅荷と一緒に持ち帰ったのである。
 どうやらバジルは籠の中で寝ていたらしいけれど、俺たちが魔法のランタンに照らされながら愛を確かめ合っていると、寂しくなったのか籠からごそごそと出て来て、ベッドに這い上がって来たのである。
 寝床の籠は用意しているけれど、俺の事を親と思っているのかバジルはいつも夜になると、俺の寝床にやってくるのである。
 かわいいところがあるじゃないの。
 と、素直に喜べないのが今の俺である。

「ええと、さっきは説明の途中でこんな事になってしまったけれど、こいつはバジリスクといって、ワイバーンと同じドラゴンの仲間のあかちゃんだ」
「ワイバーンの仲間?!」

 カサンドラは仰天して狭いベッドの上で後ずさった。
 そんなに怯えた顔をしなくてもいいじゃないか。俺まで恐れられている様な気分になる。
 俺がバジルを抱きかかえて頭を撫でてやると、カサンドラがおずおずと俺の方を見て来た。

「あの、シューターさん大丈夫なのでしょうか?」
「ん? 歯も生えそろっていない様なあかちゃんだからな、噛みつかれたって痛くないぞ。それにこいつは産まれてはじめて見たのが俺だったからな。もしかしたら、鳥のすり込みと同じではじめて眼にしたものを親と認識する様な習性でもあるのかもしれん」
「すり込み、ですか?」
「そういう事だ。つまりバジルにとっては俺が父親なのさ。ああ、この子の名前はバジルっていうんだ。バジル、お母さんにちゃんと挨拶するんだぞ」
「キィキィキ!」
「は、はじめまして、バジルちゃん」

 俺が少し警戒心を解いたカサンドラにバジルを差し出すと、彼女はおっかなびっくりという感じにあかちゃんを抱き寄せた。
 鱗裂きのニシカさんなら爆乳であかちゃんを圧死させてしまうところだろうが、それよりいくらか小ぶりなカサンドラの胸なら心配はない。

「よしいい子だぞバジル。これからはおじさんとお母さんのいう事はしっかり聞くんだぞ? おじさんは時々森に出かけて狩りをしないといけないので、留守の間はしっかりお母さんを守るんだ」
「キッキッブー!」

 頭を撫でてやろうと俺が手を出すと、バジルが歯のない嘴で噛みつきやがった。
 このやろう、すぐこれだよ。
 バジルが雄なのか雌なのか今の段階では確認の仕方もわからないが、とりあえず助兵衛野郎だという事は俺の中で確定している。
 ニシカさんやようじょにはよく懐いていたからな。
 例外は雁木マリだったが、あいつは動物に限らず、人間の扱いも下手な奴だ。
 愛情表現が下手くそなので、そういうところはバジリスクのあかちゃんにもしっかり伝わっていたのだろう。

「あの、シューターさん」
「ん? 何だ」
「どうしてシューターさんはお父さんじゃなくて、おじさんなんですか。わたしがお母さんなら、シューターさんはお父さんですよ」
「いやあ、そうなんだけどねぇ。最初にこいつに話しかける時におじさんって言ってたもんだから、つい。それにこいつの両親は俺たちが仕留めたという負い目もあって、父親というのはちょっと」

 苦笑いをしながらあかちゃんの喉元を撫でてやると、不思議そうな顔をしたバジルが俺たちふたりの顔を見比べていた。
 もちろん俺たちの会話なんてわからないだろうが、罪悪めいたものは込み上げてくる。

「カサンドラ」
「は、はい」
「いきなりこの子を連れて来てすまないな……。本当はだよ、まだしばらく新婚夫婦気分を味わうために子供は早いかな? とか思ってたんだけど、いきなり子供が出来てしまい申し訳ない」
「い、いいえ。いずれシューターさんに授かる子供のための予行演習だと思えば……」
「そうか、ならいいんだけど」
「そうです。わたし、頑張って育てます」

 健気にも、薄明かりの中でカサンドラが決意の表情を見せてくれた。
 ちょっとずつだが、俺は妻の表情を読み取れるようになってきている気がする。

「ただ、」
「ただ?」
「こいつはとても大飯喰らいだ。今はあかちゃんだから食べる量も知れているんだけれど、それでも毎日よく魚を食べる。しかも大人になったらこの猟師小屋より大きくなる」
「猟師小屋より大きく……」

 カサンドラは絶句していた。

「どうするんですか、大きくなったら……」
「そうね。ッワクワクゴロさんに言って、狩りの手伝いをしてもらえばいいかな?」

 考えるのが面倒臭くなった俺は、適当な事を言った。
 たぶんこんなドラゴンの親戚が巨大な成獣になるまでは、少なくとも五〇年かそこいらはかかるはずだ。
 こんな不衛生な異世界で生活している俺たちだ。
 おじさんやお母さんが死んだ後も、すくすくと大きくなるんだよ、バジルよ。

     ◆

 幸せな夜を過ごしたところで、太陽が昇ってくればいつもの生活がやって来る。
 俺たちは黎明の時刻には自然と目を覚まして、朝の支度をはじめていた。
 残念ながらはじめての夜を過ごした後のカサンドラは、下腹部に違和感があるのか歩くのもおぼつかない様子だった。
 手を貸してやろうかと声をかけると、

「大丈夫ですシューターさん。わたしはむしろ幸せです」

 などと拒否されてしまったので、どうしたものかと思った次第である。
 そんなこんなで、また村にいた頃の様に外に出ると、太陽が昇り切らないうちから畑の手入れを俺はする。
 しばらく俺が留守にしていたので、畑は荒れ放題かと思っていたがそんな事は無かった。

 豆の畑も芋の畑もしっかりと雑草が抜かれていて、土もほどよく水分を含んでいた。
 奥の放置気味だったトウモロコシの畑の方も、どうやら誰かが植えてくれていたらしい。
 そんな馬鹿な。
 カサンドラは独り身でこの猟師小屋で生活をしていた頃、とてもではないが女手ひとつで畑を耕せずに半ば放置気味だったはずなのである。
 という事は、妻がひとりでこの四面の畑を手入れしていたというのはありえないはずだった。

 するとオッサンドラか。
 あいつは鍛冶職人で体力もあるだろうし、何しろカサンドラに気があるのは間違いない。
 仕事に出る前にちょっとばかり畑仕事を手伝ってから鍛冶場に出かけてもおかしくないわけである。
 くそ、あのもじゃもじゃめ。
 こんなところで点数を稼いでいたのか。
 考えてみれば、妻の内心がよくわかってなかった旅立つ以前には、オッサンドラに気を使っていろいろとカサンドラの情報を教えていた気がする。
 りんご酢が足りないから持って行ってやれとか。
 ついでにおっさんがしきりにカサンドラの事は任せてくれと言っていたのを思い出して、俺はとても不愉快な気分になった。

「くっそ馬鹿らしい。畑仕事なんかやってられるか!」

 俺は怒りを覚えて咆えてみたが、腹いせに畑を荒らすというわけにもいかず、天秤棒に水桶を引っ掛けて、大人しく水汲みに行くことにした。
 まあ、畑が立派になっている事はカサンドラも喜んでいるだろうから、八つ当たりするのはお門違いである。
 すると、

「おう、シューター。街から帰ったばかりだというのに、朝からせいが出るな!」
「あっッワクワクゴロさん」

 何やら手下のゴブリンたち数名を連れたッワクワクゴロさんの姿が見えた。
 まだ村に帰ってからッワクワクゴロさんにはご挨拶がすんでいなかった。
 近頃は猟師の親方株を手に入れたからか、ちょっと身綺麗な格好をしていて、磨き上げられたブーツまで履いている。
 後ろに控えている若いゴブリンたちは俺と同じ様な格好で天秤棒に水桶を担いでいた。

「どうしたんですか、農夫でもないッワクワクゴロさんがこんなところで」
「いやあ、しばらくお前さんが留守をしている間、うちの馬鹿弟どもにお前さんところの畑の世話をやらせていたんだよ」
「うっす」
「ちっす」
「ちゃっす」

 三人の見分けがつかないゴブリンが、俺の顔を見て軽薄そうなスタイルで頭を下げた。

「馬鹿野郎、シューターさんにしっかり頭を下げないか!」

 ッワクワクゴロさんの口から「シューターさん」なんて言葉を聞いて、俺は吹き出しそうになった。

「いや、シューターさんって」
「いいんだよ。こいつらも来年、再来年からは猟師見習いに入るはずだったんだが、ほらよ。猟師がおっ()んじまってあちこち不足しているだろう。だから、近いうちに見習い身分にさせるんだ」
「ははあ、申し訳ない事に俺も猟師はひとりしか村に連れて帰っていませんからね」
「それはしょうがねえってもんだ。猟師は地元から動きたがらないからな」

 ッワクワクゴロさんの言葉に、ニシカさんがサルワタの森周辺の森に拘っていたのを思い出させてくれた。
 とりあえず兄にどやされたから、しょうがなしにという感じで、三人のゴブリンが「すんませんシューターさん」と頭を下げてくれた。

「そしたら俺の留守中、畑の草むしりや水やりをやってくれたのは君たちだったんだねえ。今度街からいい女が来たら紹介してやるぜ」
「「「本当っすか!」」」

 俺が社交辞令もまじえてそんな事を言ったら、ッワクワクゴロさんの下の三兄弟が声をそろえて鳴いた。
 またッワクワクゴロさんにどやされているのを見て、ああ村に帰って来たんだな、などと俺は一安心したものである。

「ところでシューター。お前、オッサンドラには会ったか?」
「おっさんですか? いや顔はまだ見てませんが。土産を買って来たんでそのうち顔を出したら渡そうかと」
「それならしばらく顔は合わせない方がいい。ギムルの旦那からは話を聞いていないんだな」
「?」

 弟たちを俺の代わりに畑に送り出したッワクワクゴロさんは、ちょっと上等な上着をいじって居住まいを正しつつ身を近づけて来た。

「留守中、度々カサンドラに言い寄って来たのでな。見かけるたびに俺も注意していたのだが、ギムルの旦那がお前の手紙をもって訪ねた時、とうとう手籠めにしようとしていたらしい」
「……!?」
「それで村長の命令でしばらくの間、カサンドラの側に近づくことは禁止された」

 だからその土産とやらは渡してやる必要が無い、とッワクワクゴロさんは鷲鼻にしわを寄せて言い切った。

「マジかよ」

 おっさんがそれだけ本気だった事は頭で理解はしちゃいたんだが、それでも行動を起こしていたという事実には衝撃だった。
 そりゃそうだ、俺だってずっと一緒に過ごしてきた妹みたいなかわいい幼馴染がいたとして、いきなりどこの馬の骨とも知れないやつが幼馴染を奪っていけば、取り返したい気分になる。
 だがそれよりも。
 俺が今一番驚いているのは、おっさんより先に、俺自身がカサンドラと結ばれた事にこれほど安堵しているという事実にだった。

 俺は、カサンドラを好きになっていたんだ。

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