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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第11章 明るい宮廷工作

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閑話 宮廷に吹きすさぶ風は絶えずして 6


 馬車の後をつける事、どれぐらいだろうか。
 宮廷貴族の居住区画を出ると、繁華街を抜けて諸侯屋敷の立ち並ぶエリアへと到着した。
 豪華な邸宅の多い王都でもひときわ立派な敷地に到着すると、そこがキルン侯爵家の屋敷だ。

「相手は正妃さままで輩出した格式高い侯爵家さまだ。このアンナやきみの様な軽輩貴族がアポもなしに尋ねても相手にされない。けれど、あの馬車に乗った使者を捕まえれば不可能は無いと思うよ」

 そんな風に笑って見せたアンナルビーズ卿は、しっかりと馬車から降りてくる人間の顔を脳裏に焼き付けた様だった。
 馬車はキルル侯邸の正門前でいったん停車して使者を降ろした後に、そのまま裏口の方へ回っていく。恐らく停留所はそちらにあるのだろう。
 どうするのかとアンナルビーズ卿を見ていると、馬車を追いかける方を選択したらしい。

「ついでに馬車の御者さんと仲良くなっておくのがいい。こういう事は上の人間だけを狙うより、下働きの者から篭絡する方がやりやすいからね」
「御者なり使用人なりをまず味方につけるというわけか」
「その通りさ、将を射んとする者はまず馬を射よ、なんてふるい言葉もあるじゃないか」

 キルン候邸の裏口にやってくると馬車の格納スペースが存在していた。
 いい具合に格納庫の扉を開いたところだったのか、そこからいくつもの豪華な馬車が収納されているのも見える。
 使用人や警備の兵士たちが、ちょうど馬を解放して馬車を格納庫に押し入れるところに遭遇したのである。

「きみたち、きみたち。ちょっと質問があるんだけれどね」
「はあ何ですかね。どこのお貴族さまか知りませんが、俺たちゃ見ての通り忙しいんですよ」
「そんな忙しいきみたちに申し訳ないのだけれど、今しがた馬車を運転してアウグスブルゴ伯邸にまで向かっていたのは、誰だい?」
「……俺ですが、あんた何モンだい?」

 これはとんだ失礼をしたね。などと白々しく笑って見せた小柄な女だ。
 少しばかり俺と顔を見合わせた後、歌でも口ずさむ様な軽やかさでこの様な方便を並べたてた。

「アウグスブルゴ宮廷伯さまの家臣で、警護役をやっているオットーヨメッツという者だ。悪いけど先ほどのご使者どのをこっそり呼び出してくれないか、主どのも立場があるので公式の場で面会の事実を世間さまに見せるわけにはいかないのさ、やってくれるかい?」

 もちろんオットーヨメッツなどという人物は存在するわけもない、その場でついた口から出まかせだ。
 しかしニッコリ笑ったこの小柄な女の破壊力は抜群で、かなり嫌そうな顔をしていた御者の男や使用人たちは、二つ返事で了承してみせた。

「わかりました。すぐに呼んでまいりますのでこちらでお待ちになってくださいますかっ」
「ああ頼むよ。けれど、あくまでもコッソリとだからね。これは世間さまにはバレちゃいけない事なんだから」

 ウィンクひとつを飛ばすと「もちろんです!」とペコペコ頭を下げて使用人たちは屋敷の中へ飛んでいった。
 振り返ったアンナルビーズ卿はボソリとこんな事を言う。

「花嫁には持参金が必要だと思うわけだよこのアンナは。だって女神様の守護聖人たる全裸卿は、アレクサンドロシア卿にリンドル御台マリアツンデレジア卿、その他大多数のハーレム大家族を号するほどのモテモテ全裸なんだろう? お見合いでこのアンナを気に入ってもらえる様に、うかうかしてはいられないからねっ」
「勝手にしてくれオットーヨメッツ卿!」

     ◆

 アンナルビーズ卿の行った屋敷の使用人を味方に付けるという方法は、かなり効果的だった。

 いつぞやニシカ夫人がブルカでやっていた情報収集の応用みたいなものだろうか。
 情報を得たり操作する場合は、上流と下流の両方から得るのがバランス的に良い……だったか。
 貴族の交渉事はとかくトップ同士の決め事で行われがちだが、それをお膳立てするためにはまず使えている下流からやるのが良いという見本のようなものだった。

 主君の命令で再三訪ねても門前払いを喰らっていたアウグスブルゴ宮廷伯側から、内密にとひとが訪ねてきたのだから使者どのも喜び勇んで顔を出す。
 そこでアンナルビーズ卿はこの様なデマカセを口にしたのだ。

「このオットーの主、ピモシーさまは今非常に厳しい立場に立たされているんだ。何しろ辺境東方域で勃発した戦争の一方の盟主が、ピモシーさまのご息女であるマリアツンデレジアお嬢さまなんだよ」
「それは当方の主も存じている事です。しかしだから、だからこそ我々は一致協力してテールオン妃とブルカ辺境伯による専横を阻止せねばならないのではありませんか?!」
「もちろんその通りさ。だけどそれを表だってやった場合はどうなるだろう?」

 胡乱な視線をアンナルビーズ卿に向けるキルン侯爵の使者に、彼女は畳みかける様に言葉を続ける。

「わかりかねる、という顔の様だねえ。でも簡単さ、今ここでガーターベルトフォンギースラーさまの派閥が中途半端に盛り返す様な事になれば、実力不足の今だからとこっぴどくテールオン妃派の攻撃にさらされてしまう」
「ではどうしろと、仰るのです?」
「今は表立って連携をしている姿を王侯貴族たちに見せるべきではない。いやさ、アウグスブルゴさまはそう考えておいでなのだよ」

 もちろんまったくの嘘っぱちで、方便の類である。
 けれど苦虫を噛み潰した様な使者は、それでは困るとキルン侯爵側の実情を暴露してくれる。
 仰る事はもっともだが、

「正妃ガータベルトフォンギースラーさまの所在が不明である今は、そんな悠長な事を言っていられないのです。後宮を離れしばらくは王都侯爵邸でお過ごしになられたのですが、ここには頼るべき仲間がいない」
「まあ今の宮廷派閥はテールオン妃を中心に一本化されつつあるからね」
「あなたのご主君を含めて、ね……」

 いかにもアウグスブルゴ宮廷伯に対する嫌味を含みつつ「頼るべき仲間がいない」と使者は強調してみせた。
 だが俺にせよアンナルビーズ卿にせよ、宮廷伯のピモシー卿の部下を騙る偽物なのでその指摘は痛くもかゆくもない。
 笑い飛ばして見せたアンナルビーズ卿の隣で俺が質問をすると、

「では正妃さまは今どちらに?」
「宮廷における絶大な裁量権をお持ちであるピモシー卿にお助けいただけないのなら、もはや王国本土に安全圏は無いとガーターベルトさまは辺境東方に向かわれましたよ。敵の敵は味方、辺境盟主連合軍の庇護を受けるためにね……」

 なるほどこれは良いことを聞いた。
 使者のこの発言に、しめたという顔をしたアンナルビーズ卿である。

「なるほどそれがわかればタイミングを見計らわないといけないね。実は近衛の騎士たちが、随分とテールオン妃さまの専横……というか親衛隊に対する不満を募らせているという話を聞いているんだ。ここは、連携をとって一気に反撃するといこう」
「近頃、国王陛下とテールオン妃の周辺を屯する、陛下の私兵集団の事ですか……」
「そうだよ。その辺りの事を密かにキルン侯爵さまに耳打ちしてはくれないか。そしてあくまでも、我々の交渉があった事は秘密に」

 以後はこのオットーヨメッツが密かに侯爵さまとわが主君の連絡を取り持つ事にする。
 けれど、いやだからこそ今まで通り表向きはアウグスブルゴ邸に抗議の使者を送り続けて、相互の交渉は不発に終わっているという演出を装ってもらいたいものだ。

 嘘八百もここまで極まれば見事なものだ。
 内密にね、という言葉を最後まで念押ししてみせたアンナルビーズ卿に、対応をした使者は「よろしくお願いします!」と返事を繰り返していた。

 俺たちはキルン侯邸の裏口を離れると、そのまま何事も無かった様に表通りの往来に紛れる。
 しばらくは無言で貴族街を目指して歩いたところで、ようやくアンナルビーズ卿は振り返って口を開くのだ。

「ざっとこんなもんだけど、どうだったかい?」
「よくもまあ、いけしゃあしゃあと」
「けれど面白い事がわかったね。ガーターベルト正妃さまは王都にはいない、それして向かった先は東方辺境だ。まさかブルカ伯の領内に潜伏するとは思えないので、向かった先はリンドルかオッペンハーゲンか」
「リンドル御台はアウグスブルゴ宮廷伯の娘だ。そして全裸男の嫁のひとりだからな」
「うん、つまりはピモシー卿としては、その事実が知れればキルン侯爵と政治的共同歩調を取らなければ、陛下からの追及の対象に晒されるってわけさ」

 まあ陛下と言うよりは今はテールオン妃とその取り巻きだね。
 面白げに哄笑してみせたアンナルビーズ卿は、自分の屋敷に戻るのではなく貴族街へと歩みを進め続ける。

「どこへ向かうというのだ。将軍に報告するのではないのか」
「もちろんピモシー卿のところにその事実を伝えに行くのさ。今度は誰の配下を騙ろうか、そう言えば君はブルカ辺境伯のところで工作員をやっていた事があると言ったね?」
「…………」

 小柄な女が立ち止まって俺を見上げる。
 みるみる内に口角が吊り上がって恐ろしく悪い顔が出来上がった。

「あんたは稀代の悪女になれるな」
「これが政治というものだよナメルシュタイナーくん。さあ次はきみの番だ、このアンナがやった様にピモシー宰相さまの家臣に取り入ってもらおうか」

 などと悪女そのものの顔を見せる小柄な女に生唾を飲み込んだ。
 ビビアンヌは考え足らずのところがあるが、少なくとも相手に駆け引きを仕掛けてくる類の女ではない。
 ところがこの女はどうだ、まだ顔も合わせていない見合い相手のためにアレコレと計略を練る姿を見るにつけ、全裸男の未来に同情した。
 ハーレム大家族の嫁たちと揉める未来が俺には見える。

「……おい」
「どうしたんだい改まって、臆したかい?」
「いや。そうではないが、あれは見覚えのある旗印ではないか」
「ん?」

 貴族街の中を整然と進む馬車の一団が見えた。
 兵士たちは煌びやかな装飾を見に纏い、旗印に描かれた紋章はいくつもの辺境の有力諸侯たちのもの。
 ニシカ夫人から以前に聞いた事があった。ブルカ辺境伯の辺境支配を弾劾する盟主連合軍の血判状を送り届けるための使節だ。

「あれは盟主連合軍の使者で間違いないな。戦闘の旗印はオッペンハーゲン男爵家のものだ……」
「血判状? どんな内容なんだろうね」
「その時点て敵だった俺にはわかりかねる事だが、だいたいの想像はつく」

 恐らくは辺境より南回りで王都を目指したために、俺たちよりも遥かに時間をかけて到着したのだろう。
 俺の親父殿を炊きつけたツジンのやり口や、触滅隊の行いといったところだろうか。
 工作員として動き回っていた俺が、あの弾劾血判状の内容を証言すれば、王都の政治力学はガラリとこちらに風向きを変えられるかもしれない。

「ますます面白い事になってきたじゃないか!」
「た、確かにな」
「アウグスブルゴ邸に向かうのは中止だよ。あの使節の後を付けて、どこに向かっているのかを突き止めよう。ついでにキルン侯爵の使者どのと仲良しこよしになれたのも生きてくるっ」

 目まぐるしく顔の表情を変化させたアンナルビーズ卿は、俺の手を引っ張って勢い駆け出した。
 まったく少女みたいに元気のいい年増女な事だ!

「何か言ったかい?」
「年増女らしく少しは落ち着いたらどうだと言ったんだ!」
「あいにくこのアンナは未婚なのでギリギリ乙女なのさっ。きみ、そういう事を言っているとビビアンヌくんにフラれるよ?」
「う、うるさいっ」
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