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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第11章 明るい宮廷工作

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375 アレクサンドロシアグラード 1


 湖畔の城から見える風景は美しく、心のどこかがささくれてしまった俺の心を癒してくれる。

 城下の市街地は冬であるにもかかわらず、作業を続けるひとびとと新たな移民の賑わいを見せていた。
 針葉樹に囲まれた湖を波立たせる風は冷たいものだったけれど、小舟に乗って網を引き揚げる漁に出た若者たちの姿を見れば、寒い季節であってもこの領内で営みが続いている事を確かに実感させてくれた。
 遠く、遥か遠くの万年雪をたたえる山々の姿は、冬を迎えて銀色の化粧直しを済ませたところで、益々美しく壮大な景観となって見る者に溜息をつかせてしまうのだ。

「寒い季節にも関わらず、延々とお城と城下の整備作業は続けられていたんだな」
「ギュイ」
「バジル。お前も懐かしい気持ちになったか? おじさんは今、年甲斐もなくちょっとした感動を覚えているところだぞ」
「キュベー」

 足元を走り回っていたバジリスクのあかちゃんを抱きあげてみせると、バジルは嬉しそうに猫なで声を上げてみせるのである。
 すっかり足腰が太ましくなったバジルは、持ち上げてみるとなかなかなの重量感だった。

 ついに俺たちは本領への帰還を完了した。
 早朝の晴れやかな空のもと、別館のバルコニーから外へ出て周囲を見渡して、改めてその事を実感する。

 スタジアムの様に大きく外縁を守る城壁は、すでに完成と言っても差し支えの無い状況まで工事は完了しているらしい。
 前に見た時とは違って木組みの作業場は撤去されて、今はそれが残っているのも本館の外周だけだろうか。
 そちらは現在も精巧な装飾の作業などが続けられているみたいだが、雪が凍り付いて滑るのか、遅々として進んでいないらしい。
 だがここで冬を過ごすぶんには後回しで構わないものらしく、大半の作業員たちは城下の街作りにマンパワーを回されているらしいね。

「大聖堂の建設予定地はあの場所になるかもです、芸術家さま」
「基礎からはじめてブルカを超える立派な聖堂の建設となれば、それこそ十年がかりの作業になると思いますよ。予算にしてオルコス五世金貨二〇〇〇〇枚でしたっけ? 大盤振る舞いですが、それだけに時間は必要です」

 ふと声が聞こえる方に視線を向ければ。
 バルコニーから身を乗り出したふたりの男女が、何かの図面を広げて議論し合っているではないか。

「それではご主人さまがウンとは言わないかもです。目に見える形で王国全土に、わたしたちサルワタの繁栄を示すためには、どこかで妥協点を見出さないと不味いかもです」
「そうですよねえ、モエキー夫人の仰る事はごもっともです。ガンギマリー夫人は何と?」
「聖女さまのご命令では、辺境における最大の宗教施設である事を内外に示すもので、今後の騎士修道会の中枢を担う機能が求められる、との事かもです」

 どうやらモエキーおねえさんと芸術家ヘイヘイジョングノーさんが、これから建設する予定の聖堂の概念について討議を重ねているご様子だ。
 広げられた図面には大聖堂の見取り図と思われるイラストが数点描かれている。
 恐らくヘイジョンさんが雁木マリからヒアリングを行った上で、イメージ図を作成したものなのだろう。
 ルネッサンス時代の豪華な復古主義的外見のものから、レンガ作りの要塞みたいなものまで、めくりながらモエキーおねえさんに見せているところだった。

「難しい注文だ。いや実に難しい注文だ……」
「戦後を見据えた建設計画と考えていいかもです。すでにブルカさまの身柄がこちらにある以上は、必ず敵は停戦交渉を呼びかけてくるものだとッヨイさまも仰っていたかもです」
「ッヨイさまの言葉に間違いは無いだろうからね。だとすれば、その言葉を信じる事にして、思い切って概念設計から一歩前進したものをシューター卿に提案した方がいいかもしれない」
「それがよろしいと思うのです。聖女さまからもアレクサンドロシアさまからも、最高責任者であるご主人さまのご許可があれば、ただちにはじめてもよいとの事で」

 俺とバジルは顔を見合わせた。
 お仕事の邪魔しちゃ悪いと思って少し下がったところから会話を聞いていたけれど、どうやら大聖堂建設の最高責任者は俺だと周辺には認識されているらしいね。
 いや、聞いてないんだけれどそんなの……

「お城の建設を担当されたのもシューター卿でしたっけ。いやあ見事に武骨な軍事要塞そのもので、まるでシューター卿はアレクサンドロシア卿の内面をそのままお城に表現した様だ。彼には芸術家の才能があると僕は思いますよ」

 いや、そのお城の設計をしたのはこの村の大工の棟梁ですから。
 俺はせいぜいお城の防御的に、こういう風なものを作った方がいいとか適当な素人アドバイスで口をはさんだ程度の事だ。
 確かにバジルと一緒にこのお城の本館、別館をグルリと見渡してみれば。
 何の飾り気も無い様な武骨そのものの城塞だった。
 階段の白き麗城なんて言われたリンドル宮殿や、セレスタの豪華なパープル居館を見た後では、実用一辺倒で面白みのないものだと感じてしまうかもしれない。

「妥協点は必要かもです。大きさで見栄を張るのか装飾の豪華さで見栄を張るのか、どちらかにリソースを割けば大量の資金投入にモノを言わせる事は可能かもです」
「基礎工事だけなら、魔法使いを大量動員してやってしまうので、確かに他の建設現場の五分の一もかからないかもしれない。問題は建設の手間だけれど、こちらも戦争奴隷を動員して昼夜交代で続ければあるいは……」
「その勢いで、大聖堂の設計もやってしまえばいいかもです」
「また無茶を言う」

 ヘイジョンさんとモエキーおねえさんは、その後も議論を続けていたらしい。
 俺たちはその場から離れようとしたのだけれど、そんな背中に大変失礼な言葉が飛んできたのである。

「だんだんモエキー夫人は、人使いの荒いあなたのご主人に似てきたんじゃないですかね……」
「とんでもない! ご主人さまは心優しい方かもです。まだわたしに手をお出しにならない程度には……」
「ご愁傷さま……」
「でもでも、心の準備はいつでもできているかも、です!」

 俺は雪解けが凍って滑りやすくなったタイルで、たまらずズッコケそうになった。
 手を出さないんじゃないんだよ、何事も順番なんだよ!
 ふたりから見えない場所まで移動したところで、俺は盛大に抗議の言葉を心で漏らした。

 男装の麗人の指揮下にあるとされている、奴隷親衛隊という組織が家族の中にはある。
 もちろんその一番奴隷は男装の麗人ベローチュで、次に加わった女魔法使いマドゥーシャと、時系列的にその後に加わったモエキーおねえさん、クレメンスなどがそのメンバーだそうだ。
 もしかしたらマイサンドラもそうなのかも知れない。

 いつだかの夜、マドゥーシャにせがまれてゴルゴライの安酒場に連れて行かれた事があった。
 普段、その奴隷親衛隊が所属している人間が自由に飲み食いできる場所として、俺が以前指定した酒場だったのだがそこだった。
 本来は情報収集の部隊を率いて色々と裏の仕事をやっているベローチュのために、予算を気にせず自由に接待が出来る場所として提供したのがはじまりだったのだが。
 蓋を開けてみるとその場所の利用者は、どうやらマイサンドラとクレメンス、それに何故だかどこで聞きつけてきたのか赤鼻のニシカさんに、ラメエお嬢さまのお守役ジイさんだけという有様だ。

 そんな安酒場で酔ったマドゥーシャが俺にこんな事を話した事があった。
 女魔法使いの視点から見れば男装の麗人ベローチュは先輩になるらしい。それから後に奴隷となったモエキーおねえさんは後輩、クレメンスはサルワタで合流したので新人という扱いだ。
 よくわからない基準によってマイサンドラは先輩と呼んでいたらしいが、最近はその先輩は辞めて普通に「さん」付けする様になったのはどういった心境の変化だろうね。

「その辺りの理屈がきみにはわかるか、バジル」
「あのう、それは簡単ですよシューターさん。彼女もまたシューターさんを旦那さまとお認めになった上で、家族の中の順番をしっかりと身に着けた結果ですもの」

 ふと俺の腕の中で器用に後ろ足で首の辺りをかいていたバジルに問いかけると。
 まさか肥えたエリマキトカゲが朗々と返答をしたものだから俺はギョっとしたのである。
 すわ、ッヨイさまがいにしえの禁呪でも使ってあかちゃんを猿人間化させたのかと驚いたけれど、何の事は無い。
 振り返ればそこに、抜き身の懐剣を両手に持った大正義カサンドラが立っていたのである!

「わっ、びびびビックリした。朝から何て格好をしているんだ?!」
「何事も順番が大切だという事を、身をもって知っていただくために行動中です」

 え、俺は何か順番をすっ飛ばして悪事を働いた覚えはありませんっ。
 昨夜は家族会議の決定とかで、タンヌダルクちゃんと寝る前にふたりきりになった事は確かだけれど、アレはもしかして嘘だったの?!
 ……タンヌダルクちゃんが適当吹いて順番をすっ飛ばしたとか?!

「ご主人さまそうではありません。こちらにッジャジャマ卿のお姿はありませんでしたか」
「ギュイ?」
「な、何かまたッジャジャマくんが仕出かしたのかな……」

 制裁モードにある大正義カサンドラの背後から、完全武装の男装の麗人が姿を現した。
 聞けば朝一番から槍を片手に、ッジャジャマくんを探して家宅捜索中であるというじゃないか……

「そのう。実は先日、お見合いのお相手としてわたしが使用人の若い女中さんの中から器量のよいお方をッジャジャマさんに紹介する事にしたんですよ」
「ところがッジャジャマ卿はご主人さまにその事をご報告するよりも早く、昨夜こっそりと別館に忍び込んだのです」
「え、ッジャジャマくんが夜這いでもしたの?!」

 いいえご主人さま。それならばッジャジャマ卿は今頃、処刑されていますね。
 あっさりと槍の具合を確かめながら男装の麗人が言うものだから、俺はたまらず肝を冷やしてしまった。
 どうやらそういう事ではなく、

「まだ内々のお話をしただけだというのに、カサンドラ奥さまがお選びになったお見合い相手がどの様な人間なのか。確かめるべく別館の内部に侵入した事がわかりました」
「別館への出入りは家族の者以外、厳しく制限が課されています。例えご主人さま直属の部下であっても例外ではありません」
「ッジャジャマさんは同じ猟師の家として家族同然のお付き合いはありましたが、それとこれは別問題です。どうしてお見合いが行われるまで待てなかったんでしょうか、ッジャジャマさんは……」

 ッワクワクゴロさんがこの事を知れば、お嘆きになるのに。
 悲しい顔とは裏腹にスチャリと懐剣を構えたものだから俺も見過ごせない。

「何事も順番を守らなければなりません。そして我が家では何事も例外は許されません」
「ま、まあとにかく落ち着いて。ッジャジャマくんを見かけたらただちに報告をする様にしますから」

 キッパリとした口調の大正義カサンドラを宥めすかしながら、俺はあいまいな笑みを浮かべてそう言った。
 そう言えば、別館のバルコニーにヘイジョンさんがいたと思うんだけれど。
 あれは別館への立ち入り規定に引っかからなかったのだろうかね……?
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