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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 庭師

 商品としての奴隷にはおよそ三つのタイプがございますわ。
 ひとつは労働奴隷で、生活苦のために自ら身売りして奴隷身分となったもの。多くは人足仕事や奉公人として労働に従事し、娼婦や男娼などもこれに含まれます。
 それから犯罪奴隷の場合は、犯した罪の重さに合わせて鉱山や危険な河川治水や架橋などの賦役を命じられます。よほどの特赦が無い限りは奴隷期間を減じられる事は無く、命も安いものとして扱われます。
 最後に戦争奴隷の場合は、戦いによって捕虜となった者や激しく抵抗した領民などが囚われて売買される事になるのです。また高貴な身の上の戦争奴隷は、身代金の支払いで解放される事になります。

 わたくしが訪ねたホモンクスの奴隷商館には、時節柄もあって少なくない戦争奴隷たちが盟主連合軍との戦いの中で連れてこられていました。
 冬場の小康状態とは言え戦時下の今は、わたくしどもの支配地域から連れ去られた戦争奴隷たちを連れ戻す事はかないませんけれども。
 必要があれば将来的に在郷の奴隷商人と交渉を行い、元の故郷に彼らを連れ戻す事も奴隷商人にとって重要な仕事のひとつでもあるのです。

 今それが不可能だからと言って様子を探らない様では、奴隷商人としても主人の良き妻としても失格でしょう。

「本土のご同業がこの様な片田舎に顔をお出しになっているという事は、何かこの地域で金儲けに繋がる話でも考えておられるのですかな?」

 わたくしを応接室へ迎え入れてくださった一件目の会頭は、決して微笑を絶やさないままこちらを値踏みしてまいりましたわ。
 ライバル関係にある同業者の、それも在郷の商人ではない者が訪ねてくるとなれば警戒心をお持ちになるのは当然でしょう。
 けれども実際のところわたくしはこの土地で派手な商いを考えていないから、会頭さんの反応は杞憂と言うものでしたわ。

「今は戦時でございますから、人材は幾らあっても足りないというものでしょう。けれどわたくしが扱っておりますのは主に奴隷戦士の類でして」
「ほう、それではブルカさまの軍勢に売り払う目的で?」
「前線で必要とされるのは忠実な戦士でしょうけれども、背後連絡線を繋ぐ補給隊の護送程度であれば、奴隷戦士も十分に使えるのではと。ただし今回はアテが外れて、商流の開拓を始めるのは遅すぎたかもしれませんわねえ。おほほっ」

 わたくしの通過した分水嶺の周辺にある寒村地帯では盗賊たちも金目にならないと思ったのか、リンドル川西岸流域を経由して領境を跨いでも素通りしたのですわ。

「けれども空高く放り投げたボールは、何れ必ず大地に落ちてくるというものです。戦争もまたしかりですわ、商売の種と申しますのならば戦後復興の際にどれだけ労働力を確保できるかが、奴隷商人の腕の見せ所と言うものですわねえ」
「なるほど仰る事はごもっともだ。されば今回はアテが外れたと言いますが、同時にこの地域の状況もつぶさに視察しておられると」
「左様ですわ。わが商会の支店はブルカの街にもありますけれども、そちらで戦後必要となるであろう復興の人材を計らせておりますわ」

 わたくしが今回の買付で無駄足を踏んだと暴露しておきながら、今後の交渉に含みを持たせて置くことも忘れません。

「そうであるならば、戦後復興の折にはぜひ人材派遣の窓口を当商会を経由していただきたいものです。戦後に必要になるのは戦争奴隷ではなく、労働奴隷ですからな。わが商会の主力商品もこちらです」
「今後とも長いお付き合いを」

 軽く探り合いの会見を通して、最初の奴隷商人さんはブルカ南西部で売りに出された奴隷たちを熱心に買い付けている事がわかりましたわ。
 この戦いがブルカ伯の勝利で終わる事を疑っていないらしく、今は拮抗状態の戦いが続いていたとしても、将来的にはブルカ伯軍がドロシアさんの軍勢を押し返す事に賭けての人材確保に走っておいででした。
 大方、新たに手に入る領土に労働力を送り込むつもりで、直近で高く売買される奴隷戦士ではなく労働奴隷と踏んでの商売です。

 ブルカのおハゲさんが勝っても負けても、この商人さんとの伝手を作っておくことは悪くはないことでしょうね。
 けれど負けるのはブルカのオハゲさんでなければなりませんわね。
 おーっほっほっほ!

 二つ目にわたくしが訪れた奴隷商会の会頭さんは、主に娼婦・男娼の類を商っている方でしたわ。
 奴隷娼婦というのは戦時、平時を問わず安定して利益の望める手堅い商売ですので、騎士修道会など宗教団体と太いパイプを持っている奴隷商にとっては悪くない選択ではあります。
 けれどもどちらかというと、戦時下で戦士たちを相手にする場合と、戦中戦後に未亡人となった女性で利益を上げるという側面がある事は間違いありませんわね。

 長い平和な時代が続くと商館への人材派遣、人材売却は宗教団体を介する必要があるので得られる利益のかなりの部分を持っていかれる事になるのです。
 そういう意味では羽振りよさそうな表情でわたくしを迎えてくれた二人目の会頭は、今が我が世の春という頃合いだったのでしょう。春を売る商いをメインにしているだけの事はありますわね。おほほっ。

「近頃は出自不明の女が売られてくる事も多く、官憲の取り締まりが厳しくて困っておりますよ」

 聞いている限り、二人目の会頭は全うな商売を装っている様で、その実は裏の取引を仄めかしておいででした。
 恐らくはブルカ戦争がはじまる以前から騎士修道会の監視を縫って、ブルカ伯のおハゲさんとの直接取引を盛んに行っていたのでしょう。
 けれども、盗賊によって拉致された領民の子女を売買する事そのものは、ブルカ領の経済を蝕む行為そのものです。

「我々もただ商品として奴隷の売買をやっていればいいという時代ではなくなってきました。下手に身元のわからない身請けなどに支払いをしたら最後、ブルカさまの裁きを受ける事になって今いますからな……」
「ブルカさまだけでなく、新たに枢機卿猊下を名乗られているデスザビエル卿の不興をも買う恐れがありますものね。商いは何事も慎重にするに越したことはありませんわ」

 ブルカ伯の身柄をわたくしどもが押さえている現在は、おそらく嫡男フレディマンソン卿を首座とする共同統治体制でどうにか政治を回しているといったところ。
 そう考えれば、以前よりも奴隷娼婦の売買に対して厳しく取締りが行われているのかも知れません。
 カーネルクリーフ前猊下をその座から引きずりおろして騎士修道会の正統なる後継者とやらを名乗っておられるデスザビエルさんにしたところで、旨味がある奴隷売買の独占権を現行の統治者たちに訴えているかも知れないのですわ。

「そう、何事も慎重に商売を運ばなければなりません。そして同業同士で、より情報を共有して安全を図らなければならないというわけです」
「ええ本当に。今は商売敵と言って同業と争っている時節ではありませんわ」

 つまりこの男は、ブルカ辺境伯にだけいい顔をする奴隷商ではないという事。
 裏を返せば今後十分に取引先として対話が可能な人間だとわかったのは幸甚でした。
 相手が自らに利益をもたらすのであれば、交渉の余地があると匂わせているのがその証拠ですわ。
 それに、不景気だと口にする割に血色のよさげな顔をしているのは、今のところ商売が上手くいっている事を如実に物語っているのです。

「この度の戦争は大変な不幸を高貴な身の上の方にももたらしている様でしてな」
「大変な不幸、ですか?」
「そうですとも。サルワタの売女騎士は稀代の戦上手らしく、従軍したお貴族さまがあえなく討ち死にされたという報も少なからず我らブルカ同盟軍側にももたらされているのです」
「…………」
「してみると一家の主を失ったご家中は離散の憂き目にあい、大黒柱を失った高貴な身の上の婦女たちも身売りをするハメになっているのですよ」
「まあ、それは大変なご時世ですわね」

 貴族軍人の家系であれば女子供も軍事訓練を受けて、大黒柱を失ったところで家臣が盛り立てるという事もあるでしょう。
 けれどもこの奴隷商が仰る様に、一代で財を成した貴族商人の家柄や家中の少ない軽輩領主となれば話は別。恐らくは領地経営も立ち行かなくなって荒廃した領主も出てきているのでしょう。
 立場が変わって盟主連合軍が負け戦を続けていれば、わたくしどももそういった家中の敗戦処理を奴隷商人として担当した可能性がありました。

「特に悲惨な末路を迎えたのは、まだ若く養子として家督を継承されたばかりのウルモス子爵家の少女当主でしょうなあ。家臣団、傭兵団もろともにシャブリン修道院における会戦で全滅したのだそうです」
「その後どうなりましたの?」
「彼女の身内、と言っても養子に入られた方ですから、元のご家中の若い子女などは、わが商会に高級娼婦として身売りする事で、どうにか国王陛下に対する貢納を用意する事になったのです。戦争のために多くの戦費がかさんで、わが商会は娼妓の類だけを専門にしておりましたけれども、庭師の連中までも引き受けなくてはならなくなりました」
「庭師、ですか?」
「ウルモス子爵家とは浅からぬご縁もありましたし、亡くなった若きご当主さまへの義理もございますれば。はっは」

 つまるところ、この男のもっぱらの資金源はこうした高貴な身の上の奴隷堕ちした高級娼婦の売買で稼ぎを得ているのですわ。
 騎士修道会が奴隷娼婦の商いに介入をするのは、特定の場所に領主の許可を得て設置された「商館」に関わる取引をした場合。
 つまり個人に対して奴隷娼婦を売買する事は国法においても、騎士修道会との取り決めにおいても問題にならないわけですわね……。
 なるほどこの男は賢い、ますます使える人間というわけですわね。

「ところでその庭師のみなさんというのは、まだ労働奴隷として売りには出されておりませんこと?」

 わたくしは会頭さんの言葉を聞きながらも、思案を繰り返しつつひとつの思い付きに至りましたわ。
 その庭師、この男との今後の交渉のために買い取ってもいいのではないかと。

「このご時世ですからねえ。平時であれば専門職たる庭師を求めるお貴族さまや高貴な身の上の方は多くございますが、今は戦に役に立つ者か、戦の穢れを落としてくれる癒しの存在こそが高く売買されております」
「であるならば、まだこちらの控室に庭師のみなさんは残っておられるのですわね?」
「親子三人とその弟子をしている者で五人です。お求めになられるのですかな」

 おやっという顔をした会頭さんは、口元に微笑を浮かべながら問いかけてきましたわ。
 ええ、その庭師の職人さんをまとめて購入しようではありませんこと。
 戦時体制の辺境では使い道のない人材でしょうけれども、ことこれが本土であるならば話は別ですわ。

「五人まとめて、おいくら程になりますでしょうか?」
「衣食を与えるだけでも経費がかさんでおりましたところです。引き取っていただけるのであれば、わが商会も彼らも、感謝こそすれ何の不満もございませんな。買い取った際の価格に実費を乗せたものでお譲りいたしましょう」

 ここで欲をかかないところが、この男の賢しらなところですわ。
 今後ともよろしくと言う意味合いも込めて、彼は奴隷の権利書と譲渡書類をすぐさま用意して下さったのです。
 金貨五枚で家族とお弟子さんの五人、もちろんオルコス五世金貨での現金支払い。

 王国における情報収集の切り札として、庭師を宮廷貴族の屋敷に派遣するという計画をわたくしは考えたのでした。

     ◆

「さあみなさん。今日は遠慮なく、好きなものを頼んでゆっくりと体を休めて下さいましな。お風呂に入りたいと仰るのでしたら、明日朝一番に公衆浴場に浸かる事を許可いたしますわ。これからしばらく船旅が続くので、身ぎれいにしていただきませんと」


 その後いくつかの奴隷商館にも顔を出した後に宿屋に戻ってみれば、呆れた顔をしたベルベボロンさんがわたくしを迎え入れてくれたのでした。

「戦争の使い道にもならねえような痩せこけた家族を買い取ってくるなんて、あんたどうかしているんじゃねえのか?」
「いや、カラメルネーゼ卿は本土の情報収集のために、彼らを貴族の邸宅に送り込むつもりなのかもしれませんよ、ベルベボロンさん」
「家政婦や料理人では駄目なのか?」
「そちらはよくあるスパイの手段なので、目立たない奴隷の庭師に眼を付けたというところでしょう。貴族の屋敷内で情報漏洩する時は、決まってお貴族さまがお手付きにした執事やメイドなんですよ」

 それから会食の席で交渉相手が誰だったかを確認する事のできる料理人も、スパイのよくある変装手段でしょう。
 察しの良いハーナディン卿の言葉を耳にしながら、わたくしは「さあこちらの方たちの事はお気になさらず、好きなものをたんとお食べなさいな」と庭師の家族に声をかけたのですわ。
 疲れた顔をした棟梁の母親とその娘。
 若い青年は母親とは義理の親子関係で、亡くなった旦那さんの連れ子だったとか。
 それから中年と若者のお弟子さん。

「この様なご時世に戦の役に立たないわたくしどもを、一家まとめてご面倒を見て頂ける事になり感謝いたします。これも女神様のご慈悲があっての事、ありがとうございます」

 そんな堅苦しい言葉を母親の棟梁が代表して口にすると、庭師一家のみなさんは深々と頭を下げたのですわ。
 わたくしも主人のために何を為すかという事を大前提に動いている手前、慈善事業でこの様な投資をしたわけでも無いんですのに。
 それでも感謝される事に悪い気はしないもので、苦笑を浮かべながら「そのぶんこれからしっかりと働いてもらいますわ」と返事をしておきました。

 勤務を終えて宿屋に顔を出してくださったパーバンさんも驚いておりましたけれども、

「いったん辺境西部での買付は切り上げて、本土で需要のある庭師に眼を付けましたの」

 そんな風に説明しておけば、ご納得の様子でした。
 にしても。自白ポーションの原材料の一部にどの様な効能があったのか知りませんけれども、人妻に妙な色目を使ってくるパーバンさんは関心いたしませんわね……
 時折、わたくしの触手にわざと触れる様に、姿勢を崩して肌を当ててくるではありませんか!

「旅の道中、ご安全を祈って。乾杯!」
「おほほ、そちらも武運長久を願いましてっ」

 ハーナディンさん!
 笑っていないでこの男の酒杯に何か別のお薬を入れて、黙らせてくださいましな!
+注意+
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