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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 接触


 自然とわたくしの手がいつでも腰にさした剣を抜ける様に意識しつつ、その表情には決して出さぬ様に続ける言葉を探ったのですわ。
 相手の数は三艘の船におおよそ二〇人余り。
 やり様によっては斬り抜ける事が不可能ではないと申しましても、そこは討ち漏らしが出た時点で追手にかけられる立場です。

「存じ上げませんけれども、わたくしども蛸足の猿人間と言えば、荒海に面した北の海岸沿いに多く住まっていると聞き及んでおります。また辺境は広く開拓移民を受け入れている土壌でありますので、少なからず同胞がこの地に住まわっている可能性はありますわねえ」

 精一杯の笑みを相手の黄色マントがどう受け止めたかはわかりません。
 動揺して余計な言葉を重ねるのも不味く、寡黙になれば言葉に窮していると受け取られるのも事実なので、ここは非常に慎重にならなければ。
 商売上における交渉でもこの手の駆け引きはしばしば発生しますけれども、いらぬ言質を取らせるわけにはいきません。

「するとご婦人は、あなたいがいにもこの辺境一帯に多く蛸足の同胞が住んでいると仰るのですか?」
「寡聞にして存じ上げませんと申した通り、わたくし自身はお会いした事がありませんので、そこのところは何とも」
「なるほど。ご存知ないと」
「ええ、お力になれずに申し訳ございませんわ」

 猜疑の眼をまだこちらに向けていた黄色マントの兵士さんですけれども。
 職務質問に燃える熱心なブルカ兵というのはどうやら彼だけの事で、他のみなさんは跳梁跋扈する盗賊の警戒任務の方が重要と考えるのか、あるいはわたくしの様な高貴な身の上の人間にこれ以上の問い質しをすべきでないと考えているのか、そういう雰囲気が見て取れましたわ。
 太鼓腹の隊長も疑う事を知らなかったのか「もうその辺にしておけ」と言葉を発して、部下の失礼をお詫びすると頭を下げたのでした。

「しかし隊長。そうであればなおさら、本土のお貴族さまが旅行中に盗賊に襲われてはわがブルカ辺境伯領の沽券に関わるというものです」
「むむっ。それは確かにそうだ」
「俺たちが本部に引き上げるまでの道中、交通船の護衛を買って出るぐらいはしても罰は当たらないのではないでしょうか」

 また厄介な申し出を、胡乱な視線をこちらに向けたブルカ兵さんは申し上げるではありませんか!
 これにはさすがにわたくしも眼を丸くしてしまったし、側に控えていたハーナディンさんもこちらに視線を向けてくるではないですか。

「よしお前の意見はもっともだ。これ以上、川の上流域で盗賊どもの活動が予見できぬ以上は引き上げる事にする。お前が部下を指揮して交通船に乗り込み、乗客の保護をせい」
「ははっ。意見を受け入れて下さり感謝します!」

 そういう事になったので、旅のみなさんはご安心召されよ。
 太鼓腹の隊長のそんなありがたくない申し出に、わたしは心中顔をしかめながらも上品に腰を折ってお礼をしましたわ。

「どうするんだカラメル姐さん」
「まったく目障りではありますわね……」
「面倒と言えば面倒ですが、こちらはただ西へ移動するだけですから普通にしていれば問題ありません」
「けれども、いかにも商人らしく奴隷の買付ぐらいはしなければなりませんわね。了解ですわ」

 密かに三人で身を寄せて相談をし、そんな結論に達しました。
 わざわざ一チームが船頭さんを手伝って、交通船を離岸させるために川岸に足を入れるではありませんか。

「おい野郎ども、離岸の準備をさせろ!」

 探りを入れようとさらに鋭い視線を向けてきた黄色マントの兵士さんだけれども。
 太鼓腹の隊長は疑う事を知らなかったのか「さっさとお前は交通船に乗れ」と言葉を発して、これ以上の尋問を切り上げる指示を発したのでした。
 終始憮然とした態度で一貫したベルベボロンさんははともかくとして、ハーナディンさんは明らかに緊張を一瞬だけ緩めて胸をなでおろしていたのはいただけませんわね。

「ではカラメルネーゼ婦人、こちらへ」

 その間に太鼓腹の隊長に手を取られてふたたび交通船に戻り、行李や荷物を運び込みますわ。
 こうして猜疑の眼をずっとこちらに向けている黄色マントの兵士を交通船に乗せたまま、ポーントール川の本流に向けて旅路は再開したのでした。

     ◆

 ブルカ南部最大の都市ホモンクスまでの残りの行程は次の通り。
 ポーントール川の本流へ合流してからそのまま下り、午後過ぎには入港する事が可能な様でした。
 そこからは本土に向けての貨客船が出ているので、次の船便を探して乗り継ぎをする必要がありますが、問題は夜間の河川交通は極めて危険です。
 夕方になる前に出港する貨客船が存在しているかどうかでした。

 目障りなブルカ兵の巡視隊を撒くのであれば、すぐにも出航する船を探すのも方法ですが、それではわたくしたちが明らかにブルカの巡視隊を避けているのを露骨に表す事になりますものね。
 同時に奴隷商人らしい振る舞いもしておかなければならないので、少しは買付をする素振りは見せねばなりません。

 少しは言い訳として通用する方法もあるにはあります。
 夜間に川を交通するのは盗賊の類にとっても危険な事なので、彼らもまた夜間は船を出さないというのが常識ですわ。
 してみると、この間に少しでも危険地帯を抜け出そうと考える商人は往々にして存在するもので、そうした商人たちが共同で出資して、船便をチャーターするのに便乗するというもの。

 これはさすがにわたくしが発起したのでは怪しまれるので、運がよくそうした話があった時にわたくしも手を上げるというのが妥当なところでしょうか……

 流れゆく川の水面に視線を送りながら、ゆったりと腰を折って考え事をしていたところ。

「カラメルネーゼ婦人と申し上げましたね」

 不意に背後から男の声がかけられたのでした。

「ええ、わたくしに何か?」
「先程は大変失礼な質問を重ねてしまい、申し訳ありませんでした。自分はブルカ領軍ホモンクス守備隊に所属するパーバンであります」
「お仕事熱心なのは悪いことではありませんわ。もしよろしければこちらにおかけになって、お酒をお飲みになりませんこと?」

 ハーナディンさん、ぶどう酒の用意をなさいましな!
 立ち上がって交通船に据え付けられていた簡易椅子のひとつを指示し、パーバンと名乗った若き黄色マントさんを誘います。

 先程からの猜疑の眼はいくらか落ち着いた様に見えますけれど、こうして接触してきたのは未だ何がの疑念を感じているからですわね。
 配下の兵士ひとりを近くに立たせていて、他の者は周囲の監視に付けている仕事熱心ぶりですわ。
 さりげなくハーナディンに目配せをしながら、着席したパーバンさんにお酒を差し出す様に指示しました。

「さあどうぞ。わたくしの主人もこのぶどう酒は気に入っておりますのよ、飲み口は柔らかく、喉越しは深みがあると申しまして、パーバンさんはどの様なご感想を?」
「ありがとうございます。いや俺は寒さをしのげるのであれば、どの様な酒でも有難がる様な舌でして。申し訳ない……」
「おーっほっほっほ! 確かにこの寒さでは、味より体を温める方が先決ですわね。残念ながら船の中で火を使って勝手に温めるのは、船頭さんに怒られてしまいますわ」

 魔法があれば簡単な事かもしれませんが、それをハーナディン卿に命じて疑われる様な事はできませんしね。
 ようやくわたくしから視線を離して、多少は警戒を解いたご様子の黄色マントさん。

「つかず離れずで武装舟艇が周囲を守っているのは安心と言えば安心ですが、これではわたくし、狼に囲まれた子羊の気分がわかるというものですわ」
「羊の群れを守る牧羊犬と言っていただきたいです。俺たちは領内の旅人の安全を保障するための存在だ、決して子羊に手を出すものではありません」
「おほほっ、それは安心して旅ができるというもの」
「あなたが本当に子羊であればな」

 そんな言葉をパーバンさんが述べたところで、わたくしの微笑は凍りつきました。
 船上では逃走する事もままなりません。
 よしんば眼の前で交通船に乗り込んだバーハンさん以下の兵士を処理したとしても、周辺を囲んでいる武装舟艇から弓や魔法による攻撃を雨あられと撃ち込まれる事になりますもの。
 陸に乗り上げている時であれば、まだ隙を付いて斬り伏せ、その上で山野に身を隠すという方法もあったものを……

「だから俺も、あなたが本当に子羊である事を信ずるに足るために、いくつか質問をさせて下さい」
「あちらの船におられる隊長さんにはご納得いただけたと思いましたけれども?」
「無礼である事は重々承知しておりますが、これも任務だ。あなたが問題ないという事をここで確認できれば、ホモンクスにおいて同僚たちからいらうぬ疑いもかけられないでしょう」

 語気を強める様にそう口にしたバーハンさんは、金属の携帯コップに入ったぶどう酒を呑み干して硬い笑いを浮かべました。

「そういう事でしたら何なりとどうぞ。わたくしも旅慣れた身の上ですので、これぐらいで不快に思う事はありませんわ」
「ではひとつ。カラメルネーゼ婦人は奴隷商人と言いましたね、隊長と話されている内容を聞いている限りは、戦士として使える奴隷を買付しているとか」
「ええ、その通りで間違いありませんわ」

 もちろんそんなものは旅をする上での方便ですわ。
 ただの労働奴隷を買付していたのでは、意味もないあちこちで奴隷を抱える事になって行動を阻害してしまいます。
 奴隷戦士ならば吟味が必要だという言い訳で、買取を渋る態度もできるからです。

「買付けた奴隷はどこで売買される予定ですか」
「わたくしは商人として利益になる場所で売り払うもの、と言いたいところですが西ですわ。わざわざ危険を冒して敵地である辺境東部や南部に出かけたのでは、またこの様な嫌疑をかけられるとも知れませんもの?」
「た、確かにそうです。という事はブルカ領内で奴隷を求めて、改めて領内の別の場所で売り払うという事ですね」

 そうなりますわねえ。
 仮に奴隷商人らしく振舞うのであれば、わざわざ奴隷を本土まで連れて行くのでは機動力を失ってしまいますからね。

「女の奴隷を購入する予定は?」
「戦士であれば男女を問いませんが、娼婦にするための奴隷であれば予定にありませんわね」
「それはどうして?」

 少しだけ身を乗り出して質問をしてくるパーバンさん。

「平時であればそれなりに高く取引される女奴隷は魅力的ですわ。けれども今は戦時で、野盗の取り締まりも行われているのでしょう? それならば、わざわざ野盗がかどわかしてきた女奴隷を売買しているのではと、嫌疑をかけられる様な事を奴隷商が率先するはずもありません」
「確かに」
「第一、利益になる奴隷娼婦の類は騎士修道会を介在しない場合は国法に触れてしまう事になりますわねえ。わたくしもそんな危険を何重にも犯す真似はいたしませんわ。騎士修道会は分裂状態で、事実上の機能不全ではありませんこと?」
「お、仰る通りだ」

 金属カップを手に持ったバーハンさんの腕に触手を絡ませれば、少しばかり彼の表情は赤くなっておりましたわ。
 それが高級ぶどう酒のせいばかりでないのは明らかです。

「ハーナディンさん、何をしておりますの? パーバンさんの酒杯がお空になっているではありませんかっ」
「失礼しましたご主人さま。兵隊さま、どうぞお酒をもう一杯」
「お、おう済まない」

 もうひとつわたくしに理解できた事がありますわね。
 この男、単に職務の全うに燃える正義感の兵士というわけではなく、立身出世を夢見ている類であるという事。恐らくはブルカ南部に配属されているものだから、遠征軍に参加できず槍働きできなかった事を不満に思っているのです。
 せめてこの地域で手柄を立てるつもりであれば、周辺を荒らしている盗賊追討か、密航者の取締りぐらいしか精を出すものがないという事実ですわ。

「ところでカラメルネーゼ婦人」

 ハーナディンさんにお礼の言葉を投げかけながらも、少しわたくしに身を寄せながらこんな質問をしました。

「優顔の奴隷戦士を側仕えさせているのは、これもご婦人のご趣味ですか?」
「逆に質問をさせていただきますけれど、パーバンさまが奴隷商人であるならば。身の回りのお世話をむさ苦しいヒゲ面の、無口な男にさせようとお思いになりまして?」
「可能であれば、それはもう美少女の方がよいでしょう」

 案外に下世話な男である事が知れたのでこの会話も意味があったというものです。
 鼻の利く忠実な犬ころでないのであれば、転がし様はあるというものですわ。
 しなだれかかった触手にゴクリとつばを飲み込んで見せたパーバンさんを見て、ころころとたまらずわたくしは笑ってしまいました。
 おーっほっほっ、おーっほっほっほ!
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