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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 臨検


 にわかに緊張感が高まったと申しましょうか。
 交通船の右舷側に三艘の武装舟艇が浮かんでいるのが見えました。
 ひとの身二〇丈ほどの距離からでも目視できる黄色マントのブルカ兵の中には、すでに白刃を抜き放った者や弓矢を番えた者もいるではありませんか。
 こちらに対して明確な敵対行動を取っていない事だけが唯一の救いですわ。
 隊長格と思われる中年で太鼓腹な兵士も、形式的に剣の柄に手を運んではいるものの、まだその声音には鋭さがありませんでしたわ。

「帆を畳んで川岸に乗り上げるんだ。枯れた芦原は避けてくれ、その辺りの砂利場で構わんっ」

 平時の事であれば臨検に遭遇しても何も緊張する必要などありませんでした。
 せいぜいが袖の下を要求してくる業突く張りさんが中にはいるという程度で、それにしたところで銀貨を一枚握らせておけば平気でしたわ。

「な、何事でしょうか兵隊さま!」
「盗賊どもの取締りを行っているだけだ。なに、形式的なものだけにすぎん。交通手形と身分証明をできるモノを差し出せば、後は軽く職務質問を終えれば解放してやる」
「と、盗賊どもですか?!」

 けれども、交通船に乗り合わせていた他の客たちはてきめんに困惑しておりました。平時のそれとは違って、邂逅して即座に抜剣に弓を射構えているのですから当然ですわね。
 わずかの間に武装舟艇を観察したところ、一艘辺りに乗り込んでいる兵士が六、七人という事で二〇人あまり。

「……自分たちが来た川の上流では、盗賊に関する安全情報は何も聞き及んでいませんでしたが」
「す、するとこの先ポーントール川の本流では野盗が跳梁跋扈しているのですか?!」

 まあそういう事になるな。
 そんな風に太鼓腹の隊長さんが応えたところで、大きく手を振って船頭さんに指示を飛ばしましたわ。

「よし、そのまま砂利場に乗り上げてくれ。全員大人しく岸に上がれ!」

 こちらは不慣れな水上の戦闘を強いられるかと思えば、ある意味で好都合に接岸する事を臨検の兵士たちに求められました。
 厄介なのは黄色マントに弓兵が複数含まれている事でしょうか。
 最悪の場合は斬り抜ける覚悟が必要になりますわね。

「武器を持っている人間はそのまま、兵士の指示に従ってくれ」

 言われるままにわたくしたちは交通船のへりから下船いたします。
 そうしておきながら、すかさずハーナディン卿とベルベボロンさんとでアイコンタクトを取りました。
 寡黙なベルベボロンさんは、いつもとほとんど変わりない表情でこちらをチラリと見返しました。
 ハーナディン卿に至っては飄々とした顔つきで、何事も無かった様に行李を背負いながら下船しようとしておりましたわ。

「どこから来た?」
「あの山ン中だ」
「行先は?」
「陽が沈む方向だ。雇い主の護衛をしながら旅商売を手伝っている」
「ふうん。次ッ」

 ぶっきらぼうなベルベボロンさんの応答にたまらず吹き出しそうになります。
 普通の奴隷商人が連れている一行と言うには少し余裕ある態度かも知れませんが、いざとなれば対応できるという態度に、わたくしはひとまず安心しておきました。
 それならばわたくしも、やるべき事を為すばかり。

「ひとつよろしいですこと?」
「ご婦人か、あんたは?」
「王都で奴隷商人をやっております騎士爵カラメルネーゼと申しますわ」
「ほう、高貴な身の上の方でございましたか。これは失礼申し上げましたッ」
「実家は本土に領地を持つ子爵家でもありますわ。手広く王国で商売をやっているカラメルネーゼ奴隷商会、ご存じありませんこと?」
「か、寡聞にして存じ上げない……」

 少し驚いた顔をしてみせる隊長さんに、わたくしは畳みかけます。

「荷物も一緒に下す必要はありまして?」
「いやカラメルネーゼ婦人。少々手荒になってしまうかもしれませんが、荷物はそのままで結構ですぞ」
「まあ、お手柔らかにお願いいたしますわ。交通船に乗っている馬はわたくしの所有物ですわ」
「了解だ。おい、あまりお馬さまを怒らせるなよ!」

 さあ手をどうぞ、などと気取った態度で下船を手伝おうとする隊長さん。
 けれどもいくら川岸に交通船が乗り上げたとは言っても、水面に中に足を入れなければいけません。
 季節は冬の只中ですから普通、高貴な身の上の人間は嫌がるものですわ。
 本当のところは貴族軍人出身のわたくしにしてみれば、ブーツの中身を湿らせたところで納得はできますけれども。
 ここはひとつ盛大に不愉快な顔をしておく事にいたします。

「まあ冷たい」
「これも任務故、ご容赦めされい」
「フン……」

 効果てきめんとはこの事ですわね。
 すでに荷物検査のために交通船の幌に置かれた雑多な旅荷を、容赦なく黄色マントたちがひっくり返していた姿が見えますけれども。
 わたくしの手荷物や行李については、隊長さんが丁寧に扱ってくださいますわ。

 着替えの肌着や下着を引っ張り出し、防寒具の中を丁寧に確認し。
 求められれば身分証明するための書類や交通手形、それに奴隷商人である事を示す金属手形も差し出して、わたくしが確かにブルカ領内で商いをする人間である事を示しました。

「ブルカの街にも支店をお持ちでしたか」
「ええ。戦争がはじまる前に旅に出てから、まだ街には戻っておりませんのよ。あちらはどうなっておりますのかしら?」
「自分もホモンクスに駐屯している部隊ですので、街の事については詳しく知らねえんですがね。んでもあちらは経済が大変な事になっているとかで、日に日に食料事情も悪くなるばかりですわ」
「東との交易が途絶えているのだから、仕方ありませんわね」

 手荷物の確認は滞りなく終わり、身に着けている武器も差し出して吟味されます。

「奴隷買付の旅の最中って事でしたけど、どちらから?」
「本土の商会本店に戻っておりましたけれども、役目を終えて辺境南東部に行っておりました。けれど戦争がはじまったので、這う這うの体で逃げ出してきまして……」
「そりゃ難儀でしたな」
「まったくですわ。奴隷商人があべこべに奴隷にされるところでしたもの! おかげで予定を変更して、戦士として売れる人材を探してブルカ領の南部をまわっているところです」

 ハーナディン、こちらに礼のモノをお持ちになって!
 本物の奴隷にする様に貴公子さまへ命令を飛ばすと、優顔をキリっとさせながら酒瓶をひとつ差し出してくださいました。

「まあオッペンハーゲン土産のぶどう酒でもおひとつ」
「ほう?」
「オッペンハーゲンと言えばブルカさまにとっては仇敵でございますわね。これを呑み干して士気を高めて下さいな」
「おお、お気遣いありがとうございます。ありがとうございます」

 何の疑いも無く太鼓腹の隊長はわたくしのお土産を受け取りましたわ。

「そちらのお連れさんはふたりは、奴隷で?」
「護衛に雇い入れたベルベボロンさんと、それから奴隷のハーナディンですわ。ほら、へそピアスをお見せなさい」
「…………」
「この辺りで生活に困窮して、立派な男手を手放したいという地域、あるいは奴隷戦士が売れるはございませんこと?」
「……そうだな。野盗が出回っているここよりポールトーン本流の村々は、奴隷戦士が売れるかも知れません。ここより北なら生活苦の農家もあるので、屈強な男手も買えるやも」

 ご丁寧にどうも。いえいえ、などと笑顔で会話を終了したところで……
 じっとこちらを観察している、ひとりの黄色マントさんがおりました。
 胡乱げな目線をこちらに向けて、じっとわたくしとハーナディンさんを観察しているのです。
 ブルカ南部の兵士だから、戦争に従軍しているはずはないのですけれども……

「おい、何か問題はみつかったか?!」
「いいえ荷物に不審な点はございませんっ」

 何も悪いことをしていないだろう交通船に乗り合わせていた客たちは、互いに顔を見合わせてホッと胸をなでおろしておりました。
 この中には盗賊の手先となって連絡を取っている人間はいないと判断されたのでしょう。
 わたくしも同様にニッコリと微笑を浮かべながら、ハーナディン卿やベルベボロンさんに向き直ったのですが、

「よし、旅行中のみなさんにはご協力いただき感謝する! この中に問題になるものは何も発見されなかった。しかしお前たちの向かっている先、道中では安全に問題がある場合も覚悟してもらいたい。ポーントール川の本流周辺では、特に夜間の停泊中を気にされたい。夜遊びとばかり女を買いに下船したところで襲われたという報告が頻発しているからな!」

 太鼓腹の隊長は周囲をみまわしながらそう説明しました。

「それじゃあ俺たちは船にもどってもいいですかね」
「よし行け、道中は安全操船を心がける様に」
「へい」

 船頭さんと隊長さんとの間でやり取りを済ませると「お客さん方、乗り込んでくれて結構だ」と声がかかってわたくしたちも船に引き返したのですが。

「……待ってください隊長。その女、奴隷商人と言いましたか?」
「おお、そうだ。本土の騎士爵さまでカラメルネーゼ婦人だ」
「逆賊である売女騎士の仲間に、蛸足の女騎士がいるという話を聞いた事があります。ご婦人はカラメルネーゼ卿と仰いましたか。戦争前夜に敵領土にいたというなら、ご婦人が何か蛸足の同族について聞き及んでいるかも知れません」

 なるほど。どうですかなカラメルネーゼ婦人?
 そんな隊長さん風に聞き返されたところで、わたくしは目を白黒させながら返事をしました。

「か、寡聞にして存じ上げませんわね……」
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