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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 旅路


 峠を越えてしばらくはハイマツの林が続いていました。
 けれども麓の集落を目指して下るにつれ、周囲の景色は針葉樹林へと姿を変えてゆきますわ。
 分水嶺の西と東では風の向きが明らかに違うのか、同じ標高でも随分と気温に差がある様に感じられて、確かにわたくしたちがブルカ領内に侵入したのだと、その空気が教えてくれるのです。

 わたくしたちの旅路を追い越し頭上を先に進んだ太陽は、やがて地平線の向こう側にある王国本土へと没しようとしていましたわ。
 赤く何処かに暖か味の様なものを感じる空色も、ジリジリと底冷えを感じさせる紫の夜へと変わります。
 あって無い様な道を下る中で、ブルカ同盟軍側が大規模な越境作戦を行っていないという一面の事実にも理解が及びました。
 馬匹を使った大規模な移送の痕跡がない以上、やはりブルカ南部の統治体制が緩んでいる事の証左ですわね……

「すまねぇな、カラメルネーゼ夫人」
「気にする事はありませんわよ? 何しろわたくし、手足の数が他の方よりも余計にありますから」
「とは言え、お貴族さまに馬を引かせるなんざ、ニシカの姐御が知れば激怒モンだろう……」
「ハーナディン卿とベルベボロンさんは、わたくしの行李や地図をお持ちなのだから仕方がない事ですわ」

 本来急ぎの旅であれば荷物は最小限にとどめるべきところですけれども、奴隷買付の旅に出ているという体裁を維持する以上は見栄えも気にしなければなりません。
 本当に失っては困るものについては、それぞれが大切に身に着けています。
 それでも形式ばった奴隷の購入手続きに必要な書類や筆記用具に、無駄に資金がある事を匂わせる衣類の類について、ブルカの勢力圏内を抜けるまでは必要なのです。
 それに冬場は防寒具も旅の必需品ですものね。
 わざわざ辺境西部を旅するために、かさばるブルカ辺境伯金貨も大量に用意しなければならなかった点は皮肉のそれですわね。おーっほっほっほ!

 そうして完全に夜の帳が辺りを支配する頃合いになって、わたくしたちは最も領境に近いブルカ側の集落へと到着したのですわ。
 宿屋など便利で文化的な施設など望むべくもなく、わたくしたちは集落の豪農宅に訪いを入れて離れの部屋を三人で相部屋するのが精いっぱいの贅沢でした。

 その夜は持参した兎肉を自炊してお腹を満たし、とにかく翌朝一番に旅を再開する確認だけをして睡眠。
 旅路における情報収集は、ドロシアさんやッヨイ子ちゃんが喉から手が出るほど欲しがっているものには違いありませんが、隠密行動である以上は目立った事も許されません。
 と同時に僻地の集落ではたいした情報も望めないので、とにかく今はポーントール川の流域に急ぐ事が求められているのですわ。

「今日は遠慮なく馬を走らせる事が可能になりますわ。村の中心集落まではどの辺りで到着できますの?」
「地図と農民たちの話を照らし合わせた場合、昼前には集落の本郷に、そこからブルカに至る道があるそうですので、それに沿ってポールトーン川付近までは走破できる計算になります。ポールトーンの支流には今日中に」
「道中で邪魔さえ入らなければな」
「そうですわね。お邪魔虫さえ入らなければ」

 薄っすらと所々に銀化粧をまとった山の麓周辺とは違って、村の中心地を馬で抜けた頃には形式が枯れた一面の畑姿になっていましたわ。
 ブルカ領の肥沃な穀倉地帯である事を示すその平野部も、畑仕事をする領民や往来のひとびとを見かけなければ寂しさに繋がります。
 大小幾つもの集落を走破する間に、盗賊の類と遭遇する事はありませんでしたわ。
 それだけこの周辺は旨味の無い地域と見るべきなのか、それともすでに野盗が荒らした後の場所であるのか。

「お酒はひとの口を軽くすると言いますが、思った以上に効果がありませんわね。野盗の情報が集まらなかったのは誤算ですわね……」

 旅を始めて三日目の夜。
 ようやく人心地のつける宿屋を手配して一階の食堂に顔を出したところで、わたくしたちは旅の安全情報を集め始めました。
 それと同時に周辺の経済情報も併せて探りを入れておきますわ。
 サルワタ領邦に帰還するのはかなり先の事になるとは言え、帰路もこのルートを利用するとは限らないので、敵領内の情報はいくらでも集めておくに越したことはありませんからね。
 目立たない範囲でどれだけ集められるか難しいところですが、可能な範囲で……

「周辺で身売りの話が出ているのは男ばかりですね。カラメルネーゼ夫人、これはどう見るべきなんでしょうか」
「考えられるのは、ブルカ伯金貨の下落で労働力が余剰になっているという事。小作人の農夫が真っ先に奴隷堕ちしなければならないという事でしょうか。女子供の身売り話は耳に挟みませんでしたか?」
「そちらは今のところ」
「であれば、まだ地域全体が経済的な貧窮にまでは至っていないと見るべきですわ。野盗がこの辺りに出ているのであれば、すでに若い女はかどわかされて数が少なくなっているという可能性もありますけれども……」

 それにしては安全情報の中に野盗の跳梁跋扈を警告する内容が出ていないのです。
 宿泊したこの村にはささやかながらいくつかの宿もあり、冒険者ギルドの支部も置かれておりますわ。
 冒険者登録をしているハーナディン卿が探りを入れた限りでは、女性がさらわれたという情報や、村を警備するための守衛官の募集も、この辺りでは出ていないと言います。
 ただし、物価の高騰はおかしな事になっているらしく、求人に出されている支払額が低すぎて誰も受けようとしていないのだとか。
 ブルカ伯金貨の回収が、ジワジワとブルカ経済を締め付けている事は間違いないのですわ。
 一方、酒場をまわって情報を集めていたベルベボロンさんは、

「ポールトーン川の本流まではまだ距離があるが、近くから交通船が出ている。川幅の大きな場所まで行けば貨客船に乗り換える河港までは、陸路を通らずに移動可能だ」
「野盗の情報もなかなか集まりませんし、地元官吏の検問を警戒する必要がありますわ。陸路は避けるのが無難ですわね」
「本流の貨客船は客室もある、馬を乗せられるものだ。大方、ニシカの旦那が金銀財宝を載せた船みたいなサイズだろう。金はかかるが大丈夫か」
「ええ、オルコス五世金貨も当然持参しておりますわよ」

 ブルカ経済圏内では使用禁止となってしまった騎士修道会銀貨に代わって、ブルカ伯金貨がその位置にいるというのも大いなる皮肉。
 もちろん信用価値の高いオルコス五世金貨も欠かせない路銀です。

「船便はいつ出発ですの?」
「朝昼二便が出ている」
「それなら陽の出前に船着き場のあるところまで飛ばして、そこで捕まえるしかありませんわね。他に何か耳を寄せるべき情報はありまして?」

 いいやない。
 黄色い猟師のベルベボロンさんはその様に首を横に振りましたわ。
 その夜。振る舞い酒は盛大に、自分たちの暖を取るお酒は湿らす程度にとどめ置いて。
 翌朝には再び太陽が分水嶺に顔を出す前から宿を発って、ベルベボロンさんの調べて下さったポーントール川支流の船着き場へと急いだのでした。

 釣り船よりは大きく、貨客船と呼ぶには小さい交通船にわたくしたちと馬を乗せれば。
 それだけでずんと喫水が沈んで、船頭さんのご差配で船が離岸した時にはホッとしたものです。
 普段の、平時であれば迷わず騎士装束のままで旅をしていたのですが、今は戦時で目立った格好は賢い選択ではありませんし。
 一方で身を守る術である刀剣は肌身離さず持っておかねば、いつ交通船を野盗に襲われるとも限りません。

「高貴な身の上のご婦人は奴隷商人という事だども。こったら辺ぴな土地じゃ、いい労働奴隷も手に入らないんじゃなかっぺか」
「おーっほっほっほ! わたくしは子爵家の令嬢ですから、安い奴隷売買などには興味ありませんことよ? 今は戦時下ですもの、元が傭兵や冒険者だった奴隷戦士をこそ求めているのですわ」
「なるほどねえ。けどもご婦人さま、この辺りは農村地帯だから戦士働きをする様な奴隷はハナからいやしませんぜ」
「だからわたくしたちは、西へ移動しているのですわ。この辺りならば、まだ人材が残されていると思ったのですけれども……」

 そりゃ残念だったな。ブルカさまが腕に覚えがある人間は、はじからみんな戦争に徴募しちまったんだでな。
 親切でおしゃべり好きの船頭さんはそんな風に話しかけて下さいましたけれども。
 盗賊に出くわす危険も無く、わたくしたちの旅の偽装はそれなりに上手くいっているのではないかと三人で胸をなでおろしていたのですわ。

「臨検だ! その船、岸に付けろッ」

 ポールトーン川の本流に注ぎ込む、ブルカ領南部における最大都市ホモンクスにほど近い場所に差し掛かった頃。
 武装した複数の舟艇がわくしたちの行く手を阻んだのです。
 相手は盗賊取り締まりのために巡視中のブルカ衛兵の集団の様でした。
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