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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 志願

いったん投降後、後半パートの大幅加筆修正を行いました。
読者さまにおかれましてはご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません。

 暗い部屋の中で、規則正しく繰り返される主人の寝息だけが聞こえてくる事を確認して、わたくしは満足しました。
 主人もよほどわたくしのご奉仕にご満足いただけたのでしょうか。
 珍しくいつも以上に深酒をされたシューターさまは、わたくしが起こしてしまわない様にと気を遣いながら体を起こしても、寝返りをしてしばらくすると寝息だけを繰り返します。
 ご満悦そうな表情をした主人の顔に、妻たる者の幸福を感じたところで寝台から抜け出すと、居住まいを正して執務室へと向かいましたわ。

「エルパコさんとベローチュさんをお呼び出ししてくださらないかしら」
「こんな時間ですが、ですか?」
「構いませんわ、主人より緊急のご命令があったとお伝えくださればよろしいわ。それから騎士修道会のハーナディン卿にも連絡を回して下さらない?」

 呼び鈴を鳴らし商館の手代にあらましを軽くお話しすると、かしこまりましたと短い返事をして立ち去っていきます。
 これから夜中の内に詳細な地図と情報を集めなければなりませんわ。
 盟主連合軍の勢力圏内に限れば、わたくしが直にこの眼で確認した行程も少なからずあるとして。問題はその先、分水嶺を超えてブルカ領内に入ってからの事です。
 王都中央と頻繁に連絡を飛ばしていたはずのオコネイルさんの領地や騎士修道会から、ブルカ街道を除いて実際にどのようなルートが検討に値するのか、また地図情報があるかなしかも気になりますわ。
 エルパコさんは猟師のご出身だから、ブルカ領内の野外情報についても存じている可能性があります。

 広く意見を聞くために家族のみなさんに協力を仰いだところ、次の様な事を意見具申して下さったのです。

「ブルカ領内の南にはポーントールという大きな川があるよ。その川は大蛇が這った後のわだちに水が流れる様になったと例えがある通り、辺境西部を蛇行しながら流れているけれど、水量も多くて運搬に使われているって義父さんが言っていたんだ」
「ポーントール川の存在は存じています。ブルカ川ほどではないが、確かにブルカ南部の交通の要として騎士修道会でも利用した事があります」

 やはりエルパコさんによればブルカ南部には本土へと流れ込む川と交通機関が存在していたのです。
 それを肯定する様にハーナディン卿からもポーントール川の詳細について、広げられた麻紙に見取り図を書きつけて下さるではありませんか。

「アウグスブルコ宮廷伯さま。つまり御台さまのお父君にお手紙を届けるべく、何としても早急にご主人さまのご命令で上洛の必要があるというわけですね」
「そうですわ」

 であれば、と言葉を区切ったベローチュさんは、主人の愛してやまない胸を押し上げる様にして腕組みしながら言葉を続けます。

「できるだけ敵勢力と接触する機会を避けて早い段階から河川利用による移動をなさった方がよろしいかもしれません」
「そうだね。早馬で移動をするにしても、馬は極力休ませておいた方がお利巧だとぼくは思うよ」
「問題は蛇行する様にポーントールの川が流れている事ではありますが、夏場に比べれば水量も多く、船足が極端に落ちるという事は無いでしょう。本土に入ってからはルートを変えるにしても、極力辺境西部では河川交通を利用するのが順当だと思います」

 この様に、分水嶺のブルカ側に水源を持つそれを有効利用すれば、かなりの時間を陸路を使わずにブルカ領内を抜けるのも可能な事がわかったのです。

「そうなると、辺境西部から本土に入る際の検問が問題ですわね」
「ブルカ同盟軍として結束している敵領内を交通するわけですから、目的如何によっては検問で厳しく取り調べられる可能性があります。その場合はどうなさるお考えなのですかカラメルネーゼ奥さま」
「わたくしは国王陛下の騎士爵たる称号を有している身ですので、いざとなればその爵位を持ってまかり通る事が国法によって許されておりますわ」

 ただしそれは切り札的な使いどころである事を、質問するベローチュさんに伝えながら手文庫の中身をお見せいたしましたわ。
 奴隷商人としての身分を証明する金属手形をお見せします。

「可能な限りこれを使って、奴隷の買付であるという建前を押し出す必要がありますわね。ブルカに支店を出してからしばらくは実際に辺境各地を回っておりましたので、演技についてはお任せくださいな。おーっほっほっほ!」
「それでしたら、実際にダミーの奴隷を連れて旅をされるのも手段かも知れませんね。奥さまの抱えている奴隷の中に、それらしい人間として使える者はおられますか」
「ベローチュさんは難しい事を仰いますわねえ……」

 官吏のご出身として検問で説得力を持たせる方法を提案してくださるベローチュさんに、わたくしは苦悩してしまいましたわ。
 奴隷の買付と申しましても誰でもいいというわけではなく、理由を付けて戦士や特殊技能の者を探しているという体裁が望ましいのは確かな事。

「それならば僕を奴隷にしてくださいカラメルネーゼ卿」
「ハーナディン卿、どういう事ですの?」
「僕は辺境近くの本土で生まれた人間なので、ポーントール川で本土側に入り込めば土地勘もあります。目指すべきが王都という事ならば、ルートの手配も可能でしょう」
「……それではガンギマリーさんに何と申し開きをされるのです、騎士修道会のお勤めを放棄して王都へ上洛する事になりますでしょう」
「聖少女、いや聖女さまを裏切ってブルカに走ったと思わせておけばよろしいです。具体的な事は一部の仲間とガンギマリーさまご本人にさえ知らせておけば、後でどうとでもなるでしょうから」
「よろしいんですこと?」

 急ぐ以上は言っていられないでしょう。
 驚くわたくしたちの態度を他所に、暗がりの執務室で笑って見せるハーナディン卿ですわ。

「本来であれば奴隷のへそピアスを身に着けている事ですし、自分が志願するべき立場なのでしょうが……」
「まさかシューター閣下の警護役であるベローチュ夫人にそれをさせるわけにも行きませんよ。僕ならば代わりになる人間はいくらもしるし、こんな分裂状況の騎士修道会の事だから脱走者が出たところで世間は不思議に思われる事も無い」

 ベローチュさんが家中からこの段階で消えたとなれば、サルワタ貴族の中に裏切りが出たと悪い噂になる可能性すらあるというのです。
 それ自体は危惧すべき懸案ではあるけれども、同じ様に修道会を再建中のガンギマリーさんにとっては腹心中の腹心であるスウィンドウ卿、イディオ卿、ハーナディーン卿の三羽烏の中から離脱者が出る事も、ある意味で同じ事ですわ。
 考え直すべきではないか説得の言葉を口にしようとしたところで、若い修道騎士さんは懐を探り、あるものをお見せになるではありませんか。

「これをご覧くださいご夫人がた」
「こ、これは。ハーナディン卿が何故これをお持ちになっておられるのですか?!」
「何ですのこれは! いやしかし、なるほどつまりハーナディン卿は……?」

 応接セットのテーブルにゴトリと置かれたものは、修道騎士ならば誰でも何かしら身の回りのモノに付帯させている魔法発動体を吊るしたネックレスではなありませんか。
 けれどもそれだけではない事は一目瞭然でしたわ。
 ネックレスには魔法発動体の宝珠と一緒に、ひとつのリングが繋がれていたのです。

「この指輪印証がどうしたの? 何か特別なものなのかな……」

 その事に理解が及ばなかったエルパコさんは、テーブルに置かれたそれに手を伸ばしてしげしげと観察なさいます。
 貴金属で造られているので高価なものという事だけはわかるらしく、両手で大切そうには扱っておられますけれども、

「エルパコ奥さま、指輪印証(シーリングリング)の類は王侯貴族の紋章をかたどったものである事はご存知だと思います」
「うん」
「この指輪印証は、自分の眼が夜のために見間違えているのでなければ、さる公爵家の方々にのみ許されているモノで間違いありません」
「へえ、そうなんだ……」
「その公爵家におかれましては狩猟を奨励し、女神様の信徒たる様々な修道会の庇護活動を行っておられる事で有名なご家系です」
「ぼく知ってるよ、ハーナディンも猟師の出身だったよね」

 指輪印証の刻印とハーナディン卿の顔を交互に見比べていたエルパコさん。
 しばし沈黙を続けてから何かを発見した様に納得のお顔をされるではありませんこと。
 そうして、主人でなければ普段は表情を読み取る事のできないその顔に微笑を浮かべて、それからこんな冗談を口にするのですわ。

「これからはハーナディン殿下とお呼びした方がいいかな?」
「とんでもありませんエルパコ奥さま。僕はこれでも女神様の守護聖人たる聖女さまの側近であると同時に、シューター閣下の忠実な部下ですから」

 さあ遠慮なくへそピアスを付けて下さいよカラメルネーゼ夫人。
 そんな何でもない事の様にハーナディン卿は仰いますけれども、王族を身分を偽るとは言え奴隷堕ちさせるわたくしの身分にもなって下さいましな!

     ◆

 ハーナディンさんという方は確かに謎の多い修道騎士ではありました。
 辺境育ちで武門の誉れ高いドロシアさんの事は特別だとしても、わたくしやオコネイルさん、あるいはマリアツンデレジア卿と見比べても遜色ないどころか、その振る舞いは宮廷貴族でも一級の所作で通用する様な作法を身に着けているところが、確かにハーナディン卿には見受けられたのですわ。

 本人は本土の外れにある辺境にほど近い土地の生まれで、猟師の出身などと言っておりましたけれども。
 国王陛下の王兄君のご家系であるというならば、それは納得のいくものです。
 猟師として育ち成人してから騎士修道会に帰依した後に身に着けたのでは、とてもここまで完璧な所作を見せる事はできないでしょう。

「思えばおかしなところはいくらでもあったはずなのに、その事には誰も思い至らなかったんですこと……?」
「カーネルクリーフ猊下も親しくしていた同僚の修道騎士たちも、多くは平民の生まれか異国の貴族で風習を知らなかったというのもありますね。聖女さまに至っては女神様のみぞ知る異世界からご降誕あそばされた身の上ですから、興味も無かったのでは」

 騎士修道会の施設内に所蔵されているという、地域の地図や情報を手に入れるために向かう道すがら。
 あっけらかんとそう言って見せたハーナディン卿にわたくしは呆れた顔をしてしまいましたわ。
 ベローチュさんはどの様に若い貴公子さまに接していいのかわからないで困惑しておりますし、普段は表情の乏しいエルパコさんに至っては「よくシューターさんを騙せたね」などと不思議がっております。

「いや、閣下はあれでお気付きになられていた節も無いではないですよ。ただあまり細かい事はお気になさらない性格なので、深く追求はされませんでしたね。お酒の席では僕を観察していた事があったのを覚えています」
「…………」
「とは言っても僕はただの家族の末弟だし、すでに王族の籍を抜けて女神様の一信徒ですから。そうであれば、シューターさまからすれば守護聖人として救いを与える対象でしかありませんよ」

 ハーナディン卿の御母堂は女神様の聖女であらせられましたし、なるほどそれならば確かに納得。
 臣籍降下を済ませた王族というのは実際のところそれほど珍しいものではなりませんわ。王様は世継ぎを作るために多くの子種を残すものですし、側室との間に産まれた子供ともなれば星の数ほどと言うではありませんか。

「だからベローチュさんにかしこまった態度をされるのは、女神様の信徒たる僕としてもバツが悪いんですよ。シューター閣下のご夫人ですから、僕にこれは全裸を貴ぶ守護聖人の代理人さまですよ、相手は」
「た、確かに理屈の上ではそうです。しかし自分は奴隷ですので…」
「これからは僕も奴隷です。便宜上の奴隷と言うのであれば僕もあなたも同じ立場だから、これで対等じゃないですか。へそピアスは痛かったですが、これもいい記念だ。さて地図の類はガンギマリーさまの研究室に仕舞われているんですよ」

 もはや説明は完了したとばかり言葉を畳んだハーナディン卿は、ブルカの大聖堂から運び出したという騎士修道会のデータの眠る一室へと案内して下さったのです。

「ブルカ領内の詳細な地図はここで手に入ります。野宿は避けて検問が想定される要所の写しも作成しましょうか。すでにシューターさまからピモシー卿への信書はお預かりになっているんですか?」
「もちろんですわ、ここに……」
「では出発は用意さえ整えばいつでも可能と言うわけですね、カラメルネーゼ奥さま、ハーナディン……卿」

 冬が厳しくなるより前に、王都に到着して主人の元に正確な情報をより早く届ける事。
 そのために集まった家族たちは手分けして、ハーナディン卿の引っ張り出してくださった地図や資料を書き写したのですわ。
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