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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 ペルソナ・ノン・グラータ 模索


 少々のぶどう酒と数切れのチーズを口にして。
 小麦粉で包んだ猪肉と芋のオーブン焼きの支度をしている間、主人はわたくしの背中に熱い視線を向けて下さるのですわ。

「やあ、いい匂いがして来たな」
「おまちどうさまですわ、今日は切り落とし肉の包み焼ですわよ。お疲れの様ですからたんとお上がりになって、精を付けて頂きませんと」
「香草と肉汁の焦げる匂い、それからオーリーブの香りがたまらないね」
「何と言っても冬場は美味しい肉が食べれるのがいいね」
「騎士の家庭でよく食卓に並ぶのですが、やはり肥えたこの時期が一番美味しいですものね。ゴルゴライ周辺は治安状況もよいですので、村の猟師たちが山野に入って猟果があればこうして献上してくださるのですわ」

 ありがたいことだね。そんな風にニッコリと微笑なさった主人です。
 さあめしあがれと熱された鉄のお皿を差し出したところ、包み焼にさっそくナイフを入れて主人は滴る肉汁に嬉しそうな顔をなさいます。

「男は黙って焼肉だからな」
「ふふふ」
「いただきます」

 切り分けたそれをソースにタップリ浸してから、豪快にお口に運ぶ姿が何とも男らしいではありませんの。
 それでこそ全裸を貴ぶ部族の男ですわねッ。
 などと思っておりますと、夫は「美味い!」と言葉を漏らした後にこう続けたのです。

「そう言えば。オルヴィアンヌ貴族が食べる一般的な料理なんて、実は食べた事がなかったんじゃないかな。何しろアレクサンドロシアちゃんは家事全般をやらないし、カサンドラは元が猟師の村娘だからなあ」

 家中に妻は多しと言えど、料理自慢の女性は正妻のカサンドラさんを除けばニシカさんぐらいのもの。
 ガンギマリーさんは主人の故郷の味を熟知しておられましたけれども。そうであるならばわたくしはこの土地の味を堪能して頂きたく、本土の故郷に伝わる伝統料理でおもてなしですわ。
 ドロシアさんとは違って料理も洗濯もわたくし得意ですからね。

 おほほほ、おーっほっほっほ!
 もっと褒めて下さってもよろしいんですわよ?!

「わたくしに仰ってくだされば、いつでも王都における騎士家庭で口にされる季節の料理をお作りいたしますわ」
「何れ王都の王侯貴族とは交流を持たないといけないからね。宮廷料理とはいかないまでも、王都の味は先に知っておいて損はない。しかし手間暇かけた贅沢なものを食べてるんだね、いや悪くない」

 手料理を頬張る夫は、少しばかり遠いところに思いを馳せる様な態度を示した後、酒杯を手に取って口の中のものを流し込んだ様でした。

「先日、クロードニャンコフ氏より領地より伝報が届いたと知らせがありましたわ。例の金貨の件で」
「かき集めたブルカ辺境伯金貨の事か」
「ええそうですわ。最初の便が厳重な警護に守られて、オッペンハーゲンに到着したとの事。帰還する兵士の部隊と一緒だったので、特別に怪しまれる事は無かったと報告をうけております。ひとまず安心という事ですわね」
「問題は現地入りしているオッペンハーゲンの役人や公商人が、どうやって王都中央の有力貴族と交渉を持てるかどうかだな。それにしても、辺境をグルリと南経由でやり取りするのは焦れるものだな」

 ゴルゴライから王都までの距離は、馬ならば十日余りの道程です。
 平時であればブルカの街を経由して、そのまま辺境街道か川を下る事で国王陛下のおわすオルヴィアンヌの都まで辿り着く事ができます。
 ブルカ同盟軍との戦時中である今は、それが事実上の小康状態であってもリンドル往還を南に下り、そこからさらにオッペンハーゲンを経由してオルヴィアンヌへと至る迂回路で通商が行われておりますものね。

「本来であれば馬で十日の道程ですが、それがオッペンハーゲン経由ですと、ひと月近くは時間差がるのは仕方がない事です」
「先日、マリアちゃんの父親から手紙が来たんだけれどさ、」

 主人は口元を布巾で拭うと、ボソリと言葉を漏らす途中で大きなため息をつきました。
 リンドル御台のマリアツンデレジア卿のご生家と言えば、アウグスブルゴ宮廷伯ですわね。
 国王陛下によって様々な特権の与えられた公爵や侯爵を除いたならば、宮廷序列でも最上位にあたる実力者ということ。
 そのアウグスブルゴ宮廷伯たるピモシー卿が何と言ってきたか気になるところ。

「ひとつはブルカ戦争の行方を宮廷貴族たちは注目しているって事だろう」
「当然ですわね」
「オレンジハゲの娘が国王の子供を身籠ってから、宮廷では派閥争いが激化しているという内容だった。手紙の文面からするとテールオン妃を担ぐ一派が今のところ優勢らしい」
「…………」

 新たな王家の血統が芽生えた事で、次期宮廷政治の中枢はテールオン妃を盛り立てて行く。
 そう言えば聞こえがよろしいですけれど、実のところはすり寄る諸侯らによって正妃さまの派閥に連なる諸侯たちが結束を保てなくなっているのですわ。
 当の宮廷伯さまにしたところで、元は正妃さまのご実家である侯爵家との繋がりが強かったはず。
 ここに来て日和見の態度とは。大貴族にあるまじき情けなさではありますが、これも権力闘争の一面ではある意味で正しいとも言えます。

「このまま行けばアレクサンドロシアちゃんの召喚命令が春先にでも出される可能性がある」
「……随分と勝手な物言いですわね」
「それとね。リンドル前子爵が無き今は血縁同盟の意味がもうないから、マリアツンデレジアと俺の結婚は認める事ができない。ただちに娘を送り返せと言ってきた」
「……それで婿殿はどうお返しになられたのですか?」
「その手紙を受け取ったのはつい昨夜の事だ。まだ返書はしたためていないし、そもそも相互の情報が行違っているのじゃないかと思う」
「と、おっしゃいますと?」

 深いため息を零した後に酒杯を持ち上げた主人。
 けれども中身がすでに空である事を確認して、また落胆の色を見せるのです。
 とり急いで酒瓶を持ち上げて、主人の酒杯を満たした後にわたくしのものも注いでおきます。

「たぶんピモシー卿は、俺たちの手元にブルカ伯が戦争奴隷として捕まっている事を知らない。それ以前にブルカ領側が情報統制をしていた場合、どこまで王都に俺たちの優勢が伝わっているのかもわかりゃしないからな。王都と辺境とで、これほど距離がある事に焦れる事はないよ」
「ひと月余りの時間のズレが、相互に発生していると」
「もちろんマリアちゃんをこのまま送り返すわけにはいかない。送り返せば宮廷工作で便宜を図る事を確約すると言っているが、たぶんマリアちゃんを返した後は素知らぬ顔を決め込むだろう」
「宮廷貴族とは腹の探り合いをして相手を蹴落とす事にかけて、他の追従を許さない怪物たちですわ。そうなさいませ。逆にマリアツンデレジア卿の身柄を抑えている以上は、ピモシー卿も盟主連合軍に対して協力的に振舞わざるを得ませんわね」

 わたくしの言葉にフンとお返事をなさいました主人ですが、果たしてそうなのかという事を自問自答なさっておいででしたわ。
 相手の裏を読むばかり、その裏にまた別の意図がありはしないかと疑心暗鬼になる事は宮廷政治ではよくある事ですもの。
 ドロシアさんはそういう煩わしい政治工作を嫌って中央とのパイプを自分で切り離してしまいましたけれども、事が貴族連合同士の戦争となった今では痛恨であるのは間違いありません。
 嗚呼おいたわしいわたくしの主人。そっと手を取ったところ、シューターさまはわたくしの手を握り返して笑ったのですわ。

「まあ気落ちする事ばかりではない。言う様にブルカ伯の身柄は俺たちが持っている以上、テールオン妃も下手な事はできないだろう。何れオッペンハーゲンの使者だけでなく、タークスワッキンガー将軍経由でもこちらの現状がもたらされる」
「ただそのための新たな情報がもたらされるまでに、時間がかかり過ぎる事をご危惧なさっているのですわね……」
「そういう事だね。今夜にでもピモシー卿宛に手紙をしたためて、返事はノーだと明確に伝えた上でタークスワッキンガー卿を援護する様にお願いしましょう」
「それがよろしいですわ」
「果報は寝て待てと言うし、腐った話はこのぐらいにして冷めないうちに食べてしまおうか」

 サルワタ領邦とオルヴィアンヌとの間で、できるだけ時間差無く情報のやり取りをするためにはどうすればいいか。
 敵領内のブルカを突き抜ければ十日の行程、辺境南部を経由してひと月。
 ゴルゴライ街道口から危険を冒してまで使者を飛ばしたところで、よしんば王都まで主人の信書を届ける事ができたとしても、帰り道の安全はありませんわ。
 考えなさいカラメルネーゼ、他の方法を。

 オッペンハーゲンを潜らずに近道を経由するのであれば比較的、治安の乱れているブルカ領南部を経由して本土に入るという方法が有効かも知れないですわね。
 その上、南部で領境を接するオッペンハーゲンは、遠征軍をゴルゴライに張り付けているために不在。
 敵も最低限の治安部隊を南部に張り付けるのが精一杯で、ブルカ領から本土方面に抜ける際にも、警備は手薄になっている可能性がありますわ。

「どうしたんだカラメルネーゼさん」
「シューターさま」
「お、おう……」
「早馬で十日とはいきませんけれども、オッペンハーゲンを経由せず出来うる限り最短で王都に至る方法がありますわよ」
「それは本当か!」
「ありますとも。ブルカ南部から敵領域に進入して、ブルカの街を避けながら河川を下って上洛する方法ですわ。王都とゴルゴライを結ぶ十日の距離というのは、早馬を使った場合の事。昼夜早船を使えばそれよりも早くに王都に到着いたしますわ! これで帳尻はプラスマイナス」

 偵察に出ていたニシカさんの言葉によれば、河川で王都まで下る方法はタークスワッキンガー卿の選んだ逃走手段。サルワタ川とリンドル川の合流した河川は、ブルカ川となって北東の海まで注ぎ込みます。
 ですがブルカ領内には別の川も流れている事は間違いなく、上手くすれば早馬を使うよりも最短で王都に至れるわけです。
 経路は複雑で、路銀もかさむでしょう。
 野盗が頻出しているというブルカ南部を経由する以上は襲われる事も覚悟して武装も必要となります。
 旅慣れた者であり、協力者を得るための交渉も必要で、本土と辺境を繋ぐ地形の絵図を脳裏に持っているものでなければなりません。

「婿殿、わたくしにそのお役目をお命じくださいましな」
「え、奥さんが自分で?」
「わたくしは奴隷商人として、本土ばかりか辺境各地を買い付けのために旅してまわりました。土地勘もありますし協力者も散っておりますわよ」

 ちょうどリンドルに馬車を用立てる件もありましたし、オコネイルさんに軍船を一艘借りてモッコまで乗り付けますわ。そこからフクランダー寺院を経由してナワメの森を迂回、ミミソングの村辺りから山越えをするまでにおおよそ二日というところでしょうか。
 冬場でどれだけ雪が深まっているかどかにもよりますが、山さえ越えれば辺境の南部はまだ寒さもそれほどではありません。野宿を避けて移動すれば無理はありませんわね。
 それにこれから、主人に温めて頂ければ冬の寒さなどはウフフ、おーっほっほっほ!

「何を驚いておりますの? わたくしは騎士であり商人であり、これほどの適役はおりませんことよ」
「ニシカさんに頼もうかとも思ったけれど、言われてみれば適材適所だ。さすがに王侯貴族さまを相手にするなら蛮族よりはお貴族さまがいいか……」

 そう思うのならば、まずはご褒美の前払いを頂きませんとっ。

「ちょ、触手は反則だぞ!」

 主人は黄色い悲鳴を上げて、わたくしの抱擁を受け入れてくれたのですわ!
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