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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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372 サルワタ領へ戻る準備が整いました

更新お待たせいたしました!
今回は「ガンギマリーのアトリエ」「ッジャジャマくん春の到来?」「バジルの躾はだれがした」の3本をお送りいたします(謎)
 作業台には大小様々なサイズの石が並べられていた。
 色合いはトルコ石の様な青と緑を足して二で割った様な鮮やかなものだった。
 どれも角が取れた様なツルリとした表面であるが、その石を手に取ってみると見た目以上にズッシリとした重みがあるであるではないか。
 ただの石じゃないのは間違いない。

「おおっ光ったぞ」
「その石に魔力を流し込むと、反応して光沢を帯びるわ。どれでも好きなものを持っていきなさいよ」
「俺みたいな魔法の素人が触っても魔力に感応するのか。すげぇ……」

 その輝きについ驚いていると、その隣にやって来た雁木マリがニコリともせずにそんな説明をしてくれる。
 最近は騎士修道会の再編成が忙しのか、見ればその顔は疲れの色を帯びていた。

「いいのか? 大きいやつはそれなりのお値段がするんだろう」
「サイズはあまり関係ないわね。その石の中に含まれている魔力の誘導物質の量が多いか少ないかだから、ただ大きいからいいってわけじゃないの。これなんかは小さいけれど、誘導物質が小さい中にたくさん詰まっているから、魔法発動体としては非常にすぐれものよ」

 そんな言葉を口にしたマリは自分の胸元をモゾモゾと探ると、首から吊っているペンダントを取り出した。
 よく見れば作業台に並んでいる青緑の大小の石とは違い中が透けている。

「ほほう。それはマリの私物か。小さいな」
「ち、小さくても立派に用途を為しているのだからこれで十分なの」

 エッヘンと胸を張って見せたマリだけれど……
 その胸は限りなく断崖絶壁に近く、いやただの断崖絶壁だ。
 せいぜい岩遊びを楽しむ事ができる様に、ふたつの突起が自己主張をしているばかりだった。
 今夜はロッククライミングが捗るぜ!

「魔法発動体にも色々なものがあるけれど、あたしは戦闘任務にも医療従事にも使う事になるから、普段から身に着けられるものにしているのよ。それにッヨイみたいに大威力の魔法は使えないからね」
「修道騎士は、片手で剣を振りながらもう片方で魔法攻撃だもんな、かさばるやつは駄目というわけか。それじゃあマドゥーシャみたいなのは大きくても問題ないというわけだな」
「どうかしらね。メインの魔法発動体にするなら大きくても構わないけれど、あたしみたいに首から下げたり、杖の先に付けるのであれば小さい方がいいわね。けど、」

 ふと手を止めたマリが、やや大きなツルリとした石を手に取って吟味しはじめる。
 最後に手に取ったそれが眩しくきらめいた。

「これなんかは大きさも魔力の誘導物質もたくさん含まれているわね。ほら、輝きもひときわ大きなものだし、あの女魔法使いの愛人奴隷が使っても十分に魔力発揮できるんじゃないかしら」
「そこそこのサイズだから、どんな風に加工するのも可能だな」
「職人が特殊な方法で石の中に魔法陣を描き込むのよね。そうすると、あたしの持っているネックレスの石みたいに透明になるの。これにする?」

 それにします!
 とてもいいと思います!
 俺はふたつ返事でその魔法誘導石とかいうのを受け取って、感謝の言葉を口にした。

「ありがとうございます、ありがとうございます」
「べっ別に夫の相談相手になっただけだから、たいした事ではないわ。それより今夜は一緒に過ごせるんでしょうね?」

 照れくさかったのだろうか、微妙に俺から視線を外しつつそう返事をした雁木マリ。
 けれどもさりげなく肩を寄せて俺の体と触れ合ってくるところが、かわいらしい聖女奥さんである。

「もちろんだとも。久しぶりにゆっくり過ごせるといいな」
「そ、そうね」

 ここはゴルゴライの新市街の一角にある騎士修道会の施設だった。
 何でもオレンジハゲとの戦争がはじまる前夜、ブルカの大聖堂から持ち運ばれた貴重な宗教や医療関係の書物、聖遺物といった様々な品が移管された場所らしい。
 奈良の大仏殿にある正倉院みたいなものを連想していた俺だけれど、実際には研究施設としての側面が強い。
 新兵器の開発にはじまり魔法解析、様々な病気の治療実験だったり、ポーション研究も日夜ここで行われている。雁木マリが俺に見せてくれた魔法誘導石とかいう宝石の類も、その研究施設の作業台で選別作業中だったものである。

 ハーレム大家族のみなさんはこの研究施設の事をガンギマリーのアトリエと呼んでいた。
 ちなみにこの施設の棚に陳列されている壺の正体は、ただいま絶賛研究開発中の異世界味噌である。

「夕飯はまだ食べていないんでしょう?」
「味噌汁が食べれると思ったから、諸侯のみなさんのお誘いは全てお断りしてきましたよ聖女奥さん」
「よろしい、じゃあ一緒に食べましょう。たまにはふたりきりで食事もいいものね。どれぐらいぶりかしら?」

 研究施設ではあるけれど、泊まり込みで研究している人間もいるらしく炊事場と寝室は揃っている。
 新年前にサルワタのお城へ引き上げるハーレム大家族とは違い、雁木マリはゴルゴライに代官として居残りをする予定なので、今夜はささやかにしばしのお別れ会だ。

「納豆の布教は失敗したのよね。何度やっても臭いが酷くて、しかも修道士を捕まえて何度か食べさせたんだけど、微妙な顔をしていたわ」
「納豆の素晴らしさがわからんとはなあ。でも味噌は好評なんだって?」
「ふかし芋に味噌を付けて食べるとか、味噌玉を作って携帯食料にするとか、そういう事をハーナディンが提案してきたわね。お味噌汁は辛いから微妙みたいよ」

 あ、お味噌汁の具はお芋とニンジンだけどいいかしら? などと質問をされたけれど、味噌汁が食べれるなら何でもウェルカムな俺である。
 完璧な故郷の味とはいかないまでも、以前ふたりで試作した時に比べればよりお味噌に近づいている事は間違いないからな。いいね!

 散らかったアトリエの作業台を片付けて、蒸した川魚とお味噌汁にトウモロコシを食べて腹を満たした。ふたり揃って互いの体を洗った後に就寝だ。
 マリはしばらく寝不足が続いていたのか、翌朝一番にリンドル方面から訪ねてきたというドワーフの職人連中に叩き起こされるまでグッスリだった。
 まあ夜中の運動が激しすぎたのかも知れないね!

    ◆

 次の日の俺の予定は、勲功褒賞を巡って紛糾する会議の後始末をする事だ。
 朝の元気をもらうためにカールブリタニアを抱っこさせてもらい、そこからタンヌダルクちゃんとデルテ騎士爵の元へ向かう事になった。

「うふふ、旦那さまは朝帰り。昨夜はお楽しみだった様ですねぇカールちゃん」
「きゃっきゃっ」
「ひ、人聞きの悪いことを言うモンじゃありません。教育上よろしくないでしょう奥さん!」

 ぷにぷにのベイビー頬っぺたを撫でていたら、野牛奥さんはとんでもない事を口にする。
 視界の端でニシカさんが面白がってニヤニヤしていたのはわかったが、無視だ無視。
 パパはこれから野牛ママと、デルテ騎士爵のところに行ってきますからね。バイバイ俺のベイビー。
 ブリトニーは俺の顔をマジマジと見上げた後、とても嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。

「ほらみろパパの事を誤解されたじゃないか?!」
「はいはい旦那さま行きますよ。アナホールの件をお話しするんでしょう?」

 使用人の女奴隷にブリトニーを任せると、タンヌダルクちゃんに急かされる様に俺は自宅を出発する。
 ゴルゴライ滞在中のデルテ騎士爵は、領主館にほど近い宿屋に夫婦で寝泊まりしている。
 もとから村にあった宿屋だが、その後は占領軍の隊舎になったり司令部になったりと変節した後、今はマタンギ領主家や他の軽輩領主、有力商人の滞在場所として活用されている。

 ちなみにタンヌダルクちゃんは騎士爵夫婦が部下の借金問題で陳情に顔を出して以来、ご夫人とはお茶会友達として仲良くやっているらしいのだ。
 今回はそういう事もあって野牛奥さんが同席する事を買って出てくれた。

「奥さんも旦那さまが猪みたいな方だから大変なんですよう。放っておいたら糸の切れた凧みたいに、どこに飛んでいくかわからないって。だから戦場でも会議の席でも、できるだけ側にいて宥め役をするんだと言っていましたねえ」
「まあ押しが強い性格なのは間違いないな。ただ今回は貧乏くじみたいな領地を獲得させられかけたから、まあ文句を口にするのもわからなくはないかな。ミミソングって、書類で見ただけでもとんでもない僻地だったからな……」

 猪と言えば、件のミミソング領はアレクサンドロシアちゃんが最終的に引き受ける事で決着がついた。
 分水嶺を挟んでブルカ領南部と接触している土地だから、ゲリラ工作部隊を密かに伏せておくのに軍事的に有利ではないかと俺が説得した結果である。
 村としては何の旨味も無い領地ではあるが、ブルカ側から流れ込んでくる可能性のある軍勢を抑えるためと、反対にブルカ南東部に点在しているオーク族の村々を炊きつける事が可能ではないかというのも、領主奥さんが納得した最大の理由である。

「カラメルネーゼさんところで働いている豚面の猿人間が、近く警備のために送り出されるらしいよ。彼らは戦場でも勇敢だから、守備隊としても頼りになる」
「デルテさんも攻め戦ばかりじゃなくて、たまには守り戦に参加される事を考えたらいいんですよう。奥さんもそれで心配事が減りますし」
「まあ、猪突猛進だからこればっかりはしょうがないね」

 宿屋の前に立っている警備兵に案内されながら、一階の食堂へやって来た。
 しばらくするとご夫妻が二階から降りてきて、俺たちふたりに高貴な身の上に対する礼をとってくれるじゃないか。

「おはようございます、デルテ騎士爵ご夫妻」
「こんなに早くからどうされました全裸卿。まさかギムル卿から戦場に動きありと、知らせが参りましたかな?」
「いや、デルテ卿の新たな分配領地について、アナホールの村ではどうかとご相談がありましてね」
「アナホール! まさにサルワタ領邦の玄関口であり、その要所を俺にお任せくださるというのか? アレクサンドロシア卿はそれで納得いただけたのでしょうか?!」

 驚いた顔をしたデルテご夫妻に俺とタンヌダルクちゃんはニッコリと笑顔を返した。
 さあさあ、まずは腰を落ち着けて詳細を詰めましょうか。
 宿屋の親爺に飲み物を人数分注文して、いかにももっともらしい顔で俺は言葉を投げかける。

「妻はあなたの武勲を、今回の戦争でも非常に頼りにしていましたからね。もちろん俺も同意です。アナホールの村は交易の中継地として税収も見込めますし、同時に将来の戦場になる可能性もある。デルテご夫妻の故郷であるマタンギとも程近いので、ご夫人が実家にご帰省するのも便利だと思うんですよ」

 少なくともミミソングからマタンギに帰省しようと思えば三日、四日とかかってしまうからな。
 また将来の戦場になった場合でも、すぐにゴルゴライや隣接するアレクサンドロシアちゃん支配下の領地から援軍が駆けつけられる事も強く言っておく。

「なるほど背中に有力諸侯たるサルワタ領軍が控えているのであれば、これは心強い。しかも街道沿いで再開発をすると言っても将来の税収も楽しみだ。素晴らしい!」
「あなた、シューターさまに感謝しませんと」
「わ、わかっている。全裸卿閣下、部下の借財ばかりか領地の手配まで気を回していただいて、何とお礼を申し上げてよいかわからない」

 運ばれてきた酒杯の事などはどうでもいいとばかり、周囲の視線も気にせずデルテ騎士爵夫妻は平伏した。
 宿屋の親爺と商人さんが驚いている。外聞が悪いので土下座するのはやめてください!

「し、しばらくの間は補給線を維持するために野牛の軍隊と騎士修道会が在陣していますが、何か問題があれこの件はば妻のタンヌダルクが担当する事になりますので、その時は妻にお知らせください」
「何でもご相談してくださいねえ、奥さん」
「ありがとうございますタンヌダルク卿。あなた、ご夫人にもお礼を」
「わ、わかっている……」

 この様な調子で感謝の言葉を何度も受けた後、俺があまり好きではないはちみつ酒で乾杯をしてお暇をした。
 冬の間に新たな領地へと転封する事になるけれど、さすがに正月は元の領地で過ごしてからである。
 戦果で荒れた村落を再開発するにあたっては、資金繰りも大変だろうからとカレキーウォールズ商会に融資を受ける際は、俺から推薦状を添える約束もしておいた。

「援助をすると言う事はデルテ騎士爵との関係が今以上に太いものになるという事だからな。領地経営に失敗して資金を焦げ付かせる事になれば、俺も責任の一端を背負う事になるのか……」
「あの蛮族領主さんも、旦那さまの立場を利用して地位拡大を狙っているひとですからね。旦那さまに見捨てられたら最後だと思って、きっと励んでくださいますよう」

 ニコニコ笑ったタンヌダルクちゃんは、少しばかりデルテ卿に感じていた不安を和らげるために俺の腕に手を回してくれる。
 腕を回されると当然ながらたわわなお胸がフィットした。デカい確信。

「励むと言えば近頃ッジャジャマくんが、恋人づくりに精を出している様だね」

 宿屋を出て領主館に向かっている道すがら、ちょうどせわしなく走り回っているゴブリンの姿が飛び込んで来た。
 村の広場に並んだ馬車の中に荷物を運び込む差配をしているところを見ると、サルワタ領軍のみなさんが故郷に帰還するための準備を差配しているらしい。
 ッジャジャマくんもいつの間にか立派になったもので、労働奴隷や兵士たちにアレコレと指示を飛ばしているではないか。

「そうなんですよう。蛮族の風習だと、冬は家族で過ごすのが習わしというじゃないですか。ッジャジャマさんのご兄弟はみなさんバラバラに出征なさっているから、今年のお正月は独りぼっちだから焦っているんです」
「それならお城で俺たちの家族と一緒に過ごせばいいのに。今の城下は移民や難民に奴隷まで移住を開始しているから、気になる女性が見つかるかもしれないぞ?」

 それともやっぱり彼も猟師の家柄だから、お相手は猟師でなければいけないのだろうか。その割には節操なしに女性を見つけては声をかけている様ではあるが。

「義姉さんがスルーヌの代官をしているアントンさん宛に、スルーヌで誰か若い未婚の女性はいないか相談のお手紙を出したみたいなんです」
「ほう。それで返事は来たのかな?」
「戦争で未亡人になった女性がいるそうなので、相手さえよければ今度お見合いをするそうですよ。ほら、サルワタに戻る前にスルーヌへ立ち寄るじゃないですか」

 これからひときわ厳しい冬がやってくるわけであるが、ッジャジャマくんにはひと足早い春が来るというわけか。
 ふたりで顔を見合わせて、必死で兵士たちに差配を振るっているゴブリンを温かい気持ちで見守る。
 すると指揮棒を持って木箱の上で指示を飛ばしていたッジャジャマくんがこちらを見るのだった。

「何ですかシューターさん。俺はニシカさんじゃないんだから、荷物の酒をちょろまかして呑んだりなんかしませんよ」
「その木箱の中身はお酒だったのか。リンドルかオッペンハーゲンか、どっちの酒だ?」
「オッペンハーゲンの高級ぶどう酒っす。シューターさんに子供が生まれたから村で祝うからって、ニシカさんがクロードニャンコフさんを脅しつけて、大幅値引きで買い付けたんですよ。ちなみに代金はゴブリン人形で支払ったらしいんすけど、シューターさんのところに苦情は届いてます?」

 あの蛮族花嫁め。何やってるんだ!
 タンヌダルクちゃんは隣でコロコロと笑っているけれど、後で請求書を受け取るであろう俺はたまったものじゃない。
 クロードニャンコフ氏はいつもニコニコ顔の好青年だが商人には違いない。意味も無く損をする様な男ではないのだ。

「そのままオッペンハーゲン公商館にお酒を返してきなさい」
「やですよそんな、俺がニシカさんにくびり殺されてしまうじゃないですか」
「…………」
「自分の家族の揉め事を俺に押し付けないで下いね。さあ忙しいからあっちいってください、シッシ」

 猿人間め!
 せっかくカサンドラが気を利かせてお見合いの話を手配しているというのに、この態度。
 温かい気持ちで見守るつもりだった俺は、いつの間にか殺意の衝動で眼の前の猿人間を睨みつけていた。

「旦那さまあ。お顔が怖いですっ」
「ご、ごめん奥さん。さあ次の面会予定があるから急ごうか」

 はい旦那さま。タンヌダルクちゃんに袖を引っ張られながら俺は離脱した。
 ニシカさんもニシカさんで、後でどういう事なのか詳しい話をお聞かせいただかなければなるまい。

     ◆

 ゴルゴライに在陣していた盟主連合軍の諸侯たちも、一部の残留部隊を残して兵士とともに本領へ引き返し始める時期がやって来た。
 特に大軍を率いて入城していたベストレ領軍やオッペンハーゲン領軍は、撤退準備をするのにも長い時間がかかる。交代要員の戦力が段階的に撤退する兵士と入れ替わったり、移動中の携帯食料確保のために、少し前から御用商人たちが走り回っている姿が見受けられた。

「昨日のうちにセレスタのオコネイル男爵さまが、本日はベストレ男爵さまとシェーンさまが暇乞いに来られました」
「ドラコフさんはいつ撤退の予定だっけ?」
「オッペンハーゲン男爵さまは、明日がご退去の予定となっています」

 迎賓館の居間で資料を確認しながら、俺とカサンドラは顔を向き合わせていた。
 すべての諸侯たちが退去した後には、いよいよ俺たちがサルワタに戻る事になるわけだ。
 外交使節団としてサルワタを出発する時、俺の奥さんはカサンドラとタンヌダルクちゃんのふたりだった。それが気が付けば今では文字通りハーレム大家族だ。
 しかもベイビーまで加わっているから人生何があるかわからんね。

「デルテ騎士爵ご夫妻も、喜んでマタンギにご帰還なさったそうですね」
「こちらの提案はふたつ返事で了承してくれたよ。アレクサンドロシアちゃんを説得した甲斐があったというものだ。これで今のところの論功行賞は終わりだな」
「マドゥーシャさんにもご褒美の宝珠というのを、プレゼントされたんですか?」
「あれも喜んでくれたよ。ちょうど運よくマリのところに、リンドルの方から来たという金属加工のドワーフ職人集団がいたから、装飾を付けてもらったんだ。見栄えもいいし助かった」

 ところで誰がドワーフの職人を呼び寄せたんだとカサンドラに質問したところ。
 大正義奥さんは明後日の方向を向いて「さ、さあわかりません」と不思議な返事をするじゃないか。とても嫌そうな顔をしていたので、これ以上は追及しないことにした。
 何か奥さんたちで企んでいる様子だ……
 ブリトニーの玩具でも作っているのかも知れないが、それなら俺にも知る権利があるはずだ。

「……こらバジル、どうしてお前はおじさんの足を舐めるんだ。くすぐったいじゃないか!」
「キュッキュベー」

 あかちゃんと言えばである。
 肥えたエリマキトカゲも俺の大切なあかちゃんには違いないが、こちらのあかちゃんはブリトニーと違って近頃わんぱくの盛りでいけない。
 誰が躾をした結果なのか知らないが、足の裏を舐められたらくすぐったくてしょうがないじゃないか!

「あのうシューターさん。寒い時期ですからせめてスリッパをお履きになった方がいいのでは……」
「確かに寒いけど、ずっとブーツを履いて生活していると足が水虫になる様な気がするんだよなあ。むかし俺の住み込みをしていた料理屋の板さんが、それはもう酷い水虫でなあ」
「み、水虫ですか」
「水虫が家族中に蔓延したら困るからな。こらっバジル、まったく誰にこんな悪戯を教わったんだ」
「キャッキャ!」

 旅の計画書によれば、今回はブリトニーも一緒に旅をする事になるので、途中スルーヌの村で泊を取ってからゆっくりと移動をする予定だ。
 ここ数日は天候に恵まれているのでブルカ街道が降雪で埋まってしまったという話は聞いていない。
 毎日雪かき要員がスルーヌとゴルゴライから出ているので道は確保されている。
 問題はそこから北に向かう道だが、こちらは船に乗り換えて川をさかのぼる予定らしいので除雪の必要性は無いらしい。

「クワズの辺りに差し掛かると、もう雪がたっぷりと積もっているらしいですよ。きっとサルワタの村は凄い事になっていると思います」
「十二月の中頃でこれだと、年が明けたらどうなるんだ……」
「外に出るのも難しいぐらい深い雪に閉ざされる事になりますね。その時期に森に分け入るのは猟師ぐらいのものですから」

 雪に閉ざされた辺境の村々では野外での活動が難しくなる。
 今年の冬は家族と一緒に暖炉の前でこれからの領地経営の事、王都中央での政治向きの同行の事。そんな議論を重ねながら過ごす事になるのだろうか。
 俺の生まれ故郷では経験のした事が無いそんな生活に少しばかり思いを馳せながら夢想していると、ギイとリビングの扉が開いてニシカさんが顔を出す。

「今年の冬は忙しくなるぜ、何しろッワクワクゴロや村の猟師連中はみんな兵隊にとられて戦場に出ているからな。ワイバーンも仕留めなくちゃならねえし、新鮮な肉を捕まえに鹿狩りだってあるしな」
「ニシカさん?」
「シューターも猟師株を持った立派な村の猟師だからなあ。村に肉を安定供給できる様に仕事だ仕事。それと飯の支度が出来たから、そろそろ昼にしようや」

 食堂の方からは肉を焼いたいい匂いが漂ってくるではないか。
 ニシカさんの話の筋からすると、今日の昼食は鹿肉を料理したのかも知れなかった。カサンドラと顔を見合わせて立ち上がると、一緒になって肥えたエリマキトカゲも騒ぎ出す。

「キッキッキ」
「今日の炊事番は誰だったんですかねえ」
「オレ様とタンヌダルクだ。あいつは何にでも香辛料をタップリ入れようとするから頂けねえ、新鮮な肉はそんなモノを付けなくたって十分ウメぇのによ。そいつとちょっとばかしの酒があれば、オレはいつだって幸せになれるんだ」

 お酒で思い出したんですけどねえ、ニシカさん。
 さあ飯だ飯だと歩き出した彼女の肩に俺が手を置いて引き留める。

「クロードニャンコフさんにゴブリン人形を押し付けて、オッペンハーゲンの高級ぶどう酒を大量に仕入れたそうじゃないですか。彼から請求書が送り届けられたんですけど、いったい誰が支払うと思ってるんですか!」
「おっと、何の事だかオレ様にはさっぱりわからねえな。クロニャンコ野郎がどうしたんだって?」
「ゴブリン人形は貨幣じゃないんだよ。あんたちゃんと給金貰ってる立場なんだから、買い物はそれでしてくださいよね!」

 逃げ出したニシカさんを追いかけて食堂までやってくると。
 アレクサンドロシアちゃん、タンヌダルクちゃんやけもみみ、それからッヨイさまにベローチュがすでにテーブルに着席して待っていた。食器を運ぶソープ嬢は、賢くもようじょの禁術魔法のお陰で人間の二本脚でせわしなく歩き回っていた。
 女魔法使いは先輩ぶった顔で、モエキーおねえさんやクレメンスに指図をしているじゃないか。

「シューターさん。ニシカさんの事はわたしにお任せ下さい、あとでふたりきりの時にしっかりお話しておきますから」
「ちょ、カサンドラお前裏切る気か。幼馴染だろう?!」
「とんでもありません。わたしはシューターさんの正妻として家族を纏めるお役目があるのですから」

 まあ本当のところ。クロードニャンコフ氏に謝罪の言葉を口にしたところ、例のブルカ伯金貨回収の件で稼がせてもらったからと笑って許してくれたのだが。
 俺たちがサルワタに里帰りしているその間、ドラコフ卿とともにオッペンハーゲンに帰還する彼は王国中央へ金貨を運び出す予定らしいね。

 タークスワッキンガー卿の告訴、それから俺たちはオレンジハゲの身柄も押さえている。
 ブルカ伯金貨は中央に買い取られるか新たな金貨になるかはわからないが、俺たちの切り札は決して少なくない。
 冬は戦争の再開に備えてしばしの休息を取るとともに、外交上の駆け引きは熱いものとなるだろう。
 負ける事はない。大丈夫だ。

「何をしておるお兄ちゃん。まずは女神に祈りを捧げて昼食にせねば、せっかくの鹿肉が冷めてしまうではないか」
「は、はいじゃあいただきますっ」

 俺はあわてて領主奥さんの言葉に着席しつつ予感を抱いたのだった。
 この戦争の終わりは近いな。
+注意+
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