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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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367 アレクサンドロシアちゃんは悪巧みの顔をしました

 知恵袋として頼りにしたかった賢くもようじょであるが、すでに陽の暮れる時間とあって政庁を退勤した後だった様だ。
 俺は仕方なしに女魔法使いを連れて迎賓館へと戻る事になる。
 どういうローテーションで決められているのか知らないが、本日俺の護衛は女魔法使いの担当らしい。

「気難しい顔をされてますけど、何かあったんですか閣下?」
「まあな」
「ははあ。あかちゃんの名前、まだ決まらないんですか」
「そっちは一応新しい候補が決まった。ちょっと政治方面でやっかい事がね、王都中央で俺たち盟主連合軍の軍事行動が問題になっているらしい……」
「問題ですか。今さらと言えば今さらですけど」

 どうなってしまうんですかねぇわたしたち。
 女魔法使いは通りの脇に取り除かれた泥混じりの雪を蹴り飛ばしつつ、呑気にそんな事を口にした。
 口調からするに余り深刻には捉えてはいない様で何よりだ。
 こういう不安要素が大きくなって、盟主連合軍の全体に伝播する様になれば士気に関わる事だからな。

「王様がブルカ伯の娘と子種をこさえたのが問題なんですね。順番を間違えると大変な事になるという、いい証拠でしょう。閣下も順番だけは間違えたらいけませんよ。次はカサンドラ奥さまが懐妊する様に励んでください。うふふ」
「うるさいよ! ……おかげで宮廷は正妃さまとテールオン妃の二派にわかれて政治抗争がはじまっているらしいからな。マリアちゃんのお父さんがその事を信書で伝えてくれたんだが、これから領主奥さんに報告しなくちゃならん」

 女魔法使いは俺が口にしたわずかな情報だけでも、王都の宮廷で今何が起こっているのかを大筋理解している様だった。
 懐からチラリとマリアちゃんのパパ、宮廷伯ピモシーさんから送られた巻物を見せると、鼻を鳴らす様にして面白がっている顔をした。

「心配しなくても冬の季節はわたしたちの味方をしてくれますよ閣下。この辺りは豪雪地帯だから、召喚命令なんか出されても時間稼ぎができます。春までは行きたくても行けませんってね」
「その時間を有効活用して、王国本土の有力諸侯をこっちに取り込むのが作戦だからな。今ニシカさんが、盟主連合軍のみなさんと情報共有のために走っている」
「じゃあ今頃は、いつもの食堂で密談中ですかね」

 新市街の娼館通りにある、ちょっとリッチな食堂辺りで今頃はニシカさんたちは今後の協議を始めているかも知れない。
 俺たちはそことは別の通りを抜けて迎賓館の前までやって来ると、立哨していた野牛の兵士のみなさんから貴人に対する礼を受けつつ帰宅した。

「お帰りなさいませシューターさん。お食事になさいますか?」
「いや、夕飯は領主館でマリアちゃんや雁木マリと済ませてきたよ。領主奥さんちゃんは今どうしているかな?」
「アレクサンドロシアさまは、あかちゃんがやっとお眠りになられたので、私室でくつろいでおられると思いますよ」

 館内で出迎えてくれたエレクトラに外套を脱ぐのを手伝ってもらいながら、そのまま女魔法使いを従えてアレクサンドロシアちゃんのところへ向かう。
 さて何と切り出したものかと微妙にゲッソリした気分になりながら、俺は領主奥さんの私室の扉をノックした。

 コンコン、ギイバタン。
 入れというくぐもった声を聞き届けてから扉を開けば、いつもの安楽椅子にゆったりとすわったアレクサンドロシアちゃんがこちらに視線を向けた。
 昼間の不機嫌だった表情に比べれば、いくらか落ち着いた顔をしている。
 これが母親の余裕というもんだろうか……

「誰かと思えばお兄ちゃんか」
「悪いね、ちょっとお話が合って……」
「ややこはもう寝てしまった、ひと足帰って来るのが遅かったの」

 本当はベイビーの顔をひと眼見ておきたかったのだが、ようやく寝たという事ならそのままそっとしておく方がいい。とても残念だ……

「後で寝る前に顔をちょっとだけ見てもいいかな?」
「しょうがないのう、寝入った後なら許してやろう。お兄ちゃんとわらわの子供であるから一応の権利と言うものである」

 支配者然とした口調で俺にそんな事を言うけれど、口元は笑っている。
 そのまま安楽椅子を立ち上がると、優雅な立ち居振る舞いで俺にソファに腰かける様に示すのだ。

「ま、マドゥーシャ。お茶の用意をしてくれるかな?」
「わっかりました閣下」
「ではわらわが淹れてしんぜよう。たまには自分で夫のためにお茶をさしだすのも悪くないの」
「ははは、ではよろしく頼むよ」

 ふたり並んでソファに腰を落ち着けたところで、手に持った荷物をテーブルに放り出しながら俺はアレクサンドロシアちゃんの顔をまじまじと見た。
 今ならば落ち着き払って奥さんは落ち着きを取り戻している。
 政治向きの話を切り出すのならば今だろうか、そんな事を考えながら彼女の頬を撫でてやると、

「何だこれは、紋章名簿など持ち出して。ははあ、これを見てどの様な名前が高貴な身の上に相応しいのか調べておったのか」

 どうやらテーブルに放り出した書類の類が眼に入ったらしく、アレクサンドロシアちゃんは紋章一覧名簿を手に取ってパラパラ中身をめくって確認するではないか。

「昼間はすまなんだの。わらわもはじめてこの身でややこを授かったものだから、少し張り切っておったのだ」
「いや、俺ももう少し色々と調べてからあかちゃんの名前を提案した方が良かったからな。俺も悪かった」
「やはり女神の守護聖人であるお兄ちゃんが、ややこの名前を付けるべきである」
「そこはふたりで相談して決めよう。ふたりの子供なんだからな」
「うむ。実はわらわも自分で決めると言っておきながら、お兄ちゃんの子供である名前をいざ考えてみると、なかなかいいものが浮かばんのだ……」

 これは政治向きの話をするよりも早くに、こっちでご機嫌を取っておいた方がいいんじゃないか。
 今ならアレクサンドロシアちゃんが上機嫌に相談に乗ってくれる気がする!
 ややこしい話の後なら、間違いなくまた癇癪を起す。空手経験のある俺にはわかるぞ。

「俺もマリアちゃんや雁木マリなんかにも質問して、カールブリタニアって新しい候補を考えてきたんだけど、どう思う?」
「カールブリタニアか。なかなかかわいらしい名前ではないか。それでいて凛としたものを感じる。やればできるではないかお兄ちゃん!」

 そりゃまあ、やればできますよあかちゃんも。
 などと馬鹿な事を言ってアレクサンドロシアちゃんに胸をバシンと叩かれながら笑ったところ。
 何か言葉を返そうとした矢先に懐にさしていた巻物に気付かれた様である。
 問答無用で宮廷伯の信書をもぎ取った彼女は、ジロリと俺に視線を向けつつ巻物を広げるではないか。

「オルヴィアンヌ王国の宮廷伯からシューターに手紙だと? ピモシー卿はマリアツンデレジア卿の父君ではないか。それがどうしてお兄ちゃんに手紙をよこすのだ……」

 ああああっ。
 最悪のパターンでアレクサンドロシアちゃんにバレちゃったんじゃないのこれ?!
 俺の言い訳を口にするよりも早く、食い入る様にしてアレクサンドロシアちゃんは手紙の中身を読み始めたのである。

      ◆

 正直、俺は戦々恐々とした。
 激情家のアレクサンドロシアちゃんの事だ。自分に大逆罪の嫌疑がかけられて宮廷に召喚される様な勅令が国王陛下の名義で発布されたのなら、あべこべに軍勢でも率いて王都に攻め寄せると言い出しかねない様な性格だからね。

 現実問題としてそんな事はできるはずもないのだから、その怒りはどこか別のところに向かうに決まっている。
 もちろんその相手は俺だろう。
 そりゃもう戦々恐々とするのは当然の結論だったのだ……

「ほう、宮廷伯の見立てでは宮中の主流派閥はおおよそオレンジハゲの娘を担ぐ事でまとまりつつあるという事だな」
「……」
「自分の娘を送り返せば宮廷工作は引き続き行うとある、だがこれは嘘っぱちであろう。恐らくは近いうちに国王への大逆罪とやらが朝議で持ち出されて、わらわに対して召喚の勅令が送り出されるのは間違いないな」
「…………」
「そうなる前にマリアツンデレジア卿を取り返して、アウグスブルゴ宮廷伯家とサルワタ貴族とは、何ら関わりのないものだと言い張るつもりである。どうせ宮廷伯からの信書を受け取ればお兄ちゃんが委縮し、臆するという算段でこの様な大層な内容をよこしたのだろうが、大間違いだ」

 宮廷伯から手紙が届いて腰を抜かしそうになったのは事実だ。
 普通に生活をしていたら宰相さまから手紙が送られるなんて経験はあり得ないからな。
 だがまあ考えてみれば、俺もいつの間にかこの国の貴族の一員だ。勲功褒賞の類で政権首班から感状ぐらいもらう事は、今後もあり得たかもしれない。

 そんな風に思えば急に当たり前の事の様に思えてきて、俺は少し気持ちが軽くなるとともにアレクサンドロシアちゃんの表情を観察する余裕も出てきた。

「この信書の中身を見る限り、名指しされているのはアレクサンドロシアちゃんだけだよな」
「フン。大方が離間工作のつもりなのだろう、中央は辺境の風向きがよくよく見えておらん様だ。盟主連合軍が連判で弾劾状を差し出した事実を無視して、自分たちが強く出ればわらわが従うとでも考えておるのだろうの」
「なるほど、奥さんひとりだけを王様の命令で召喚して大逆罪で裁いてしまえば、そのまま盟主連合軍も尻すぼみになると?」
「隣国の王までこちらは担ぎ出しての戦争だぞ? 今さら鞘から抜き放った白刃の収める場所はないわ」

 癇癪を起して激怒するかと思えば大違いで、その顔をは恐ろしい表情で笑っているではないか。
 いかにも悪い顔をしているその様は、サルワタの湖畔で俺に自主独立の道を語ってくれたあの時の表情を思い出す。
 悪い顔をしているけれど、そんな奥さんの顔に俺は魅力を感じる。俺はこの奥さんに付いていき、支えるのだと一度誓ったんだからな。

「どうするお兄ちゃん。マリアツンデレジア卿を差し出して、ごめんなさいをするか。ん?」
「とんでもない。マリアちゃんも差し出して、あげくアレクサンドロシアちゃんも差し出せと王様は言ってくるんだろう? そんな馬鹿な話に付き合う義理は無いじゃないか」
「それでこそわが夫、わがお兄ちゃんだ」

 あかちゃんには母親が必要だからな。
 そうならないための対策をしっかりと打つのが俺の仕事だろう。

「これは何れ、ブルカの支援に乗り出した王国の軍勢と一戦交える可能性すらあるぞ? お兄ちゃんはそれでもわらわに付いてきてくれるのか」
「まだそうとは限らないさ、こっちにはオレンジハゲがいるわけだろ? テールオン妃が父親を取り戻すために、譲歩する可能性はある。無理に攻めればオレンジハゲを、アレクサンドロシアちゃんは処刑するだろう」
「確かにそうだ。あのハゲは生かしておけばまだ利用価値があったか」
「いいか、アレクサンドロシアちゃん。物事は何でも腹八分が大事だぞ」

 腹八分? と怪訝な表情をして俺の顔を見上げる領主奥さん。
 むかし俺が世話になったコンサル会社やIT企業の経営者たちが、散々口にしていた言葉だ。
 提案や企画を押し通すために強引な手段を使うのはいい。
 だがそれをやりすぎれば、必ずどこかで恨みを買う事になる。

「オレンジハゲを本当に処刑してしまえば、引き下がれないところまで相手を追い詰める事になるからな。必要があればブルカ辺境伯の身柄を王国に引き渡す覚悟は必要かもしれない」
「そ、そんな事をすれば再びあのオレンジハゲめが刃をこちらに向けて来る事になるではないか!」
「そのための宮廷工作だ。まだ俺たちはその方面で出遅れている事は間違いないが、アレクサンドロシアちゃんの召喚命令が出る前に、中央に人間を派遣して政治工作に当たろう」

 政治家を味方に引き入れる方法と言えば、袖の下だろうか。
 金策に関しては、カラメルネーゼさんやカレキーおばさんたちが貨幣操作で上手いこと稼いでいるのも優位になるかもしれないぜ。

「ふむ。ではすでに、外交使節で実績のあるお兄ちゃんを当たるのがよいかも知れぬ」
「タークスワッキンガー卿もブルカを脱出したわけだし、無事ならばそろそろ王都に帰還している頃合いかもしれないからな。まだまだどうひっくり返るかはわからないぜ?」

 ふふ、お兄ちゃんは頼もしいのう。
 などと微笑を浮かべたアレクサンドロシアちゃんに「ただのお兄ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんパパだからな」などと意味不明な返事をして嗤い返した。

 ふたりして見つめ合って、ちょっと肩なんか握っていい雰囲気になったところで……
 コホンコホンと部屋の隅から咳払いをしてくる気配が感じられるではないか。

「あの。お取込み中申し訳ないんですけれど、」
「そなたこんなところで何をしておる女魔法使い!!」
「お茶のご用意など閣下に命じられておりましたので、そのご用意ができたんですけどお……」

 女魔法使いがいたのを忘れてたよ!
 すまんマドゥーシャ、すっかりお茶も冷めてしまいましたねっ。
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