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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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364 パパの言う事を聞いてください(懇願) 前


 領主奥さんの出産がもたらした環境変化は大きなものだった。
 ギムルという後継者だけでなく、ベイビーの誕生はハーレム大家族の未来が盤石なものであると辺境のお貴族さま方には見えているのかも知れない。
 何しろひっきりなしに盟主連合軍の諸侯の方々が俺のところに訪れるのである。
 野牛の一族による軍事力を背景に広大なサルワタ領邦を支配し、騎士修道会やリンドル子爵家とも堅固な血縁同盟を結んでいる。
 そんなアレクサンドロシアちゃんがご出産となれば、ずっとお友達だからねとアピールするには絶好のチャンスだ。

 今も糸目の貴族軍人であるドラコフ卿が、オッペンハーゲンの祝い酒を持って顔を出したところだった。

「全裸卿おめでとう! パパになった感想はどうだ、ん?」
「まるで実感がないというのは本音ですかね。あかちゃんはかわいいし、守りたいこの笑顔とは当然思いますけどね。ぐへへ」
「そうは言うが、十分に父親の顔をされておるではないか」
「はあ」
「俺などは子供が不出来な悪タレばかりなので、毎日その事で悩んでいる次第だ。養女の君と言い、ギムル卿と言い、貴公は子に恵まれていると言えるぞ」

 ついついあかちゃんの顔を思い出して鼻の下を伸ばしている点を指摘されたのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしいのだ。
 それにな、と言葉を続けるドラコフ卿がオッペンハーゲンの高級ぶどう酒の栓を抜き、言葉を続ける。

「守るものが出来た男は変わると言うぞ。貴公の今の顔がまさにそれだ、嬉しさの上に悩ましさの苦悩とでも言うべきだろうか。貴公が実子をお持ちになったのははじめての事であろうから、先輩パパとして何でも相談に乗りますぞ」

 オッペンハーゲン高級ぶどう酒をこれでもかと並々とグラスに次ぎながら、ドラコフ卿は笑った。
 守るべきものと言われれば、まさにその通りだ。
 近頃はゴルゴライの領主館や迎賓館に不審人物が近づけない様に警備を厳重にしている。
 少し前には俺とニシカさんが情報交換中(意味深)を使用人に扮したブルカの女工作員が聞き耳を立てていた事もあるし、戦場でギムルの拉致を企てようとしたり事実シェーンお坊ちゃまを狙ってマリアツンデレジアちゃんが一時拘束されるという事件にも発展してたぐらいだからね。

「なるほど、それもあって貴公らはアレクサンドロシア卿の懐妊を秘密事項にしていたのか」

 今となってはゴルゴライの街で領主奥さんの出産は知らない者がいないほどのお祭り騒ぎだ。
 きっと今頃はブルカ側に通じている工作員や商人たちによって、この情報も外に盛らされている事だろう。

「俺にすらしばらくその事を知らされていなかったぐらいですからね。予定では諸侯のみなさんにも極秘にして、冬季に本領に戻ってから出産する様に手はずを組んでいたぐらいで」
「情報保全は常に細心の注意を払うべきではあるが、それはそれで水臭いというものですぞ。もう少し早くこの事を知っていれば、あかちゃん用に上等なおしめを用意できたのだ。まあ、まずは乾杯」
「ははは、乾杯」

 お心遣い、ありがとうございます。ありがとうございます。
 俺はペコペコと頭を下げながら、酒杯を重ねた。

「ところで女神様の洗礼の儀はいつ執り行われるのであろう。全裸の守護聖人と今をときめく準女爵さまのあかちゃんのものであるから、われらが帰領する前であればぜひ立ち合いたいものだ」
「この土地の通例ですと、出産から十日以内に行うのが一般的なんだそうですね」

 ただそれには困った事がありまして。などと俺は苦虫を噛み潰した様な顔をして本音を吐露した。
 肝心の名前が決まっていないので、女神様の祝福を受けるという洗礼儀式が執り行えないのだそうですよ。女神に誕生を捧げ、宗教関係者によって洗礼が行われる一連の儀式には名前が欠かせないのだとか。

「俺の提案したそれらがアレクサンドロシアちゃんによってことごとく否定されてしまったんだ。この土地の命名基準は意味不明だぜ」
「なるほど女神様のおわす世界とは、命名基準が違うのか」
「それですよ、俺のセンスからすればおかしな名前でもここでは普通だ。逆に致命的に名前のセンスが無い父親だとまで先ほど罵倒されたばかりなので、俺のハートはブレイク中ですねえ」

 ちびちびと酒杯の中身を舐めながら、たまらず愚痴も零したくなるぜ。

「洗礼の儀式は女神様から祝福を受けるものだからな、やはり女神様に愛される名前を付けなければならん。それが女神様の守護聖人ともなればなおさらだ。がっはっは」
「笑い事じゃないですよ! 奥さんが気に入る名前が浮かばないから、もういい自分で付けるとまで言われて追い出された身にもなってください」

 俺の愚痴は抗議へと変わり、ますますオッペンハーゲン男爵は顔をしわくちゃにして笑い出した。
 何かアドバイスをくださいよ。先輩パパとして相談に乗ってくれるんでしょう?!

「ふむ。アレクサンドロシア卿は当地に馴染む名前でかつ、全裸を貴ぶ部族に相応しいものを求めておられるのであろう。であれば、ガンギマリー夫人とマリアツンデレジア夫人に相談されてはどうか」
「というと?」
「リンドルの御台さまは王都中央の宮廷伯さまのご令嬢だ。宮廷貴族の命名基準なども詳しいし歴史的背景も熟知しているはずだ。またガンギマリー卿は騎士修道会の枢機卿であるから、これもまたどの様な名前が女神様に最も愛されるかアドバイスをくださるだろう」

 面白がっているばかりではなく、酒杯を傾けながらもそんな助言をしてくれるドラコフ卿である。
 俺はありがたくその助言を受け入れる事にして、さっそく酒のつまみをもってきたモエキーおねえさんに二人に相談したい旨を言付かってもらった。

「わかりましたご主人さま。これだけお名前に苦心されているのだから、きっとアレクサンドロシアさまもお喜びになる、かもです」
「かもじゃ困るんだよ、喜んでもらわなくちゃっ」

 そうしておきながらソファの対面に座ったドラコフ卿は俺に身を寄せて質問をした。

「それで全裸卿、戦争における獲得領土の再配分はどの様に考えておられるのですかな?」
「ああ、その事ですか……」

 ははあ。ドラコフ卿は俺のベイビー出産祝いにかこつけて、この件を探りに顔を出したと見える。
 陽気にお祝いだ何だと言いながらも、マリアツンデレジアの命令で行われた領土配分の意見書提出の内容が気になってしょうがないのだ。
 俺は酒杯をテーブルに置いてニッコリ笑いながら、こう返事をする。

「もちろん俺の頭の中にはプランがありますが、まだ確定というわけではないですねえ」
「部外秘である事は存じているが、戦禍で荒廃した土地を与えられてこれを耕せと言われても、戦功の獲得報酬としては旨味が無い」
「そりゃ当然ですね。だから俺もその事で頭を悩ませているんですよ……」

 頭の中にはプランがあるなどとうそぶいてみたが、そんなのは大嘘だ。
 戦費がかさんでしょうがない軽輩諸侯のみなさんからすれば、わけのわからない猫の額ほどの飛び地を与えられても、領地経営が難航する事は眼に見えている。
 また有力諸侯にしたところで、とんでもない最前線の委託統治など任されたら経済力がいくらあっても浪費にしかならないからな。とんだ貧乏くじという事になる。

 賢くもようじょ軍師のヒアリングによれば、ベストレ男爵のベストレ卿からはリンドル西岸流域のリンドル領に隣接するどこか適当な領地を所望するという要望を聞かされていた。
 後日リンドル側と領地の等価交換をして、できるだけ地続きの領地を将来獲得したいというご意見らしいが、そのあたりはマリアツンデレジアちゃんとベストレ卿が鋭意交渉中であるらしい。

「ドラコフ卿としては、どの様な場所をご所望なさっておられるのですか?」
「ゴルゴライ街道口の村々は論外だ。飛び地が複雑に入り混じる様な分配はどの領主も避けねばならないと考えているはず」

 そんなところを獲得しても、将来アレクサンドロシアちゃんとの対立の火種にしかならないのでご遠慮願いたいという事だろう。

「しかしゴルゴライの対岸流域の村であれば、これは魅力的かもしれない」
「リンドル川西岸流域のですか。しかしそれではオッペンハーゲンにとっては旨味が少ないのでは。」
「左様。どのみち今となっては、いかなる諸侯連中もアレクサンドロシア卿と貴公の率いるサルワタ貴族の躍進を阻む事はできないだろう。もちろんそうでなくては困るし、それができない時は盟主連合軍がブルカ側に敗北した時だ」

 ははは確かにその通りだ。
 躍進を阻む事ができないというのには、きっとドラコフ卿本人も含まれているのだな。
 それと大きくなったサルワタ領邦の玄関口に当たるゴルゴライの対岸に、自領の交易拠点を持つ事は悪くないという考えだろうか。

「なれば今回は貸しとしておき、将来的にブルカ領切り取りの際に、南域を頂戴できれば幸甚というところでひとつ」
「了解いたしました。ではその旨、意見書に書き加えておきます」
「それと全裸卿、」

 まだ何か、と俺が問い返すと。
 ドラコフ卿は酒杯を口に運びながらひと呼吸を置いて、ニッコリとしてみせた。

「クロードニャンコフと密議して、資産運用の話を内々にしている様だが」
「よくご存じで。金貨の貨幣鋳造を分限されているドラコフ卿にとってはそちらが本命ですか」
「そして辺境伯の爵位だ。改めてアレクサンドロシア卿にはよろしくその旨お伝え下され」

 残りの酒杯を呑み干したオッペンハーゲン男爵家の当主である。
 そのまま酒のつまみをひとつ手にしながら「では失礼する」とひと言残してソファを立ち上がったのである。
 なるほどドラコフ卿は腐っても根っからのお貴族さまだ。
 戦争で荒廃した枯れ地を貰うよりは、将来の爵位と広大なブルカ領の割譲、あるいは金貨の鋳造で莫大な富を得たいと考えているんだろうな。

 そこをいくとマタンギ領主のデルテ夫妻はかわいい。
 すでに大きな借財を俺の蛸足奥さんに作ってしまった手前、勲功の対価たる褒賞はぜひニコニコ現金払いでお願いしたいと、わざわざタンヌダルクちゃんのところに夫婦そろって嘆願をしてきたぐらいだ。
 数少ない部下たちを奴隷騎士として取られている以上はしょうがない事だし、以前に陳情を引き受けた時にタンヌダルクちゃんが同席していたから、そこを窓口に交渉するつもりらしい。

 ちなみにラメエお嬢さまの領するオホオでは、ゴルゴライ周辺への領地移封を老騎士じいさんから持ち掛けられていた。
 面倒だがこれも意見書にまとめて、後々にッヨイさまやマリアツンデレジアちゃんと相談しなくちゃいけない。
 俺が軍監としてマリアツンデレジアちゃんに提出する意見書というのは、

「これほどまでにも影響力のある私見という事になるんだろうかね」

 天井を仰ぎながらドッカリとソファに背中を預けながらそんな言葉を漏らした。
 ベイビーが産まれてから、
 ちょうどモエキーさんが執務室に戻って来た。

「こちらにお呼びしますか? それとも応接室の方へお通ししますか?」
「そうだね。せっかくドラコフ男爵から上等な祝い酒をもらったところだから、こっちで相談に乗ってもらうとするか。奥さんたちをこちらへお通しください」
「了解したかもです。おつまみの追加もしたほうがいいかも?」

 ちょうど時刻は夕刻だ。お仕事もひとしきり片付いたところだしな。
 いいかもね!

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