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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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363 致命的に名前のセンスが無い父親の烙印を押されました


「きゃっきゃ」

 自分が父親になる感覚は不思議なものだ。
 あかちゃんがまだ眼も半開きの状態で、こちらを見ているのか見ていないのかもわからないうちから一喜一憂するのである。

「おおっ、今この子が俺を見て笑ったぞ」
「何を申すか、ややこはわらわを見てから笑ったのだぞお兄ちゃん。そうだろうの? わらわだと言うのだ」
「いいや俺だぞアレクサンドロシアちゃん。俺は空手経験があるから間違いない」

 きゃあきゃあと笑っているあかちゃんを眺めては、領主奥さんとふたりで幸せ気分でニコニコ顔になってしまう。
 集まって来た奥さんたちまで釣られる様に綻び顔になって、ハーレム大家族は今幸せで一杯であった。
 俺がほっぺをぷにぷに触ると不機嫌そうな顔をして眉をしかめた様な気がする。
 まるでアレクサンドロシアちゃんみたいだ。かわいいね!

 領主奥さんがあかちゃんを連れて教会堂の診療所を退院したのは、ちょうど出産三日目の事だった。
 予定より随分と早い出産だったけれど、雁木マリが職権乱用でかき集めた騎士修道会の医療従事者たちによれば、出産の予後も問題ないらしい。
 本当に良かった!

「シューターさんがあんなに喜ぶお姿が見れるなんて、わたしたちも頑張らなくてはいけませんね」
「本当ですねぇ義姉さん。これからはベビーブームの到来ですよう!」
「ぼくは四つ子がいいな。男の子ふたりと女の子ふたりを産むんだ、シューターさん喜ぶかな?」
「あ、あたしは考えた事もなかったわ。でも強いて言うなら、シューターの子供なら男の子でも女の子でも……」
「キーッ。わたくしもいつか主人のややこを授かって、子爵家の跡取りを作らなければいけませんのに……」

 俺が領主奥さんと「耳はアレクサンドロシアちゃんに似ている」とか「お兄ちゃんの鼻にそっくりだ」とか言い合っていると、その横で奥さんや家族たちがぴいちくぱあちくと囁き合っているではないか。

「シェーンさまは弟と妹、どちらが欲しいですの? わたくしはアレクサンドロシア卿を見ていると女の子がいいななんて思うのですけれど」
「ぼ、僕は義母さまに似た妹であれば最高だ。ぜひシューター卿に似た顔はやめてくださいっ」

 ところでシェーン子爵は妹をご所望らしい。
 けれど、ニシカさんがズイとあかちゃんに顔を近づけたところ、

「おい赤ん坊、オレが鱗裂きの独眼龍殺しニシカ義母ちゃんだ。覚えたな、ん?」

 突然あかちゃんは笑顔を引っ込めて泣き叫ぶではないか。
 おぎゃあ、おぎゃあ!

「な、何でオレ様の時だけ泣きわめくんだよ、コイツはオレ様を何だと思ってるんだ?!」
「黄色い蛮族ママだからなのです!」
「うるせぇようじょ! 俺だって義母ちゃんだろうがよ。なあおい赤ん坊、何とか言えよ!!」

 あかちゃんはますます大きな声で泣き叫び、ニシカさんはオロオロした。
 こうなると家族は右に左にの大騒ぎである。何しろ家族にとってもはじめてのあかちゃんだからね。

「うむ、そろそろお乳の時間であるな。ややこよ、お兄ちゃんにバイバイをせよ。バイバイお兄ちゃんパパ。よしそれでいい!」

 俺の領主奥さんは母親と言うよりも支配者然とした振る舞いだ。
 君主が領民に命令を下すような口ぶりであかちゃんをあやしつけ、食事の時間を宣言するのである。
 また後でね、俺のベイビー。

 俺たちとしても、いつまでもお仕事を放り出してあかちゃんと戯れているわけにはいかない。
 ゴルゴライに進駐している各諸侯の領軍たちが、残留部隊を残し新年を迎える前に帰領する予定が目前に迫っているからだ。
 この場は領主奥さんと大正義カサンドラ、それにタンヌダルクちゃんと全裸奴隷の使用人のみなさんにお任せして、それぞれの任務に服する事になる。

「ところでシューターよ」

 こうして解散と相成った俺たちであるけれど、その背中にアレクサンドロシアちゃんから言葉が投じられた。

「何ですかね、アレクサンドロシアちゃん」
「そろそろ、ややこの名前を聞かせてもらってもいいかの。悩んでおると申しておったが、この子が産まれて早五日であるぞ。もったいぶっておらんで、な?」

 ガウンの胸元を開け広げながら、女領主は厳かにそう質問した。

「それはもう、とびっきりの候補を用意しておりますよ。な、カサンドラ?」
「はい、シューターさん」

 あかちゃんのお食事準備を手伝っていた正妻カサンドラに目配せをしながら俺は自信満々に返事をした。
 予定では女領主の出産は年が明けてからで、名前については少々油断していたのは事実だ。
 けれども、アレクサンドロシアちゃんの血を引いた支配者に相応しい名前として、俺はとっておきのものを用意している。

「ではもったいぶらずに教えてくれぬか。この子はわらわとお兄ちゃんの最初の子種であるから、これはもう強く勇ましく、それでいて全裸を貴ぶ部族の末裔である事を示す、由緒正しい名前でなければならん。のう、ややこよ?」
「きゃっきゃ」
「そ、そうですね。全裸の末裔かどうかはともかくとして、支配者に相応しい名前ですよ」
「ほう? 申してみよお兄ちゃん」

 いったんは女領主の執務室から退出しようとしていた家族のみなさんから俺に注目が集まるのを感じつつ、咳ばらいをひとつする。
 アレクサンドロシアちゃんとあかちゃんを交互に見比べながら口を開いた。

「最有力候補は、カイザーちゃん。これは俺のいた世界で支配者を指す語源になった高貴な名前だよ。次の時代を担うにふさわしい、アレクサンドロシアちゃんの長女にぴったりな名前じゃないか!」
「カイザーだと? そなた気でも狂ったか、女の子にカイザーなどと付ける親がこの世界のどこにいるのだ?! かわいくない、次!」

 自信満々と言うほどではないが、それなりにこのファンタジー世界の命名基準を考えて俺は提案したはずなのに。
 それをアッサリと女領主に却下されてしまったではないか!

「じゃ、じゃあピョートルちゃんはどうかな。言葉の響きがかわいいし、雷の支配者なんて言われた歴史上の偉人の名前だ。魔法使いの血筋を引くあかちゃんにピッタリじゃないか!」
「むかしわらわが王国の騎士を務めていた時代、そんな名前の女がいた」
「…………」
「女は勇ましく戦場を駆け巡った戦士であったが、復員後に馬遊びに出かけた先で落馬して死んだ。縁起が悪い、次!」

 ええっ、知らなかったよそんなの……
 ピョートルちゃん落馬してお亡くなりになったのなら、却下は仕方ないね。
 俺はファイターちゃんとかスナイパーちゃんとか安直な名前を付けられたら嫌なので、必死で別の名前を提案した。

「これならどうだ、ビクトリアちゃん! 勝者を意味する古い言葉だ、こう人生の勝ち組っぽい感じでいいと思うんですけど……」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お兄ちゃんはどうしていつもそうなのだ!」
「?!」

 途中までは今度こそと思って雄弁に語っていた俺だけれど、とても残念なものを見る様な領主奥さんの視線が突き刺さるではないか。

「そなた真剣に考えておるのか? この子の将来がこの名前にかかっておるのだ、適当な思い付きで名前をつらつらと並べているのではあるまいな」
「とんでもない、俺は本気だぞアレクサンドロシアちゃん!」
「じゃあ何故どれもこれも、その様な琴線に触れない名前の候補ばかり思いつくのだ。ややこが可哀想だとは思わないのか!」

 だったらどんな名前がいいんだよ。俺はもう降参だ!

「……まったく。致命的に名前のセンスが無いお兄ちゃんにはガッカリだ。女神の祝福を受ける洗礼儀式まで日が無いというのに、適当ばかり抜かすお兄ちゃんの顔はもう見たくない。さあわが子よ、お乳を待たせてしまったの」
「ほぎゃあ、ほぎゃあ」

 もうよい、この子の名前はわらわが付ける故、早々に退出せよ。
 手をヒラヒラとさせたアレクサンドロシアちゃんは、シッシとばかり俺を追い出しにかかるではないか。
 ゲッソリ気分で肩を落として部屋の外に出た俺は、ニシカさんや雁木マリに慰められながら涙をぬぐった。

「よう相棒、オレ様との子供にはカイザーって付けろよな。森の支配者、良い響きだぜ」
「そもそもこのファンタジー世界の命名基準はよくわからないものね。仕方がないわ、元気出しなさい」
「ウン……」

 これでファイターちゃんとか名前を付けられたら、俺の方がガッカリだぜ。

     ◆

 俺の名は吉田修太、三三歳。
 あかちゃんの名前をどうするかで悩んでいる、一児の父である。

 もともとあかちゃんの命名についてはふたつの可能性を考えていた。

 ひとつは女領主が独断と偏見で決定を下す場合だ。
 いかにも即決即断の彼女の性格からして、自分の名前に近い語感で俺には理解できないこのファンタジー世界風の名前がベイビーに与えられる。
 これならば俺がよほど酷い名前でなければ異論をはさまなかっただろう。何しろここでの生活は一年も経っていないので、何がご当地風で何がご当地風じゃないのか俺にはサッパリわからない。

 問題は今回の様にママとなった女領主から「お兄ちゃんが決めるべきだ」とか言い出した場合である。
 もともと来年の春先に産まれるはずだったので、本来は考えたり相談したりする時間はタップリあったはずなのに、思いがけない早産になったので大いに予定が狂った。
 母子ともに健康で、我が子を予想外に早く授かったのだからその点についてはとても幸せだ!
 しかしカサンドラとも相談しながら選んだはずの候補が、ことごとく否定されてしまう事こそが予想外だったぞ!

「カイザーちゃんって悪くないと思うんだよね。マドゥーシャはどう思う?」
「わたしはいいとおもいますよ。力強くて勇ましい感じもしますし、けどちょっと女の子っぽくないですね。でも、ニシカさんは気に入っていたんですよね? 自分の子供に付けたいって」
「いやぁニシカさんに褒められたぐらいだから、やっぱり駄目なのかもな……」

 領主館の執務室にやって来た俺は、仕事机に腰を下ろしながら女魔法使いとそんなやり取りをした。
 間もなく盟主連合軍に参加した諸侯が領地へ引き上げてしまうので、ブルカ戦争とも呼ぶべきこの辺境の戦いで新たに獲得した領地の分配を定めなくてはならないからである。
 リンドル西岸領域に、ゴルゴライ戦線の街道口西領域。
 全部で十を超える村々の領地を、それぞれの諸侯の功績に照らし合わせて利益再分配しなくちゃならないのは骨が折れる仕事だった。
 俺は軍監として意見書を提出する様に、総指揮官であるマリアツンデレジアちゃんより公式に命じられていたのだ。

「ちなみに、マドゥーシャだったら自分の子供に何て名前を付けるかな」
「閣下との子供ですか? やですよ、まだ初夜も向かえないうちから気が早いですね!」
「馬鹿そうじゃない一般論としてだよっ」

 うーんそうですねえ……
 女魔法使いは書類の束を棚から引っ張り出しながら、腰をクネクネさせつつ首を捻っていた。

「やっぱりおかしな名前を付けて、世間さまに子供が馬鹿にされるといけませんからね。魔法使いらしく古い言葉の意味を引っ張って、願いを込めた名前にしますね。名は体を表すという言葉もありますし」

 案外まともな事を口にするじゃないか、俺はおちんぎん魔法使いを見直した。
 巻物の束を仕事机に並べ終えた女魔法使いは、大きく身を乗り出してこんな事を言う。

「サラリーなんてどうでしょう! 響きもいいしお金にも困らないと思います。おちんぎんですよ、おちんぎん!!」
「……きみに質問した俺が馬鹿だった、この事は忘れてくれていいからね」
「何ですかその扱いは、自分から聞いておいて酷いです!!」
「それと、きみは今回の前線視察の任務で大変活躍をしてくれたので、約束通り何でもひとつだけ特別なお願いを聞いてあげよう。要求が決まったら報告する様に」

 不平不満の顔を浮かべた女魔法使いの事は無視して、俺はさっさと各諸侯軍の軍功をまとめた書類を手に取って眺めはじめる。
 ちなみに文字の意味は半分わかるが残り半分は相変わらずわからない。
 人間と土地の名前はともかくとして、言葉の単語を覚えるのはまだまだ時間がかかるらしい。

「…………」
「何だマドゥーシャ、もう決まっているのなら言ってくれ。滅茶苦茶な要求じゃなければ最大限願いをかなえようじゃないか」
「閣下のお言葉に感謝いたします。それでは僭越ながらお願いしたいものがあります!」

 カチリとブーツの(かかと)を重ねる音がしたかと思うと、フワリとローブの裾を躍らせて女魔法使いが直立不動の姿勢を取ったのである。
 何かとてつもない要求をされるのではないかと、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
 この場には彼女の直接の指導役である男装の麗人はいないので、彼女の暴走を阻む者はいない。
 などと思っていると、

「それでは申し上げます。閣下の手ずからお選びになった、魔法発動体を所望いたします。わたしは貧乏なのでこれといった魔導書(グリモワール)魔法の杖(スタッフ)を持っていませんでしたからね、欲しいです」
「お、おう……」
「護符は確かに便利なのですが、こうも連戦続きだと麻紙の代金も馬鹿にならないんですよ閣下! 内職も大変ですしイザという時に護符切れになってしまいますからね。魔法発動体がそろそろ欲しいなぁと」
「そうかわかった。じゃあ何か素敵な魔法発動体をプレゼントする事にするか……」
「安物は駄目ですよ! お金に困ったら質に入れられる、高価な魔法発動体でお願いします!!」

 バンと仕事机を両手で叩いて見せた女魔法使いは、見た事が無いほどの笑顔を浮かべた後、貴人の礼を取ったのである。
 女魔法使いが退出した後に、俺は読めない文字の書類とともに残されてしまった。

 魔法発動体となれば相談する相手は魔法使いにするしかない。
 ッヨイさまは諸侯のみなさんと、領土配分でどの土地が欲しいかという要望をヒアリングしに走り回っているところである。
 じゃあもうひとりの魔法使いであるアレクサンドロシアちゃんとは、ベイビーの名前の件で顔を合わせづらいという最悪の状況だ。
 とりあえず領主奥さんと仲直りをして、あかちゃんのおしめの交換をさせてもらえる様にしないと。
 あかちゃんの名前なぁ。

「ブリタニアちゃんってどうだろうカールブリタニア、愛称はブリトニーちゃん。いい名前だと思うんだよね、俺は」

 忘れないうちにメモしておこう……
致命的に名前のセンスが無い作者。
+注意+
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