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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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361 御台さま救出大作戦 後


「実際に僕が義母さまを拉致した連中と接触する必要があるのか?」
「ありますねえ。この際だから実行犯の仲間を大捕物するためにも、エサになってもらう必要があるとッヨイさまが言っていましたよう」
「エサ?!」

 宿舎に残っていたタンヌダルクちゃんに作戦詳細の説明を受けるシェーン少年である。
 仮にも何とかの輝ける星にして若き指導者とかしずかれている子爵さまが、エサ呼ばわりされたものだからしかめ面にもなるだろう。

「大丈夫ですよう。陰からいつもエルパコちゃんが見守っていてくれるそうだし、いざとなればこの子が守ってくれますからね。ねぇあかちゃん」
「キッキッベー」

 ようじょの立てた作戦骨子はこうだ。

 旅荷の中にバジリスクのあかちゃんを潜ませておく。あかちゃんは防犯ブザーの役割を期待されて、湯たんぽと一緒にズタ袋へ放り込まれる。夜泣きの実績は折り紙付きだ。
 少年はそれを持ってトイレの窓からリンドル子爵家の宿舎外に出て、接触を試みてくるであろう拉致工作員と邂逅する。
 この時、すでに待機しているケイシータチバックが工作員の来た道を辿り、逆にシェーン少年を影がら護衛するけもみみが追跡を担当する。
 人数が多いとバレるので、他の人間は素知らぬ顔で待機だ。

「エルパコちゃんが隙を見て、子爵さまと入れ替わる作戦ですから。そこまで我慢してくださいねえ」
「そ、そんなに上手くかなタンヌダルクお義母さま」
「途中でトイレに行くといって野ッ原に出ればいいですよう。そこでエルパコちゃんと入れ替ればエサの役割はおわりですね。ほら簡単!」
「ぼ、僕はエルパコお義母さまが苦手だ。前に酷い事をしたからね、あれからきっと恨まれているに違いない……」
「エルパコちゃんはそんな子じゃありませんよう! もっとサバサバした性格ですからねえ」

 少年は拉致工作員に導かれてシャブリン修道院を目指す輸送部隊に向かってもらうが、どこで別の一味と接触するのかはわからない。
 途中で身に危険を感じた時はバジル式防犯ブザーを起動させる。
 ゴルゴライ領の何処にいたってあかちゃんの夜泣きならばすぐに場所が知れるし、領外であっても敵も恐怖に打ちひしがれて体をまともに動かす事はできないだろう。
 周辺で非常線を貼っている友軍の耳に届けば、すぐに駆けつけてくれるはずだ。

「そこからどうやって屋敷まで戻ってくればいいんだ。僕はこの周辺の地理に疎い」
「バジルちゃんが帰り道は案内してくれますよう。だから安心です」

 猟犬の訓練を受けているバジルは、いざとなれば道中を引き返して家まで戻ってくるぐらい朝飯前だ。逆に必要があればエルパコのところまで仲間を誘導してくれるという手はずである。

「この不細工な肥えたエリマキトカゲを頼りにしろと? 馬鹿げている。まだ僕が得意な早撃ち魔法で、敵を蹴散らした方が有意義なんじゃないかな……あいたっ、噛みつきやがったこのトカゲ!」
「バジルちゃんは人間の言葉を理解している、賢いエリマキトカゲですからねえ。気を付けた方がいいですよ、うふふ」
「あいたぁ! また噛んだッ。そういう事は早く教えてくださいタンヌダルクお義母さまっ」

 さあ行きましょうと抱きしめられたシェーン少年は宿屋のトイレに向かうと、板窓を跳ね上げて外に飛び出した。
 雪はしんしんと降り続けていたけれど、風は昼間よりも落ち着いていて視界を妨げるほどではない。
 躍起になって着地した少年は、自分を見守っているはずのけもみみや巨人のメイドが本当にいるのだろうかと探したい衝動に駆られていたが、それをしたら駄目だとタンヌダルクちゃんに強く言い聞かされていたので思いとどまった。
 代わりにズタ袋の中であかちゃんが居心地悪そうにギュイギュイと不平を小さく口にしたのである。

「お、大人しくしていないか兄弟。こんな肥えたエリマキトカゲが連れ子の兄弟とか最悪だ……」
「ギィ!」

 シェーン少年は目深に外套のフードを被りながらゆっくりと歩き出し、宿屋の裏庭をうろついて人間の気配を感じた。

「ブルカ辺境伯さまのお孫さまでございますね」
「僕はリンドル子爵家当主シェーンさまだ。ブルカ伯の身内ではないぞっ」
「そんな事はどうでもいい、つべこべ言わずに顔を見せろ!」

 暗がりの中から野太い声が聞こえて、少年の手をガッシリと掴んだ。

「確かにシェーンお坊ちゃまだ。俺は間近で見た事があるから間違いないぜ?」
「本当かモンサンダユー。よし大人しくしろ、暴れれば綺麗な顔に傷が付くぜかわいい坊や。本当に女みたいな顔だなっ」

 有無を言わさない口調で拘束ぎみに連れ出された少年は、宿屋の塀の外に待っていた別の男と連携されて通りに放り出される。
 余りにも手荒い扱いだったので抗議を口にしたかったけれど、白刃を突き付けられていたので大人しくせざるを得ない。
 ここで騒げばようじょの作戦が台無しになるので、家族を信じて従う事にした。

「モンサンダユー。いいか、俺たちはこのお貴族さまを補充兵士に紛れ込ませて、途中で立ち寄る隣村の河岸まで連れて行けば任務終了だ」
「ふむ。報酬はどこで渡されるんだ?」
「手付は貰ったろう?」
「ああそうだ」

 呑気な連中なのか、少年を拉致しようとした傭兵たちは少年を連れ出した駄賃について言い合っていた。
 歓楽街の明かりとは真逆の幕舎が並んでいる市街の外れに連行されながら、暗がりにふたりの男たちの姿を見れば。
 鎖帷子を着込んだ姿に、白か黄色かわからないが薄汚い布切れを確かに腕に巻いている。
 片方は暗がりでもわかる傷だらけの顔をした男で、もう片方は胡散臭そうな若い男だ。
 きっとこいつらは金で雇われただけの傭兵だろうと少年は思った。

「残りの賃金は金貨二枚と破格だからな。おっと、もちろん近頃価値の無くなったブルカ伯金貨じゃなくて、オルコス金貨だぜ。雇い主のブルカ様にゃ悪いが価値の落ちた貨幣に興味はねぇ。そいつは隣村の河岸で手渡しだそうだね」
「今から楽しみでならないぜ」
「街に戻ったらパっと娼館で命の洗濯だぜ。俺たち一味がアジトにしている、馴染みの娼館なら安く済むしな」

 ガッハッハ!

 事実、顔が傷だらけの片方の傭兵は昨日今日雇われたばかりの人間らしく、勝手もイマイチわかっていない雰囲気だと少年は思ったらしい。
 後々になって雁木マリが尋問にかけたところによると、もう片方の前からいた傭兵にしたところで、詳しい事情など何も知らされていない、金のためだけに働いているのがわかったからね。
 この辺りは斬り捨て上等の末端要員だったんだろう。

「いったい僕をどこに連れて行こうってんだ。義母さまは無事なのか」
「お前さんのママは聞けば十人以上もいるそうだから、俺には誰の事だかわからないぜ」
「おい、それ以上は黙ってろよモンサンダユー、余計な事を言ってたら賃金を貰えなくなるぞ。へへへ」
「そうだったな。沈黙はおちんぎんなりだ」
「…………」

 少しでも義母さまの情報を集めようとしたシェーン子爵のアテは外れた。
 しかし自分の後見人が俺と結婚したものだから、世間でもシェーン子爵はたくさんの母親を持つ身分になったと噂されていたらしい。
 自分にとっての保護者はただひとり。マリアツンデレジアだけだと怒りに震えていると、少年は補給物資を集積している倉庫エリアへとやって来たのである。
 いくつもの馬車列が連なっていて、二人の屈強な傭兵に挟まれる様な格好で、天幕のひとつに押し込まれた。

「まず脱げ」
「?!」
「脱いだらその装備に着替えて、今着ている服を差し出せ」
「ここで脱げと?! 寒いじゃないか、暖房はどこだ」
「そんなものはここにはない。騒げば殺すぞ、だが死ぬと賃金が半分に目減りするからさっさとやれ」
「嫌だっ触るな」
「おいこいつを押さえろモンサンダユー。自分でできないなら俺たちが手伝ってやるっ」
「ひい、もごっ……」

 口を塞がれた少年は、強制的に服を引っぺがされた。
 途中で余りにも騒ぐものだから「静かにしないか」と口に自分のひもぱんを押し込まれてしまう。
 しかし全裸にされてしまうと、シェーンお坊ちゃまは少女みたいな体で、顔もかわいらしいショタボーイそのものであったのだ。

「これじゃどこかの貴公子か、男装少女かわからんなモンサンダユー。顔が綺麗すぎる、戦士の顔じゃねえ。かわいいな……」
「検問で引っかかると不味いぜ。少しかわいがってやるか」
「よしきたぜ、これぐらいの事は許されるだろう」
「……もごもごっ、ふぎぃッ(え、ちょ。来るな。おいあかちゃん、エルパコお義母さま助けて)?!」

 ビシ、バシ、ゲシっ!

「ほげぇえええ、ちょ、どうして!」

    ◆

 いたいけなショタボーイが身の危険に晒されそうになっている頃。

 巨人メイドのケイシータチバックは雪の中に残された足跡を辿って、暗がりの男たちがどこからやって来たのかを調べ上げた。
 雪の上に連中が足跡をご親切に残してくれているのだから、アジトまで辿り着くのは容易な事だ。
 昼間のうちに傭兵と思われる男が出入りしていた大体の位置だけは掴めていたらしく、バジルやベローチュ配下の内定の人間をこの付近に潜ませていた。

「ッヨイ子さまの推理は正しかったようです。マリアツンデレジアさま、今お助けしますよ!」

 そのままアジトの場所を発見したところで、待機していたラメエお嬢さま指揮下の野牛兵士たちを笛で呼んで突入させたのだ。

「全員動くな。わたしはサルワタ貴族にお仕えするケイシータチバックだ!」
「で、でけぇ何だこの姉ちゃんは?!」
「抱き合っているところを悪いけれど、できもしない子作りプレイは中断してゆっくり離れなさい。抵抗すればマイヌードの名において斬り捨てる。わかりましたか?!」

 いきなりリンドル宮でも随一の巨人料理人が乗り込んできたものだから、お客さんたちはビックリだ。
 さらに背後から遅れて乗り込んで来た雁木マリたちによって、娼婦と従業員は職務質問を受ける事になる。

「女神様の敬虔な信徒たちならば大丈夫よ。このポーションをちょっと摂取すれば、すぐに終わるんだから。さあお前たち順番にそこに並びなさい」

 燭台に照らされてきらめく眼鏡を押し上げながら取り締まりの場に現れた雁木マリに、娼館のお客さんたちはビクリとした。
 もちろんその中に潜んでいた拉致工作員や協力者たちはたまったものじゃなかっただろう。
 密かにその場から離れようとした人間を目ざとく見つけたケイシータチバックが、すかさず移動して通せん坊をした。

「どちらに行かれますか。マイ・ヌードの命令は絶対です」
「ちょっと小便に……」
「ここでどうぞ。我慢は体に毒ですよ?」
「ヒッ、畜生め!」

 バキッボコッ!

「はべら!!」

 すぐさま拳を振り上げて、逃げ出そうとしたひとりの傭兵の顔面を殴り飛ばすと、そのまま蹴り上げて顔の形を不定形にするケイシータチバックだ。
 パワーならばサルワタ家中でも最強クラスなんじゃないだろうか。
 そこに協力者だった娼婦のお姉さんが連れてこられて「この男だよ、あたしに手紙を渡したのは!」となったので、即座に殴る蹴るは中断されて、連行されていった。

「逃げればああいう事になるけれど、騎士修道会は女神様の信徒に寄り添う存在でありたいわ。みなさんのご協力に感謝します。ご協力、してくれるわね?」
「「「よろこんで!」」」

 うふっと氷の微笑を浮かべた雁木マリへ、娼館に居合わせたみなさんが従順になったのは当然の帰着である。
 その他にも怪しいと思われる場所は夜中の内に家宅捜索を片っ端から行って回り、夜の繁華街は騒然となりながらも、一味に加担した人間たちが次々に逮捕されていった。
 そうして当然、リンドル御台マリアツンデレジアの拉致監禁されていた場所が発見されたのである。

「マリアさん、マリアさんはいるかしら?! お前たち、何かの変装をさせられているかも知れないから、念入りに調べ上げなさい。イディオ、抵抗する従業員は容赦なく拘束するのよ!」
「わかりました、おいお前たち。聖女さまのご命令だ、表と裏、それから窓周辺も外へ逃がさない様に見張れっ」
「船着き場のすぐ側よね、船を使って逃げられたらかなわないわ。ラメエ卿に伝えて桟橋も押さえなさい!」
「了解です!!」

 こうして真夜中の敵アジトに踏み込んだ雁木マリたちが見たのは、変わり果てた格好にされていたツンデレのマリアちゃんである。
 変わり果てたと言っても暴行を受けて酷い目にあわされたというわけではない。
 まるで高級娼婦の様なメイクを施された(若干ケバい)ツンデレのマリアちゃんは、要件が済めばポーション漬けにされた後、他領へ「さる高貴な身の上から身持ちを崩した高級娼婦」という体裁で運び出されるところだったというから恐ろしい。

「……遅いですわねみなさん。わたし、待ちくたびれておりましたのよ!」
「あら、なかなか素敵なお化粧じゃないかしら。シューターが見たらちょっと喜びそうなメイクかな?」
「わたしがこんな下品なメイクで、夫を誘惑すると仰いますの?! 第一シューターさまはナチュラルメイクがお好きなはずですのよ。こんな小細工などしなくても、篭絡するのは簡単でしたものっ」
「それだけ元気な様子なら、無体な事はされなかった様ね」
「早くこの拘束を解いてくださらないかしら……」

 監禁されていた場所は、蛸足麗人が運営するカラメルネーゼ商会とは別の奴隷商会のある場所で、その商館の一室だった。
 その場所がゴルゴライの市街を取り囲む城壁外にあった事と、他領の公商館など各盟主たちが逗留に使っている宿舎だった事も、捜索の手を入れにくかった理由だ。
 アジトが堂々と公商館などの並びに立っている場所とは、ツジン一味も大胆不敵なところがある。

「ケイシーさん、御台さまの拘束を解いて関係者を捕縛したら、ただちに迎賓館に引き返すわよ」
「了解いたしました。マイ・ロード、さぁお屋敷に戻りましょう」
「シェーンさまは、義息子は馬鹿なまねをしておりませんのよね?」
「大丈夫よ御台さま。あたしたちの義息子は今頃、エルパコと入れ替わっているはずだから」
「どういうですの?!」

     ◆

「……まったく。連中の見届け人に後を付けられてるのかと驚きましたぜ、エルパコさん。いるんだろう? もう入って来てもいいですぜ」
「驚いたのはこっちだよモンサンダミー」

 口をぱくぱくとさせているショタボーイ子爵に外套を被せた傭兵が、おもむろに片割れの仲間だったはずの男を蹴り飛ばしながら天幕の外に声をかけた。
 当然、シェーン少年は何が起きているのかわからず、そうして天幕の外から音も無くけもみみが姿を出すじゃないか。

「きみがここにいたのは偶然なのかな」
「潜入捜査の最中だったんですよ、偶然も偶然」
「だからバジルも、夜泣きをしなかったんだ。いいこいいこ」
「お? あかちゃんもいたんですかい」
「キッキッベー!」

 ズタ袋の中から顔を出した超えたエリマキトカゲである。

 昼間のうちにエミール夫人の偽手紙を届けた傭兵を追跡した結果、周辺の怪しい場所を探るためにモンサンダミーたち男装の麗人配下の情報収集部隊が内定調査をしていたらしい。

「間一髪のところだったが、俺が怪しい連中を内定していたよかったですな」
「じゃあこれは、たまたまなんだね。ぼくはてっきりモンサンダミーがシューターさんを裏切ったのかと、剣を抜き放つところだったよ」
「おっかねぇ、俺がシューターの旦那や大恩あるアレクサンドロシアさまを裏切るわけがねえ」

 全裸のショタボーイはけもみみとモンサンダミーを交互に見比べた後、あわてて息子を両手で隠した。

「きみは全裸を貴ぶ部族の血筋は引いていないから、いつまでもそんな格好だと風邪を引いてしまうね」
「もと着ていた服を着て下さいや子爵さま」

 どういう事なのいったい? と口の中に押し込まれていたひもぱんを引っ張り出した少年が驚いた。
 そりゃそうだろう、義母上エルパコと敵だったはずの傷だらけの顔の男が、さも親し気に談笑しているのだからな。

「このひとはシューターさんの配下の傭兵で、今は褐色長耳の下で情報収集を担当しているよ」
「モンサンダミーです。怖がらせてすいません、領内に潜む危険分子の洗い出しのために、潜入捜査をしていたんでさ。まさか高貴な身の上の子爵さまを拉致するという儲け話を持ち掛けられたんで、一も二も無く引き受けるふりをして、状況を探っておりやした」
「そうだったのか?! きみはモンサンダユーではなく、モンサンダミーと言うんだね?!」
「へい、その名前は内偵捜査中の時に使っている変名です」

 俺の感覚からすればほとんどバレバレの変名だ。
 けれども、この異世界では違和感なく「なるほどな」とシェーンお坊ちゃまやけもみみは納得したらしい。
 わけがわからないよ……

「けど、困った事になったよ」
「何がですかいエルパコさん?」
「ッヨイさまの作戦では、途中でぼくがシェーン子爵と入れ替わって、敵のアジトまで侵入する予定だったんだ」

 昼間から秘密任務に従事していたモンサンダミーは、ッヨイさまの立てた作戦を知らされてはいなかった。
 さすがに暴行を受けかけ酷い目にあわされそうになっていたシェーン少年を助けた事を責められないが、けもみみは当初、道中どこかかこの倉庫群の並ぶ幕舎付近で夜中のうちに入れ替わろうと思っていたのだ。

「それでしたら、輸送部隊は夜中のうちに出発する事はありませんで、今のうちに入れ替わりましょう」

 陽の明かりが山の向こう側に顔を出してからアナホールに向けて発つんでさ。
 モンサンダミーはそう言って、殴る蹴るをされて伸びていた傭兵にもうひと蹴り入れてから、ロープでぐるぐる巻きにしはじめる。

「一味の仲間は大丈夫なのかい」
「市壁の検問もあるし、領内じゃ非常線も張られているでしょう。まともに連絡を取り合えているとは思えませんぜ、こいつだって仲間の顔も知らないと言っていました」
「ツジンの工作員もずいぶん質が落ちたね」
「精鋭は片っ端からこの戦争で死んだんですよ。今のうちに俺の仲間とこの男を入れ替えておけば、バレやしませんぜ」
「わかった。じゃあ夜が明けたらぼくがシェーン子爵のフリをして、敵の拉致工作員についていけばいいんだね」

 好都合な事に、天幕の外は止む気配の無い雪がしんしんと降り続けていた。
 この様子ではどこぞの領兵だろうと傭兵だろうと、等しくベールやフードを目深に被って、相手の顔がどんなのかまでは直ぐにわからない。
 そんな風にようやく服を着終えたシェーン子爵を見やりながらふたりが向き合って相談をしていたところ。

 ゴーン、ゴーンと真夜中の雪の街に響く石塔の鐘の音が鳴らされたのである。
 続いてあちこちで矢笛のキュルキュルという音が闇夜を貫いた事も、けもみみは聞き逃さなかった。

「……どうやらその必要性が無くなったみたいですな」
「そうみたいだね。鐘の鳴らし方と信号矢の状況からすると、動きがあったみたいだよ」
「こいつは街の外に待機していたツジン一味の残党が、ラメエ卿の軍隊に発見されたって事だな」
「ッヨイさまの作戦を実行するまでも無かったね。これで尋問にかければアジトの場所もわかるかな」
「つまりどういう事だ?!」

 ようやく生きた心地を取り戻したシェーン少年が質問をすると、彼が苦手にしている夫人のひとりエルパコがニッコリ笑って返事をした。

「鐘の音は、マリアツンデレジアさまが解放された時に鳴らす約束だったよね。それから外から聞こえた信号矢、あれは敵を発見した時に使われる警告の信号だよ」
「…………」
「つまり一件落着したって事ですぜ、シェーンお坊ちゃま。これでママのところに帰れますね」

 リンドル子爵家の義親子を取り巻く拉致事件の天幕はこうして解決した。
 後になって捕虜の中から尋問した結果、リンドル西岸流域のアジトには、ケイシータチバックの率いる少人数の攻略部隊が向かったそうだが、それはまた別の話で俺も詳しく聞いていない。

     ◆

 俺たちがゴルゴライに帰り着いたのはその翌日の午後の事。
 また別の騒動が俺たちを迎え入れてくれたのである。

「やあカサンドラ」
「急いで帰って来たのに意味ねえな。オホォのラメェに城門のところで聞いたぜ、ショタ坊やは無事だったんだってな――」
「そんな事より大変です旦那さまっ。ドロシアさまが、ドロシアさまがっ」

 俺とニシカさんがニコニコ顔で迎賓館の玄関に入ってみると、血相を変えた奥さんたちが飛び出してくるではないか。
 久しぶりの家族再会で感動の対面というわけではないらしく、俺の腕を取ったタンヌダルクちゃんが、いつになく必死の形相だったのだ。

「シューターさん、アレクサンドロシアさまが産気付きました!」
「えっ、ふぁっ? 出産はまだ先の事なんじゃないの? だってまだ妊娠三、四か月ぐらいでしょ?!」
「ゴブリンは妊娠期間が短いんですよ。ご領主さまもその血筋ですし、お兄ちゃんお兄ちゃんと領主さまが苦しがっているので、急いで教会堂の診療所まで行きましょう!」
「わ、わかったカサンドラ」

 頑張れアレクサンドロシアちゃん!!!!!
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