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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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360 御台さま救出大作戦 前


 俺の命令を受けて伝令に走ったエルパコは、シャブリン修道院とアナホールで馬を乗り換えながら、ほとんど休みなくブルカ街道を東進した。
 はじめは激しい風雪に見舞われて行く先もよく見えぬ有様だったそうだが、アナホールを抜けてからは視界の確保だけは出来たと見えて、深夜日付変更になる直前にはゴルゴライ領へと到着したのである。

「検問、検問よ! そこの馬止まりなさいっ!」

 すると領内に進入してすぐにもラメエお嬢さまの率いる警備部隊と遭遇した。
 鎧の上にモコモコの防寒具を纏ったおませ少女が、手ずからその華奢な体に不似合いな槍を振り回して、誰も往来の無い夜中の街道から飛び出してきたけもみみを通せん坊したのだ。

「ラメエちゃんじゃないか」
「エルパコお義姉ちゃん?! ずっとお待ちしていたわ。全裸卿から連絡があって、家中は上を下への大騒ぎなんだからっ」
「シェーン子爵は無事なのかい? 大騒ぎという事は、まさか拉致されてしまった後じゃないだろうね」

 警備責任者のラメエお嬢さまは、ッヨイさまの助言を聞き入れながら街道の三叉路に位置するゴルゴライのどこに非常線を重点配置するのか指示を出した。

「シェーン子爵の拉致は偶然、事前に阻止する事ができたわ! けれどその代わりマリアツンデレジアさまがかどわかされてしまったのっ」
「何だってそんな事になっているんだい。もう捜査隊は組織されているのかい?」

 サルワタへ向かう北のルートはスルーヌで留守居するエクセルパーク卿の父アントン爺さんに任せるのがいいだろうと言われ、ただちに伝令を飛ばした。
 南方面に抜けるリンドル往還については念入りにデルテ騎士爵と男色男爵配下の妖精剣士隊が担当してくれる事になった。部下の借金問題があるのでデルテ騎士爵は一も二も無く承知したし、女領主の戦友である男色男爵も妖精剣士隊の出動要請を快諾してくれた。
 残ったリソース全てをゴルゴライ街道口方面に差し向けて現場をラメエお嬢さまが直接指揮した。

 そこまで徹底してやったのは、ッヨイさまとしてもかつて旧領主の嫡男ナメルシュタイナーを取り逃がした経験からだし、家中の人間が拉致監禁されているというのは、それだけサルワタ貴族の重大事件だからだ。

「ゴルゴライには仮設の場所も含めて市壁だってあるし突破は不可能、それに三つの街道は確実に押さえているわ! これで蟻一匹だって逃しはしないんだから、マリアツンデレジアさまを見逃すなんてありえないの」
「御台さまは貴族軍人じゃないから城壁を超えるのは難しいもんね」
「そうよお義姉ちゃん。旦那さまがお戻りになる前に、何としても解決しなくちゃいけないわっ」

 絶対に突破不可能だとラメエお嬢さまが豪語した市壁の城門を潜り抜け、揃って軍馬を走らせたふたりはリンドル騎士爵の宿舎へと向かった。
 そこで困惑した表情の娼婦がひとり宿屋の前でオロオロしているのを目撃したのである。

「あ、あたしはただ頼まれて持ってきただけなんだけれど、何でみんな怖い顔をして取り囲むんだい?!」
「詳しい事は中で聞かせてもらおうかしら!情報提供をしてくれれば、報奨金だって全裸卿から貰えるわよっ」
「え、報奨金?! あたしゃ何でもお話しするよ、公衆浴場の前でこの手紙をもらったんだ!」

     ◆

「エルパコちゃん!」
「義姉さん、大変だよ。宿の前で手紙を持った娼婦のお姉さんと鉢合わせになったよ」

 リンドル騎士爵の宿泊所に入ったエルパコはリビングに集まっていた家族を見回しながら、雪化粧させた獣皮の外套を脱ぎつつ開口一番にこう述べた。
 エミール夫人を名乗る手紙の主から次の接触があったのだ。
 例によってリンドル子爵家の紋章が蝋印されたもので、中身は丁寧な丸文字でビッシリと書き詰められていた。


 親愛なるわたしの坊や、事は急を要しています。

 誰にも知られてはならないこの内容を、あなたは反逆者たちに知らせてしまいましたね。
 今からでも遅くはありません。騙されてはいけないですよわたしの坊や。
 悪辣なる盟主連合軍の反逆者たちは、あなたの自由を奪おうとゴルゴライの村々に兵士を送りやって坊やの選択肢を奪いつつあるのです。
 坊や、お急ぎなさい。
 今夜は風も強く雪も降る事でしょう。
 そうなればあなたの足取りを隠してくれる好機です。宿舎のトイレから外に出るのです。そこで誘導してくれる者が待機しています。
 その者の指示に従って、シャブリン修道院の前線補給に向かう輸送隊の車列に匿われ、西を目指してください。
 あなたのお爺さんの配下が待っているはずです、河川の通行を使いブルカ側を下向するのです。

 黄色は正義の目印です、首や腕に巻いたスカーフを目印にしてください。
 あなたをただひとり愛する真実の母エミールより。


「義母さまの、義母さまの事は何も書かれていないじゃないか?!」
「確かに御台さまの事については何ひとつ触れられていません。あ、ちょっと待ってください子爵さま」

 手紙の内容を読み上げたシェーン子爵があからさまに落胆の色を見せたところで、背後に控えていたケイシータチバックがひょいとその手紙を預かる。

「何か匂いませんか?」
「ぼ、僕は毎日お風呂に入って清潔にしている。失礼な事を言うな!」
「ッヨイも今日はおもらしをしなかったのです……」
「そうではありません。何か手紙からいい匂いがしている気がするのですが、くんくん」

 巨人のメイドさんが鼻をヒクつかせる。
 インクの匂いが真新しいとかそういう事ではなく、それは香水の匂いだったのだ。

「貸してごらん。この手紙からは高貴な大人の色香を感じるよ」
「お、大人の色香?! 義母さまは確かに高貴で上品な色香を常に漂わせている母の中の母だけれども」
「そうではないよ、これは香水の匂いだと思うんだ。宿屋の入口でこの手紙を渡した娼婦のお姉さんも香水を付けていたけれど、それとは別の上等の香水だよ」
「……確かに。これは御台さまが普段お使いになっている香水の匂いですね、エルパコ奥さま。御台さまは普段から香水の入った瓶をお持ちになっています」

 男はなかなかその辺りの匂いを嗅ぎ分ける事は出来ないけれど、女性たちはその事にいち早く気付いたらしい。
 つまりこの手紙を書いた人間は、暗にマリアツンデレジアの拉致は口から出まかせではなく、実際に実行されて自分たちの元に居る事は間違いないと示しているのだろう。

 しばし考え込んだ名探偵ようじょは、はじめにカサンドラを見やり、次にラメエお嬢さまを見やって言葉を続ける。

「エミール夫人が書き書きしたというのは、嘘っぱちなのです。公衆浴場で娼婦のお姉さんに渡したという傭兵の格好をした男のひとは、きっとお昼間に手紙を持ってきたひとと同一人物なのです!」
「そうなると、この手紙に使われている子爵家紋章の刻印は御台さまのものという事になりますねッヨイちゃん」
「ラメエねえさま、黄色はブルカの旗印なのです。捜査と検問の際には、黄色のスカーフを腕や首に巻いた人間を取り調べる必要があるのです!」
「わかったわッヨイ子ちゃん。あなたのママが敵に出し抜かれる間抜けな人間でない事を、証明してみせるわね!」

 新たな情報を得て「じい行くわよ」とすぐにもきびすを返そうとしたラメエお嬢さまを、ようじょは押しとどめて、続きを口にする。

「待ってくださいラメエねえさま。お手紙の内容によれば、街道口の前線方面に向かう補給隊でシェーンさまを連れ出す作戦に出ている事になるのです」
「つまりどういう事かしらッヨイ子ちゃん?」

「謎はすべて解けたのです!」

 北に向かうブルカ街道はエクセル卿の実父アントン爺さんが押さえているし、リンドル往還はデルテ隊と妖精剣士隊が巡回中だ。ゴルゴライの街道口は現在もラメエ配下の衛兵が検問を実施している。

「厳重な非常線が張られている以上は、手紙を持った拉致工作員のなかまがゴルゴライの市壁を出入りするのはむつかしいのです。という事はマリアツンデレジアねえさまは、まだゴルゴライの街中にいる事になります」
「なるほど、ッヨイ子ちゃんは頭がいいわね!」
「さすがッヨイちゃんですね」
「賢くもようじょ、義母さまは無事なのか、無事でいてくれるのか?!」

 ラメエお嬢さまやカサンドラに賞賛されて「えへへ」と少し喜んだようじょだけど、首をガクガクとシェーン少年にされて苦しそうに返事をする。

「そ、そこまではわからないのです」
「謎がひとつも解けてないじゃないか。賢くもようじょ、何とかしろ!」
「く、苦しいょ。これはつまり外に拉致工作員のなかまがいる事を示しているのです。ケホケホ……」

 カサンドラにあわてて止められて解放されたようじょは尚も続ける。
 手紙の指示に従った場合、

「拉致工作員のなかまは、シャブリン修道院に向かう補給部隊の中にシェーンさまを紛れ込ませる作戦なのです」
「おそらくは補充兵士の格好でもさせてやり過ごすつもりだと思うよ、ッヨイちゃん」
「そうであれば外に受け取り先のなかまがいるはずです。リンドル川(手紙にはブルカ川)を使って脱出するとあるので、なかまのアジトはリンドル川西岸流域の新しい占領下にある事になります!」

 ッヨイさまがカサンドラの膝の上でそう宣言すると、ただちに奥さんたちは動き出した。

 拉致工作員のアジトを見つけ出すためには、戒厳令でも敷いて全てのゴルゴライ市街を家探ししなくてはいけない。
 急激な伸長を続けるゴルゴライの街並みは、支配者のアレクサンドロシアちゃんですらも完全に把握しきれていないほどだ。これには時間がかかる。

 そこでけもみみが、手紙の指示にあったトイレから脱出せよという点に注目して、周辺で邂逅を待っているだろう拉致工作員の一味を張り込みする事にした。
 彼らは補給のための輸送隊までシェーン少年を誘導する役割を担っているはずだが、雪が降りしきるいまならば足跡を路面に残してくれるだろう。
 そのまま降り続ければ翌朝にも足跡は隠されてしまうが、今なら間に合う。

 この頃になると事情を知らないのはぐっすり快眠していたアレクサンドロシアちゃんただひとりという有様で、タンヌダルクやモエキーおねえさん、クレメンスまでが加わって一家総出のマリアツンデレジア救出大作戦が開始されたのである。

「いいですかみなさん、シューターさんは言いました。ハーレムは姉妹、ハーレムは家族です!」
「「「ハーレムは姉妹、ハーレムは家族!」」」
「マリアツンデレジアさまを必ずお助けし、シューターさんが留守の時でも、全裸を貴ぶ部族に嫁いだ妻は一致団結して旦那さまの家をお守りしたと胸を張ってご報告しましょう」
「「「はい、カサンドラ義姉さん!」」」

 では行きましょうみなさん、と号令を飛ばした大正義カサンドラに率いられて、サルワタ貴族の戦いがはじまった。
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