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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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357 その頃のゴルゴライ

シューターさん語り、シェーン少年視点でお送りします。

 俺はこのファンタジー世界に、三人と一匹の子供がいると世間に思われていた。
 世間とはつまり辺境のお貴族さまとサルワタ領民たちにである。

 そのひとりは、女領主の姪にあたる賢くもようじょッヨイさまだ。
 外交使節団に送り出される際に、その方が都合がいいというのでそういう位置づけになり、いつの間にか関係者のみなさんから養女の君と呼ばれる様になった。実際の関係は支配魔法で使役されるご主人さまと奴隷だけどね。
 まあッヨイさまは年齢的にも俺の子供でもおかしくないお年頃だから、傍から見たぶんにはおかしくない。

 もうひとりは女領主の義理の息子にあたるギムルだ。
 アレクサンドロシアちゃんと結婚した結果、筋骨隆々の青年ギムルがオマケについてきたわけだが、これは元々サルワタ領主の血筋を引いた人間なので、義息子だが女領主の正統な後継者だと言える。
 本人はとても嫌そうに俺の事を義父上などと呼んでいるが、近頃はそれなりに悪くない関係だ。むかしはよそ者と嫌われたがデレたという事だね。

 最後は御台マリアツンデレジアが後見を務めている、現リンドル子爵のシェーン少年である。
 このお坊ちゃんも義母のマリアちゃんと何の血のつながりもない人物だが、一応はツンデレのマリアの連れ子になるので、世間は俺の義理の息子だと認識しているわけである。愛想のない少年ではあるが義母のマリアちゃんを想う気持ちだけは本物だ。
 今問題になっているのは、このシェーンお坊ちゃまをかどわかそうと画策している連中がゴルゴライの市街に潜んでいる事だった。

 戦時下にも関わらず、いや戦時下だからこそ独特の猥雑(わいざつ)さで賑わっているゴルゴライには、ありとあらゆる人種や職業のひとびとで溢れかえり、秘密の工作に従事する裏道の住人たちが身を潜めるには最適の場所と成り果てていたのだ。

     ◆

「シェーンさま。実はお目通りの願いでがありましてサルワタの売女領主と小汚い村娘、それから騎士修道会の尼騎士を伴った御台さまがお越しになっております。別室にて待たせておりますが、いかがなさいましょうか?」

 ゴルゴライ領内におけるリンドル子爵の生活空間は、新市街にできたばかりの真新しい宿屋を一棟まるまる借り切ったものだった。
 側仕えとして身の回りの世話を担当していたのは、相変わらず糞真面目すぎて役に立たない官憲のホイヤだ。そのホイヤが今日も慇懃無礼かつ空気の読めない態度でその事を知らせてくれたのだ。

「義母さまが僕のところに用事?」
「左様でございます、シェーンさま」

 本当はゴルゴライでも義親子水入らずの生活を期待していたのだけれど、肝心のツンデレのマリアちゃんが迎賓館でハーレム大家族と一緒に生活をしていたため、仕方なくその場所からほど近い宿屋で寝起きする事になってしまった。
 だから公務がある時、あるいはどちらかに用事がある時は互いに行き来する様にしていたのだが。

「あれ、今日は特に諸侯連中と顔を合わせる予定など無かったけれど……」
「追い返しましょうかシェーンさま」
「馬鹿を言うな! 義母さまが僕の顔を見たい時、それが僕が義母さまの顔を見たい時なのだ。応接間にお通ししろ、それとブランデーのセットだッ。……いや駄目だな、アレクサンドロシアお義母さまは身重だから、お茶の用意をしろ」

 くれぐれも失礼の無い様にな!
 予定に無い突然の訪いにシェーン少年は驚いたけれど、それは嬉しい方の驚きだった。
 ところが何も理解していない官憲ホイヤは「追い返しましょうか」などと口走るものだから、血相を変えて少年は命令を飛ばした。

「……それとホイヤ」
「はい、ホイヤでございます」
「その首が胴体と切り離されるのが嫌ならば、アレクサンドロシアお義母さまの前では絶対に売女領主などと言わない事だ」
「ご、ご冗談を……」
「冗談の通じる相手ではないし、ガンギマリーお義母さまも短気な性格だからポーション漬けにされるかもしれない。第一、カサンドラお義母さまを小汚いなんて口にするのは以ての外だからなっ」
「?!」
「と、とにかくそういう事だから。命が惜しければ言葉を慎む方がいいな」

 わかりました以後気を付けます!
 本当にわかったのかわからないのか知れないが、警告を口にしたシェーンの言葉に反応してホイヤは直立不動で返事をする事になった。
 ただちに身の回りの世話をする使用人たちが走り回って、訪ねてきたハーレム大家族の受け入れ準備を整える。
 シェーン少年自身が居住まいを改めて応接室にやって来たところ、すでにくつろいだ様子でソファに腰かけていた奥さんたちの姿が見えた。

「義母さま。今日は盟主たちとの会合の予定などありましたでしょうか?」
「いいえ、そういうわけではありませんのよ。バンダーレンタイン陛下にお願いしておりました特別な金属の手配の事で、ご相談にあがりましたの」
「ああ、全裸の義父上にプレゼントするという鉄の天秤棒の」
「そうですの」

 身重のアレクサンドロシアちゃんだけが少年の姿を見ると鷹揚に手をヒラヒラとさせてみたけれど、御台のマリアちゃんや大正義カサンドラ、それに雁木マリは一応の作法に乗っ取って貴人の礼をしてみせたのである。

「お義母さま方、おはようございます」
「うむ。リンドルに在陣しているバンダーレン王から、数日前に岩窟都市を輸送する便が出たとの知らせがあっての。職人どもと一緒にダアヌ夫人の持ち船を使ってゴルゴライの船着き場まで運び込む予定だそうだ。そなた、ダアヌからは何か聞いておるか?」
「ええと何もまだ、いや職人の手配をするという話はダアヌお義母さまから聞いていました。ホイヤ、ホイヤはいるか?!」

 大きなお腹を優しく撫でながらも、恐ろしい表情で睨みつけられたシェーン少年である。
 普段は顔に表情らしい表情を浮かべない彼であるが、マリアちゃん曰くこの時は見るからに嫌そうな顔をしていたらしいね。

「ホイヤです! お呼びでしょうか?!」

 そこに呼びつけられた官憲のホイヤが、ティーセットを乗せたトレーを持って現れた。
 この戦争で文官が不足していたリンドルでは、新米に過ぎない官憲のホイヤが秘書の真似事の様な事もさせられていた。
 あわててトレーを押してくるものだから、茶器はカチャカチャ音を立てるしポットのお湯もバチャバチャと弾け飛ぶ。
 このファンタジー世界では女がお茶会の仕切りをするのが習わしだから、当然それを受け取るカサンドラの顔がとても嫌そうなものだったのは容易に想像できるぜ。

「ダアヌお義母さまからその後何かの連絡は来ているか?」
「どの様なご用件での連絡でしょうか」
「特別な武器を作成するための鍛冶職人たちを、輸送任務に当たる貨客船に乗せる手配についてだ。あれから何も聞いていないのか?」

 チラリと少年の視線に映り込んだ女領主は、みるみる不機嫌な様相になりつつあった。
 ただでさえ癇癪持ちの激情家である事は諸侯のみなさんも周知の事だ。
 今では自分がその激情家の女領主の義息子という立場なので、シェーンも内心に戦々恐々としていただろうね。
 すると「ああ、でしたら」とティーセットのトレーをカサンドラに押し付けたホイヤが、朗々と説明をはじめるではないか。

「でしたら補充の兵士と武器資材を最優先にするために、後回しでもよいかという内容で、一度連絡が送られてきたと思います。冬場の備蓄が完了するまでわけのわからない新兵器開発など放置でよいのではないかと、ダアヌ夫人には意見具申したと思います」
「?!」

 少年は思った。
 あれほど義父上へのプレゼント品を作るのだから最優先事項だとホイヤには説明したのに、何を聞き間違えたらこんな食い違いの結果になるのか!
 この官憲は役立たずだ。役立たずどころか、自分の足を引っ張る愚か者の類ではないかと。
 ホイヤはこの時出世の道を断たれた。

「従って、待てど暮らせどその職人どもが来る事はありません。ダアヌ夫人は本官の身内筋に当たりますから、シェーンさまが御母堂の怒りを買うのは得策ではないので、上手く取りなしておきました。代わりにトウモロコシの皮が運ばれてきますよ。トウモロコシの皮はトイレの必需品です、これぞ戦略物資」

 褒めてくださいと言わんばかりの満面の笑みに、とうとうアレクサンドロシアちゃんは激高した。

「尻などウォーターボールで綺麗にすればよいわ! お兄ちゃんはもう間もなくにもゴルゴライに帰還するではないか!! それまでに密かに職人を招いてプレゼントの作成をせねばならん。ダアヌ夫人の言う戦略物資というのが、トウモロコシの皮だと?! お兄ちゃんが辺境に並ぶもの無き全裸不敗であるための天秤棒と比べて、どれほど有用なのか申してみよ。ええっ?!!」
「ほいやあああ?!」

 立ち上がるのが億劫な女領主は、剣の柄に手をかけて脅す様な事をする代わりに、拳を力いっぱい握りしめて魔力を集中させた。
 途端に応接室の空気が乾いたものになって、テニスボールほどの火球が現出するとホイヤは腰を抜かす。

「あのう、アレクサンドロシアさま。あまりお怒りになると、お腹のあかちゃんに障ってしまいます」
「そ、そうね。この不愉快な顔の男が言う事も一理あるのも間違いないし。あ、あたしたちのお願いはあくまでも家族の中でのプライベートなプレゼントについてだもの」
「しかしあれですのね。トウモロコシの皮は確かにゴルゴライで不足しておりましたものね。人口が増えて数が足らないと、諸侯の方々も仰っておりましたのよっ……」

 あわてた大正義カサンドラや雁木マリが取り成したところで、女領主も「むむっ」と唸って引き下がったらしい。
 産まれたてのファイアボールは行き場を失い、応接室の暖炉の中に吸い込まれ、パチパチ燃えていた薪を四散させてシェーン少年を驚かせたのである。

「義母さま、ただちに職人どもには陸路での移動を手配する様にします。ホイヤ、すぐに手文庫を用意して武装飛脚の手続きを! ホイヤ、ほ、ホイヤ?!」

 ホイヤは腰を抜かした後その場で気を失って失禁していた。
 役立たずの官憲と言えどリンドルの雇った人間だ。咄嗟に呆れ顔をしていたツンデレのマリアちゃんが助け舟を出して、指示を飛ばすのだ。

「もうよろしいですのよシェーンさま、そちらの手配はわたしがやっておきますの。それよりもみなさん、ブルカ辺境伯さまの移送の件を話しておかなくてもよろしくって?」
「む、そうであったの。今日の本題はそちらであったか」

 興が削げたので茶はいらんと断りを入れた女領主がカサンドラに指図をした後、居住まいを改めて緊張の面持ちでいた少年を睨みつけた。
 まあ睨みつけた様に見えたのは恐怖心の塊になっていたシェーンだけだろう。これぐらいは不機嫌な時のアレクサンドロシアちゃんの顔である。

「シェーン卿。そなたの祖父であるところのオレンジハゲについてだが、この度ドラコフ卿やベストレ卿らと話し合った結果、サルワタの本領にあるわらわの城に、改めて移送する事が決定した」
「お、お爺さま、いやミゲルシャール卿を?」
「そうね。現在、盟主連合軍側の領域でもっとも安全かつ警備が行き届いている場所は、サルワタの湖畔にあるお城しかないという結論に達したのよ」

 この冬にオレンジハゲ奪還の秘密工作部隊がゴルゴライに侵入する可能性も無くはない。
 ツジンはそういう事を日常的に仕掛けてきた人間だし、戦略要衝とは言っても敵側の領域にほど近いこの場所に、いつまでも監禁しておく事は得策ではないと考えたのだ。
 しかしベストレやオッペンハーゲンに移送するには距離があり過ぎるので、万が一の事もあり得る。
 サルワタならば騎士修道会と女領主に臣従した野牛の軍勢に守られて安全に移送できる。

「それにサルワタの冬は厳しいのでな、いったん降り積もった雪が解けるのは春を迎えるまで先の事だ。この中をあのオレンジハゲめを救出してブルカまで連れて行くのは不可能に近い」
「もともとブルカ辺境伯の移送を中止していたのは、シェーン卿。お前との面会をさせるための一時的な処置だったものね」

 何もない断崖絶壁の上で腕組みをしてみせた雁木マリは、あらましを説明しながらシェーン少年に言って聞かせた。

「どうするの子爵。冬の厳しさが酷くならないうちに出立するけれども、面会するのならば今から急いで手配するわよ」
「シェーンさま。今のうちであれば最後にブルカ伯と面会する事ができますのよ。いかがなさいますの?」
「い、いや。僕はブルカ伯と血の繋がりこそあるけれど、未練があるわけではない。あくまでもこのリンドル子爵シェーンの義母は義母さまであり、義母さまの子は僕だ。自分が盟主連合軍のリーダーである事は自覚しているつもりです。お義母さま方!」

 マリアちゃんが優しく手を差し伸べてみると、毅然とした態度で少年はキッパリ断りを入れた。
 仮初めであっても自分が盟主連合軍のリーダーである事。
 それから自分の行いがゴルゴライに在陣している諸侯のみなさんにどう見られているのかは、十三歳の彼にだって理解できていたのだろう。
 自分が未練たらたらの態度を示していれば、盟主連合軍総指揮官のマリアツンデレジアの権勢に何かしら一点の曇りを作るかもしれないと。

「まあそれに、あの男もポーション漬けで今は廃人同然の有様だものね。仮にも辺境の旗頭だったお爺さんの哀れな姿なんて、お前も見たくないでしょう。わかったわ」
「では予定通り、わらわが城へ帰還する際に移送させるとしよう」

 オレンジハゲは大切な政治の道具であるから、しっかり冬を越してもらわなくてはならん。あっはっは!
 女領主はその場でお腹をさすりながら哄笑してみせると、雁木マリの手を借りて立ち上がり応接間を退出していったのである。

「お義母さま方のお帰りだ、宿の玄関までお送りしろ!」
「ははい、ただちにっ」

 意識を失ったホイヤとは別の使用人を呼び出して、少年は家族のみんなを送り出す。
 いい子ですのね、などとマリアちゃんに頭を撫でられて少年も悪い気はしなかったらしいね。

「あのう、シェーンさま」
「何でしょうかカサンドラお義母さま」
「本当にこれでよろしかったのでしょうか……」
「いくら血の繋がりがあるとは言っても、所詮これまで触れた事もない他人だった。義母さまとどちらを取るかと聞かれれば、当然義母さまを取るのが僕の偽らざる気持ちさ」

 退出していく俺の奥さんたちを見送っていたシェーン少年と、最後まで残っていたカサンドラがそんな会話をしたのである。

「……それでしたらそのう。わたしもシェーン子爵の血の繋がらない母のひとりには違いありません。もしもマリアツンデレジアさまにもご相談できない様な悩みがある時は、いつでも仰ってください。みなさんの様に高貴な身の上ではないわたしですけれども、少しでもシェーンさまのお力になれる様にしますので」
「お、お義母さまのお気持ちだけで十分です。僕はたくさんのお義母さまに恵まれて、幸せ者です!」

 この時とても辛そうにしているシェーンお坊ちゃまの顔を見て、大正義カサンドラは少年の肩を抱いてやったらしいね。
 そんなクソガキにサービスする必要なんてありません!
 などと心の狭い事を俺は言うべきではないだろう。この後に義息子シェーンに与えられた試練と決断は、苦しいものだったのだからな。

「カサンドラ、何をしておるか! 馬車が表まで見えておるぞッ」
「はい、アレクサンドロシアさま。直ちに参りますので!」

 遠くから女領主の叫ぶ声が聞こえて、カサンドラは踵を返した。
 少年は直ぐに身を放して貴人に対する礼をしてみせると、大正義奥さんを見送ったのだ。

「血の繋がりなんて糞喰らえだな。僕はこんなにもたくさんの義母さまたちに恵まれている」

 苦手な義母たちもいるけれど、優しい年上の義母たちに囲まれて今のシェーン少年はそれなりに幸せだったのかもしれない。
 まだこの時は……
シェーン視点だと、ヒロイン全員ママ!
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