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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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356 死せる坊主、生ける全裸を走らす

いったん投降後、全体に加筆をしました。
 トイレを済ませ領主館の外に出てみれば、横殴りの吹雪が容赦なく俺の頬を叩きつけた。
 こりゃ酷い天候である。
 玄関口に止められていたボロい幌馬車の中から、不機嫌そうなニシカさんが「遅いじゃねえか」と怒声を浴びせかけてきたみたいだ。
 けれど、それすらも吹き遊ぶ風にかき消されてよく聞こえない。

「……すいません、ちょっとトイレが混んでいたもので!」
「ああん、何だって?」
「トイレが渋滞してたんですよ! うんこ、うんこ待ちです!!」
「つべこべ言わずにさっさと乗り込んでおくれよ! このままだと雲行きがますます酷い事になるからよ、昼間のうちにアナホールの村までは到着しとかないといけないぜッ」
「婿殿、出発しますわよ!」

 軍馬に跨った蛸足麗人に促されて、荷台から身を乗り出していたニシカさんの手を借りて中に乗り込む。
 続けてニシカさんがけもみみの手を取って引き上げたところで、彼女がギョっとした顔を見せるのである。

「げっ、マイサンドラ……」
「何よ鼻たれ、早くわたしを引き上げなさいよね」
「…………」

 無言でマイサンドラを引き上げたニシカさんを見届けると、馬上で待機していたカラメルネーゼさんが剣を振り回して出発の合図を送った。

「全員乗り込みましたわね! 移動開始しますわよッ」

 前線視察を終えた俺たちは、これからゴルゴライに向けて帰還する予定である。
 イジリーまで戻ってくるギムルとは道中入れ違いになるだろうか。
 当初の予定では、何事も問題が無く終了していたら三、四日の行程だったはずだけど、イジリー砦の攻略に参加している間に冬の厳しさはますます酷いものになりだして、この有様だ。

「よし出発だ! 車列前進ッ」
「馬車を走らせろ、聞こえているか前進だ!!」

 ゴルゴライを出立する時は全員が軍馬に跨っての移動だったが、ッヨイさまがソープ嬢にかけたいにしえの禁呪が解けてしまった今ではそれが叶わない。
 この吹雪の中で徒歩で引き返すなんて酷すぎるし、時間がかかり過ぎる。
 ちょうど物資を満載した補給部隊が到着していたので、帰りはこれに便乗する事になったのだ。
 連れてきた馬たちは、警備のために騎乗で移動するカラメルネーゼさんに預けている。

 ありがとうございます。ありがとうございます。俺は女神様のお導きに感謝した。

「お、おいどういう事だよ相棒。何でマイサンドラが馬車に乗り込んで来たんだよっ」
「そりゃゴルゴライに一緒に帰るからにきまっているじゃないですか」
「だってマイサンドラは、カリッカの敵陣地に張り付いていたんじゃねえのか?」

 とても嫌そうな顔をしたニシカさんが身を寄せて、俺にそんな言葉を耳打ちした。
 幌馬車の中で少しでも居心地のよさそうな場所を見つけると、マイサンドラは相変わらず横柄な態度でそこに腰を落ち着ける。
 いつだって自信満々のニシカさんを鼻たれと呼べるのは師匠のマイサンドラぐらいのものだ。
 ついでに、誰に対しても傲慢扶桑な彼女に圧倒されたのか、隣に座られた男装の麗人やソープ嬢も少しだけスペースを空けて場所を譲ったりなんてしている。

「閣下は確かにツジンの暗殺をお命じになられましたよね。という事はマイサンドラさん、暗殺に成功したって事になるのかな? どうなんですか閣下」
「いや、俺もトイレでばったり顔を合わせたばかりだから、報告を聞くのはこれからだしな……」
「マイサンドラさんはうんこをしていたよ」

 悪路の中をガタゴトと動き出した荷台の上で、女魔法使いが向かいから身を寄せてきた。
 俺がそう説明すると、なるほどですとマイサンドラをチラチラみながら返事をする。
 すると俺たちの視線が自分に集中している事を理解したマイサンドラが、ニンマリと口元を歪めながら口を開くじゃないか。

「イジリーの砦は無事に陥落した様だね」
「砦を攻め滅ぼすのはかなり苦戦を強いられましたよ。結局、決死隊を中に送り込んで味方を引き入れる他は無かった」
「どうせ旦那が中に入って暴れたってオチだろう? いつもの事じゃないか。それと木偶の坊のギムルも上手くシャブリン修道院まで退避して、ツジン郎党の襲撃を回避する事ができたんだって?」
「ギムルさんについては仰る通りだ。決死隊を送り出す前に、拉致専門の工作員みたいなのが砦の夜襲と連携して襲撃してきたんですよ、総指揮官の彼を狙ってね」

 それでギムルを後方地にあたるシャブリン修道院まで後退させたのは周知の通りである。
 野牛の供回りを付けて警備万全の状態にしておいたので、以後ツジンのちょっかいを受ける事は無かった。
 そのギムル一行とは、おそらくブルカ街道を東進する俺たちとどこかですれ違う事になるだろう。

「なるほどそれで合点が行ったわ。だからツジンも、ギムル以外の人間を次の標的に考えたというわけね」
「というと……?」
「旦那も見ただろう。カリッカの不思議な建物の側で売春婦の格好をした女がいたのを」
「ああ確かに。兵士の慰み者だか、娼婦に化けた工作員だか、どうたらこうたら言っていたひとですね閣下」
「そうだった。ツジンの性格を考えると娼婦のはずがないとか言い合ってたな」

 俺と女魔法使いが顔を見合わせたところ、マイサンドラが激しく揺れる幌馬車の中で大きく頷いて見せるではないか。
 不思議な丸い建物の中に侵入を試みたのだけれど、と彼女は言葉を続ける。

「密談の内容を聞いてみたら、あの女。娼婦の姿をした工作員の元締めらしいわね。手下を娼館に送り込んで情報収集だか工作活動だかをやらせようとしていたみたいだわ」
「すると前線の娼婦たちは、その女の息がかかった連中だって事になるのか? だらしねぇ男どもが騙されない様に、警告を出した方がいいんじゃねえのかシューター」

 荷台の揺れに合わせて激しくドッヂボールを暴れさせるニシカさんが、俺の方を向いて意見具申した。
 けれどもすぐにそれはマイサンドラによって否定される。

「いいや、女の手下はどうやらゴルゴライの娼館に潜ませているらしいわよ。ギムルの旦那が警備厳重に守られているのなら、かえって警備が手薄な人間を拉致するチャンスだみたいな事を言っていたわ」
「ゴルゴライですか! ご主人さま、確かに新市街地には多数の娼館が軒を並べておりますし、現在は盟主連合軍の諸侯も在陣して、中には有力者の娼館利用者もいるはずです」

 驚いたのは情報収集チームを率いている男装の麗人だ。
 財布の紐を緩くして、娼館に入り浸っている人間はいくらでもいる。
 マタンギ領主のデルテ夫妻は配下の騎士が借金を抱えて破産するまで通っていたし、どこかで聞いた話だとベストレ男爵の弟さんも常連のひとりだったはず。

「古来より女を使って情報収集するのは常道です。外で馬車列の警備にあたっているカラメルネーゼ奥さまも、味方のお貴族さまを監視するために教育を施した奴隷娼婦を娼館に送り込んでいるぐらいですからね」
「確かに気を許しているお貴族さまがいてもおかしくはないか。そうかゴルゴライの娼館が拠点だったか……」
「しかし貴族である以上は恥も外聞もあります。爵位持ちの諸侯が娼館に出入りしているという情報を、自分は耳にしておりません」

 では誰を拉致のターゲットに連中がしていたのかと改めてマイサンドラに視線が集中すると、

「連中が相談している話を聞いた限り、シェーン子爵を拉致するつもりだったらしいわよ。そのお貴族さまは確か盟主連合軍の旗頭、つまりリーダーなのよね? 」
「ターゲットはあの義母ちゃん大好きのクソガキかよ?!」
「何も娼婦の相手をしなくっても、拉致する方法はいくらでもあるわ。娼館をアジトにして密かに街の中でひとさらいする方法だってあるでしょう?」

 マイサンドラの言葉にニシカさんが素っ頓狂な声で驚いたが、この場にいた全員が同じ気持ちだ。
 娼館で酔客が揉め事を起こすのは日常茶飯事だと言うし、少々館内で暴れる事があっても警備の兵士が見過ごしてしまう事だってあるかもしれない。

「シューターさん、シェーンくんがポーション漬けにされてツジンの傀儡になってしまうかもしれないよ」
「そうなったら盟主連合軍のリーダーが敵に寝返る事になるぜ。どうすんだよ相棒」
「……ブルカ伯を取り戻すための人質交換の材料というわけですか。大義名分が失われれば、盟主連合軍の存在意義が空中分解してしまう事になります」
「これはもう、おちんぎんどころの騒ぎではなくなってしまいますね閣下」

 そんな事は言われなくてもわかってるよ!

「そういう事だから、念のためにゴルゴライには連絡を飛ばしておいた方がいいわよ」
「ほ、他に彼らは何か言っていたか?」
「そこまで聞き届けたところでツジンの部屋に突入したから、先の事はわからないわ」

 いや、それだけ情報が分かったのであれば対策はできる。
 子爵さまのシェーンが独りでフラリと街中を歩き回るというのはありえないが、警備手薄の中を襲われる可能性はある。
 何しろリンドル領軍は弱兵の代名詞だ。鷹狩の趣味が興じて早撃ちシェーンなどと呼ばれていたが、しばらくそういうのは我慢してもらえば、敵に余計なチャンスを与えなくて済むな……

 そんな思案を俺が巡らせていたところで、マイサンドラがあわてて口を開く。

「待ってちょうだい。旦那の肝心な暗殺命令だけれどもね、」
「そうだツジン。あいつの暗殺はどうなったんだ?!」
「ツジンには毒を仕込んだ二本のナイフを投げつけたわ。どちらも確実にあの男の体に刺さったのは確認したけれど、その後毒が回って死んだかまで確認する余裕は無かったのよ」
「つまり死んだかどうかまでは、わからないと……」
「ええ、結論から言えばそういう事になるわ」
「「「…………」」」

 重苦しい空気の中で俺たちは押し黙ってその言葉を聞いていた。
 するとその毒に何か思い至ったのだろう、ニシカさんが身を乗り出して質問をする。

「……マイサンドラ、使ったのはいつものあれか?」
「ええそうよ鼻たれ。お前も狩猟道具の中に持っているでしょう」
「じゃ、じゃあ普通に考えればツジンとかいう似非賢者は死んでいて当然だぜ。暗殺成功って事で、いいよな?」
「相手がツジンじゃなければわたしもそう言い切るけれど、こればかりは自信がないわ」

 確かにあいつは妖怪じみているが、毒ナイフを二本も突き立てられて死ななきゃ本物の妖怪という事になる。

 使用されたのは、ワイバーンを仕留める際にも使われる神経毒の一種らしい。
 原材料が何かまでは知らないが、普通の人間ならばかすり傷でも体が痺れる強力なもので、実際に同じ毒を塗った兵士のひとりは、暗殺任務でトーチカ要塞の中に侵入した際に泡を吹いて倒れたらしいからな。

「威力のほどは確実だが、見届ける時間と余裕は無かったと……。単身でそこまでやったのだから十分だ。いや、よくやったマイサンドラ」
「その言葉は本当にツジンの死が確認された時に受け取ってあげるわ。それまでまだわたしの復讐は終わったとは言えない……」

 俺は労いの言葉を口にしたけれども、マイサンドラはそれを素直に受け取らなかった。

 確かにここでツジンが確実に死んだとなれば、ブルカ辺境伯軍にとっては大きな痛手になるはずだ。
 王都中央や辺境の軽輩領主を相手に政治工作や攪乱作戦を指揮していたのは、だいたいツジンの差し金である事はわかっている。
 そしてブルカ辺境伯であるオレンジハゲ本人も俺たちの元で監禁されている以上、敵に残された有力者はオレンジハゲの嫡男にあたるフレディーマンソンだけという事になる。
 だがそれもシェーンお坊ちゃまが拉致されてしまったら前提が崩れるな……

「とにかく今はゴルゴライに警告を送る方が優先だ。手遅れになる前に連絡を飛ばす方法を考えなくちゃな!」

 俺がそう言葉を発したところ、その場にいた全員が首肯してくれた。

「伝令を飛ばすか魔法の伝書鳩を飛ばすか、どちらがいいだろう」
「愛しいひと。先ほど補給部隊の兵士に聞いたところ、シャブリン修道院にはすでに魔法の伝書鳩が運び込まれていたというぞ。あれはこの天候でも空を飛ぶ事はできるのか?」

 ソープ嬢の言葉を聞いて、すかさずエルパコが幌付き荷台から身を乗り出して外の天候を確認する。

「シューターさん、この雪はしばらく降り止みそうにないと思うよ! 地形が見えないと鳩も迷子になってしまうかもしれないねっ」
「調教された魔法の伝書鳩ならば多少の天候不良でもたどり着く可能性もあります。ご主人さま、ここは伝令と魔法の伝書鳩と両方を飛ばしておくのがよろしいかと」
「ベローチュ、街道沿いに伝令を走らせたらどのくらいかかる?」
「馬術巧みな者がリレー形式で馬を乗り潰すのであれば、夜半には! ただ、自分には自信がありません……」

 魔法の伝書鳩が先に到着して無駄足になるかも知れないが、念には念を押しておくに越したことはない。しかもシャブリン修道院に到着するまでは、およそ一刻(二時間)以上も馬車が弄ばれ続ける事になる。
 雪原の中で馬を走らせるのは相当に至難の業だ。
 例え妖精剣士隊出身のベローチュであっても難しいというのだから、外で馬たちを連れているカラメルネーゼさんでも難しいかもしれない。ふたりは女性のわりにがっしりとした体格をしているし、カラメルネーゼさんは蛸足のぶんだけ重たい。
 それならばと、俺は男装の麗人の助言を受け入れて馬術巧みで身軽なけもみみを送り出す事にした。

「頼んだぞエルパコ、男は黙ってツーリングだッ」
「わかったよ。この事を御台さまとシェーンくんに伝えればいいんだね!」

 揺れる馬車の荷台から飛び出したけもみみは、そのままカラメルネーゼさんが引率していた馬たちの一頭に跨ると、そのまま馬上のひととなって街道を東進した。
 ほぞを噛むというのはこういう事を言うんだろうか。マジで間に合わなかったら最悪の事態になるぜ。

「毎度ツジンが関わるとホント碌な事が無いなおい!」
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