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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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355 束の間のお茶会です


 当初、俺たちがゴルゴライを発って戦場視察に出発した目的は、この冬の季節のうちに新たな施策を賢くもようじょが打つための情報収集だったはずだ。
 女領主にとっても、眼に入れても痛くない後継者たる義息子のギムルの戦況を知るという目的もあった。

「――それがまさか、イジリー砦の攻略にまで参加する事になるなんて思わなかったぜ」

 砦に立て籠もっていた難民の解放と、一応の防備を改めて固める事ができた後、俺たち戦場視察の一行はイジリーの村にある村長屋敷にやってきてようやく人心地を付いていた。

「まさに幸甚の極みでしたね。ご主人さまがこの場におられなければ、冬の戦争はもっと長引いて、ともすればツジンという悪の賢者によって戦場をかき乱されていたやもしれません。当然そうなればギムルさまの御身もどうなっていたか知れず、今頃は身重のアレクサンドロシアさまがご出馬をすると大きな騒ぎになっていた可能性すらあったのです」

 応接セットを囲む俺たち家族の中で、ポーションティーを口に運びながらそう言ったのは男装の麗人である。
 もはや前線視察のために隠密行動をする必要がなくなったので、堂々と占領下にある領主館でお茶を楽しめるのはありがたいことだ。

 すると普段の灰色のローブを脱いで部屋着姿でくつろいでいた女魔法使いが、柑橘の切り身をひとつ咥えながらこんな質問をする。

「ギムルさんが敵の手に奪われたとなれば、どれぐらいのおちんぎんを積んだら人質解放してくれる事になるんでしょうね。ちなみにはわたしはオルコス五世金貨五〇枚の借金を閣下に肩代わりしていただきました」
「お前ぇの話なんて聞いちゃいねえんだよ。だいたいその借金だって、女領主さまのご命令でチャラになったんだろう?」
「そ、そうですけど。いいんですかね、ブロッケン領主さまにちゃんと送金しなくても……」

 ニシカさんの言葉ではないが、確かに領主奥さんはブロッケン子爵だかに貸しがあるらしく、金輪際女魔法使いは借金を返済しなくてもよいみたいな事を言っていたはずだ。
 本当にそんな事が許されるのかどうか知らないが、まあ戦争が始まってしまったのでそれどころではない。

「婿殿、わたくしたちの側にはブルカ辺境伯をはじめとするブルカ側有力諸侯の身代が戦争捕虜として多数存在していますわ」
「するとこういった場合は身代金の支払いや人質交換をするのが常道というわけか」
「そうですわね。例えばそれがブルカ辺境伯のおハゲさんを人質解放する際に身代金として要求されるかについて、実際わたくしを交えて主計官のモエキーさんやドロシアさん、それに御台さまやドラコフ卿を交えて予備交渉を行った事がありますの」
「ほう、その話は自分も初耳です」
「いったいどれぐらいの身代額になるんだ?」

 蛸足麗人が優雅にティーカップを触手で持ち上げたところ、男装の麗人と俺は身を乗り出して質問をした。

「オルコス五世金貨二〇〇〇〇枚相当という話でしたけれども」
「に、二万! わたしの借金の四〇〇倍ですね閣下!」
「それだけあれば上等な酒が樽ごとどれだけ買い込めるか知れねえ。いやむしろ酒の蒸留所ごと手に入れて、毎日オレ様だけのために酒を造らせる事だってできるんじゃねえのか?」

 すさまじい身代金の額を耳にしてこの場にいた家族のみんなは眼を白黒させた。
 しかし地下ダンジョン暮らしが長かったソープ嬢と、天井の染みでも数えていたらしいけもみみ奥さんだけはその埒外の反応だった。

「カラメルネーゼ奥さま、ちなみにその金額の設定根拠とはどういう事なのでしょうか。後学のためぜひ自分にもご教授願えませんでしょうか」
「い、一生かけても稼げないおちんぎんですね……」
「要は簡単ですわよ? 国家とは国王そのひとの権力、実力に付帯する存在である様に、領地や爵位もまた支配者にこそ価値を見出すものなのですわ」

 その理屈については、以前も領主奥さんやようじょによって教わったことがあった。
 金貨の肖像にもなった前国王オルコス五世陛下そのひとも、自分こそが次の王に相応しい事を臣民に知らしめるため、何とかという隣国に攻め寄せて要塞都市を攻略した事があったぐらいだ。

「なるほど。確かにブルカ辺境伯あってのブルカ同盟軍と言えますし、ブルカ伯が捕虜となって以後、敵の統制はまともに取れているとは言えないかもしれません」
「シャブリン修道院での決戦は敵味方すさまじい被害を出したからなあ。リーダーを失って敗走した同盟軍も、オレたちに反撃をする余裕なんてないだろうぜ」
「そうですわ。それは季節が冬を迎えたからとばかり言えませんわねえ」

 うふふと笑って返事をして見せた蛸足麗人は、ポーションティーを口に運んで満足げな顔をしていた。
 一大のカリスマを失ったブルカ辺境伯軍のみなさんの動きは鈍い。
 しかしそれはそれとして、オルコス五世金貨二〇〇〇〇枚などという数字は、現実的でない。

「カラメルネーゼさん、その数字はいくら辺境最大の経済力を持つブルカ辺境伯領でも支払い不可能なんじゃ……」
「そうなりますわね。もし仮にその要求を呑んだ場合、何十年にもわたって借財を背負う事になります。だからドラコフ卿などは返す意思がないという意味でこの数字は妥当だと判断なされておりましたし、ドロシアさんはおハゲさんの身柄を王都に引き渡して、政治の道具に使う方が有効だと考えておりましたのよ」

 当然そんな事をさせるつもりがないツジンとその一味が、必死になって人質交換が成立する人間を拉致しようと考えていたわけである。
 つまりそれが後継者のギムルという事になるかな、フム。

「まあ確かに、うちの領主奥さんはギムルの事を非常に可愛がっているし、自分の後継者指名を明確にしたぐらいだからなあ」

 そんなボヤキを口にしたところ、

「……異な事を仰いますわね? ドロシアさんの後継者はお腹に授かった稚児ではありませんの?」
「違うよカラメルネーゼさん。サルワタ貴族の正統な後継者は、シューターさんと義姉さんの血筋を引いた子供じゃなくちゃいけないよ」
「じ、自分はどなたが後継者となっても忠節を尽くすまでです!」
「愛しいひと、こういう場合は考えられないか。アレクサンドロシアさまとの間に生まれたお子が女児であった場合、ギムルどのと結婚すればこれは正統という事になるぞ」
「ハァわたしとしては、後継者さまがわたしにおちんぎんをちゃんと払ってくれるかどうかが重要です……」

 口々に好き勝手な事を並べだした家族のみなさんを見ていて、呆れた顔をしたニシカさんが一括する。

「ばっきゃろう! そんな事は当人同士が決める事だ。領主さまとシューターと、それからカサンドラが話し合ってな。戦争も終わらないうちから皮算用なんてしてるんじゃねえ!!」

 ごもっとも。
 ニシカさんに助けられる格好でみんなは閉口した。
 ちなみに俺が聞いている限りでは、アレクサンドロシアちゃんはギムルを後継者と考えているので間違いない。
 正当なサルワタ貴族の次代を継がせるために、彼女は身重の今でも頭を悩ませて何とか生き残りと独立を賭けてどうにかしようともがき苦しんでいるのだ。

 そんな押し黙ってしまった家族を見回して俺が何か気の利いた言葉を口にしようとしたところで、先日の戦いでボロボロの姿になり果てていたエクセルパークさんが姿を現したのである。

「お茶会にお呼ばれして顔を出したのですが、どうやらお呼びではなかった様だね……」
「いやいや、気にする事は無いのでぜひお茶会の輪に加わってくださいよっ。ベローチュ、ただちにエクセルパーク卿に滋養強壮に良いハーブティーを淹れて差し上げなさい」
「わかりましたご主人さま。マドゥーシャ、ただちにポーションの原材料を持ち寄りなさい。エクセル卿はまだお体の様子が優れない様だから、体の温まる安寧な心を得られるものを」
「はいお待ち!」

 ただちに男装の麗人から女魔法使いに命令が下達されて、ふたりの奴隷がせわしなく動き出す。
 このメンバーの中では俺や蛸足麗人と並んで高貴な身の上の方であるから、エクセル卿の席はニシカさんが譲る格好で席をひとつ空けた。

「どうやら後継者はどうのとお話をされていたみたいだけれど、まだ義姉上のお腹の子が産まれないうちから、きみの家族はきな臭い事になっているのかい?」
「と、とんでもない。ウチはカサンドラが家族の内向きの統制は握っているので、お家騒動なんて事には絶対にならないですよ」
「そうか、なら別に問題は無いけれど。僕は何かあった時には必ず義姉上の側に付くという事をこの場で宣言しておくよ」

 身を寄せたエクセル卿は小さな声でそんな言葉を口にした。
 血の繋がりは無いにしても、彼は領主奥さんの前の前の旦那の弟だから当然か。
 こうして見れば、彼も領主奥さんに一種の憧れの様なものを抱きながら幼少期を過ごした節がある。そのあたりはギムルと似たり寄ったりなので、もしかするとその辺りもギムルと彼がいい関係性を築いている理由なのかも知れないね。

「そういう心配は無いだろうぜ。シューターは無欲な男だから自分のこれはという子供を無理やり後継者にしようとなんかしないし、カサンドラもあれでこの男と似たもの夫婦だ。そんな事よりは手前ぇは自分の結婚を心配した方がいい無ねえのか?」

 齢が下のギムルにまで先を越されて、お貴族さまが独身というのも笑えんだろう。ん?
 ニシカさんがニヤニヤと下世話な顔をして、俺とエクセル卿の肩に腕を回してそう言ったのだ。
 すると弾ける様な爆乳が接近して、事実肩を寄せられると俺たちの顔の前で弾け暴れた。
 こ、こら。よその男性にサービスするんじゃありません!

「ぼ、僕の事はこの際どうでもいい! それよりもシャブリン修道院に下がったギムルくんをこちらに呼び戻す算段は、どのタイミングでするのかを決めておかないと……」
「ンだよ。どうせ手前ぇは領主さまに惚れていた癖に、まごついている間にシューターに先を越されたから癪に触っているだけなんだろう?」
「ちっ違います。ニシカ夫人それは誤解だ。確かに義姉上には尊崇の念を持って接していたけれど、それはそれだ。僕にはこれと心に決めたひとがいるからな!」

 いるのかよ。
 俺とニシカさんは互いに顔を見合わせて、意外な展開に驚いてしまった。

     ◆

 シャブリン修道院で待機していたギムルからイジリーへの移動を知らせる伝令が届けられたのは翌日だ。
 現在はサルワタ猟師のチームが散開して周辺でツジンの郎党がおかしな動きをしていないかを監視中だったし、同時にカリッカのトーチカに張り付いているマイサンドラは、ツジン本人の暗殺機会を狙っているという状態だった。
 何かおかしな兆候が見られれば、それはイジリー領内の俺たちのところに届けられるはず。
 もしくはマイサンドラがツジンを仮に暗殺できる様な事があれば、それこそいち早く報告に姿を現すはずなのである。

「俺たちもギムルさんがイジリーに帰還するのならば、そろそろゴルゴライに戻らなくちゃならないね」
「そうだね。しばらく義姉さんたちの顔を見ていないから、ぼくとっても寂しい気持ちになったよ。お腹のあかちゃんの様子も気になるしね」

 けもみみは俺と連れションをしに便所へとやって来た。
 街道沿いの村であるからサルワタの開拓村よりいくらか文明的で、トイレをするために専用の仕切りがあるのが素晴らしい。
 しかしわざわざひとつの糞壺をふたり同時に利用するのもおかしいだろうと俺は思うわけである。
 けもみみは一緒に行動する事が大切だと思っている節があるらしく、俺が便所に行くとなれば「ぼくも行くよ」と必ずと言っていいほど付いてくるから困ったものだね。

「少し眼をはなしていると、どんどん大きくなってくるんだ。きっとシューターさんの血を引いているからハンサムになると思うよ」
「女の子かも知れないだろう。そこはまだわからないぜ」

 ふたり並んでズボンのベルトを緩めたところで、突然俺の勘が誰かが気配を消そうと必死になっていると告げたのだ。
 こういう時、気配を消して用便をしているのはニシカさんだったりするのだが、どうやらけもみみがハっとした顔で勢いよく便所の扉を開いたものだから別の何からしい。

「ちょ、何なのよあんたたち?! ひとが久しぶりに落ち着いて用を足しているんだから、ジロジロ見ないでよねっ」
「ま、マイサンドラさん?!」
「このひとニシカさんの師匠だよね?」
「それよりここにあんたがいるという事は、ツジンはどうなったんだ?!」

 そこには髪の毛をぼうぼうに散らかしたマイサンドラが、しゃがんだまま不機嫌顔をしている姿があった。生きとったんかワレ?!
 今回は弟子の方ではなく、師匠の方でした。
 とにかく詳細を知りたい俺が身を乗り出したところ、とても嫌そうな顔をして俺たちふたりを見上げて来るではないか。

「わたしは見られると落ち着いてできないタイプなのよ!」
「シューターさん、このひとうんこをしているよ」
「そ、そうだよね」
「何なのよこの夫婦、いいからあっちに行きなさいよ。シッシ!!」

 俺たちは丸めたトウモロコシの皮を投げられて、すごすご退散した。
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