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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 白雪の暗殺者 後


 咄嗟の判断で体当たりをしてきた仮面の男によって、わたしは娼婦の格好をした女を巻き込みながらしたたかに箪笥に投げ飛ばされた。
 手に持った短剣を離すほど愚かではなかったが、痛みは壮絶だ。
 そこへようやく剣を振り回せるスペースとチャンスを掴んだ仮面の男が、大きく長剣を振りかぶって襲いかかって来たのである。

「きゃああ、ツジンさま!」

 女は絶叫した。
 それも当然だろう、咄嗟に女の髪を掴んでわたしの身代わりにしてやったのだから、バッサリ斬り伏せられてしまったのだ。

「て、敵襲だ何をしているんだ警護兵は!!」
「うるさいよ死ね!」

 次々にドカドカと床を叩く兵士たちの足音が聞こえてくる。
 潮時だ。
 わたしは必殺の念を持ってこの部屋に踏み込んだ時に、有無を言わさずにツジンだけに狙いを定めて殺しにかかるべきだったのかも知れない。
 その後悔の念が押し寄せてくる中で、反撃に転じた仮面の男と黄色マントに行く手を阻まれて、わずか眼の前にいるツジンの死を確認できない事になるの?!

「殺すな捕まえろ、この女を捕らえてギャー!」
「ひ、ヒルデナンドス?! き、貴様、いったい何者うおっ」

 黄色マントの叫ぶ隙を付いてひと息に脇腹へ深々と短剣を突き立ててやった。
 毒は短剣にも塗ってある、やがてこいつも死ぬ!
 まだ仮面の男が通せん坊をしていたけれど、こいつさえどうにかすればと、焦る気持ちで短剣を振り回したのだが。

「ツジンさま!!」
「おのれ鼠め、ひき肉にしてブチ殺してやるッ」

 吠える兵士たちがツジンの部屋の中に飛び込んできたところで、わたしはもはやこれ以上ここに留まるのは無駄だと悟った。
 懐を探り出して皮の小袋を手にすると、姿勢を低くしながら移動しつつ皮袋を暖炉の中に放り込んでやる。
 囲む兵士たちは何が起きたのかさっぱりわかっていなかった様だけれど、暖炉の中に皮袋がぶち込まれた瞬間に硫黄の粉末が着火した。

「ぎゃああ、眼が眼がぁ」
「逃がすな女はどこだ」
「くそ、剣を振り回すな危ないッ」

 ボウっと一気に爆発的に燃え盛ったおかげで、一瞬だけ部屋の中が太陽が姿を現したように眩しくなった。
 その隙にわたしは体当たりをかましながら兵士のひとりを押しのけて、すれ違い様に背中を斬り伏せて廊下に飛び出してやる。

「敵襲と聞いたが、き、貴様がそのほんげぇぇ」

 問答無用で廊下で顔を合わせた着膨れ防寒具の兵士を殴り飛ばし、そのまま勢い短剣を差し込んでやれば、相手は倒れる。
 ただし短剣の刺さった位置が悪かったのか引き抜けず、かわりに兵士から長剣を奪って逃走した。

「逃がすな、女の暗殺者はあそこだ!」
「ええいもはや殺しても構わん、絶対に逃がす事だけは許さんぞッ」

 不思議な丸い建物や居館の中は上を下への大騒ぎになった様子だ。
 侵入経路と同じ場所から居館の外に出たわたしは、塹壕を飛び越えて転がる様に坂をころげ落ちてから、そのまま森の中に姿をくらまして、太陽が姿を現さない間にどれだけ逃走距離を稼げるかに賭けなくちゃいけない。

 背後からは兵士たちの射ちかけた矢がバラバラと降り注いていた様だけれど、それも明後日の方向だった。
 逃げて逃げて、普段の工作活動や猟師の隠密行の様に足跡を消しながら移動するなんて、そんなまどろっこしいことは一切なしに。
 雪の中をひたすらイジリー方面に向けて逃走したところで、いつしか背後にツジン配下の兵士たちの気配は消え去っていた。

 どれだけの距離をこの足で逃げ続けただろうか。
 装備らしい装備は、全て監視行動中にカリッカの修道院跡地を見渡せるポイントに隠してきたものだ。
 たいした装備を持参していたわけではないけれど、防寒具の類とわずかな携帯食料を捨てるハメになったのは失敗だったかもしれない。

「失敗と言えば。毒の刃をツジンに突き立てる事はできたけれど、死んだ姿までは確認できなかったことね……」

 あのまま残って無駄な抵抗をしながら首を掻き切る事ができたかどうか。
 それで言えばたぶん、不可能だっただろうというのがわたしの実際の判断だった。
 自分は軍事キャンプで工作員としての基礎を学んでいたけれども、戦士としての訓練を本格的に受けたわけではない。
 ありのままのわたしはあくまでもふたりの師匠に学んだ猟師に過ぎず、

「全裸男の様に辺境に並ぶ者のいない武芸者というわけじゃないんだ……」

 そんな言い訳めいた言葉が口からふと飛び出したのは、ツジンの死を確かめられなかった後悔からだったのかも知れない。
 けれど、もうひとつの理由がちゃんとあった。

 わたしはこの耳で聞いたのだ。
 ツジンの目的がギムルの旦那を拉致しようとするもの。
 そうしてそれが適わない状況であるならば、代わりにシェーン子爵を拉致しようというものだ。
 娼婦の格好をした工作員の女は、わたしやシューターの旦那が意見を交わしていた様に、ツジンの命令を受けて娼婦を隠れ蓑にしている人間だった。
 実際は大きな都市に発展しつつあるゴルゴライの中に、娼婦たちを送り込ませているか、自らも娼婦として活動していた女で間違いない。

「確かにゴルゴライにはいくつもの娼館が軒を並べていたからね。その中にツジンの工作員が運営する娼館があっても何もおかしくない。シェーン子爵さまと言えば旦那の義息子にあたる人物か。くっくっく、面白くなってきたじゃないか……」

 短剣とナイフに仕込んであった毒は、ワイバーンを殺傷するために使う神経毒だ。
 飛龍ほどの巨体であればあの程度の量では効果は知れたもので、翼を動かして飛ぶことが不可能になる程度のもだけれども、これが人間ならば間違いなくかすった程度でも胸が苦しくなり、体がいう事を聞かなくなる。
 ツジンがひとでないというのならばともかくも、普通の人間ならば確実に死ぬことは間違いないのだ。

 時刻はいつ頃だろうね。
 オッサンドラ。オッサンドラ、わたしはようやく復讐のひとつを遂げる事ができたよ。
 裏切者のマテルドと、それからわたしを散々にこき使ったツジンの魂を異世界に旅立たせてやった、はずだ。
 その上にギムルの若大将とシェーン子爵を拉致するという報告を持ち帰れば、この上なくわたしは意趣返しをやってやった気分になる。

 わたしはそう自分に言い聞かせる事でどうにか落ち着きを取り戻しながら、イジリー領境に差しかかる林の中を抜けて街道に飛び出した頃合いになって。
 ようやく女神様がわたしの逃げ口を隠してくれる様に空から雪を乱れ散らしはじめたのである。
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