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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 白雪の暗殺者 中


 大地を掘りぬいて造られた幾つかの小部屋に、収容された領軍の兵士どもが固まって寝入っているのが確認できる。
 塹壕通路のあちこちには糧食や薪に矢束が積んであって、いつでも防戦に徹する事ができる構えだけはできている様だった。
 修道院跡地の防備について全体像を知る事はできなかったけれど、わたしは息を殺し、音を立てない様静かにその中を移動しつつも、つぶさに観察を続けた。

「糧食の蓄えが気になる。ツジンさまは精神力があれば何ら問題ないと仰っておられたが、カリッカの兵士どもはそうもいくまい」
「日頃からまともな飯を食っていないのではそれも当然だ。この冬は特に動員されて、収穫もままならんかったからな。痩せたあの兵士を見ていると勝てる戦も勝てるかどうか……」

 またどこかから別の会話が聞こえてくる。
 どうやら不思議な丸い建物の中で、男たちが密かに言い交している様だった。
 奥にある居館の側まで近づくにはここを通過する必要があるのかしら。
 あまりウロウロしていると、不寝番に就いている兵士とばったり遭遇するかもしれない。
 わたしは不思議な建物の入口を覗き見しながら、様子を伺った。

「イジリーが落ちたという噂が事実なら、売女騎士の軍勢も次はカリッカを攻め落とす事になるのか」
「わからん。わからんが、それほど連中も兵士に余裕があるとも思えないんだよなあ。所詮は軽輩領主の寄せ集め軍隊だから、統制もまともに取れていないという事だぜ」
「だといいがな。とりあえず冷めないうちにスープを飲み切ってしまおう。酒の支給は無いのか?」
「酒は駄目だ。ツジンさまがおられるので、飲み水替わりの安いぶどう酒以外は禁止だ」

 都合のいい事に、中でスープをすすっているらしい兵士三人は、何れもわたしから見て背中を見せる格好だ。
 他愛もない会話に熱心な様子で、コップ一杯のスープを分け合っている兵士たちの背後を通り抜けて、さらに向こう側の塹壕へとわたしは移動する。

「まあ俺たちは幸せな方だぜ。後からやって来た領兵たちは、食料も自前で調達しないといけねえんだからよ」
「だったら狩りに出れるかと言えばそれは駄目だ。今年は雪が酷すぎて、素人が弓矢片手に森に入れば遭難してしまうぞ」
「山小屋があるだろう、あれを使えばどうだ? あそこを拠点にして、鹿やら猪やらを捕まえるって寸法だ……」

 聞こえる声はやがて遠くになって、入れ替わりにあちこちから聞こえる寝いびきを耳にする。
 上手い具合に木々の狭間に隠される様になっている居館の側まで来ると、改めて立哨している兵士の気配を感じた。
 防寒具の上から黄色いマントを被っている兵士がふたり。
 どうしてもこの先に進むためには、ここを通過しないといけないわけね……

 腰にさした短剣の具合を確かめておき、いざとなればいつでも抜ける様に心構えをする。
 けれども居館に侵入するだけならば、どこか跳ね窓からという方法もある。

 いったん外周を見て回る覚悟をしたわたしは、そこから少し離れたところまで移動して塹壕の外に出た。
 あちこちに除雪された雪の小山があるばかりで、人間の姿は見当たらない。
 ただ深い雪が積もっているので歩きづらかった。

 どこからともなく異臭が漂っている気がしたのは、たぶん塹壕の外に糞尿を捨てているからかもしれない。
 わたし自身ももう何日も清潔とは程遠い状態で過ごしていたのだから、その事自体はたいして気にもならなかった。
 問題は冷たい空気のお陰でこれまで気にしなかった自分の体臭が、もしかすると居館の中に侵入した時にはそれが問題になるかも知れない。
 温かな空気の中では体臭が際立つような気がして、わたしは服の袖を近付けて思わず鼻でかいでしまった。

 ……問題ないわ。
 男を垂らし込むのでもなければ、このぐらいならば気にならないはず。
 しばらく周辺警戒を続けながら幾つかの跳ね窓の場所を確認して、人間の気配が近くにない場所から侵入を試みた。

「常識で考えれば、最も高貴な人間の居室は暖炉のある場所のはず。暖炉のある部屋はここからふたつか、みっつ隣の部屋辺りが一番可能性が高い……」

 ほとんどかすれる様な声でちゃんと口にして、ここからは短剣を引き抜いて必殺の心構えをする。
 ランタンや燭台に反射して白刃がきらめかない様に、使い古した手拭いを刃の部分にしっかりと巻く。
 相手を暗殺する時はどうすべきか。
 工作員としてどうすべきか学んだ時、斬るのではなく刺す事を心がける様にと教わった事をしっかりと思い出した。
 皮肉なもので、それを教えたのはツジンの部下たちだった。
 偽りの夫とともにクワズを後にしてから送り込まれたキャンプ地で手ほどきを受けた。
 その術を使うのが今と言うのはたまらなく皮肉で、たまらず口元に笑みがこぼれてしまうのだ。

 わたしは逆手に構えた短剣を外套の内に隠しながら、刺し違えてでもツジンを殺すと改めて心に誓った。
 部屋の外に出る。
 暗がりの中を数名の兵士たちが移動する後尾に、気配を消しながら追従する。
 その先の部屋が確か暖炉のあった部屋だ。
 兵士たちはそのまま食堂か何かの広い部屋へと歩いて行ったけれど、わたしだけは目的の扉の部屋にたどり着き、静かに部屋の中を伺った。

 わたしの勘はツジンがこの部屋の中にいると告げている。
 立て付けの悪い扉の隙間からは、部屋の明かりと僅かに温かな空気を外に運び出している。

「……連中はミゲルシャールさまのお身柄を人質交換するために、我らがギムルの拉致を狙っていると悟った様ですな」
「まったく今更だな……」

 今の声はわたしの脳裏に聞き覚えのあるもの。
 ツジン、ツジンで間違いない。

「最新の情報ではシャブリン修道院まで後退して、軍勢に守られて出てくる気配もありません」
「だがこれで、連中の意識はギムルに向いたわけだ。かえって他に眼がいかぬ今こそが、他を拉致する最大のタイミングと言える。要はミゲルシャールさまのお身柄と交換に足る人質を手に入れさえすれば、それでよい。すでにゴルゴライに向けて手配は済ませてあるのだろう?」
「はい。娼婦に化けさせたわたくしの部下を使って、ゴルゴライの娼館周辺に潜らせています。そのアジトからはすでに準備が整った旨を伝えられておりますので……」
「シェーン子爵を拉致さえできれば、形勢逆転ですな」
「フン。女に溺れる様な人間は、所詮その程度の器という事だ――」

 ここに、ツジンがいるのだ。
 静かに音も無く扉の取っ手にてをかけると、そのまま意を決して扉の中へと飛び込んだ。

 もはやここに来て、失敗だったのならば諦めもつくよ。
 けれどツジンがそこにいたのなら、わたしはその命を頂戴するんだ!

     ◆

 部屋の中。
 視界に飛び込んだのは四人の人間だった。

「何だ貴様は。会議の最中であるぞッ」
「ツジン、あんたをようやく見つけたよ。ツジン、あんたにはお礼をしなくちゃならないんだ。なあ、わたしの顔を覚えているかい」
「誰かと勘違いしているのではないか、この非常時に女に構っている余裕などツジンさまにはないのだ」

 つれない事を言うんじゃないよ。これでも思い出せないのかい?
 外套のフードを外している。

「いい加減にしろ!」
「待て、はて貴様はどこかで見た顔だ。アゼルの連れ合いではなかったか……」
「そうさ。散々っぱらあんたにこき使われて、何度も死ぬ目にあったマイサンドラだよ」
「ふむ、そうか。アゼルや弟御は息災か」
「……死んだよ、ふたりとも!」

 驚いた顔をしたローブをまとう女は、一見すると娼婦の格好をしている。ツジンの密命を帯びた工作員か何かで間違いが無いだろう。
 もうひとりは黄色に統一された甲冑姿にマント、これはブルカ伯軍の騎士である事は間違いない。わたしの姿を見て即座に剣の鞘に手をかけていた。
 そして仮面を身に着けた男は、ここで現場指揮を任されている男で間違いないはずだ。長剣を吊るしていたけれどわたしを見ても驚いた様子はない。

「この女を摘み出せ!!」

 そして剥げ上がった頭に皴深い表情、そして意味のわからないガラス玉の装飾品を鼻にかけた男こそ、ツジンで間違いなかった。
 腰を低く体を畳む様な格好から、ソファに腰かけたツジンだけを見据えてわたしは駆け出した。

「ツジン許すまじ!」
「わっ、敵襲だ敵襲ッ」

 素早く対応した黄色マントの騎士が剣を引き抜いたけれども、その一撃は左手に持った短剣で跳ね上げてみせる。
 その間にも右手は外套の懐内を探って、投げナイフを二本引き出す。
 狙うはツジン、騎士をやり過ごしながらそのナイフを勢いで投げつけた。
 一本は驚いた顔のツジンの脇腹に見事に刺さり、もう一本は心の蔵付近に突き込まれた。
 毒が塗ってあるので、一本でも十分だったけれど二本ならばより確実よ!

「ぐおおお。き、貴様ッ」
「つ、ツジンさま?!」
「死ねぇ!」
「させるかあああ!」

 とどめとばかりにわたしが逆手に構えた短剣を両手に持った瞬間、そこに仮面の騎士が長剣を抜いて襲いかかって来たのである。
 わたしの剣先がツジンに届くのが先か、それとも仮面の騎士の一撃がわたしを斬り伏せるか。
 違う、男はわたしを斬ったのでは間に合わないと判断して、横から体当たりをかましてきたのだ!



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