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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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閑話 白雪の暗殺者 前

 必殺の誓いを胸に秘めてカリッカの森に潜み続けたわたしは、この三日三晩を押し寄せる焦燥感と戦いながら過ごしていた。
 シューターの旦那から命じられた事はただひとつ、ツジン暗殺だ。
 何ひとつ尻尾らしい尻尾をわたしに掴ませなかった憎むべき男は、今も眼前に広がっている丸みを帯びた不思議な建物の中にその気配を感じさせていた。

「さすがにあの男は用心深いわね。このままここで張り付いていても、決して姿を見る事ができないんじゃないだろうかね……」

 猟師に求められる唯一のスキルとは、忍耐力だ。
 弓矢をいかに上手に扱えるか、あるいはどれだけ身体能力が高いのかなんてものは、いわばあればそれだけ有利になるという後付けのスキルでしかない。
 大事なのは狙った獲物が隙を見せるその瞬間まで、いかに冷静に待ち続けてその時を無駄にしないかでしかない。

 わたしはその事をふたりの師匠から教わって、今も焦れる思いを胸中に押し殺しながら待ち続けたのだけれど、ツジンという男は狡猾で、そういった尻尾を一切見せずわたしに無駄な時間ばかりを過ごさせていたのだ。

「前に出るか、ここで待ち続けるかの判断のしどころね。もちろんそれを間違えれば、わたしは死ぬ」

 カリッカの領内では、ギムル軍がイジリーに着陣をしたのを知って領民どもが上へ下への大騒ぎになっていた。
 兵士たちが眼前の不思議な建物がある修道院跡地に移動しはじめると、村人たちも不安がって、荷物をまとめながら故郷を離れだしている。
 夜になって近くの集落から食料を拝借しようと密かに近づいてみたけれど、そんな用心など必要が無いみたいに、荒れた家屋がいくつも存在していた。
 家財の一部と唯一の財産と言っていい様な家畜たちだけを連れて、隣村へ離れていったのだろう。

「旦那に命令まで口にさせた手前、手ぶらで帰る事はできないんだ」

 おかげで雪原で身を隠すのに利用できる獣皮の白いシートも簡単に手に入れる事ができた。
 けれどこれ以上はここで潜んで相手の隙を見守り続けていても、無駄なのではないかと思い出したのである。
 ツジンはいっこうに不思議な丸い建物から出てこようとせず、それならば自分からそこに近づくしかないと思い至った。

「それが吉と出るか凶と出るか。まあ、一度は拾われた命だから、シューターの旦那に手土産ぐらいは必要さ」

 失敗すれば死ぬという事に不思議と恐怖は無かった。
 もっとも大切にしていた弟がすでにこの世にいない以上、わたしの存在価値はツジンをいかにして殺してやるかという事に集約されている。

 夕刻を迎えて辺りが暗くなりはじめた頃合いを見計らって、監視のために身を隠していた場所を移動して、暗がりとともに丸い不思議な建物へ接近を試みた。
 シューターの旦那はこの修道院跡地が、敵からの魔法攻撃を意識して設計されたものだと言っていたはず。
 確かに丸みを帯びたその外観は、強力な魔法攻撃を受けても明後日の方向に弾き飛ばす事ができる様な工夫がされているのかも知れない。

 問題はそういうのっぺりした構造の丸い建物いくつかが立っていたところで、周辺を監視するという目的では意外にもあちこちに死角が存在している事だ。
 この数日ただ周辺から修道院跡地を見て回って、攻めどころを探っていた時にその事には気付いた。
 高い監視塔の類が無いので、接近するだけならば不可能は無い。

「ただ、昼間に接近するのは難しいわね。雪の上に足跡が残って、さすがにすぐに発見されてしまう可能性があるもの……」

 そんな誰にともいうわけではない呟きをひとつ零しながら、わたしは最低限の装備だけを持って丸い建物の麓近くまで足を勧めたのだ。
 夜ならば雪の上に残った足跡も、暗がりの中に溶け込んでしまう。
 問題は夜が明けてしまえばその足跡を露呈させてしまう事と、それによって一度バレれば二度と接近ができない事になるという危惧だ。

「つまりチャンスは一度きり。二度目はもうないという事かしらね……」

 絶対にツジンがこの中にいるという感触は、わたしの猟師としての経験も告げていたし、同時にシューターの旦那の言葉を借りるならば、ツジン的な行動パターンにもそぐうという事になるのだ。
 まあ、どこまでわたしの感が正しくて、ツジンを知っているらしい旦那の見解が正しいかもわからない。

 失敗した時は大人しく引き下がるのが猟師本来のやるべき行動である事はわかっている。
 けれども今のわたしは猟師ではなく、ひとりの復讐者として行動する事を選んだ。
 その気持ちが背中を押してくれたのか、盛り土の上に積もった雪をまたいで修道院跡地の敵陣地に潜り込んだ時、女神さまはわたしをお見捨てにはならなかったらしい。

「――イジリーの砦が陥落したそうだ」
「であれば、シャグニコルチン卿とアンパマン卿も討ち死にされたという事か?」
「定期連絡が途絶えたという事は、そうなのだろう。あの砦は数日前まで鳩舎が機能していたはずだし、最後の連絡は昨日の夕方だったからな」
「イジリーとカリッカでは魔法の伝書鳩を使えば四半刻とかからず連絡が取れるからな」

 塹壕の中は無人だったけれど、わたしは遠く聞こえてくる言葉を追いかけて暗がりの中を近づいた。
 声の主はどうやら迷路の様に掘りぬかれた塹壕の小部屋の様な場所から聞こえているみたいだ。
 耳をすませば、男たちのやり取りが明確に聞き取れる。

「さすがにこちらから飛ばすのは不味い。情報を敵に渡すようなものだ」
「ツジンさまは何と仰られていたのだ。あれだけ目をかけておられたお二人が、あえなく全裸の男を前に敗死したのだ。さぞツジンさまも落ち込まれていたのだろうな……」

 わたしはこの耳で、確かにツジンという言葉を聞いた……
 あの男はこの戦場のどこかに、確かにいるのだ。
 ふたたび猟師にあるまじき焦燥感を胸に高めだしたわたしは、必死になって鼓動を抑える事に終始した。
 ともすれば胸の高鳴りが、土壁を挟んだ向こう側にいる男たちに聞かれやしないかと、それはもう必死だった。

「今回もまた全裸だ。我らの為そうとする事の前に必ず現れる全裸の男とは、いったい何者だ?」
「サルワタの下男から成り上がったシューターという男だ。今ではスルーヌ騎士爵と貴族気取りにその爵位に就いているが、世間の噂では女神様の祝福を受けし聖使途たる全裸の男、だそうだな。ふざけた話だ。頭のおかしい全裸の男が、女神様の守護聖人とは笑わせてくれるではないか」
「シューター許すまじ!」
「シッ、あまり大きな声で喋ると、寝ている兵士どもが目を覚ましてしまう……」

 どうやら旦那の話をしているらしいね。
 わたしが胸に手を当てながら土壁の先を少しだけ様子見したところ、いかにも重そうな甲冑を身に着けた男二人、防寒具を上から被ってたき火に当たっていた。

「すまんすまん。……まあとにかくだ、売女騎士(アレクサンドロシア)の嫡男をこちらで奪い取れなかった事は大失敗だった。あれが無ければミゲルシャールさまと人質交換する事は夢のまた夢」
「ツジンさまは次の手をどうなさるおつもりなのだ、そこが肝要だ。全裸がまたぞろ邪魔だてに出てくる様ではまた失敗という事になる。辺境伯さまにこれ以上のご不憫を強いる事は、家臣として耐え難い事だ」
「売女騎士の嫡男は今、シャブリン修道院かアナホールのどちらかまで供回りを率いて逃げているらしい。先日のアンパマン卿の手勢が襲撃をかけた件がよほど堪えているらしいからな」

 シャグニコルチンというのはイジリーの村を支配する領主。
 とすれば、アンパマンという男は秘密工作部隊を率いる指揮官という事かしら。
 わたしの記憶にはない名前だったけれど、どこかで顔ぐらいは合わせているかも知れない。

 やはりツジンがこの陣地のどこかにいる事を確信したわたしは、そっと男たちの会話の場を離れる。
 迷路の様になっている塹壕の中を、気配と勘だけを頼りに奥にある居館の周辺を探る事にした。
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