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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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354 シャグニコルチン最後の抵抗 後

「難民どもの保護はクワズ領軍に任せてしまえ、修道騎士隊は野牛の友軍とともに突入しろ!」
「怪我を負った者はただちに後送しろ。敵は死に物狂いで抵抗している、無理に力押しをする必要はないぞッ」
「砦外周の回廊を確保しろ、物見やぐらに立て籠もっている兵が厄介だぞ!!」

 もはや砦門を突破された籠城軍の末路は、最後の一兵まで死力を尽くす他は無い。
 騒いだ割にはたいした傷でも無かった俺は、脇腹をさすりつつサルワタ貴族の代名詞たる紅のマントだけを全裸に纏って、ふたたび居館の中へと引き返す事になる。

「外の様子はどうなってますか、ツジンが新たな動きを起こしたという事は?」

 兵士たちが中庭を入り乱れて移動する中で、ニシカさんと男装の麗人、それにスウィンドウ卿と顔を寄せ合って状況を確認した。

「今のところ包囲軍に問題はありませんシューター卿」
「ご主人さま、砦への突入部隊は各部隊から選りすぐった精兵二〇〇余りになります。ただ数をたくさん連れていても狭い砦の中では混雑するばかりです」
「必要があれば第二陣を突入させる用意も出来ていますぞ、そちらも抜かりなく」
「おお、手際がいいじゃねえか!」

 互いに意見を交わしながら俺たちは足早に居館の入口にたどり着いた。
 臨戦態勢で突入していく修道騎士と野牛兵士のチームの後に付いて、ニシカさんを先頭に俺と男装の麗人、それからスウィンドウ卿の順に入っていく。
 少し遅れて寒そうに脚を引きずりながらソープ嬢が、そして最後尾をけもみみと女魔法使いが固める格好での侵入だ。

「さっきの戦闘じゃ、とんでもない強者が飛び出してきたからな……」
「シューター、あいつは冒険者のカムラと比べてどれぐらいの強さだったんだ?」
「どうだろう。実力拮抗かやや相手の方が強かったはずだが、イグニッション魔法のおかげと味方の連携で押し切った感じですよね」
「そんなに強い敵がいたのですか?!」

 辺境不敗の全裸卿が信じられない、という言葉を漏らしながらスウィンドウ卿は驚きの顔をした。
 いや俺は別に辺境不敗でも全裸最強でも無いのは、一番俺が良く知っている事だ。
 これまでだってギリギリのところで勝利して来た事は間違いないし、さっきの仮面の黄色マントは難敵中の難敵だったという事だろう。
 しかし上には上がいる。

「せいぜい一・五カムラってところじゃないですかね。口の臭い男ほどは強くなかった」
「あいつか。あいつは口臭攻撃をしてくるからな、ある意味で毒使いだぜ」
「ハハハ……」

 あまり大きなことを言えた立場ではないが雪上戦闘じゃなければ、あるいはまともな武器(例えば天秤棒とか)を持っていたのならば、イグニッション中でなくとももう少し善戦できたという自任はあるぜ。
 経験値の差か、雪の中で妙に戦い慣れているという印象があったからな。

「先ほど中庭に倒れていた、あの首が千切れかけた黄色マントがそうですか」
「だぜ。四人がかりで仕留めたんだ。オレと相棒と女魔法使いに、トドメはけもみみだ。シャブチン野郎があれ以上だったら、今度はここの全員で戦う事になるかもな。イッヒッヒ」
「シャブチン野郎ではなく、シャグニコルチン卿ですよニシカ奥さま」
「ンな事はどうでもいい。相手がどんだけ強かろうと、要は相手にそれをさせなきゃ勝てるのよ。それが猟師の戦い方ってもんだぜ。クックック、あっはっは!」
「…………」

 自分だって油断して死にそうになったくせに、豪放磊落な性格のニシカさんは笑い飛ばしながら質問をした褐色の麗人の尻をパシリと叩いて見せた。
 冗談ではなく、あんな相手と何度も戦うのは狙い下げだぜ。

「この部屋の掃討は完了しました。次ッ」
「先の方で敵の抵抗が苛烈だ。味方を数名回してくれ!」

 援軍要請や掃討完了の号令が飛び交う中で、石造りの居館を各部屋をしらみ潰しに見回っている。
 もはや砦のなかで組織的な抵抗はほとんど行われていないと見えて、自白ポーションの溶けた水を口にして、一心に祈りをささげる兵士の集団や、狂人化して剣を振り回す騎士に出くわすばかりだった。

「このままいけば、太陽が高く昇る頃には砦の制圧完了といったところでしょうかね」
「するとシャグニコルチンという敵の守将も、すでに味方が討ち取っている可能性がありますね」
「確かにその可能性はあります、ベローチュ夫人」

 俺に代わってギムル軍を指揮していた男装の麗人が、スウィンドウ卿とそんな会話を交わしたその時。
 地下へと降りる階段をあわてて駆け上がってくる野牛の兵士がいるではないか。

「どうした」
「それがこの下の地下に扉を硬く閉ざした部屋があるのを発見しました! 今しがた数名で扉に体当たりをぶちかましているのですが、これが予想以上に硬くて」
「魔法でもどうにもならないのか」
「へい。友軍サンの修道騎士が数名がかりで攻撃しましたが、ピクリともしません!」

 野牛兵士に質問をした男装の麗人と、修道騎士を現場で束ねるスウィンドウ卿とが互いに顔を見合わせる。
 俺はというとその話を聞いて、すぐにも女魔法使いの方に振り返った。

「あの閣下、狭い場所で強力な魔法を使うと、爆発の衝撃が周辺にも拡散するのでオススメできませんよ?」
「だよなぁ、しかも燃えれば空気も汚れるし。扉は金属かなにかでガチガチに固められているのかな?」
「へい。その上にバリゲードか何かを扉の向こう側にこさえているみたいで、どうにもなりませんや……」

 これがまた地下というのがいかにも怪しい。
 場合によっては脱出経路がその先にあるなんて事も考えられるので、俺はひとまずこう質問した。

「現場を指揮しているのは誰だ?」
「ええと、ッピコロさんという指揮官です。ほらゴブリンの」
「「「…………」」」

 ッワクワクゴロさんちの三兄弟である。確か三つ子の真ん中だったかな?
 そう聞けば急に頼りない身内が陣頭指揮を執っている様に思えてきて、スウィンドウ卿はすぐにもこう提案した。

「シューター閣下、俺が直接指揮を執る事にしましょう」
「俺はどうすればいいかな?」
「狭い場所だから何人もで降りるのは非効率的だ。しかし脱出路がある可能性を考えれば、こちらも先手を打っておく必要がありますな。閣下におかれましては、外に待機している第二陣を率いて、周辺捜索を念のために行っていただきたい」
「よし、わかりました。聞いたなマドゥーシャ、スウィンドウさんに協力して何とか上手い具合に魔法で扉を破壊できないか確認しろ」
「それはおちんぎん外のお仕事ですか?」

 馬鹿な事を女魔法使いが口にしたので、首に手を回して俺が耳元で囁いてやる。

「……そろそろご褒美の空手形ばかり切るのも申し訳ないと思っていたところだ。この戦いが終われば、きみが望むものをひとつだけ必ず叶えてあげるから安心しなさい」
「ま、まさか土壇場になってカサンドラ奥さまが駄目だと言ったとか、ないでしょうね?!」
「そういう事にはさせないから。じっくりひとつだけ叶えてもらうお願いを、考えておくんだ」
「ふぁ、ふぁいっ」

 扉をどうにかしてシャグニコルチンの尻に何としてもかぶりつけ。
 俺はそう言って女魔法使いの尻を叩き送り出す。

「マドゥーシャを付けます、そちらはよろしくお願いしますよっ」
「了解、では頼みましたぞッ。お前たち付いて来い!」

 スウィンドウ卿はそう返事をすると、数名の修道騎士をかき集めて野牛の兵士とともに地下へ向かう階段を駆け下りていった。
 最後にチラリと不安そうな顔をした女魔法使いがこちらを振り返る。
 俺が大きく頷きを返したら、それに応えて修道騎士たちの後を追って吸い込まれていった。

「おい相棒、いったいぜんたい女魔法使いに何を吹き込んだんだよ」
「別に、何でもひとつ願い事を聞き届けてやるから今は全力で対処しろと言ったんですよ」
「大丈夫かよ?! お前、スルーヌの税金を全部差し出せとか言われたら、大変な事になるぞおい……」
「そん時きゃそん時ですよ。カラメルネーゼさんにでも相談して、資金を用立てしてもらわなくちゃいけませんね」
「…………」

 俺たちも制圧完了しつつある居館の中にいつまでもとどまっている場合ではない。
 ニシカさんの反応にそう返しながら俺はきびすを返して、砦の中庭まで足早に進んでいった。

「ご安心くださいご主人さま。そういう事でしたらあの者が無体な事を要求した場合、国法に照らし合わせれば妻のモノは夫のモノという理屈で徴収する事にしますので」
「そうだね。マドゥーシャは賢い子だから、ぼくはあの子が滅茶苦茶な要求なんてしてこないと思うよ。きっと正式な奥さんのひとりになりたいとか思っているはずだよ」

 口々に奥さんたちはそんな事を言っているけれど、女魔法使いが俺の花嫁になるなんてお願いをするなんて思えないぜ。
 ましてや国法に照らし合わせて与えたはずのご褒美を徴収したなんて事が世間に知れ渡れば、サルワタ貴族の信頼は地に落ちる事になるからな……
 それ以上に、毎度のらりくらりではマドゥーシャをこれ以上、部下として抱えておくことが不可能になる。
 それだけは絶対にさせられない。

 などと一瞬だけ思考を巡らせているところに、中庭でギムル軍の一隊を差配していたタンクロードバンダムと出くわす。

「どうした義弟。シャグでニコニコ何とかという敵の指揮官は仕留めたのか」
「シャグニコルチンですよタンクロードさん。それが地下にどうやら外へと通じる脱出口があるらしいですね、スウィンドウ隊が地下に突入して、通せん坊をしている扉をどうにか破壊しようとしているところですよ」
「……フンス、時間稼ぎか」
「捜査線を敷いて逃がさない様にしなくちゃならない。野牛の騎兵隊をお借りしてもいいですか?」
「騎兵部隊は修道騎士も含めて俺の預かりだ。よし、俺が直接指揮を取って捜査線を敷く。義弟はサルワタ猟師のチームを率いて、怪しい地点に向けて山狩りを実施してくれ!」

 紅のマントを翻した野牛族長のタンクロードの背中は頼もしかった。

「了解だ。頼りにしますよ義兄どの!」
「フンスッスッス。蟻一匹たりとも逃がさんぞ、頼りにしてくれ!!」

 ところで……
 首をこちらに向けたタンクロードバンダムはこう言った。

「義弟は、その格好のままで野外を駆け巡る気なのか?」
「あ、え? いやそのね……」

 筋肉ムキムキのマッチョボディをしている今の俺が着る事のできる服が無いのである。

「ご、ご主人さま。せめてお召し物だけはどこかから調達いたしませんとっ」
「フンス、ミノタウロスの兵士が着る服であれば見繕う事ができるだろう」
「そうしましょう、取り急ぎ幕舎に戻って野牛の友軍からお召し物を頂戴する方向で!!」

 俺は男装の麗人に急かされる様に、捜査線の騎兵部隊は義兄に任せ幕舎に向かう事になった。
 まあ紅のマントをめくれば俺は全裸だ。
 正確には、体の膨張率が低めだった足元だけはまだブーツ姿だけど……
 これじゃまるで変態じゃないか?!

「そんな事は無いよ。シューターさんは全裸を貴ぶ部族だからおかしくはないよ」

 けもみみ奥さんの慰めが、俺の眼にとても染みるのであった。

     ◆

「いたぞ、こっちだ!」
「弓兵構えッ。つるべ討ちにしろッ」

 雪原のまばらな木々の中を逃げ惑う騎士の主従がいた。
 その顔は、イジリー砦の回廊で姿を目撃したシャグニコルチンそのものだった。
 郎党を連れて、砦の外に繋がる地下道を通って外に出たイジリー領主のその男は、死に物狂いになって追撃の包囲網を蹴散らしながら脱走を図っていたのである。

「くそう、どこまでもしつこい連中だ。おい、こっちで逃走経路はあっているのか?」
「はい、問題ありません。この先を進めば領境を超えて友軍の支配地域になるはずなのですがッ」
「おおお、領主さま矢の射撃が行われました。伏せて、伏せて!」

 まるで三国志か戦国武将よろしく、束になって降り注ぐ矢を長剣で振り払う姿が見える。
 何かの魔法でも使わない限り常人にそんな事ができるはずもないのだが、そこはファンタジー世界であるから実際に風の魔法を使ったのだろう。
 身に降り注ぐそれを少しでも勢い緩めておきながら剣で払いつつ、ふたたび走り出して逃走を図ろうとしたのだが。

「あの男がシャグチンニコニコ野郎で間違いないんだな、シューター?」
「ええそうですね。だがちょっと待ってくださいニシカさん」
「ンだよおい。射ち殺すのに問題でもあるのか?」

 針葉樹の陰から逃走するシャグニコルチンを観察していた俺とニシカさんである。
 別の近くにはけもみみと男装の麗人が同じようにツーマンセルで狙いを定めて待機しているはずで、似たようなペアになったサルワタ猟師のみなさんが、このあちこちに伏せて待機しているはずだった。

「おい、まさかシオのヤツに手柄を譲らせろとか言うんじゃないだろうな。妹にいい思いをさせてやるのはやぶさかじゃねえが、そいつが旦那のッワクワクゴロも喜ばせるのが気に食わねえ」
「そうじゃありませんよ。まあ見ててください」

 追い立てる役は、堅固な地下部屋の扉を破壊して、猟犬の様にシャグニコルチンの背後に喰らい付いて離れなかった女魔法使いがいる。
 彼女が強引に追跡を続けて地下道の出口で盛大な魔法を使ってくれたおかげで、先回りしていたサルワタ猟師のみなさんが伏兵する事もできたというわけだね。

「おう、女魔法使いか」

 ここまでお膳立てをしてくれたのは、ある意味で彼女が獅子奮迅の活躍をしてくれたからである。
 視線の遠くへ飛び込んできた彼女はと言えば、この寒さの中でいつもの薄黒いローブを腕まくりして、今しも攻撃魔法を射出せんと構えているところだったのだ。
 おちんぎんビーム発射。相手は倒れるッ。

「やるモンじゃねえか」
「さすが魔法に関してはうちの領主奥さんと肩を並べるレベルだな……」

 俺たちが感嘆の言葉を漏らしたところで、近くの針葉樹から低い姿勢で駆けてくるエルパコとベローチュの姿が飛び込んできた。
 何を告げようとしているかと思えば、

「今の一撃で護衛の兵士も残り四人になりましたね。可能ならば射殺してしまうよりは、捕らえた方が敵の情報を探るのに有用かも知れません」
「そうだね。ぼくが行って無力化してこようか?」
「捕縛する件は了解だ。たださっきの仮面野郎みたいな事もあるから、無理ならさっさと殺害しないと味方の被害が酷い事になるからな」

 男装の麗人とけもみみにそんな風な返事をしたところ、サっとニシカさんが手を挙げて周囲に伏せているサルワタ猟師のみなさんに合図を送るのだ。
 少し離れたところでヒョコリと顔を出したッワクワクゴロさんが頷いてみせると、新妻のシオさんがニシカさんと同じ様に挙手で合図を送る。
 そんな連鎖が一斉に左右に広がって、相互に逃げるシャグニコルチンを狙い定めながら連携して包囲の輪を縮めていくのだ。

「今のシューターには棒切れもあるし、ビビる事ぁねえんじゃないか。最悪はオレ様がここから狙撃してご臨終よ」
「わかったよ、じゃあシューターさんにここはお任せする事にしないとね」
「天秤棒を持ったご主人さまであれば、間違いなく辺境随一の全裸不敗という当たり前の事実に口を挟む者はいないでしょう」
「え、これは俺がシャグニコルチンを無力化する流れ?」

 突然どうぞどうぞと言う流れになって俺が困惑していたところ、特大の魔法を撃ち込んでとうとう残りの兵士たちも消し炭にしてみせた女魔法使いが、シャグニコルチンの背後にいよいよ迫ろうとしていたのだ。
 俺はあわてて天秤棒を担ぎながら、雪原を移動してイジリー領主の行く手を阻む事にする。

「大人しくおちんぎんの錆びになりやがれ、この負け犬野郎!」
「おっと、こっちも逃げ道は塞がれているんだぜ。残念だったなシャグニコルチンさんよ」
「ぐっ」
「閣下、約束通り頑張って見せましたよ! まだお願いの内容は決めていませんが、安っぽいおちんぎん以上でお願いしますからねっ」
「…………」

 背後からは女魔法使いが手をワキワキとさせながら、正面からは俺が紅マントで天秤棒片手に飛び出して。
 進退窮まったシャグニコルチンというイジリーの騎士は、栄養不足か疲労困憊からか、疲れ切った顔を俺に向けて剣を引き抜いたのだ。

「……貴様が偽りの全裸の男か。ツジンさまからは色々と聞いているぞ」
「よくご存じで、いかにも俺が全裸の守護聖人とか巷で言われている男、シューターさ。偽りかどうかは女神様に聞いてもらわないと困りますけどねぇ」
「ぐぬぬぬぬ、ふざけた顔をしやがって。せめて一太刀なりと貴様に浴びせて、武門の誉れを見せてやる!」

 降参と言う選択肢は彼の中にはなかったらしく、エリート騎士らしい豪華な長剣を引き抜きながら、つむじ風の様にめがけて飛び込んでくるではないか。
 一瞬だけ背後に陣取った女魔法使いの姿が見えたが「後の事はお任せしますからね!」と叫んだきり、構えていた護符を下して静観の姿勢を見せる。

 シャグニコルチンは歴戦の男だった。
 最後のひとりとなって覚悟を決めた様子で長剣の先は鋭く踏み込む様に走り抜けるではないか。
 天秤棒を畳む様に引き付けて構えた俺は、それを使って撃剣を叩き落としつつ体を返す。
 すぐにも振り返り様に斬り上げの一撃で、俺を追い詰め様と間髪入れない攻撃を繰り出してくる姿も堂に入っていた。

「どうした、貴様からは攻撃せんのか!」
「うおっと危ねぇ」
「敗軍の将と侮っていれば、大火傷ををするハメにあうぞッ」

 その割りきりの良さから、何度も死線を潜り抜けて来た勇士である事は間違いのないシャグニコルチンだ。 けれどもその捨て身の精神が、完全に守りを捨てていたからこそ俺はそこに隙を見つける事ができた。
 絶対に生き残ってやるという気位を持った、かつて相対した難敵たちとは違うその考え方が、この男の勝敗を決めたのかも知れない。

 より大きく深々と踏み込んだ相手に合わせて、俺はギリギリのところで長剣が走り抜けるのを回避した。
 と同時に天秤棒を足にかけてやりながら強引に体当たりをかます。
 当然、姿勢を崩したシャグニコルチンの持つ剣は宙を泳ぐ格好になったが、ふたたび距離を取って彼の手をしたたかに打ち据えてやったところで、その剣は明後日の方向に飛んでいく結果になったのだ。

「もはやこれまで!」
「させるかッ」

 あわて様に短剣を引き抜いて自裁しようとでもしたのだろうか。
 その瞬間には天秤棒を放り出した俺がシャグニコルチンに飛びついて、イグニッション魔法のパワーで強引に短剣を奪い取ってやった。
 そのまま雪中の坂を転げつつ、もみ合いへし合いしながら格闘を続けた。
 最後には力任せに放り投げる様な格好でシャグニコルチンとの取っ組み合いから離脱して、すかさず俺が彼の背後に回って、プロレス技の胴締めスリーパーみたいな格好でホールドした。

「おい、シューターが捕縛に成功したぞ!」
「急いです巻きにしろ、ご主人さまそれ以上はシャグニコルチン卿が死んでしまいます!!」
「相棒やり過ぎるな、戦争奴隷にするんだろ?!」

 家族たち、仲間たちが周辺から駆けつけてくるのを目撃して、俺はようやく首を締めあげた関節技をゆっくり解き放った。

 戦った感触だけで言えば先ほど苦戦した傷だらけの顔をした仮面の黄色マントと大きく変わりなかったはずだ。

 けれども、天秤棒は俺の手によく馴染んで自在に操る事ができたし、捨て身の人間は動きこそ大胆だが、同時にやはり何かを犠牲にして攻撃に特化しているんだよな。
 試合ならば死ぬ事もないからと強引に押し切る事も出来るんだろうが、これは命のやり取りだ。
 諦めの悪いヤツほど人間しぶといんじゃないかと、そんな事を考えながら俺はシャグニコルチンを見下ろしたのである。

「シューターさん、やっぱり天秤棒を持ったら強かったね」
「いや、棒切れ一本で強くなるもんだなぁ。よう相棒!」
「棒切れ一本ではなく、ご主人さまが天秤棒を持てばこれは立派な武器ですよ。ニシカさん」

 けもみみやニシカさん、男装の麗人からそんな風にはやし立てられて悪い気はしなかったけれど。
 意識を取り戻して無念の表情をしたイジリー領主を見送っていると、何が今回の勝敗を分けたのかついつい考えてしまうのである。
 だがわかっている事はひとつだね。
 俺は今回も運が良かったって事だな、奥さんにも仲間にも助けられた。
 何もひとりで辺境不敗でいられるわけではない。

「シャブリン修道院にいるギムルさんへ、イジリー砦包囲作戦は完了したと伝えてくれ!」
「了解だよ、シューターさんっ」
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