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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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348 戦場の夜明け


 最初の一撃は、明確にギムルの隠れ潜んでいた寝所の天幕を狙って行われた遠距離魔法攻撃だった。
 俺は辛うじて男装の麗人が押し倒してくれたおかげで難を逃れたのだけれど、命中精度の高いそれが頭上を掠め取んだ瞬間には大いに肝を冷やしたものだった。

「正確な位置はわかるか。一撃で本営の寝所を破壊されたとなると、観測射撃をやっている可能性があるッ」
「マドゥーシャ夫人によればあちらの方角だそうです!」

 右往左往している俺たちの家族の周りに集まりはじめた修道騎士たちが、攻撃ポイントがどこにあるのかを巡って遠くを観察しはじめている。
 あちらです! と胸元から護符を取り出した彼女は、何やらそれを頭上に掲げた後にドカンと特大の発光魔法を打ち上げたのだ。
 それはまるで照明弾の様に黄色く発光しながら天空高く昇っていくと、ゆったりメラメラと燃え盛りながら降下を開始する。

「ご主人さま、大変失礼いたしました」
「いやベローチュの咄嗟の機転で命拾いしたよ。きみは無事か」
「はい、少し足首を捻ってしまった様ですが、この程度であればすぐにも聖なる癒しの魔法で問題ありません」

 ここ数日は生傷や疲労の絶えない事ばかりだというのに、健気な男装の麗人は健気な事を口にして立ち上がる。
 そのまま手を差し出されたのでそいつを握って姿勢を低く俺は立ち上がった。

「ギムルさんを別の場所にお連れしろっ。ここに固まっていると次の攻撃にさらされるかも――」
「閣下、来ましたよ。さっきのは観測射撃だったみたいです、次は効力射がきます。すごいかずだわあああ、逃げろおおおおお!」

 俺の命令に頷いて見せた女魔法使いだったけれど、途中から声を被せる様に悲鳴を上げて避難号令をかける。
 蜘蛛の子を散らす様に俺たちはその場から走り出すが、今度の魔法攻撃は大火炎ではなく雷撃魔法だったらしい。
 カッと頭上が稲光するのを目撃すると、先ほどまでギムルや護衛についていたソープ嬢たちのいた天幕周辺に、複数の落雷が時間差でバリバリと飛来するのである。
 完全に動転した蛸足麗人などは「雷ですわ、雷ですわ!」と叫びながら剣を放り投げて明後日の方向に走り去っていくし、ギムルも姿勢を低くしながら移動中に耳を押さえて丸まってしまった。

「閣下、さっきのアレはギムルさまの潜んでいる天幕を目印を付けるために撃ち込まれたんですよ。雷撃魔法は攻撃範囲が広いから厄介だし、それが複数となると周辺をみんな耕してしまうわまたきたああああああ逃げろおおおおおおお!」
「散開、散開しろ!!」

 女魔法使いが別の護符を引っ張り出してもう一度発行魔法を打ち上げた直後に、また雷鳴の轟が頭上に響き渡ったのでそれが絶叫に代わる。
 近くに走り寄っていた修道騎士たちが、部下の従士や野牛の兵士たちに号令をかけて、うまく回避行動を支持できたのが不幸中の幸いだった。

 まるで近代戦における重火砲の集中砲火みたいな運用だぜ。
 このファンタジー世界にこんな魔法の集中運用がこれまでに存在していたかしれないが、ツジンの関与を強く感じさせる攻撃である事に間違いなかった。

「まずは指揮官が健在で、確実な逆襲ができる体制を維持しなければならんな」
「はい。ここにいてはまた次の魔法の集中攻撃を受けてしまうかもしれませんからね。マドゥーシャ、敵はいったいどういう理屈でこんな攻撃を成功させているかわかりますか?」
「……わ、わたしにはちょっと。ただ連中は魔法使いとして個々の能力はそんなに高くないと思いますよ。優秀な魔法使いをそれこそ多数集めるのは難しい事ですし、けれど魔法使いが複数人、交互でこの規模の攻撃を断続的に行うのであれば、不可能ではないと思います。ただし、」
「ただし? 続きがあるのですねマドゥーシャ」
「はい先輩。最初の一撃だけは正確で遠距離からのものだったから、あそこからの指示を見て腕のイマイチな魔法使いが至近距離からそれを見て攻撃しているんでしょうわああああああ、敵の攻撃がきますよおおお。魔法、魔法です!!!」

 三度目の女魔法使いの絶叫を耳にしたところで、全員が散り散りになりながらまた姿勢を低くする。
 ゴロゴロと雷鳴が轟いたかと思うと、また雪原を耕す様に稲光が走って雪を空の上へ盛大に舞い散らした。

「それならあの観測ポイントと思われる場所に騎兵を飛ばせ! くそう夜中の雪原で上手く馬を扱える人間はそれほどいないぞ。少なくとも俺には無理だ!」
「大丈夫だシューターよ、俺と俺の部下に任せろッ」
「タンクロードさん?!」

 俺のボヤキとも命令ともとれる発言に反応してくれたのは、頼りになる野牛の一族を率いる族長タンクロードバンダムだった。
 イジリー砦の襲撃時にはこことは違う守備位置で戦いを指揮していたはずだったが、気が付けば配下の野牛騎兵を率いて身内の危機に駆けつけてくれたらしいね。
 ついぞ陣地で顔を合わせてなかったが、この危機に間に合ったというわけだ。

「シエルよ、配下とギムルどのを守って後方に下がっていろ。この際はシャブリン修道院まで戻って構わないな? シューターがギムルに代わって陣頭指揮を執ってくれれば、全軍が動揺をする事はない!」
「了解だぜ、どこかにスウィンドウ卿もいたはずだ。イジリー砦の連中がこの状況で第二派を送り出してくるとも限らない。誰か彼に伝えて砦正面の守りも固める様に指揮をお願いしてくれ」
「たまわりました。若大将の御身はこのシエルが命に代えてッ。修道騎士のみなさん、ただちにスウィンドウさまに伝令をッ」

 機敏にこの号令に反応したシエルに頷いて見せるタンクロードだ。
 いったん散り散りになっていた俺たちはタンクロードが配下を率いて騎兵を走らせる姿を見届けると、すぐに次の行動に移った。
 タンシエルさんはカラメルネーゼさんらと一緒にギムルを守って移動を開始、俺はというと後に残った男装の麗人と女魔法使いを従えて、エクセルパーク卿を探す事にする。
 野牛の兵士や修道騎士たちがギムルの護衛に移動していく最中、その流れに逆らう様に見失ったエクセル卿を暗闇の中に求める。

「陽が山の向こう側に顔を出すまで、あとどのくらいだ」
「四半刻は切っていると思うぞ愛しいひとよ。ああ、駄目だ駄目だ、無理に歩けば出血がひどくなるではないか。貸してみろ、わたしが舐めてその傷を癒してやろうではないか」

 倒れたかがり火、燃える幕舎のテント、そして死体の転がった様を見ながら少し途方に暮れそうになった俺を支えたのがソープ嬢だった。
 彼女はようやく体に熱が入って来たのか、背後から俺を抱えてその唇を奪うのである。
 女魔法使いはそんな姿を赤面して凝視しつつ、男装の麗人は油断なく周囲を探る様に睥睨する。

「ちゅぷ。つるん、じゅぱ、ぷはぁ……もうこれで大丈夫だ」
「お、おう。痛みが取れて元気一〇〇倍」
「元気なのはいい事だが、アレクサンドロシア義姉さんの子を見るまでは無茶をしてもらっては困るぞ。それに我が子もいずれは、な」
「ハハハ、ベローチュ悪いがニシカさんとエルパコを呼び寄せてくれ」
「了解です。敵の警戒も大切だが、人間が奇襲で散り散りになりすぎましたからね」
「今回は俺たちの注意力を散漫にさせるために、敵は俺たちを右に左にと走り回らせたらしい。通信用の信号矢を使えばすぐにわかるだろう」
「エクセル卿もこれで気が付いてくれればいいんだけど、どうですかねえ」

 男装の麗人が矢筒からその一本を取り出して、その辺の死体から兵士の持っていた短弓を拾い上げた。
 女魔法使いの言う様にエクセル卿の姿を見つけ出すにしても、早く夜が明けてくれなければどうにもならない。
 シュンと射出された矢はすぐにも空気を矢笛の口に流れ込んで、キューンという独特の音響を響き渡らせたのである。
 確かこいつは、ワイバーンを発見した時にもニシカさんが使った矢笛だから、集合を知らせるものだったはずだ。
 ニシカさんやエルパコならばこれで理解できるはず。

「そう言えばさっきの特大の発光魔法はいつになく明るかったな」
「確かにそうですね、ベローチュ、あれはいったいどういう理屈なのです?」
「た、たぶんですけど護符が二枚重ねでへばり付いていたので、魔法陣の効力が重複して倍増したのかもしれません」

 ほう、あの水でぬれた使い捨て護符は重ねて使うと威力倍増するのかよ。
 そんな新たな発見に俺がアゴヒゲを撫でていたところ、のそりと林の中から顔を出した存在があったのである。
 すわ熊でも出たかと思ったのだけれど、そうではない。
 修道騎士とけもみみ奥さんに肩を貸してもらったエクセルパークさんではないか。
 見るからに傷だらけの防寒具姿で、ところどころが血で滲んでいるところを見れば壮絶な戦闘をしていたらしい。
 しかもエクセル卿は貴族軍人としては割合と華奢で一見すると非力だ。

「え、エクセルパークさん。脅かさないでくださいよ?!」
「ははは。ご覧の通り、敵の工作員と思われる男に遭遇してね、危うく死にかけるところをエルパコ夫人に助けてもらって命拾いしたよ」
「とどめを刺したのはぼくだよ。鼠色の服を身につけた男だったんだ」

 ゴロンと手に持った首を投げてみせたけもみみは、とっても誇らしげに満面の笑みを浮かべていた。
 褒めてもらえるのが当然というエルパコの表情に俺と残りの奥さんたちは互いに顔を見合わせた。

「ぼくの事、全裸の嫁だって認識していたよこいつ。だから苦しまない様に最後は首を跳ね飛ばしてあげたんだ。シューターさんに教わった剣術でね」
「じ、実は俺たちもこの鼠野郎の親戚に襲われたところでね。なるほど工作員を四方に散らばらせて、ギムルの潜んでいる場所を探らせていたんだな」

 けもみみ奥さんは残雪の上に転がった首を足蹴にして俺たちを絶句させたけれど、その脇でエクセルさんが崩れる様に体を投げ出したものだから、それどころじゃない。

「すでに聖なる癒しによる治療は施しましたけれど、さすがに血を失いすぎました。造血を促進するポーションは立て続けに利用できません」
「つまりエクセル卿には休憩が必要というわけだな……」
「はい全裸守護聖人たるシューター卿、彼には休息が必要です」

     ◆

 魔法攻撃の観測射撃を行っていた場所にタンクロード率いる野牛の騎兵が襲いかかった頃、その場所はすでにツジンの工作員たちの姿は存在していなかった。
 その頃になるといよいよ黎明の刻がやってきて、東の平原の向こう側から太陽の光があふれ出してくる。

 更なるイジリー砦の襲撃は行われなかったと見えて、両軍の死体が散乱した包囲陣にようやくの安堵がもたらされたのである。
 その頃になってようやく姿を現したニシカさんは、実は集合命令の信号矢を耳にした後も、戦いを続けていたらしい。

「魔法使いの死体は全部で九つだ。全部オレ様が暗所から仕留めてやったから、数はこれ以上はいなうはずだぜ」
「ニシカさんが追いかけていた影の行く手に、こいつがいたというわけですか?」
「そうだな。伝令の走った先に付いていったら、ご丁寧に道案内をしてくれたからラッキーだったぜ」

 なるほど。
 途中から魔法の集中攻撃が行われなくなったのは、敵が撤退したからではなくてニシカさんが全滅させたからだった様だね。

「しかし何だなシューター。おめぇはさすが全裸を貴ぶ部族、冬場なのに半ズボンでも平気なのか?」
「さ、寒いことは間違いないですけど、足を怪我したので仕方がなかったのですよ!」
「ご主人さま、寒さを癒す方法は暖かいお風呂に浸かる以外はないでしょう。明るいうちにお湯に入って気持ちよくなっていただくのがよろしいかと思います」
「ンだなあ。ギムルの野郎はシャブリン修道院まで後退したんだって? だったらしばらく現場の指揮は、軍監のお前ぇがしなくちゃなんねえし、体を休めておくべきだぜ」

 図らずとも戦闘とは関係ない理由によって、俺は全裸になる事になった。
 ちょうど午後ぐらいの事だろうか、両軍の死体処理が終わって天幕の補修などがひとしきり片付いた段で、ちょっと大きなドラム缶みたいな湯釜で、俺はお風呂を味わうのである。

「こ、こらニシカ義姉さん、あまり押されるとわたしの肌が風呂釜の金属部分に当たって火傷をするではないか。そうしたら愛しいひとに嫌われてしまうかもしれない」
「ちょ、押さないでおくれよ、オレ様の尻にもアザが出来てしまうっ」
「ぼくはもう少しぐらい熱い方が好きかな。マドゥーシャ、火力を上げてくれるかな?」
「はいおまち!」

 どうして家族が全員でお風呂に入る必要があるのだろうか。
 一度に入るのではなく交互に入れば、こんな狭い思いをする必要などは無かったはずだ。
 俺なんて、何故か体躯の大きなニシカさんとソープ嬢に抱かれる様にしてサンドイッチされているぐらいである。
 ちなみにサンドイッチの具にされているのは俺である。
 いや、もしかしたら本場アメリカンサイズのハンバーガーかもしれない。
 何しろ向かい合っているのは男装の麗人である。肉厚おっぱいバーガーはやばい。
 たわわな三人のお胸に、俺とエルパコはしなびたレタスかピクルスだ。

「ご主人さま、戦場で薪は貴重な資源ですから一度に入った方が効率も良いのです」
「そ、そういうものかな。びえっくしょい!」
「マドゥーシャ、ご主人さまがお寒いと申しておりますよ! ただちに薪を追加しなさいッ」
「おちんぎんビーム追加はいりまーす!」

 カラメルネーゼさんだけギムルに付き合ってこの場にいないが、この事を知ったら彼女はゆで蛸の様に悔しがるだろうか。
 抜け駆け大好きの彼女の事だからさもありなん、さもありなん。

 俺の名は吉田修太、三三歳。
 イジリー砦の湯でひとッ風呂を浴びる戦場の男である。

 
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