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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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345 釣れますか? 3


「軍学書の常道によれば、古来より夜戦を行う事は兵士に過度のストレスを与えるものと言われているんだ。軍監たるシューターくんに基礎の基礎を解くような真似になってしまうが、夜襲をかける側、かけられる側ともにこれは非常にリスキーという事を改めて理解していてほしい」

 時刻は太陽が森の山の向こう側に姿を現すよりも一刻ほどの猶予がある頃。
 俺が不寝番の交代のために起き出したところで、エクセルパーク卿に捕まってそんな言葉を投げかけられたのだ。
 用を足すために天幕を抜け出した俺とけもみみと、それからエクセル卿の三人が林の中にやって来て連れションをする。

「モノの本によれば、人間が夜間での活動に順応するためには少なくとも三〇分。そうだな、このファンタジー世界風に言えば四半刻ほどは時間がかかるものらしいぜ」
「四半刻! なるほど確かにそれぐらいの時間は必要かもしれない。今だって周囲の暗がりで足元は滑りやすいし、トイレを済ませるのも面倒だ」

 ハイエナ獣人のけもみみ奥さん、長耳族のニシカさんや男装の麗人ならばいざしらず、俺たちは周囲の暗がりに眼が馴染んでくるにも時間がかかるものだ。
 人間は夜行性動物じゃないからしょうがないよね。
 ところで俺と交代直を済ませてこれから休憩に入るエクセル卿は、すでに数時間あまりを暗がりの中で過ごしていたので網膜の機能は間違いなく夜間順応をしていたと見える。

「不思議なもので、エルパコ夫人は男の子と同じものがあるんですね」
「そうだよ。ぼくとシューターさんはお揃いなんだ」
「…………」

 何の事を言い出すかと思えば、三人並んで小用を足すために息子を外気に晒しだしたところで、シゲシゲとエクセル卿がそれを観察していたのである。
 失礼極まりないとけもみみは怒り出すわけでもなく、むしろ誇らしげに息子をつまんでジョビジョバとはじめたではないか。

 何がとは言わないが、俺とけもみみは確かにお揃いかもしれない。
 いやしかしその点を言えば、このファンタジー世界の男どもは揃いも揃ってみんな包茎なのだから、別にその事を俺も卑下する必要ないんだけどね。

「夜間に奇襲をかけられれば、こちらも対処を失敗すれば同士討ちなどの混乱に巻き込まれる事になるから、正直なところこの酒宴の挑発行動を何日も繰り返すのは得策ではないよ……」
「確かに、我慢比べのところはあるよな」

 三日、四日と続けていくうちに、かえって俺たちの中に油断が生じるかも知れないとエクセル卿は言いたいらしい。
 俺自身もこのファンタジー世界で戦場に出た経験の中で、ナワメの森でバジル大作戦をやった時の事、それからゴルゴライ戦線で朝霧の奇襲作戦をやった時の事などは、かなり同士討ちや連携をするのに苦労した覚えがある。

 特にこちらから包囲奇襲作戦をやったナワメの森の谷間での戦いでは、襲撃された敵側が同士討ちや見えない敵を探して大混乱になった姿を目撃していたぐらいだ。

「今回は意図してそれを再現し、こちらも罠を用意して待つわけだからな。伏兵を準備していると言っても、それが連日の空振り続きだと、確かに集中力が途切れるかも知れない」
「だけどシューターさん、それは敵も同じ事になるから安心だよ。いつ攻撃を仕掛けるかと敵だって準備してチャンスを待ち続けているわけだから、消耗は同じ事なんだ」

 ブルブルと俺が息子を振ると、それに合わせてけもみみも同じ行動をする。
 ジョロジョロと俺たちよりも長く用を足しているエクセル卿は、寒いからと夜中に何度も白湯を飲み続けていたらしいね。

「クワズの領兵やサルワタの領兵は訓練された精強な兵士とは言い難いからね。ミノタウロスや騎士修道会のみなさんは油断なく今も待機していてくれるけれども、狙われるとすれば僕はサルワタかクワズの領兵が伏兵や当直に付いている時間だと考える」

 ズボンをずり上げて寒い寒いと身震いしながら三人そろって天幕に引き上げていくところで、エクセル卿はそんな事を言った。
 彼は戦場経験ほどさほどでもないけれど、領主奥さんから軍事教育の何たるかを幼少期から叩き込まれていたので、そういう危機感を持っていたらしいね。

「狙うなら一番弱っている場所というのは、しごく理にかなっている」
「ぼくたち猟師が獲物を狙う時も、やっぱり群れの中で出遅れた獲物や、子連れを狙うのが基本だからね。子供はたいしてお腹を膨らませてはくれないけれど、その親は子を守るために前に飛び出してくるから」

 鹿や猪なんかの事を言っているのかもしれないが、それは人間に当てはめても同じ事だろうと理解できる。
 熊やリンクスなどは、子連れだと神経質で厄介だなんて話をッワクワクゴロさんは言っていた気がするが、同時にテレビの動物番組なんかでは、最初に狙われるのは群れの中で立場の弱い草食動物だった。

「できるだけ昼間の時間に僕ら領兵を配置につけるようには差配しようと思うけど……」
「上手く説明をしておかなければ、楽な配置だけを身内にさせるというので騎士修道会や野牛の兵士から不満も出るだろうな」
「それにどんな精強な軍隊だって、ストレスが溜まれば戦場で役に立たなくなるでしょうしね。何かシューターくんの中で提案はあるかい?」

 思い切って自分たちの防御をガラ空きにしてしまうという方法は確かにある。
 格闘技の試合ではないが、ノーガード戦法で相手が殴りかかってこさせやすい状況を用意するのがそれだ。
 ある意味で今がそのノーガード戦法と言えなくもないが、まだ「まだお前を倒すにはこの片腕だけで十分だ」と挑発しているだけなのかもしれない。

「ノーガード戦法なあ。でもそれをやると、ギムルさんを奇襲してくるだろうツジンに対処できなくなる可能性があるんだよ。それをやるならまだ体力が俺たちにあるうちだな……」
「シューターくんの報告を聞いてから、ギムルくんは完全にツジンの存在を警戒しているからね」

 警戒しているという言葉はそれでも優しいぐらいだろう。
 実際にはかなり恐怖を抱いているらしく、わざわざ自分の寝所たる天幕に俺たち義両親を一緒に寝させる事をしたぐらいだ。

「辺境不敗のシューターさんを信頼されるのは嬉しいし、別にそれ自体は悪い事じゃないからね。こっちも警護をする上でやりやすいんだ」
「まさにエルパコ夫人の言う通り、危機感を持って受け止めてくれるのはありがたいんだけど。それが恐怖として周辺の兵士に伝播する前にケリをつけたいところだよ。参謀役を承っている僕としては」

 そんなやり取りをしながら、イジリー砦を正面に見据えられるキャンプファイアのところまでやって来る。
 敵さんもご苦労な事で、石造りの物見矢倉に立った兵士の数名が、定期的に移動しながら不審な事はないかと監視任務に当たっているのが見えた。
 雪はしんしんと舞っていて、吹きさらしの矢倉の上ではさぞ寒いだろうね。

 俺たちがキャンプファイアで凍えた手を温めようと差し出したところ。
 ふとけもみみの動きがピタリと止まった。
 俺もそれを見ていて直ぐに防寒具の衣擦れを立てない様に体を停止させる。
 エクセル卿だけは気付かない様で「寒い寒い」と手を擦り合わせたり、たき火に晒したりとしていたけれど、

「シューターさん?」
「ああ。誰かがが動いているな」
「うんそうみたいだよ。向こうの林の中を静かに移動している姿が見えたよ」

 俺もけもみみに遅れて気配を察知できたのだ。
 正体までは理解できなかったけれども、暗闇に確かに動く姿が見えたのだ。まあたまたまエルパコが視線を向けてくれたからそれが発見できたのだが、運が良かった。
 音も立てずにそれを追いかけたけもみみに従って、俺も長剣の鞘を押さえながら続こうとする。

「し、シューターくん」
「できるだけ静かに、今すぐ動ける兵士を数名集めてください。可能ならうちの奥さんたちと修道騎士がいい」
「り、了解だよ。敵襲かな?」
「そこまでは今の俺にはわからない。もし奇襲ならこちらが感づいているとバレた時点で失敗だ」

 可能な限りできるだけこちらに引き付けたところで、あべこべに逆襲に転じられるのが最高の理想だからな。
 俺はそれだけ伝えて姿勢を低くしながら、天幕を遮蔽物に利用しつつけもみみを追いかけた。
 かがり火があちこち陣屋の中で燃えているので、ありがたい事に最低限の視界は確保されている。
 しかし、さすが猟師あがりのエルパコは、雪上でも素早く移動していたと見えて、すでにどこか彼方へと行方をくらましている。
 こうなると足跡を追いかけて、けもみみがどこに向かったのかを追いかけねばならず俺は難儀した。

 焦れば足元をすくわれて滑るし、これが夜襲の兆候であれば下ばかり向いていると不意打ちを駆けられるかもしれない。
 するといつの間にか視線の先に、腰を低くした男装の麗人が小さく手を挙げているのが見えた。

「ご主人さま、こちらですッ」
「ベローチュ?!」

 たまらず声が大きくなりそうになるのを堪えて、急ぎ男装の麗人と合流する。
 薄暗い中で吐息を漏らしたベローチュの口から白い息が広がった。

「今しがた、砦から脱出を試みたと思われる兵士をニシカさんが発見したところです」
「そ、それは本当か」
「残念ながらこれが脱走兵なのか、伝令を託された脱走兵なのかまでは判断が付きかねるところです。いまニシカさんがその姿を追いかけて追跡しているところですが、ご主人さまの方でも何か問題があったのでしょうか?!」

 実は俺とけもみみ奥さんも、陣屋の林の陰で何か得体のしれない人間の影を捉えたのだと説明をする。

「それが敵の脱出を試みたヤツなのか、別にそういう人間がいたのか。あるいは追いかけるニシカさんなのかまではわからないけどな。エルパコの姿は見なかったか?」
「いえ、残念ながら自分は。ニシカさんの命令でご主人さまにご報告に上がるため、引き返していたところです」
「…………」

 どうする。
 森の中で行動をさせるのならば、ニシカさんやけもみみ以上の人材はいない事は間違いない。
 けれどこれが何かの罠だった場合は、ふたりを単独で行動させる事になる。
 猟師経験の長いベテランのニシカさんが、その判断を誤って危険に晒されるなんて事は可能性が低いかもしれないが、一瞬の躊躇が芽生えたのは事実だ。

「ただの脱走兵が独り出たというのならば、そのうちにニシカさんが捕まえてくれるだろう」
「もしもこれが奇襲兵の斥候だった場合は目も当てられません」
「あるいはイジリー砦の内外と伝令が連絡をとっていて、ツジンと繋がっている場合は最悪だ」
「さすがご主人さまご賢察です。その場合、陽の光が空の向こう側に顔を出すまで、およそ半刻程度の間があります。この時間が奇襲をされるともっとも危険な時間ですよ。ギムルさまにご報告を上げるべきだと自分は意見具申します」

 よし、騎士出身のベローチュの経験でそう判断するのならば、そうすべきだろう。
 これが間違いだった場合はオオカミ少年になってしまうけれど、それで見過ごした結果がまともに夜襲を受けたのでは、酒宴を開いた意味がない。

「まどろっこしいのはなしだ。信号矢を打ち上げて、一斉に警戒態勢を取れ」
「了解しました。ご指示に従い矢笛を使います!」

 ただちに腰に吊ったの矢筒から一本を引き抜いた男装の麗人は、短弓を構えて雪の散る暗闇にギューンと音を響かせる矢を放ったのである。
 事前の約束で奇襲を知らせる音色を放った後に、俺は俺で首から吊った警笛を鳴らす。

「敵襲、敵襲! 総員起床セヨっ」


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