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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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343 釣れますか?


 時刻はまもなく夕方に差しかかろうとしていた。
 外の空気も一段と冷え込みを増してきた様で、俺たちは身を縮めながら修道騎士の誘導に従ってイジリーの砦へと目指す。
 街道からは上手く林に隠れる様な具合で砦が築かれていたのだが、これがまたよく考えられていて近づけば近づくほど高くそびえる木々に邪魔されて、砦の全容を一目してはわからない構図になっているのである。

「この砦を設計した人間はよくわかっている方ですわね。間近では全容が確認できず、街道沿いからもギリギリ隠されるような高さになっていて、かといって村の外れまで移動した場合はしっかりと砦の位置は理解できるのですわ」
「村の人間でもない限りは街道から外れて行動する事はないからな。せいぜいが宿屋に一泊する程度の事で、旅人は村外れまで行く事はない」
「そうですわね。そして、村外れに展開したのが、わたくしたち盟主連合軍というわけです。あそこに砦があるとわかれば、必然的に危険な施設を排除しようと軍勢を差し向けますもの。木の高さまでを計算に入れている小憎い構造である事を考えれば、軍事建築にかなり造詣のある方の設計である事が伺えますわ……」

 軍馬に揺られながら、蛸足麗人が木々の狭間から見えてくる要塞を見やりつつそんな言葉を漏らした。
 それぞれこれまでに見てきたブルカ近郊の砦は、設計方針がみっつともまるで違うところは面白い。恐らくは設計を手掛けた時期が違うために、そういう際が出たのだろう。

「カリッカにあったトーチカ群みたいな砦は、たぶん比較的最近造られたものだろうな。周辺の木も切りそろえられていた感じだったし、建物の経年劣化も一見した限りは感じられなかった。ツジンのテコ入れで最近になってあわただしく作ったものなのかもしれない」
「ご主人さま。その点、イングリの砦は築城から随分と時間が経過している感じがします。設計思想そのものは目新しさのない堅実な構造になっていますので」

 背後から馬を寄せて男装の麗人がそう言った。

「あなたはイングリの砦を見た事があるのですか、ベローチュさん?」
「はい、カラメルネーゼ奥さま。リンドル川を経由して辺境を移動する際には、必ずイングリの砦前を通過する事になりますので、通る者にあの砦は威圧感を与える役割もあるのでしょう。三年前にオコネイルさまとともにセレスタに移封された際、自分はあれを間近に目撃した事があります」

 当時から古ぼけた砦だという印象を彼女は持ったらしいね。
 ブルカ街道沿いからはイジリー砦の様に目視はしずらくとも、リンドル川方面に対しては「お前を見ているぞ」という威圧で、軍事的にブルカを攻略しようと考える人間に目障りに感じられる様な配置がイングリの砦というわけである。

「イジリーの砦がツジンの設計思想の影響を受けたものでなかったのは、もしかすると不幸中の幸いかも知れない。魔法対策でトーチカみたいな構造になっていたら、力攻めすらも無理だっただろうからな」

 まさに質実剛健なファンタジー建築のイジリー砦を見やりながら俺はそんな言葉を漏らした。
 砦の物見やぐらには監視の兵士だろうか、こちらを睨みつけている防寒具で着ぶくれした人間の姿が見て取れた。
 食料不足だろうに、威勢を張る様にいくつもの旗が石矢倉に並べられていて、未だ士気が健在である事を物語っている。
 酒宴で相手を挑発して、果たして連中は俺たちの思惑に乗って来てくれるかね?

「三国志みたいなよくある戦記物語だと、激高した敵方の指揮官が夜中に痺れを切らして奇襲をかけてきたりするんだけどね」
「普通の思考ならまず乗ってこない事でもな、相棒。追い詰められている時はおかしな行動に人間は出るものだぜ。オレ様だって何十日も酒を断たれた状態で鼻先にぶら下げられたらわかんねえからな」

 そんな事を口にするニシカさんだが、彼女こそ徴発を受けて激高する三国志の武将系女子だよね。

 屈強な野牛の兵士たちに守られた天幕の側までやって来た。
 元いた世界で遊牧民たちが利用している様な移動式の住居みたいな造りになっているところを見ると、たぶん野牛の一族が軍事利用している陣屋なのだろう。
 この王国の野営用のテントと違って、かなり丈夫な造りになっていて、積雪にもある程度耐えられる構造みたいだ。

 俺たちがしげしと天幕を見やっていると、先に下馬して中に連絡を飛ばした男装の麗人が、天幕からひょいと顔を出して俺たちを呼ぶ。

「さあご主人さま、奥さまがた。こちらの陣屋でギムルさまがお待ちしております」

 高貴な身の上に対する礼を野牛の兵士から受けながらゾロゾロと天幕の中に俺たちが入ると、不機嫌そのもののギムルが俺たちを迎え入れてくれたのである。

     ◆

「俺の与り知らぬところで、続々と酒樽が運び込まれてきたと思えば、これは義父上のご差配であったか」

 赤い顔をしたギムルは開口一番俺にそんな嫌味を飛ばしてきた。
 一応は部下たちの手前もあるので、俺の事を立てて義父上とは言っているけれど、その表情は納得が行っているという顔ではまるでない。

「シエルと叔父御は事前に聞かされていたというから、余計に始末が悪い」
「いやあ、俺たちもできれば現地視察だけをして引き上げる予定だったので、ここまで大事になるとは思っていなかったんですけどねえ」
「黙れ。それで酒宴を開いて敵勢の油断を誘うという馬鹿げた計画で、本当にイジリー勢が釣り出せるんだろうな?」

 それはやってみなくちゃわからない事だけれど、この作戦にニシカさんやカラメルネーゼさん、それにスウィンドウ卿は少なくとも乗り気の様子だった。

「勝算はあるぜ。酒は人類の恋人だ、この厳しい寒さの中で酒なくしては暖を取る事もままならねえ。してみると自分たちは寒さと飢えの中で籠城作戦をしているのに、眼下の敵軍は景気よく酒宴をするわけだ。そりゃあ腹立たしい事間違いないだろうぜ」

 ニシカさんはニヤリと笑ってそう言うわけである。

「赤鼻は黙れ。義父上はどう思っているのだ」
「少なくともイジリーの砦に立て籠もっているみなさんは、攻めるには数が足りずに守るにはジリ貧である事が明々白々なんですよね?」
「そうだ。連中はあわてて砦に立て籠もったはいいが、食料の備蓄までは手配が届かなかったからな。おかげで進駐した俺たちは強奪した糧食が存分にあるが、砦の連中は十日の飯を二十日ぶんにわけて食べているらしい」

 脱走を図った領民を捕まえて尋問に駆けたところ、そんな情報が手に入ったらしい。
 実際の食料の備蓄分は、まるで冬を越すには足りていないのだという。

「当然、酒の様な贅沢品は配給されておらず、蔵へ盗みに入った兵士が見せしめに厳しく処罰されたらしいからな」
「そりゃ当然そうなりますね。もしも酒が配られる日が来たとすれば、最後の時だろうな……」

 天幕の中で寒そうに手を擦り合わせたギムルの言葉に納得した。
 であるならば、酒宴で相手を挑発する作戦は、たぶん上手く敵を釣り出す事ができるはずだ。

「今夜にでも派手に酒宴を開いて見せつけてやれば、たぶん連中は眼の色を変えてヨダレを垂らすんじゃないでしょうかね。ただ一日で釣れるとは限らないので、二日、三日と続ける必要があるかもしれない」
「ふむ……」
「それと、例え演技であっても、こちらも酒宴の席で完全に油断をするわけにはいかない」
「どういう事だシューター」

 怪訝な顔をしたギムルに、男装の麗人が俺に代わって言葉を投げかける。

「その際ギムルさま。あなたの身代を狙って、少数精鋭のチームが暗殺や拉致をしかけてくるかもしれないという事ですよ。ご主人さまの考えによれば、ブルカ伯の懐剣であるツジンという似非坊主がこの近くにいる可能性があるのです」
「?」
「今、マイサンドラ奥さまが一番ツジンが隠れていそうな場所で監視を続けているんですけどね、包囲された砦の連中がどうしてここまで士気を維持できているかと言うと、恐らくはそのうちにブルカ側の救援が来ることを知っているから頑強に粘っているんでしょう」

 上手くすれば砦から敵を釣り出す事ができると同時に、ツジンもこの際仕留めてしまう事ができる。
 そういう説明を男装の麗人に代わって俺がはじめると、赤かったギムルの顔が途端に青ざめて、身を乗り出しながら熱心に耳を傾けるのである。

「ブルカ伯の身代を奪われている同盟軍側にしてみれば、その対価と見合う人質を手に入れようと考えるのはおかしな話ではありませんよね?」
「う、うむ」
「あなたは仮にもアレクサンドロシアちゃんの後継者と目されている人物で、これが囚われたとなれば泣き所だ。まあ実際に殺しにかかってくるのか拉致を狙ってくるのかはわからないが、砦にばかり眼を奪われていると背後から尻を掘られる事になるかもしれませんよ、ってなわけです」
「わ、わかった。義母上は難敵に遭遇した場合は直ちに助けを求める様にと、口を酸っぱくして俺にお命じになられた。今がその時だ」

 苦虫を噛み潰した様な顔をしたギムルは、そのまま野牛の一族みたいにフンスと鼻を鳴らして見せた。
 そうして白湯を運び込んできてくれたギムルの新妻タンシエルさんを見やり、こう続けたのだ。

「視察に訪れた義父上、義母上らの労をねぎらうために酒宴を開くと振れを出せ。エクセル叔父、スウィンドウ卿やタンクロードバンダムも呼び寄せろ」
「は、はいわかりましたただちにっ」
「この様な砦ひとつに手こずっている様では冬が終わってしまうと思ったが、余計に始末の悪そうな先行きだ。万事、義父上らと協議して上手くやり抜けるぞ!」

 こうしてギムルへの事情説明を終えた俺たちは、その日の晩から連日続く宴を開始した。
 もしもこれがお芝居の演目ならば、その主演はギムルで間違いないのだが、俺たちは酒が大好きなヒロインをキャストする事ができる。
 ニシカさんだ。
 彼女なら間違いなくリアリティがある

「お、オレが酒を呑むのかよ? オレを酔わせてどうするんだよ、オレは罠を張る側じゃねえのかよ?!」

 ギムルもこの舞台の主演なのだから酒は呑んでもらわなきゃいけないが、いざという時の護衛が出来る人間を側に置いておかないくてはいけない。
 ニシカさんなら酒にだらしない事は盟主連合軍の人間ならだれでも知っている事実だし、腕も頼りになるのでいざという時の護衛にもなる。
 気配の察知に敏感なけもみみもこれに加えていたら、ツジンの精鋭が来てもただちに反応する事ができるんじゃないか。

「もちろん演技ですからね。ニシカさんは護衛だから、本当に酔いつぶれたら困ります。中身は水です」
「水。何だよ水かよ……」
「俺とニシカさんがギムルさんの側で守っているから、安心して挑発できるんです。他のみなさんには天幕の中でいざという時のために待機ですよ」

 特に槍を持たせたカラメルネーゼさんやソープ嬢、陣屋に入ってからエルパコとせっせと護符の内職をはじめた女魔法使いは、挑発に乗って襲撃してきた敵を叩きのめすのに必要な切り札だ。
 問題はツジンが少数精鋭を率いてギムルを襲ってきた時の事だが、これはツジンにも悟らせずにマイサンドラに追跡をさせるとなれば、信号矢を使ったりなどして、俺たちがやり取りする事は出来ない。

 やはりそこは他人任せにはできないので俺と信頼できるニシカさんでこれをやるしかない。
 完全に陽が落ちると松明が並べられて包囲陣を明るく彩った。
 いよいよ酒宴の席が設けられて、砦の連中に見せつける様に酒を酌み交わす時が来たのだ。

「シエルよ。今宵はわざわざゴルゴライより視察にこられた義父上と、エルパコ義母上にお酌をしてさしあげるのだ。ただ赤鼻の義母上は酒癖が悪いので、程々にしておくのだ」
「うるせえ、オレ様にもたっぷり酒を注ぎやがれってな!」
「わ、わかりました。さあさあお義父さま、お義母さま。どうぞ野戦場の何もない場所ですが……」

 酒の肴は眼前の砦に見える、飢えた兵士たちといったところか。
 宴がはじまると、しきりに物見矢倉から人間が俺たちを指さして何事か言い合っている。

「ぼくはお酒はあんまりいならいから、お肉が食べたいな。シエルさん、骨付きの猪肉をください」
「ただちにお持ちいたしますねエルパコお義母さま。誰か、エルパコお義母さまに焼き立ての猪肉を!」

 ぼけーっとした顔をしている様に見えて、けもみみ奥さんはやる事がえげつない。
 呆れ半分、いい演技だと内心に笑い半分を浮かべてていたところ、砦の建物から物見やぐらに家中をきらめかせるマントの男が現れた。

「おい、見ておくれよシューター。あいつがたぶん砦の指揮官だぜ」

 そうだろギムルの旦那? と問いかけたニシカさんに、ギムルは酒で少し赤らんだ顔をして頷いて見せた。
 餌にかかるかかからないか。さあこい!
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