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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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342 続・ツジンの影


 俺たちが斥候任務の最後に立ち寄ったのが、イングリという山間に囲まれた辺鄙(へんぴ)な村だった。
 地図を確認したところ、イングリの村は場所的にはツダの村にほど近い場所に位置していた。俺たちが夏に女領主や今は亡き騎士修道会の前総長カーネルクリーフらと会談を行ったところだ。
 ちょうどブルカ辺境伯領を守る様に玄関口に領土が広がっていて、周囲は山脈の渓谷部分でリンドル川に沿ってブルカ街道が抜けているのだ。

「辺境の平原地帯を隔たる山々がせり出していて、ちょうどブルカ伯領を守る城壁の様になっているのだな」

 山そのものはラメエお嬢さまの故郷であるオホオ村などの西域から北に抜けて走っているのだけれど、その北にある森林地帯の辺りでそれは消滅する。
 実際に軍勢がここを超えてブルカに攻め寄せる未来を想像してみると、ここが一大激戦地になるだろうと簡単に理解できた。
 軍事の事についてはほとんど素人の俺からしても予想できるのだから当然、貴族軍人のオレンジハゲや元参謀のツジンたちが戦略要衝と位置付けていた事は間違いない。

「村の中を巡ってみればわかる事だけど、山そのものはたいして険しくもないのだわ。問題は大軍がここを通過しようと思うと、どうしても平野の狭まった渓谷部に集中してしまうという事かしら」
「ツダの村の北東に位置するわけだな。ここより南はアレクサンドロシアちゃんに帰順したオークたちの故地というわけか」

 実際の地図とブルカ街道を見渡せる丘から風景を見比べながら、俺とマイサンドラは意見交換をした。
 女魔法使いはというと、その間も周辺警戒のために護符を手に油断なく反対方向の観察を続けているところだ。

「問題の砦というのはどこにあるんだ?」
「旦那もブルカの街に行った事はあったのよね。そうすれば見た事はなかったかしら」
「街には一度だけだが足を運んだことがある。それかこの地図にあるツダにもな」
「ツダはブルカ辺境伯領内の分限領地だけれども、このイングリは形式の上では独立した領主に支配されているわ。ただし血縁同盟はすでに結ばれているから、」

 そう言って言葉を区切ったマイサンドラの視線の先は、俺たちの今いる周囲を見渡せる丘と向き合った林の方向だった。

「事前に軍事的要衝を作らせていたというわけね。あれがそうよ」
「林の中から見え隠れしている建物がそうか。このイングリの地形を考えれば、渓谷に関所として機能する様な要塞でも作った方が効果的だと思うんだがねえ」
「そうしなかったのは、王国や周辺領主にそれを悟らせないための工夫というやつですよ閣下。それに街道の側面に砦があると、守りについている軍勢からすれば、側面からの横槍がやりやすいというのもありますね」

 俺たちの方を向き直った女魔法使いが、そんな解説を入れてくれる。
 なるほど、砦の存在を隠蔽するための偽装のために林に造り、いざ戦争となれば出城としての効果も期待されているのかも知れない。
 わかりやすく街道の通過点が山脈の切れ目に存在しているとなれば、俺たち盟主連合軍はその場所に殺到するだろう。

「ブルカ街道を通って辺境伯領に入った時の感覚からすれば、確かに力攻めをすればどうにか突破できそうな気がしないでもなかった」

 言われるほど山は高く連なっているわけでもないし、渓谷の幅も恐ろしく狭いというわけではない。
 ついでに街道の谷間に村の主要な集落が集中していたので、分析する俺たちも意識はそちらに向いている。

「そこに隠された砦があって、いざここが会戦の地になれば目障りこの上ない立地になるわけです。いやわたしは軍学書に精通しているわけじゃないから、受け売りですけれども」
「受け売り? 誰のかしら」
「もちろんアレクサンドロシアさまのですよマイサンドラ奥さま。地図を見て思案に暮れていた時に、アレクサンドロシアさまがそうおっしゃっていたのです。わらわなら、ここかここに砦を築いて対抗するだろうと」

 マイサンドラの質問に、そう言って女魔法使いが指さしたひとつが俺たちの向かいにある林の中の砦、街道の南側である。
 もうひとつは街道の北側の似たような林の中である。
 背面を山脈が背負っているので、歩兵が攻め立てるのには難儀しそうではある。
 そうしてそれを見た俺はボソリと言葉を漏らす。

「ここは駄目だな」
「どういう事なの旦那?」
「地形的に高低差があるから、こちらが攻め寄せる時に被害が尋常じゃなく増えそうだ。しかもギムルさんの軍勢は一〇〇〇を少しばかり超える程度で、ゴリ押しは無理だろうし」
「?」

 雪もこれからますます降り積もって動きが悪くなるところに、高い場所から魔法やら弓矢ら撃ち込まれたらやられたい放題になってしまう。
 しかも大軍をここに差し向けた処で、攻め口が狭いので実際に戦える軍勢は限られた数だけ。遊兵が発生してしまうのでは意味がない。

「一対多数の戦いをする時に壁を背にして戦ったり、細道に入り込んで背後を気にせず格闘する様な理屈だろうか。これなら一度に相手にするべき敵は最小限になるし、相手の後ろの方にいる連中は暴れ様がない」
「その理屈はわかりやすいですねえ、閣下」
「ついでに言うと、冬季の頃合いに軍勢を大量動員させていいとはとても俺は思えないんだよな」
「つまりここでの戦闘は無視した方がいいという事かしら? 命令ではシャブリン修道院の以西にある村々を占拠するのが、ギムルの旦那に与えられた任務だったと思うけど」
「そうなんだけど、駄目だな。簡単に攻め落とせそうな地形には見えないし。ここ、無理攻めしたらいくら体制が整っていないと言っても、ブルカ領軍があわてて援軍を送り出してくるぜ」
「「……………」」

 ブルカ領の喉仏に俺たちが攻め寄せれば、当然その対応に迫られるだろう。
 そうなってしまえば両軍とも今が冬季だという事を無視してでも消耗戦に発展せざるを得ない。
 俺がそんな意見を口にすると、ふたりは顔を見合わせて無言で頷いてみせた。

「地形だけを確認して引き上げよう。仮にギムルさんが他の村を占拠した後に、勢いに乗ってここまで攻め寄せてきたら、無駄に血を流す事になりかねない」
「冬場の無駄な体力消耗は、確かに春の戦争に影響しそうなものね。旦那は女神様のおわす国で、そういう学問を学んでおられたのかしら」
「いや別に、歴史を少々……」

 特に思い付きでこんな事を言いましたとは言えず笑ってごまかすと。
 フンと鼻を鳴らしたマイサンドラは、了解だというアイコンタクトだけを残して馬の手綱を引いて歩き出した。
 あわてて女魔法使いが俺から地図を受け取ってそれに続く。

 イングリの村については周辺を林の中で確認するだけにとどめて、俺たちはギムルのいるイジリーの砦方面に引き返す事になったのだ。

     ◆

 イリジーにカリッカ、イングリという三つの村をつぶさに観察し終わったのちに、俺たちはシャブリン修道院まで予定通り一旦引き上げてくることになる。
 これらの村々の兵士は全軍かき集めても数百程度の小勢力で、しかも分散配置されている事を考えばギムルにとって危険要素はあまりないと言えるだろう。

「戦力集中の原則に従って、ギムル卿は率いている軍勢の大半を自分の手元に集中させています。野牛の戦力はカリッカ村方面の押さえとして後方を睨んではいますが、それはこちらの一部の戦力ですからね」
「しかも今は騎士修道会の援軍が加わっているので、ギムルさんの戦力は余剰すらあると言えますものね」

 帰還した俺たちは顔を付き合わせて、情報確認をする事になった。
 シャブリン修道院の応接室に集まった奥さんたちは報告に、 カラメルネーゼさんは羽根ペンを手に取ってブルカ同盟軍側の戦力詳細をメモしながら俺たちを見回した。

「イジリーの軍勢は駆け込んだ援軍と合わせて一〇〇には届かないという事でしたわね」
「そうだぜ。オレの見たところでは、領内一円の難民の中で、まともに戦いに参加できそうな戦士の数をあわせても、それ以上は超えないだろうという感覚だ」

 ニシカさんによれば戦闘参加可能な成年男女の数は三〇程度しかいない様で、元からいたイジリーの兵士やブルカ同盟軍の敗残兵などを合わせても全部で一〇〇未満という事だった。
 木々の生い茂った丘の上に砦があるから厄介というのであり、軍事的な数としてみればたいした数ではないと言えるだろう。

「すでに占領下にあるイジリーの村落では、領民はしっかりと恭順の姿勢を示しているのですわね?」
「そうだよ。ぼくが村のひとと話してみたところ、野牛の兵士がとても恐ろしいと不満を言っていたけれど、食料の手配が順調に行っているから不満はそれほどないみたい」
「それならば食料の供給をこちらがしている限りは、村人たちは協力的というわけですわね」
「うん。彼らは疲れきっていて、戦う気力なんてないんだってさ」

 ブルカ同盟軍がシャブリン包囲戦で敗退したのを目の当たりにしたイジリー領主が、秋の終わりに強制労働に村人たちを引っ張り出したのが大きな原因の様だ。
 少なくとも砦に入場した領民たちとは違って、村落に残る選択をした者たちはイジリー領主に対して愛想をつかしたという事なのだろう。

「カリッカの村はどうでしたの? あちらにも砦が存在していたという事でしたけれども」
「あそこの村長は既に諦めモードらしいね。村には確かに砦、というかふるい時代の修道院を利用した堅固な要塞みたいなのが存在していた。守っているのは黄色マントの連中で、ツジンの関係者がカリッカ周辺で活動している事を掴んでいる」

 俺がカラメルネーゼさんにそう報告したところ、全員の顔が一斉に俺に集まるのを感じた。
 だよな? と応接室の隅で腕を組んで眼をつむっていたマイサンドラに話を振ったところ、こちらに黙って頷きを返した彼女が俺たちの方に近づいてくるではないか。

「この耳でツジン配下の工作員から直接聞いたわ。包囲されているイジリー砦に向けて、こちらの軍勢の戦力を探る様に命令が出ているとね。元はブルカ伯の倅に仕えていた兵士連中だというから、ツジンの教育した工作員だったのは間違いないわ」
「そのカリッカにあった修道院の遺構を利用した砦は、ツジンの持っている軍学の知識でかなりのテコ入れがされていたよ。たぶんイジリーの砦よりも本格的に手を焼きそうな気がする」

 具体的にはトーチカみたいなセメントで固められた様な建物と塹壕で繋がれた、近代的な戦術陣地だ。
 俺の見たところでは作戦参謀だったツジンの軍事的知識が多大に影響していると考えているし、掩体壕の影に隠れて見えなかった何かの高貴な存在は気になるところだ。

「ではご主人さま、ツジンが前線まで出張っている可能性があると考えておられるのですか?」
「少なくともマイサンドラはそう見ている様だな。ギムルの旦那がイジリーの砦に手を焼いているうちに、いつもの不正規戦闘のスタイルで、ツジンが何かを仕掛けてくる可能性があるんじゃないかと思うわけだ」
「……なるほど、ではツジンの狙いはギムル卿そのひとですね」
「?」

 腕組みをして大きな胸を抱き寄せた男装の麗人が、指で褐色の頬を撫でながらボソリとそんな言葉を口にした。
 それにニシカさんが不思議そうな顔をして質問する。

「やいベローチュ、つまりツジンはギムルの旦那を暗殺しようと考えているのかよ?」
「ブルカ同盟軍の側はその盟主たるミゲルシャールそのひとを自分たちに拘束されている立場です。それを取り戻すためには外交交渉で莫大な身代金を支払うか、何か別の方法で等価交換をするしかありません」
「つまりどういう事だってんだ?」
「ご主人さまやアレクサンドロシアさまの義息子であるギムルさまの隙を付いて襲いこれを拉致する事ができれば、十分にミゲルシャール卿との人質交換の材料になると踏んでいるのかも知れません」

 まあそういう可能性は十分にあるだろうね。
 ただツジンという人物が、そういうまどろっこしい作戦を立てるかどうかは謎だが、少なくとも義息子が死んだとしれば、アレクサンドロシアちゃんの衝撃は計り知れない様な気がする。
 どちらに転んでも、今のアレクサンドロシアちゃんにとってギムルさんは無くてはならない存在だからな。もともと後継者であるギムルさんに安心してバトンを渡せる様にと、政治交渉や戦争にと奔走してきたとんだから。

「冬籠りをしている敵を引っ張り出すのに、酒盛りをするという計画だったよな。その予定はどうなっているんですかねカラメルネーゼさん?」
「エクセルパーク卿が手配を進めているところですわ。すでに命令さえ下れば、可能なはずですわよ」

 ギムルにこの事実を知らせるべきか否か。
 彼のプライドを立てる事を優先して危険に晒してしまったのではまるで本末転倒だ。
 そろそろかくれんぼをするのは終わりにしようか。

「よし。これからギムルさんに会って話を付ける」
「それではギムルどのの面目をつぶしてしまう事にはならないか、シューターさま?」
「隠しだてをする段階はもう過ぎ去ってしまった様な気がするので、すぐにもギムルに事情説明をするべきだと俺は判断したわけです」

 俺の決断に、おずおずとソープ嬢だけは一応の確認とばかり小声で質問した。
 同意を示す様に、ニシカさんも猟師的例えで俺の言葉に言葉を添える。

「穴蔵に冬籠りした獲物を油断させるために、わざわざ酒宴を開くわけだ。そのためにはギムル軍もある程度は無防備を装って誘い出す必要が出てくるだろ?」
「まさにそれですニシカさん」
「そンで。そこをツジンの工作員が狙ってくればギムルの旦那がもっとも危険に晒される事になるので、オレたちが隠れてギムルの旦那を守るのにも限界があるってもんだぜ」

 ツジン本人がギムルを狙って出てくるのなら、それこそマイサンドラにとっては復讐の絶好の機会だろう。
 獲物を狩る本能に突き動かされているのだろうか、ニシカさんにけもみみが妙に眼をギラギラさせながら俺の方に向き直って来るのだ。
 もちろんマイサンドラも同様、いやそれ以上のものだ。

「べ、ベローチュ。悪いけどスウィンドウ卿に報告を上げて、ギムルさんのところに向かう手はずを」
「わかりましたご主人さま!」
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