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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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334 飛龍を狩る妻たち 4

「さあ来い、空を蝶の様にいくら舞っても自分を捕まえる事は出来ないぞ!」

 ベローチュは雪上を歩くために工夫していたブーツの巻き藁と皮袋を手早く切り捨てると、長剣を引きずりながら駆け出した。
 ワイバーンは狩猟パターンについて俺は詳しく知らないけれど、猛禽類と似たようなものである事は違いない。
 大きな違いがあると言えば、地上に舞い降りてからでもその戦闘力がいくらも変わらないという事だろうか。

「どうした臆したか! 自分は一歩も引かないぞッ」

 剣を引き上げながら構え、挑発を続けるベローチュだ。
 彼女はもはやポーションによる副作用で万能感でも手に入れたのか、改めて自分に狙いを定めながら高空から急行下するワイバーンめがけて長剣を振りかぶったのである。
 このままギリギリまで引き付けて、今度こそ相手に手応えのある一撃を食らわせる構えだ。

 ワイバーンも浅い角度から降下したところでベローチュに逃げる隙を与えると理解したのだろう。
 今度はより深い角度で、見る者には垂直降下にでも錯覚させる様な恐ろしい角度から落下してきたのだ。

 だがベローチュは引く事はない。
 重たい刃広の長剣は、こういう場合に力尽くで振り込んでこそ効力のある攻撃が可能なのだ。
 瞬きひとつする間に目前へと迫ったワイバーンは、ギリギリのところで畳んでいた両翼を大きく広げてエアブレーキをかけると、禍々しく鋭い脚の鉤爪を振りかざしてベローチュに襲い掛かったのである。

「うおおおおおっ!」

 猛々しい叫びとともに、頭上にあった剣を真っ向斬り抜ける。
 そうしながらもベローチュは前進して、ギリギリのところで前転しながらの離脱を試みたのだ。
 手ごたえは確かにあって、下腹の比較的柔らかい鱗に叩けつける感触、そこから引っかかる様に斬り抜ける感触、最後に肉をえぐる様な感触が長剣の柄を握る掌に伝わった。

 残念ながらその一撃は脂肪の一部を斬り裂いただけではあったけれど、生身の人間がこの様にワイバーンに対して戦いを挑むようなことはまずないので、健闘したのだと言えるだろう。

「ちい、まだ浅かったか?!」

 そうして、振り返りながら雪化粧の森を見やれば。
 飛び散った血痕が混ぜ返された雪の地面に点在しているのが見えた。
 その向こう側にワイバーンが、たたらを踏む様に緊急着陸して翼をたたむ姿が見えたのである。

「そうだ、それでいい! さあ、空の王者よ自分と一騎打ちだッ」

 叫びを上げた男装の麗人は、自分がご主人さまである俺を助けるために飛龍を引き付ける事に成功したと確信した。
 だが、さすがに自分独りで若いとは言えワイバーンを倒す事ができるとは思っていなかったらしい。
 いかな狂人と化した頭であってもだ。

「しかし自分がここで時間稼ぎをする事は出来る。そうすれば必ず、辺境不敗のご主人さまが何とか危機を脱するはず……」

 そう思いながら剣を引き上げて構えを改めたところで。
 周囲に何か別の気配が集まりつつある事を、遅まきながらにベローチュは察知したのである。

「お、狼の群れ。これはいったい……」

 森をさ迷う狼たちの群れは、最初の戦闘地点より今も戦いを続けているベローチュと最後の飛龍の方向へと移動してきたのだ。
 警戒心が非常に強い狼らにしてみれば、まだ戦っている両者のどちらかが力尽きてはじめて、安心して獲物を食べ漁ろうとでも考えたのだろう。

 狼にとってはどちらが倒れたところで、その獲物にありつけるのだ。
 冬場に差し掛かる直前にブルカ街道周辺の平原に大軍が在陣して睨み合いを続けたこともあって、この地域の捕食獣たちも晩秋にまともな食料にありつけなかったという原因もあったのだろう。
 その後には村や平原に人間たちの横死した姿が散乱していたことも、捕食獣たちをこの地域に集める原因になった事は窺い知れる。

 そうして雪の積もった木々の隙間に見える狼の陰にわずか気を取られた瞬間。
 雪の大地に足を付けて、いざ男装の麗人めがけて突進を開始したワイバーンがその隙をついたのだった。

「しまった?!」

 脇に構えた剣を引き上げながら、自分めがけて飛び掛かってくるワイバーンを目撃する。
 若い個体とは言ってもその大きさは軽トラックぐらいはあるだろう。
 このファンタジー世界で言えば、農道を行く荷馬車ぐらいの大きさは少なくともある。
 それが暴走して突進してくると思えば、元いた世界だろうがこのファンタジー世界だろうが、暴威そのものには違いない。

「だが一歩も引たりともかないぞ!」

 潰れた嘴を大きく開きながら目前にワイバーンが迫った時、男装の麗人は引き上げた剣を引き付けて迎撃する体制に入ったのだ。
 避けるにしても間に合わない、それであるならば口の中に勢い剣を突き刺すぐらいの覚悟で立ち向かった方が無駄死にではない。

 一撃致命傷を与えれば、後になって俺が苦労をしなくて済むとでも考えたのかも知れない。
 諦めない思考をしたのは、結果的にポーションの副作用が功を奏したと見る事もできただろうか。
 双方駆けだしたワイバーンとベローチュがぶつかり、そして当然の様にベローチュが一方的に弾き飛ばされたのである。
 剣は鼻頭のどこかを引っ掻き、そのまま鼻穴にズポリと刺さったのが良かった。

 だが男装の麗人が絶体絶命のピンチである事には変わりなく、メインウェポンを失って雪上に放り出された彼女は、暴れ狂うワイバーンを相手に無手で最後の抵抗を迫られていたのである。

     ◆

 風が木々の合間を吹き抜けるたびに、地上を覆った表面の雪が舞い散った。
 俺たちの頬を叩く感覚も今は無くなり、ただ焦りと苛立ちだけが募っていく。

「見ろ、ベローチュの足跡が続いているぞ!」

 最初の襲撃現場に戻ってみれば、この場で彼女が争ったという形跡がそこかしこに残っていた。
 真新しい雪の上に大きなくぼみがあるのは、ここで彼女が回避行動をした証拠だろう。
 踏み荒らされた形跡をニシカさんが発見して、すぐにその先のどこに続いているのかを探る。
 そうしているうちに、けもみみがその周囲を見回して警戒に当たっていた。

「血の痕跡はねえって事は、まだ仕留められたわけじゃねえ。あっちだ、けもみみは周辺に意識を払いながら先を行け」
「わかったよ! カラメルネーゼさんは抜剣をっ」
「どういう事かしら? 手槍を使うのではなくってっ?!」
「その足元を見てごらん、狼だよ!」

 素早く駆けだした俺たちの前方で、振り返ったけもみみが指さした場所を見やる。
 足を止めた蛸足麗人は、言われた通り剣を抜き放ちつつ、触手の一本に手槍を持ち変えてみせた。
 器用な事ができるのは八本脚を持つ彼女ならではだが、問題はその視線の先にある地面だ。

「狼のものですわね。それも複数……」
「恐らく先ほどエルパコが嗅ぎわけた、狼の群れのものだろうか」
「閣下、これもしかして先輩はかなりマズいんじゃないですかね……狼にワイバーンって」
「そう思うなら急いで助けに行くしかない。マドゥーシャも今度はどんな遠慮もせずに魔法を使う事を許可する」
「わっかりました! 先輩を助けたらご褒美ですからね、それもとびっきりの」
「考えておくッ」

 方々に散って狼の足跡があるので、群れがこの場所を通過したことは間違いない。
 明らかに新しいものだったから、これはワイバーンとベローチュを追って移動したという事なのだろう。

 現代日本ではすでに狼が滅びたものだと考えられていたが、モノの本や伝承には狼たちの故事が色々と残っているものだ。
 それによれば送り狼という言葉は、縄張り内に侵入したよそ者を、縄張りの外に出るまで監視して追跡をする彼らの風習をさしているのだと目にしたか耳にしたか、そういう事があった。
 してみるとこの土地の狼たちは、ベローチュとワイバーンが縄張りの外に出るまで監視しているのだろうかと思ったのだけれども、

「その様な甘いものではないと思うぞ愛しいひと。人間と狼、他のモンスターと獲物たちが背中合わせに生活をしている辺境では、むかしから狼は容赦なく人間を襲う事が知られている」
「マジかよ……」
「辺境には旅の道中で野垂れ死んだ人間など、そこかしこにいるからな。それに今は戦時下だ、死んだ人間は彼らにとっては餌以上でも以下でもないだろう……」

 ワイバーンだって一度口にした獲物の味は忘れず、以後はそれを餌として認識する様に学習するらしいからな。
 いつだったかサルワタの村に応援に来た冒険者たちはそう言っていたし、もしかしたら女領主さんやッワクワクゴロさんも同様の意見を口にしたかもしれない。
 そんな思考を巡らしているところで、また別の遺留品を発見した。

「おい、ここにカプセルポーションが落ちているぞ!」
「そいつはガンギマリーからベローチュが預かっていた器具だろうぜ」
「マリがか?」
「そうだ。オレたちの中には回復役がこなせるクリスティーソープがいるけれど、戦闘の補助をできる人間はいねえ。だからいざ危機的な状況になった時のことを考えて、黒いのがガンギマリーに頼み込んでいたんだ」

 なるほど。ポーション嫌いのニシカさんはいい顔をしていなかったが、実際にポーションをキめた経験のある人間ならば、いざという時にこいつが頼りになると思うだろう。
 ベローチュもシャブリン修道院包囲作戦の時には、確かこいつのお世話になっていたはずだ。
 拾い上げてみて、さらに視線の先に別のカプセルポーションの残留品が残っている事に気が付いた。

「中身まではわからないが二種類、ここで摂取したのか……」

 そいつはやっかいだ。
 訓練を受けなければ中毒症状を起こす可能性があるという話は、以前にマリから聞かされていた事だ。
 だとすると、そういう弊害を気にせずにベローチュが強引に立て続けにポーションをキめたという事になるぜ。

 俺たちはどこかに焦りを覚えながら男装の麗人の痕跡を追いかけた。
 途中では改めて血痕が散らばっているのを発見して、いよいよ彼女が被害にあったのかとも思ったが、それでも走り出した形跡の様なものも残っていたので、つかの間の安堵をする。

 さらに進んだ先には脱ぎ棄てられた具足や何やらが散乱していて、その先に激しく争う音を、ニシカさんが聞きつけたのである。

「まだ生きてるぜ、だがあの様子じゃやべえかもしれねえ。ピンチってやつだ!」

 ニシカさんがそんな言葉を口にしたかと思うと、おもむろに駆ける足を止めて背中の長弓を下した。
 何をするのかと俺たちは追いかけながらそれを目撃していると、まだ目視する事が不可能な木々のずっと向こう側に向かって、弓を構えながら持ち上げたのである。

「耳さえ聞こえていれば、どこにいるかはわかるぜッ」
「ニシカさん何をして――
「お前ぇたちは足を止めずに先へ行けってんだ、一刻を争うぜ!」

 言われるままに駆け続ける俺は、途中で隣にいたソープ嬢が突如としていにしえの禁呪を解いたのに驚いた。
 瞬間最大速度ならば馬よりも早く駆ける事ができるんじゃないかって彼女が、煙の中から大きな蛇の下半身をあらわにしたかと思うと、そのまま駆けつつ叫ぶのである。

「乗ってくれ愛しいひと! これならば直ぐにもベローチュどののところに駆けつける事ができるっ」
「わ、わかった」
「いくぞシューターさま、時間がない。マドゥーシャどのも乗るんだ」
「わ、わたしもですか?

 あわてておんぶされる様に俺と女魔法使いが彼女の背中に飛びついたところで、急速にソープ嬢が前進した。
 馬に揺られるのとは違って体を左右に振りながら高速移動する感覚は妙に新鮮だ。
 そうしながら木々の合間を縫うように前進したところで、小さな広場の前に傷だらけのワイバーンに押さえつけられて今しも食べられそうになっているベローチュの姿が飛び込んできたのである。

「マドゥーシャ、魔法だ! ベローチュを助けろっ」
「無理ですよ閣下、お互いが密接しすぎてますから先輩が死んでしまうッ」
「じゃあ別の方法で何とかしろ。他に切り札みたいな魔法は無いのか?!」
「閣下にですね、特別な魔法をかけて強化する方法とかなら!」

 じゃあそれをやってくれ!
 俺は何も考えずにそんな命令を背中にしがみついた女魔法使いにした。
 するとマドゥーシャは振るい落とされない様に必死にしがみつきながら、護符を取り出して次の魔法を口にしたのである。

「フィジカル・マジカル・イグニッション! 我が魔力を持ってかの者に強靭なる鎧を与えよッ」

 何だそれは。
 俺はおかしな呪文の言葉の意味を理解するよりも前に、体が急に熱くなって膨張する様な感覚を覚えた。
 そうして悲鳴めいたものを口にしようとしたが、それは叶わなかった。
 ソープ嬢が迫るワイバーンを前にして、こう叫んだからである。

「体当たりをしてベローチュどのをお救いする。今のうちに飛び降りてくれ!」
「え、ちょイグニッション中なんですけどおおおおおおおっ」

 ブンと体を震わせた次の瞬間に、女魔法使いはごろごろガッシャンと雪の絨毯に脱落した。
 俺はというとやっててよかったスタントメン。
 ソープ嬢が身を震わすタイミングを咄嗟に図りながら、ポンと彼女の背中を叩いて「頼む!」と叫びながら、受け身を取りつつ放り出された。

 第一層が柔らかな雪、その下層に解けて固まった雪、さらに下に落ち葉のそうがあって、俺の体は思った以上に衝撃を受けずに落着した。

「頑張れベローチュどの! われらが愛しいひとが必ず助けてくれるっ」
「ソープ奥さま?!」

 ソープ嬢は右手に剣、左手に手槍という格好で肩からワイバーンのアゴ先に激突したのだ!

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