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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第10章 冬籠りの辺境生活

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333 飛龍を狩る妻たち 3

活動報告を更新しました!
 手負いとなった若き飛龍を追跡している最中に行方不明となった男装の麗人である。

 けれども勤勉で忠義心の塊の様な彼女が、敵前逃亡を図ったなどと考える妻たちは誰ひとりといなかった。
 そんな軽口を言った当の女魔法使い本人にしたところで同様の意見だ。
 であるならば、彼女に何か不測の事態が起きたと考えるのが当然だった。

「まさか討ち漏らしたワイバーンの一頭が引き返してきたという事は考えられませんこと?」
「わからねえ。ただあの一頭のドテッ腹には矢笛を射ち込んだからな。近くを飛び回っている限りは間抜けな笛の音を響かせているはずだろうぜ」

 心配顔をしたカラメルネーゼさんに対して、ニシカさんが難しい顔をして返事をする。
 すぐにも引き返そうとけもみみが先頭を駆け走りはじめた。

「エルパコ、あまり先々を行き過ぎるなよっ」
「わかったよ、ニシカさん援護してくれるっ?!」
「おうシューター、お前ぇはソープを頼むぜ。カラメルネーゼは周辺警戒!」
「わかりましたわっ」

 すっかり慣れてしまい忘れかけていた事だが、ワイバーンやバジリスクといったドラゴンの仲間どもの咆哮には魔法の力が備わっているのだ。
 すなわち、咆哮を耳にした者に絶望と恐怖を与えるというそれだ。

「……ようやく体の自由が利く様になったが、先ほどの飛龍の雄叫びは肝胆を寒からしめるものがあった。いったい何だというのだシューターさま?」
「あれがトカゲの親戚に共通する魔法のひとつだそうですよ」

 バインドボイスを喰らった人間は、ある者は立ちすくみ、またある者は失禁してしまう。
 中には気の弱い人間ならばその場で気絶してしまう者だっている事だろう。
 あの気の強い勇気の塊の様なアレクサンドロシアちゃんだって、村を襲撃したワイバーンを前にしてお股の下に黄金色の水たまりを作ったぐらいだ。

「バジルの夜泣きみたいなものであろうか。戦場でブルカ同盟軍を恐怖のどん底に突きとしたのを記憶している……」
「あかちゃんもあれで、バジリスクの雛だからなあ。俺はすっかり慣れてしまったけれど、みんなはワイバーンの咆哮なんてはじめてだもんな」
「そう言われれば、体に覚えた感覚は似たものがあった。けれど、バジルの夜泣きやぐずり程度で、あの様な肝の縮まる恐怖を覚えた事はない」

 あかちゃんの夜泣きこそ、ハーレム大家族のみんなは何かしらの形で耳にしていただろう。
 自分自身でも気付かないうちに、俺はワイバーンやバジリスクの咆哮を何度も耳にしているうちに体に抗体の様なものが備わっていた気がする。
 先ほど戦闘の中でバインドボイスがこだましたところで、精神が屈する様な恐怖に打ち勝てていたのだ。

「バジルには恐怖を覚えず、先ほどの若いワイバーンには恐怖するとは、不思議なものだ……」
「という事はやはり、聞いているうちに体が慣れて耐えられる様になるのかも知れねぇな」

 足取りのおぼつかないソープ嬢に手を貸しながら、そう思うわけである。
 さすがに二足歩行初心者に雪上を全力で駆けさせるのは無理があるのか、大丈夫だ問題ないと彼女は言うけれども手を貸してやりたくなるのが心情ってもんだぜ。

「いざとなれば、いにしえの禁呪を解いてもとの蛇足にもどせばいい」
「そうするとこれからの道中が大変な事になるでしょうっ。この雪の中じゃおみ足も冷たいだろうし、それをやるのは最悪の時だけだ」
「わ、わかった。シューターさまには何かと迷惑をかけてばかりで、申し訳ない気持ちでいっぱいだ」

 何を言い出すかと思えば、寒さからか白みがかった頬を朱色の染め上げてソープ嬢は謝罪した。
 家族なんだからこのぐらいの事は当たり前だろう。
 奥さんは等しく俺にとって大切な存在だ。行きがかりで困ったからと、捨て置けるはずがないじゃねえか。

「しかし今はベローチュどのが同じ状況にあるのだ、今は彼女を優先するときだ」
「た、確かにそうだね……」

 行方知れずとなった男装の麗人を追いかけて、元いた最初の襲撃地点へと引き返すのだった。

     ◆

 この時、男装の麗人ははじめて耳にするワイバーンの咆哮によって恐怖のどん底に叩き落とされたらしい。
 ただしベローチュはその勤勉な性格が災いして、恐怖に駆られながらも無理に無理にと体を動かそうとした。
 魔法の力の乗ったバインドボイスは初対面の人間には強烈で、歴戦の貴族軍人だったカラメルネーゼさんですらも足をすくませていたし、普段表情を顔に出さないけもみみだってあの焦り様だったのだ。
 百年の時を生きるソープ嬢であっても例外なくそうなのだから、若い奥さんのひとりであるベローチュを責める人間などいやしないだろう。

「くっ、ご主人さまの前で恥ずかしい態度をお見せするわけにはいかない。妻であり奴隷であり、守りの要である自分がこの様な不甲斐ない有様では……」

 けれども、ご主人さまを守るのは自分だと心に決めている男装の麗人は、その恐怖に打ち勝つためにとんでもない事をしでかしたのだ。
 防寒具の懐内からカプセルポーションの注入器具を取り出した。
 それは雁木マリから、視察の一行にもし何かが起きた時のためにと託されていたものらしい。
 その内の興奮促進と狂人化を促すという危険なポーションを立て続けにタイツを割いて注入する。

 俺が聞いた限りでも、複数のポーションを同時にキめるのは危険な行為だったはずだ。
 少なくともマリの様な訓練を受けた人間か、囚人を相手にする時に限るものと、騎士修道会の内規でも定められていたのである。

「っくう。これはキますね……しかしご主人さまをお守りするため。フゥ……」

 激しい短時間の戦闘を終えて、俺たちが追跡行に移った時までにはどうにかポーションの接種を終えていた。
 ただ、数十秒の効力が発揮されるまでの期間は体が自由に動かなくなってしまう弊害もある。
 同時に副作用として、興奮促進と狂人化の効力から来る判断力の不足にも問題があったのだろう。

 すぐにも体が熱せられる様になって、野外で動き回るには本来邪魔で仕方のない防寒具が気になりだした。
 平常の判断では絶対にありえない事に、男装の麗人は防寒具のフードを取り、そのままそいつを脱ぎ捨ててしまったのである。
 中に着ているのは冬季用の男物の騎士装束で、その上から金属鎧の胸当てだけを身につけたものだった。
 冬装束とは言っても、雪上のフィールド活動をするにはいささか寒すぎる。

「ご、ご主人さまお待ちください。自分が必ず悪龍どもを仕留めてごらんに入れます……」

 そこからズシズシと雪をかき分けながら、まだ自由の効かない体と格闘しつつ俺たちの後を追い始めたのである。
 いつでも戦いに参戦できる様にという気位だけは狂人化によって確かにあり、長剣を鞘ごと抜いて俺たちの足跡を追う。
 けれどもその瞬間に空を見上げれば、ビュルピュルと間抜けに音響を遠く鳴らしている存在がいる事にベローチュは気が付いたのだった。

 ニシカさんやマドゥーシャの魔法攻撃によって、いち度は兄弟か仲間かは知れないが、それらを見捨てて一目散に逃げだしたワイバーンの一頭である。
 若いそいつは仲間の事が心配だったのだろうか、間抜けな矢笛の響きの届かない場所まで離脱したものの、大きく周回しながら元の見失った場所まで戻り、眼下に広がる殺戮された同族を見たのであろう。

「……あれは、ご主人さまたちを狙ってここに戻って来たのですか。このまま放置していれば、やがて背後からご主人さまに不意打ちを仕掛けるかもしれない。しかし、魔法の使えない自分ではここに引き付けておく事ができない」

 何より可能であるならば、ベローチュはその事をどの様な方法を使ってでも俺たちに知らせる手段を考えるべきだった。
 恐怖を撃ち捨てるためにポーションをガン決めにしてなければ、その程度の判断はいつもの男装の麗人だったら可能のはずだった。

 しかし今は違う。
 短弓を構え、背負っていた矢筒から信号矢を取り出して自分に注意を引き付けようとした。

「色の違いこそあれ、自分もニシカさんと同じ長耳族の末だ。やって出来ないことはない!」

 上空を大きく周回しているワイバーンを見上げた彼女は、先ほどまでの恐怖も気だるさも忘れて弓を弾き絞る。
 シュンと矢を放ったかと思うと、信号矢がけたたましい音響をまき散らしながらするすると上空で弧を描いた。
 そうして抜剣してみせた彼女はまるでワイバーンの先ほどの咆哮の様に怒声を張って存在証明をしてみせるのである。

「ご主人さまの行く手を仇名す悪しき飛龍の仔よ! このベローチュが相手になってやるっ」

 ここで俺たちが気が付けばよかったのだけれど、残念ながら激しい魔法による戦闘を繰り返していた俺たちは、それを聞き逃してしまった。
 そうして啖呵を切ったベローチュに呼応するか様に、ワイバーンは上空を周回する機動をやめてみせると、ひらりと翼を畳みながら急降下してきたのである。

「そうだ。こちらに来い! 褐色の騎士が鉄槌を下してやるッ」

 手に持つのは鉄槌ではなくこのファンタジー世界にありふれた刃広の長剣だけれど、今はいい。
 ギリギリまで引き付けるという大胆な行動をとってみせたところで、地上に叩きつけられる様に急降下したワイバーンめがけて長剣を横薙ぎに走らせたのである。

「ちい、感触が浅かった?!」

 一閃は飛龍の片翼の被膜を僅かに斬り裂いただけだったが、一時的に狂人と化した褐色の奥さんは意に介さなかった。
 騎馬武者に蹴散らされるスタントをやったり、バジリスクを相手に似た様な回避を経験した事がある俺だからその恐怖はよくわかるぜ。
 例え忠義心たっぷりのベローチュであっても平常時にはそんな行動はしないだろう。

 転がった彼女は雪をまき散らしながら起き上がって、ふたたび天空にふわりと上昇しようとしたワイバーンの背中を目撃した。
 ただ見ているだけでは飽き足らなかったのか、放り出していた短弓を掴んで矢筒から一本を引き抜く。

「まだまだ自分は健在だ。これでも喰らえ!」

 ふたたび男装の麗人目掛けて飛来しつつあった若き最後の飛龍は、ベローチュが矢を放ったのを確認すると器用に空中で回避してみせたそうだ。
 そのまま付かず離れずと森の上空を飛び回るワイバーンに吊られる様に、足場が悪いにもかかわらず、雪上に突き刺していた剣を引き抜きながら追跡しはじめたのだ。

 そうして時を同じくして、エルパコの嗅覚が見つけ出した狼たちの群れがまた、俺たちの仕留めた若いワイバーンの一頭の存在に気が付いていたのである。
 最初の戦闘現場から少しずつ移動している間に、ワイバーンと男装の麗人の戦いのおこぼれをあずかろうと、狼の群れに取り囲まれていた。

 その事を狂人の頭と化したベローチュは気付きもしなかったのだ。
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